きみの癖 人間には無意識の内に行ってしまう行動があるんだって。癖、っていうもの。それは手足の動かし方だったり話し方だったり、個体によって違うらしい。
「面白いよね」
「何が?」
コーヒーを淹れた甲洋が俺の左隣に座って小さく首を傾げる。俺は甲洋が先に用意してくれてたオレンジジュースをストローで吸い上げて喉を潤してから甲洋に向き直った。曇ってるときの空みたいな色の目が俺に向けられてる。
甲洋は話すときに相手のことをじっと見つめるから、その目の中に俺が映ってて、まるで空の中に浮いてるみたいだなって思う。
「来主?」
黙ってじぃっと見つめてたら甲洋がちょっとだけ眉を顰めた。俺が何か変なこと考えてるんじゃないかって心配してるときの顔だ。信用ないなぁ。ひどいよーって気持ちを表すためにぷくっと頬を膨らませると甲洋が可笑しそうに吹き出した。あ、ちょっとかわいい顔。
「可愛いのは来主でしょ」
「え?」
「何でもない。それで、癖の何が面白いの?」
コーヒーを一口飲んだ甲洋は、カップを置くと左手で頬杖をついてまた俺の方を見る。俺の気が済むまでお話に付き合ってくれるみたいだ。嬉しくて笑ったら「楽しそうだね」って甲洋も笑った。
「甲洋と話すのは楽しいもん」
「俺も来主と話すのは嫌いじゃない」
「そこは好きって言ってよー!」
「はいはい好きだよ。で、本題はいいの?」
なんかすごく気持ちのこもってない言葉に聞こえたけど、確かにこのままだと話したいことに入れないままになっちゃいそうだったから頭を切り替えた。
「人間の癖ってさ、それまでどんな環境で生きてきたかが影響するんでしょ?」
「全部がそうとは限らないけど、経験から習慣付くことも多いだろうね」
「だったら、癖にはその人の人生が反映されてるってことだよね?」
「突然言葉が大きくなったね。まあ、そう言えると思うよ」
少し不思議そうな顔で頷く甲洋の方に少しだけ身体を近づける。甲洋は相変わらず頬杖をついたままだ。
「つまりね、癖を知れば、会ってなかったときのことも分かって、今よりずっとその人のことが分かるんじゃないかなって思うんだ。それが面白いなって」
「……来主らしいね」
甲洋が柔らかく笑う。他の人が居るときはなかなかしない顔。たぶん、俺にしか見せない顔なんだ。……これも甲洋の癖かな?
「これも?」
「あ、聞こえちゃった? 俺、甲洋の癖を見つけたんだ」
「へぇ……?」
甲洋が目を細めて笑う。これは驚いたり動揺したのを隠す顔だ。
甲洋は色んなことを事細かに覚えてて、それは自分のこれまでの行動も例外じゃないから、笑いながら必死に記憶を遡ってるんだろうなあ。
でもね、たぶん分からないと思う。癖って自分じゃ気付かない程習慣付いてるものだから。
「教えてほしい?」
また少し近づきながら聞くと、甲洋は可笑しそうに笑った。
「来主こそ、それが一番話したかったんじゃないの?」
そうかもなと思った。俺が見つけた甲洋の癖は俺にとってすっごく嬉しいもので、だけど他の人に教えるのはなんだかもったいなかったから。
「教えて、来主が見つけた俺の癖」
「うん! あのね、」
肩が触れる。甲洋の太腿に手をついてそっと口にキスをしたら、すぐ近くにある空を溶かし込んだ瞳が少し大きくなった。ぱちぱちと瞬く様子は予想通りで、嬉しくて思わずじっと見つめちゃった。
「……いきなりどうしたの」
顔を離したら、頬を赤くした甲洋が意図を探るように見つめてきた。さっきまでの話と何の関係があるの、って目で聞いてくる。
「これが答えだよ、甲洋」
「……えっと、ごめん、分からない」
あれ、これでも分からないんだ。ほんとに無意識なんだなぁって思ったら心がぽかぽかしてきた。それと比例して表情が緩んでくのを感じる。そしたら甲洋が急かすように「来主」って呼んできたから教えてあげることにした。
「甲洋、キスして欲しいときは俺の隣に座るんだよ」
「…………は?」
「ほら、前に座ると高さが同じくらいになるからキスしやすくていいねって言ったでしょ? それからだと思うんだよね、君が時々俺のすぐ隣に座るようになったの」
頬杖をつくのも俺が居ない方の手だしね、って言おうとしたところで甲洋が俺の口を手で塞いだ。俯いちゃって顔が見えない。どうしたんだろう?
「……嘘でしょ……」
《嘘じゃないよ》
「ちょっと静かにしてて……」
怒らせちゃったかな、と思ったけど、俯いたことで流れた髪の間から見える耳が真っ赤になってたから、照れてるだけかって安心した。
《甲洋って、癖になるくらい俺のこと大好きなんだね!》
「~~~っ!」
口を塞いでた手が離れたと思ったら今度は甲洋の口で塞がれた。もっと話したかったけど、あったかいからいっか。
《俺もね、甲洋のこと、大好きだよ》
まだ思考が出来る内にと思って伝えれば、少ししてから《俺もだよ》って小さな声が返ってきた。