夏祭りと高銀(高銀)「祭だーー!」
夕暮れ時の賑やかな囃子に紛れるのは、駆け出した下駄を鳴らす音。飛び跳ねるようにはしゃぐ白い頭を、高杉は後ろから見つめていた。
「高杉!早く行かねェとワタアメなくなっちまう」
「そんなすぐになくならねぇよ」
「かき氷とりんご飴も食べなくちゃいけねーんだぞ!」
「甘いものばっかりじゃねェか」
神社で行われる夏祭りは、この小さな村にとって数少ない娯楽だ。
規模こそそう大きくはないものだが、出店がひしめくように並び、多くの人で賑わっていた。
みんなで祭りに行こうと言い出したのは、松陽だった。
しかし、肝心の言い出しっぺに急用ができてしまい、桂もその手伝いをすることとなった。そこで仕方なく高杉と銀時の二人が一足先に祭りに赴くこととなったのだ。
「ほら、高杉早くしろって」
「引っ張るな!」
袖を掴んで強引に進む銀時に引かれながら、高杉は「珍しいな」と思った。
いつもはどこか白けたような態度が目立つ銀時が、純粋な子どものように目を輝かせながら、出店の合間を縫っていく。
菓子が好きだとは思っていたが、ここまで感情に露わにする銀時を見たのは初めてでーー高杉は思わず、ドキリと胸が跳ねた。
「すげえすげえ!これがワタアメってやつか!すごい!ほんとにふわふわだし、食べると溶ける!」
店並みから少し離れたところで、石垣の上に座りながら、銀時は松陽から渡された小遣いで買ったワタアメを興奮した様子でかじる。
その膝上には、宣言した通りにりんご飴やあんず飴をはじめとした菓子類がぎっしりと詰まった袋が置かれており、高杉も銀時の隣に座り、かき氷を口に運んだ。
「俺さ、祭りってやつに来たのはじめてなんだけどさ。こんない甘くて美味しいもんがいっぱい食べられるんだな。夏だけど言わずに一年中やればいいのに」
「夏ほどじゃねェが……一応、秋祭りもあるぜ」
「マジで!ワタアメある?行く!あっ、高杉ひと口」
ワタアメ食べる合間に銀時がねだるたびに、高杉はその口元にスプーンですくい上げた氷を運んでやる。
「すごいよな。シロップつけるだけでただの氷がこんなにうまくなるなんて。家でも作れるかな。なんだっけ、この青いやつ」
「ブルーハワイだな。見ろよ銀時。このかき氷ってやつを食べると、舌が青くなるんだぜ」
「は?嘘だろ?」
「嘘じゃねェよ。見てみろ」
「暗くてよく見えねェよ」
訝しむように銀時が高杉の口の中を覗き込もうと顔を近づけると、そのまま高杉も顔を傾けて銀時の唇にかぷりとかみついた。
「……物好きなやつ」
しばらくして唇を離してから、銀時はじとりと高杉を睨む。
「本当に物好きなやつだよ、お前……なんで、よりにもよって俺なんだよ。こないだヨリコちゃんに告白されてんの見たぞ」
「テメェじゃなきゃダメだ」
「……」
そうまっすぐ伝える高杉に、銀時は照れているのを隠すように鼻を鳴らす。
ワタアメとシロップが混ざった口のなかは甘ったるくて、絡めあった舌の熱も相まって、しばらくは消えそうになかった。
「なーんて、こともあったよな。思えばあの頃からテメェはところかまわず手を出してくるやつだったよ」
呆れたように言いながら、銀時は不埒な様子で腰を抱いてくる手をぺしりと叩く。
「はいはい、高杉くん。ストップ。獣じゃねーんだから、こんな外でなんてしませんからね」
あれから十数年が過ぎ、幼かった二人は立派な大人の男になった。
松下村塾のあった村からは遠く離れた江戸の町ーーあのときよりもだいぶ盛大な祭りの喧騒から少し離れた路地裏で、二人は体を寄せあっていた。
「獣で上等だよ。鬼も獣もそう変わりゃしねェ」
寄せ合ってーーというのは少し語弊があった。
今まさに、飢えた獣が獲物に襲いかからんとしている様子だった。
高杉は銀時の襟首に手をかけて広げると、白い肌をなぞるように唇を這わせる。
「もう、いい加減にしろ」
銀時が少し声を低くして言うと、高杉はしぶしぶと手を離す。
「ったく、どこでも盛りやがって。ったく、本当に変わんねぇな」
銀時は襟首を正しながら、高杉の下半身をちらりと見る。
「ほら、その凶器もしまえよ」
「収まらねぇ」
「そんなとこモッコリさせて祭りに戻る気かよ。知り合いとかにばったり会ったら気まずいやつだぜ?」
「なら、テメェがおさめてくれよ。ーー祭りならもう充分楽しんだだろ?」
「この後メインの花火がありますけど?」
じとりと銀時が高杉を睨みつけるが、本人はおかしそうに喉を震わせた。
「クククーーなあ、銀時。この先に、花火がよく見える茶屋があるんだ。二回の部屋から見るのが絶景らしくてな。うまい酒も肴も出るってんだ。少しそこで休んでいかねェか?」
ーーついでに布団でも用意してもらってよ。
耳元で囁かれた言葉に、銀時は呆れたようにため息を吐く。
「はぁ〜、大人の夏祭りってか。やだやだ、すっかり擦れちゃって」
しかし、その台詞にはわずかな熱がにじんでいたのを高杉は見逃さなかった。
許しを得たとばかりに、再び銀時の腰を抱く。
「そこ、かき氷もある?」
「もちろん」
なら、久しぶりにあの甘ったるい口付けをしてもいいかと、銀時はほだされるのだった。