カンペキなトモダチ因縁の組織が壊滅して三ヶ月。
怒涛の報告書(反省文含む)を乗り越え、ようやく組織の残党狩りに本腰を入れられるようになった僕の元へ耳を疑うようなニュースが飛び込んできた。
「赤井が倒れた?」
「ええ……床に膝をつかれてからすぐに立ち上がられたので、立ち眩みだとは思うのですが」
僕にそう報告をする風見はツチノコでも見たような顔をしていた。
きっと僕も同じような顔をしているだろう。
赤井たちFBIと日本の警察は合同捜査本部を立ち上げ、逮捕した組織の幹部を取り調べ、散り散りになった残党を追っている。
赤井が倒れたのは、捜査会議が終わった直後だったという。
僕はまだバーボンとしてやることがあるため、その捜査本部には参加しておらず、こうして風見から進捗状況を聞いていた。
「心配ないと仰っていたのですが、念のためご報告をと思いまして……」
「わかった。あの男のことだから心配ないと思うが、万が一体調に問題があるとなると警護が必要になる。組織の残党はライに御執心のようだからな」
僕もその一人である。もちろん、任務としてそういう演技をしているだけだ。
幹部の中で唯一逮捕を免れたバーボンの噂はすでに裏社会のいたるところに行き渡っていて、そんなバーボンを頼りに組織を復活させようとする輩が僕の元に集まってくる。
そうすることで自分たちの動向が警察組織に流れているとも知らずに。
「僕の方でも情報を集めてみるよ」
「お願い致します」
部下の前ではそう言ったが、あの男のことで僕が今さら情報を集める必要はない。
組織壊滅前に第三者を交えて和解してから、僕と赤井は組織の垣根を越えて連絡を取り合っている。これも仕事と言えば仕事だし、仕事だけの関係にしては随分甘えている自覚はある。
「あなた、倒れたんですって?」
「もう君の耳に届いたのか……」
こうやって突然オフィスを訪ねても受け入れてもらえるのだから。
ここは東都にあるマンションの一室。一棟まるごとFBIが借り切っているというのだから、潤沢な経費をお持ちでいらっしゃる。二階がオフィスになっていて、各チームが一つずつ部屋を与えられている。僕が訪ねたのは赤井が率いる、僕も見知ったメンバーが使っている部屋だ。
「まだ会議が終わって二時間だぞ?どういうネットワークを持っているんだ?」
「知りたいですか?」
「どうせ風見くんだろ」
「正解」
くだらないやり取りをする僕たちにジョディさんが呆れ顔でコーヒーを持って来てくれた。
「いつもすみません」
「そう思うなら、今度はあなたが淹れたコーヒーを持って来てくれない?マシーンのコーヒーには飽きちゃったわ」
「かしこまりました」
慇懃な執事のように頭を下げると、ジョディさんはくすくすと笑いながら赤井の隣に腰を下ろした。
本日の議題である赤井はというと、コーヒーを飲むや否や顔をしかめた。
「なんだ、これは」
「白湯よ」
「道理で味がしないと思った……」
毒でも盛られたような顔で呟くから僕は笑わずにはいられなかった。
「あははっ、赤井が白湯!」
「そんなにこのぬるま湯が好きなら交換してやろう……」
「嫌ですよ。それで?倒れた理由は?カフェインを減らしているということは……まさか、おめでた?」
僕の言葉に今度はジョディさんがコーヒーを吹き出しそうになった。
その間に挟まれた赤井は特別苦いコーヒーを飲むようにカップを傾けている。
文句は言っても淹れ直さないということは、やはりどこか体の具合が悪いのだろう。
「そろそろ白状したらどうですか?」
デスクに肘を着いて顔を覗き込んでも赤井は素知らぬふりをする。その代わりに向こうにいるジョディさんが顔をのぞかせた。
「ストレスによるグレア不全なのよ」
「え!?」
「ジョディ……」
赤井の絶望的な表情からして本当の話なのだろう。そうじゃなかったらとても信じられなかった。
「こんなグレアが服を着て歩いているような男が!?」
「あははっ!その表現いいわね!ステイツに戻ってから使わせてもらうわ!」
「俺が弱っているのがそんなに面白いか」
赤井が本気で拗ねてしまいそうだったので、僕は彼の背中に手を置いて「よしよし」と撫でてやった。
「それは……その、辛かったですね?」
ドムにとってグレア不全は男性にとっての勃起不全に近い。僕はドムではないから何がどう辛いのか具体的にはわからないが、出るはずのものが出ないのが辛いのはわかる。
