底に花丸「プッチンプリンをプッチンするひと、初めて見ました」
「え、そちらの家ではプッチンしないの」
言われてみると、子どもの頃は皿に開けてもらっていたかもしれない。いや、家で食べていたプリンはプッチンするやつではなかった気もする。私がこういった手頃な価格のデザートに出会ったのは、社会人になって一人暮らしを始め、自分でスーパーに買い出しに行くようになってからの事であり、実家ではあまり縁がなかった。私にはあまり生活力がない。そんな男の新社会人・一人暮らし新生活で、プリンを皿の上に移す余裕などなかったのだ。
「洗い物が増えるじゃないですか」
「それはまあそうだが、プッチンプリンをプッチンしないのは道義にもとる。いや大袈裟に言い過ぎたな。せっかく容器にプッチン棒が付いてるんだから、楽しまないと損じゃないか?」
「それもまあ、そうですが」
それに我が家の洗い物担当は食洗機である。遊び心を否定する理由に手間を持ち出すには軽い。伝蔵さんは私の分のプリンも皿に乗せようとして、はたと手を止めた。
「せっかくだ、自分でやるか?」
「えっ、別にいいです」
まあまあ、何事も経験です。伝蔵さんはニコニコと皿とプリンを私に差し出した。ご自分がプッチンするのが好きだから、私にもその楽しさを教えてやりたい、といった風情だ。好きな人のご厚意を跳ね除けるほど捻くれてはいないので、私は皿を受け取った。プリンの蓋を剥がし、皿の上に逆さに乗せる。プリンは容器に充填されたまま、発射の時を待っている。少し緊張しながら容器の突起を折ると、空いた穴から空気が入ってプリンが皿の上に下りてくる。おお。確かにちょっと楽しい。容器をそっと引き抜くと、茶色のカラメルがプリンの天面にツヤツヤと光っていた。
「そういえば容器の底、こんな形でしたね」
「皿に出した方が目に楽しいだろう」
「……実はいつも食べにくい形の容器だなと思ってました……」
メーカーさん、すみません。今ようやく私は貴社のお心遣いを知りました。ガッカリさせたかなと思い伝蔵さんの表情を窺うと、まぁ忙しいとそうよね、とフォローが入った。
「ちなみに、わしもプッチンしない時はあるぞ。容器を洗って取っておいて、牛乳かんとかゼリーの粉のやつとか作るとき」
「めちゃくちゃ活用してますね」
少し笑う。プリンの乗った皿の上に、カチリと小さい音と共にスプーンを乗せてもらうと、立派な三時のおやつに見えた。