神官様へのお願い事「…30年ほど生きてきましたけど稀有なこともあるもんですね?」
「僕もこんな経験初めてです」
見た目はただの小屋だったはずだ。路行く先で夜も更けていき、さてどうしたものかと野宿を覚悟していたらこの小屋を偶然発見した。旅人用に開放されている小屋のようだと判断し軽率に入ったのがまずかったかもしれない。二人で小屋に入ったとたんにガチャッと大きな音がしたかと思うと固く閉じられた入り口の扉に大きな錠前がかかっていた。部屋を散策してみたが錠前にあいそうな鍵は見つからなかった。どうしたものかと思案していると入り口の扉にいつのまにか商店で使われるような看板が吊り下げられているのに気づく。よく見ると何かが書いてある。
『ウェルカム、お客様♪ここはそれは素敵な愛の部屋♡』
「クリックくん。なんでしょうか、この頭のわる…失礼、程度の低い文章は」
「テメノスさん、言い直せてませんよ。それ」
テメノスが看板相手に辛辣な言葉を投げると書かれていた文字が消えまた別の文字が浮かんできた。
『お客様の名前はクリック様とテメノス様ですね!歳下ワンコ系騎士に歳上美人系神官とか最高の組み合わせじゃないですか」
「…なに言ってるんでしょう、この方。頭の中腐っているんでしょうか」
「方…というかそもそも人なんでしょうか」
文章が次々変わるという摩訶不思議な看板を目の前にしているというのにテメノスは妙に冷静である。
「…テメノスさん冷静ですね」
「摩訶不思議には慣れてるんですよ…おかげでね」
「ああ、成る程…」
二人してかつて旅をともにしたあの踊り子を思い浮かべていた。元気にくるくると華麗なステップで踊る姿を思い出す。思い出に耽っているとまた文章が変わった。
『この部屋は現在ちょっとやそっとでは出られないよう魔法がかかっています。お客様には協力して愛の力で扉を開けてもらおうと思います♡』
「…こんな錠前くらい僕の渾身の一振りでたたっ斬ってやりますよ」
「あー…それはやめておいた方がいいと思いますよ」
「何故です?この妙に人の感に触る扉ごとき、僕の力さえあれば木っ端微塵にスクラップに出来ますよ!」
「筋肉で解決しようとしないでください、きんにクリックくん」
「変なあだ名つけないで下さい!」
「この妙な看板、魔法がかかっていると書いてありますよね。この場合術者の能力にもよりますが呪いに近いものだと考えた方がいいです」
「呪い?」
「そうです。何か特別な思いや感情…例えば恨みとか…そういったものをこめた物や場所は力が強く下手に手をだせば壊れて解呪出来なくなる場合もあります」
「呪いとか、それこそ神官であるテメノスさんの出番では?」
「そうです、と言いたいところですがなかなか厄介ですね。呪いのかかっている部屋自体にいるせいかうまく解呪の魔力が練れません」
「え、そうなんですか?大丈夫ですか、テメノスさん。身体の何処かに異常はないですか?」
「特に大きな問題はなさそうです。なんだか少しもどかしいという程度ですので」
「うーん、力でも祈りでも出れない。それならどうやって…あ、愛の力ってどうすれば」
「愛してますよークリックくーん」
「そんな雑に愛を伝えられても…僕も愛してますよ、テメノスさん」
たとえ少々雑でもやはり恋人へ愛を伝えるのは少し照れるのかお互いやや恥ずかしげに顔を赤くしている。
『愛の告白、美味しいです♡ですが、今回は違うテーマでいかせて頂きます』
「今回は、ということは前にも僕達みたいな犠牲者がいたんですね…」
一体何人の犠牲者がいるのだろうか。考えるだけでおぞましい。
『今回のテーマは、 ダララララララララ…』
「なんで一回貯めるんですか。勿体つけずにとっとと解呪の条件を書いて下さい。時間の無駄です」
『ジャーン クリック様の心からのお願いを1つ、テメノス様が叶える です!!!』
「…」
「…」
二人が絶句していると少々勿体つけてお題を発表した看板が更に文章を付け加える
【クリック様の心からのお願いを1つ、テメノス様が叶える】
『条件は以下の通りです。
・心からのお願いなので嘘や適当なお願いは不可♡
・心からのお願いであればどんっなお願いでもOK♡勿論あんなことやこんなことも♡♡♡
・必要なものがあれば摩訶不思議な力で用意しちゃうぞ♡
・この小屋では目線は気にしなくて大丈夫♡誰も見ていませんよ♡
では、思う存分楽しんでいってくださいね』
「やっぱり一回たたっ斬ってもいいですか?」
「私も渾身の光魔法で粉々にぶっ飛ばしたいところですが、ダメですよ」
はあ〜、と二人共少々大きめの溜め息をついた。
「…クリックくん」
「はい、テメノスさん」
「良い知らせと悪い知らせがあります。どちらから聞きますか?」
「…じゃあ、悪い知らせから」
「では、悪い知らせから。誰も見ていないということは、これ恐らく術者亡くなってますね。術者が亡くなると呪いは強まることがあります。なので解呪は複数人の神官が解呪しないといけないほどの呪いです。私達だけでは条件を満たさない限りどうやっても出れそうにないです」
はあ、と二人はまた溜め息をこぼす。
「…それで良い知らせとは?」
「解呪の条件がそれほど難しくなくて良かった、ということです」
「う…」
「これでもクリック君よりは歳上ですからね。大抵のことは受け入れられますよ。さあ、何を望みますか、私の子羊くん?」