「ちなみに、いつ気が付いたんですか?」
「それを君に言う必要があるか?」
「この前、健康診断でひっかかったの」
赤井と赤井の話に詳細を付け加えるジョディさんの話をまとめると、こうだった。
一カ月前、組織の事後処理が一段落したタイミングで、赤井はずっと受けていなかった健康診断を受けたらしい。それによって血中ドム濃度が著しく低下していて、グレアが出ない状態になっていると判明した。
とはいえ、赤井は特定のサブがいるわけでもなく、グレアを出す必要もないからと放っておいた。
それが徐々に体へ影響が出始めたらしい。
医師からは効果的な治療法はサブとのプレイしかないと言われているそうだ。
「ちなみに私はノーマルだから」
「聞きにくいことを自己申告してくださってありがとうございます」
「どういたしまして」
元恋人のジョディさんがノーマル(ドムでもサブでもない)となると、赤井が警戒心を解いてプレイをするのは難しいだろう。
セックスが求めるのが性欲の発散だとしたら、プレイが求めるのは心理的満足感だ。
そのため、事前のすり合わせが重要で、まずはセーフワードを決め、お互いの好き嫌いを確認し、コマンドの言語を選択……頭に並べるだけで面倒になってくる。
赤井も同じことを考えているのだろう。表情が無に近い。もしくは白湯じゃなくてコーヒーが恋しくなったか。
「君はどうしてるんだ?」
「僕?」
「君もドムだろう?」
「いやあ……」
「えっ、違うの!?私もてっきりドムだと思っていたわ!」
「はは……よく間違えられるんですけど実は僕、スイッチなんですよ」
ドムとサブの両方の性質を持つ、それがスイッチ。人口の割合で言うと、一番少ないらしく、僕も僕以外のスイッチに会ったことがなかった。
「つまり、ドムにもサブにもなれるのか」
「まあ、そうですね」
「よかったじゃない、シュウ」
「え?」
「降谷くん、今夜の予定空いてるか?」
「は?」
「さあて、仕事仕事」
「僕もそろそろ……」
席を立つジョディさんを追おうとする僕の肩を大きな手が掴んだ。振り返ると、赤井は柔らかな笑みを浮かべて立っていた。
「付き合ってくれ」
「……はあ!?」
赤井の手を振り切ってFBIのオフィスから逃げだした僕が、仕事帰りにこのビルに戻ってきてしまったのにはきちんとした理由がある。
赤井とプレイしてもいいと思った、切実な理由が。
「あなたのプレイに付き合ってあげてもいいです!」
なけなしのプライドを絞り出して赤井を見下ろす。この決意溢れる姿を見て赤井はソファの上で優雅に足を組み直した。
「ホオ?何か条件がありそうだな?」
こういう話の早いところは嫌いじゃない。
そう、僕には赤井のためにサブになってもいいと思える事情があった。
組織が壊滅して数日後のことだった。いや、実際はもっと早くからだったのかもしれない。とにかくその頃は忙しく、自分の身体の異変に気付くことができなかった。
「僕の……その……あれが……アレだから」
「君にしては珍しく歯切れが悪いな」
「だ、だから!僕がしてほしい命令を出してほしいんです……!」
「その命令というのは?」
「えっと……いや、やっぱりいいです、他を当たります……」
「こらこら」
振り返ればすぐに玄関だ。赤井の部屋はFBIが借りているビルの三階にある、こじんまりとした1LDKだった。必要最低限の家具だけが揃っていて、キッチンはない。このビルは元ビジネスホテルだったらしいから、当時の設備をそのまま使っているのだろう。
玄関のドアノブに手を掛けた僕を赤井の手が掴んだ。
「どんな命令を出されたいんだ?」
僕の耳たぶの産毛を赤井の声が撫でる。
この男にコマンドを出されたら、どんなサブも従ってしまうだろう。そう思わせる声と気配だった。
「……知ったらがっかりしますよ」
「なぜ?」
「だって……知りたくないでしょう……僕のアレの状態なんて……」
気まずい沈黙が流れる。
やっぱり言わなければよかった。
赤井に背中を向けていたのはせめてもの救いだ。奴の顔に哀れみや嘲笑が浮かんでいるのを見つけてしまったら立ち直れなかっただろう。
「君……勃起不全だったのか」
「ちがっ!」
「違うのか?」
「違わないですけど!!!」
気が付いたらそうなっていた。
自慰をしても、動画を見ても、ちょっとした玩具を試してみても、効果ナシ。
プライドがすり減っていくだけだった。
「女は試したのか?」
