ごっこ遊び「僕も看病されてみたい」
耳に入ってきた突拍子もない言葉を気のせいだと無視すれば、後ろから思い切り抱き着かれた。
「ねぇマリス~! 僕のことも看病してよ~!」
姿は大きくなっても本質は子どものままなのではないかと疑いなるかのような言動に頭痛がする。
朝食の席で珍しくセレノアと偽の竜宮島に居た頃の話をした。体調を崩した総士やフロロの看病をするマリスはすっかりお兄さんだったな、などとセレノアが微笑ましそうに語ったのが事の発端だろう。
「マーリースー!」
「鬱陶しいなぁもう!! 看病されたいなら体調崩して来いよ!!」
「分かった! 不調になればいいんだね!」
「え」
しまったと思った時には遅かった。無駄にスペックの高いコアは、マリスに抱き着いたまま自分の身体を"調整"し始めた。
「…っ、は…ぅ…」
「嘘だろ……」
耳に直接吹きこまれる荒い呼吸と触れたところからどんどん侵食してくる熱に頭を抱える。その能力、別のところに使ってくれないだろうか。力の無駄遣いにも程がある。
「ぅ、あ…っ」
「ちょ…!」
ずるりと滑り落ちた手を慌てて掴み、身体を反転させて崩れ落ちそうなマレスペロを抱き留める。その顔は見たこともないくらい真っ赤で、微かに覗く金の瞳は熱で潤んで揺れていた。
「ま……まり、す……っ」
「馬鹿じゃないの……」
そのままではいずれ耐え切れずに床に倒れ込みそうだったので、無理矢理引きずってベッドに転がす。全く力が入らないようで、マレスペロは抵抗することなくシーツの海に沈んだ。
「ったく……とりあえず水持ってくるから大人しくしててよ」
素直に従うのは癪だがこうなったら意地でも看病されるまで体調を元には戻さないだろう。仕方ないと割り切って食堂へ向かおうとしたら、信じられない強さで手首を引っ張られた。為す術もなくマレスペロの上に倒れ込んだところをぎゅうっと抱き締められる。
「どこにいくのさ」
「水を持ってくるって言っただろ。離して」
「いらない。ここにいて」
意味がわからない。看病して欲しいんじゃないのか。心の中で呟いた疑問を読み取ったらしいマレスペロが小さく笑った。
「ここにいてくれるなら、それでいいよ」
「なにそれ。構って欲しかっただけなの?」
「そうともいうかもね」
やっぱり図体ばかり大きくなった子どもだな、こいつ。
ため息をひとつ吐いて身を捩り、マレスペロの腕から抜け出す。そして半ば強引に頭の下に左腕を差し込むと右手で見た目だけは大きな背中を抱き寄せた。
「まりす……?」
「こうしててあげるから、しばらく寝なよ。その代わり、起きたら今日の分の仕事片付けてよ」
ぽん、ぽん、と規則正しく背中を叩いてやる。じっとこちらを見上げていたマレスペロだったが、一定のリズムが心地好かったのか目を細めると胸元にすり寄ってきた。微かな寝息が聞こえてくる。
「ほんと、手がかかるなあ」
マリスの口から漏れた言葉はとても優しいものだったが、マレスペロの耳にそれが届くことはなかった。
それでも、彼が次に目を覚ますまで、求めたぬくもりは其処に在り続けるのだった。