「試すわけないだろう!?勃たないんだぞ!?」
思わず大きな声を出してしまい、僕は口に手を当てた。このフロアには赤井以外のFBIが寝起きしている。廊下にもし誰かいたらと思うと、勃たないソレがさらに縮んだ気がした。
帰ろう。
赤井ならどうにかしてくれるかもしれないと思ったが、結局は自尊心を更に低くしただけだった。
そもそも、どうして『赤井なら』と思ってしまったんだろう?赤井の性的な欲求は女性に向いているはずで、僕とはただの昔馴染みだ。懐が広く、かつては殺したいほど憎んでいた僕を仲間のように扱ってくれるからといって、̪僕のシモの話など聞きたくもなかっただろう。
「わかった。君の力になろう」
「えっ!?いや、無理しないほうがいいですって!」
「先に無理を頼んだのは俺の方だ。君はスイッチで、どちらかというとドム的な性質が強い。そんな君が俺からコマンドを出されるのは苦痛なはずだ」
確かに、僕はドム気のほうが強い。バーボンだった時もドムのフリをしていたし、今現場も部下の前ではそうだ。情報を得るためにサブのフリをしたことはあるが、コマンドを出される直前にドムに切り替えていたから、本当の意味でコマンドを浴びた経験はほんの数回しかない。
「……苦痛かどうかはあなた次第では?」
言葉の外で「お前はひどいことはしないだろう」と尋ね振り返ると、赤井はなぜか驚いた顔をしていた。
「ああ、そうだな。君が嫌がるコマンドは出さないよ。できることなら君に心地よくなってもらいたい」
サブはドムからのコマンドで支配されると恍惚感を覚えるらしい。信頼関係が築ければお仕置きにさえ喜び、アフターケアを受けるころには憂き世を忘れられるという。
「そこまでサブになり切れるかはさすがに自信がないですけど……」
「君が感じるままに感じればいいんだ」
「……わかりました」
「合意が成立したということでいいかな?」
「ええ、まあ……」
「いい子だ」
赤井の掌に頭を撫でられて、僕はふっと肩の力を抜いた。
「驚いたな……サブに切り替えたのか?」
「ええ、まあ。訓練を重ねればなんてことないですよ」
といっても他のスイッチを知らないから、自分以外がどうなのかはしらないけど。
「簡単なコマンドを試してみても?」
「……はい」
そう応えると、赤井が離れていく気配がした。
一体何をさせるつもりなのだろう。不安と一抹の期待が胸にこみ上げる。
「降谷くん……[Come]」
身体が勝手に振り返る。部屋の向こう側で赤井はさっきと同じようにソファに腰を掛け、僕に向かって手を広げいてた。
足が赤井へと歩き出す。誰かに勝手に身体を操られているみたいで気持ち悪い。早く命令を達成したい。その気持ちは僕の中のサブ性だけが求めるものだけじゃない。まだ体をすべて明け渡したわけではないとわかるが、赤井のそばに行きたいと思うのは共通しているから途中で足が止まることはなかった。
「おっと」
驚いた赤井が僕の背中を手で支えた。
「こっちに来いとは言ったが、まさか膝に乗ってくれるとはな」
「慣れてないんですよ……コマンドを受けることに」
「ホオ……?」
「あなたの方はどうなんですか?」
「とてもいい気分だ」
「それは良かったです……」
赤井の膝から降りようとすると、赤井がまたコマンドを使った。
「[Stay]」
「……んっ」
「前々から思ってはいたが、こうして膝に抱くと本当に軽いな」
「なっ、仕方ないでしょう!?そういう体質なんです!!」
「それに近くで見るとますます綺麗だ……」
「……台詞が変態くさい。早くここから下ろしてください」
「そういえば、まだセーフワードを決めてなかったな。『変態』にしようか。君が嫌だと思うコマンドを俺が使ったらそう言ってくれ」
僕が『変態』と言いたくなるようなコマンドを使うつもりなのかと身構えたが、それはこちらが望んだことだった。
つまり勃起不全を解消するには『変態』と言いたくなるのを我慢しなければならない。
赤井の性格を考えると単に[Cum]と言って僕を射精させたりはしないだろう。それまでの過程を楽しむタイプだ。
「わかりました……」
言った後で下唇を噛もうとしたが、赤井のコマンドがそれを阻んだ。
「[Drink]」
渡されたのは琥珀色の液体が入ったグラスだった。
「……美味しい」
「君が来ると思って用意しておいた」
芳醇な香りと熱い喉越しは引き返したくなる僕の背を押してくれた。
よし、来い!赤井秀一!!
「今夜はこれぐらいにしておこうか」
「えっ!?もう!?」
「なんだ、もっと命令されたいのか?」
鼻で笑われてもめげなかった。
だって、これでは約束が違う。
「僕の望みをまだ叶えてもらっていません」
「一晩でそこまでの信頼関係が築けるわけないだろう」
「はあ!?この期に及んでまだ僕のことが信用できないって言うんですか!?」
ライと呼ばれていたころを含めれば赤井と僕が知り合ってもうそこそこの年数が経つ。その間に乗り越えてきた困難は僕たちを信頼し合う仲にしてきたはずだ。
少なくとも、僕はそう思っていた。
「君のことは信頼しているさ……しかしコマンドを受け慣れていないだろう?サブドロップに陥る可能性だってある」
「僕はスイッチです!サブじゃない!……あなたがビビっているなら僕のほうから行きますよ」
「君が?」
「ええ……[Strip]」
僕の中のドムがコマンドを出すと、赤井の長い指がネイビーのシャツのボタンを外し始めた。
「くそ……」
「へえ?本当だったんですね。ドムがグレア不全に陥るとサブに近くなるという学説は。あなたの話を聞いてから調べたんです」
「……最初からそういう魂胆だったのか」
「人聞きの悪いことを言わないでください。最終手段ですよ。あなた相手に丸腰で挑むわけないじゃないですか」
「随分と買ってくれているようだ」
赤井は歪な笑みを浮かべながら、シャツのボタンを外して上半身を裸にした。がっちりした胸に割れた腹筋。僕の手が触れるとそれらがわずかに震えた。
「さあ……あなたも同じコマンドを出して、それとも僕に好きにされたい気分になってきましたか?」
「悪い子だな、降谷くん。あとでお仕置きだ……[Strip]」
赤井の声に僕の性がドムからサブに勝手に切り替わった。
コマンドの圧がさっきよりも強い。それなのに[Come]と言われた時よりも嫌な感じはしなかった。
あっという間にシャツを脱ぎ、赤井の前に裸の上半身を晒す。
ボタンを外すのは僕の方がずっと早かった。
「その調子でお願いします」
「まったく……」
「褒めてくれないんですか?」
わざとサブっぽくいうと、赤井は大きな掌で僕の頭を撫でた。
「よくできたな、偉いぞ」
まるで赤井の飼い犬にでもなったような気分だが、そもそもプレイというのはそういうものなのだろう。僕が『ワン』と鳴いてみせると赤井は意地悪な笑みを浮かべた。
「しかし、プレイ中にドムにコマンドを出すとは……躾をする必要があるようだ……[Attract]」
「えっ……?」
アトラクトは「興味をひかせろ」「魅せて」というコマンドだ。そうだとわかっていても、何をどうしたらいいかわからず、ただ混乱して固まっていることしかできない。
「どうした?降谷くん……俺を楽しませてくれ」
「わ、わからない、何……?」
「ますます困った子だ」
赤井に笑われて涙が出そうになる。僕の中のサブには赤井というドムの落胆が効いたらしい。
「だって」
「俺が何をすれば楽しいと感じるかわからないのか?」
「うん……」
「俺は君が楽しいと感じることなら大抵は楽しいと感じるぞ」
ますますわからなくなる。赤井の膝に座り赤井の息と僕の息がぶつかるような状況でよそ事を楽しめると思うのか?
「泣いても俺は喜ばないぞ。頑張って考えろ……勃起不全を解決したいんだろう?」
それはつまり……ここでアレを見せろということなのか!?
絶対に嫌だが、見せずにイかせろというほうがムシが良すぎるのだろうか。
わからない。生まれてこの方、誰にもそこを見せたことがないんだからわからなくて当然だ。
ええい、ままよ!
半ば自棄になり、ベルトを外してスラックスの前を寛げようとした時、赤井の手が僕を阻んだ。
「何をするつもりだ!?」
「そっちが『俺を楽しませろ』って言ったんだろ!!」
「だからってどうして脱ぐ!?」
「え……?勃たない僕のを見て笑いたいんじゃないんですか……?」
「君は俺をなんだと思ってるんだ……」
赤井は僕を抑えているのとは反対の手で顔を覆った。
どうやら違ったらしい。安堵と羞恥心が顔をほてらせる。
「だって、本当にわかんない……」
「ああ、泣くなと言っただろう?君は本当にわかってないんだな」
指が涙を拭うとわずかにウィスキーに匂いがした。意外だ。煙草の匂いが染み付いてそうなのに。そういえば、僕がこの部屋に入ってから赤井は一度も煙草を吸ってない。医者にとめられたのだろうか。
「俺は君が好きなんだ」
「……え!?」
「やはり気が付いてなかったか……昼間に『付き合ってくれ』と言ったはずだが」
プレイに付き合ってほしいと言っているのだと思っていた。あの状況だったら誰でもそう思う。言葉が足らなすぎると反論しようとしたが、驚きすぎてうまく言葉にならなかった。
「部屋に入って来た時に『プレイに付き合ってもいい』と言っていたから勘違いしているだろうと思ったが」
「勘違いしますよ、そりゃあ!そんな素振り全然っ……」
「うちの連中は全員気が付いているぞ」
「えっ!!」
「君サイドだと風見くんだな。それから新一に志保、鈴木財閥の……」
赤井はここ一年で僕がかかわった人たちほぼ全員の名前をスラスラと読み上げていった。
気付いてないのはお前だけだと言われて、僕はぐうの音も出なかった。
確かに赤井には甘やかされている自覚はある。組織壊滅作戦で瓦礫に飲まれそうになった僕を助けに来てくれたのは赤井だったし、その時に負った怪我が原因で熱を出した時も二日と空けず見舞いに来てくれた。その時の礼だと言って食事に誘えば、僕の話に耳を傾けてくれて、帰りは僕の家まで送ってくれた。友達がいないと零せば「俺がいる」と言ってくれ、用がないのに電話を掛けても赤井は嫌がるそぶりを見せなかった。
そんな赤井を僕は完璧に友達だと思っていた。
「……もしかして本気ですか?」
「まだ言うか」
赤井は僕の涙をぬぐった指先で僕の鼻をぎゅっとつまんだ。
「疑うのなら本気で『プレイ』をしてもいいんだぞ?さっきまでのが児戯だと思うぐらいのやつを……」
「ま、待って!」
思わず力を込めて言うと、赤井の動きが止まった。どうやらコマンドとして伝わってしまったようだ。
「すみません、でも、ちょっと待って」
頭を整理するために赤井から目を逸らすと、赤井の溜息が僕のつむじあたりの髪を撫でた。
赤井は僕のことが好きらしい。
そしてグレア不全にかかっているため、プレイを欲している。ドムがプレイに求めるのはサブを支配することばかりではなく、甘やかしたり、褒めたり、仕置きをしたりすることも含まれる。
思い返してみれば、すでにそれらを施されてきたような気がする。
ジョディさんは僕がスイッチだとわかると赤井に「よかったじゃない」と言っていた。彼らは僕をドムだと思っていたからだ。
つまり、赤井は僕とプレイをしたいけど、ドムだからと諦めていたことになる。
「降谷くん」
そっか、赤井、僕とプレイしたいの我慢してたんだ。それでグレア不全に……。なんだよ、可愛いところあるじゃないか。
「降谷くん?」
でも、付き合うってことは、恋人同士になるということで、恋人同士のプレイはセックスを伴う。赤井、僕とセックスしたいのか……?これまで女性と付き合っていたのに?僕で勃つのかな……って、勃たない僕が心配することじゃないけど。
「降谷くん……[Look]」
突然出されたコマンドに顔が上を向き、視線は赤井にくぎ付けとなった。
「あ、えっと、すみません、考えがまとまらなくて。その、赤井のことをこれまで友だちと思っていたから、急に恋愛的な意味で見ろと言われても……」
「君、勃ってるぞ?」
「……ええ!?」
赤井と僕の間にある、中途半端に寛げられたスラックスのフロント部分に視線を落とすと、そこは確かに膨らんでいた。
「なんで!?赤井とセックスすることを想像しただけなのに……!」
「ホオ?どんなことを考えていたのかな?」
赤井の指が僕のあごを持ち上げる。逃げようとしたが[Look]と言われて視線まで捕えられてしまった。
「観念しろ。君も俺を好きなんだろ?」
「ち、ちがう!」
「素直じゃないな……そういうところも可愛いが……もっと素直になれるコマンドを出した方が手っ取り早いな」
「だ、だめっ」
今、赤井に[Speak]と言われたら僕は妄想した内容をつまびらかにしてしまう!
「くく、冗談だよ。しかし、これからは手加減しないから。覚悟するように」
「……は、はい」
僕を脅す赤井からは微かにグレアの気配がした。
僕の悩みも赤井の悩みも解決したわけが、新たな悩みが生まれてしまった。
しかも前の悩みより難解だ。
内心で頭を抱える僕を、完璧な友達だった赤井が獲物に狙いを定めた鷹のような瞳で見ていた。