伊と仲良し(セコム)な仙が留に灸を据える話留伊 伊作と仲良し(セコム)な仙が留に灸を据える
仮タイトル:正しい手順で告白しましょう
「聞いたぞ留三郎。随分良い趣味をしているじゃないか。しかしそれを伊作に押し付けるのは些か道理が違うのではないか?」
「は……!? いや待て、別に押し付けるなんてことは」
「証拠だってあるんだぞ。言い逃れはさせん」
「分かった分かった、逃げねぇからまずこの拘束を解いてくれ」
手足を拘束された留三郎の前に仁王立ちするは、燃える戦国作法との通り名を持つ立花仙蔵。その後ろには、善法寺伊作が留三郎を警戒しながら仙蔵の背に隠れていた。
某月某日、事件は発生した。夜空に浮かぶ星々が、細やかに煌めきを放っている時間帯。
自室に仕掛けた罠に文次郎がかかるのを心待ちにしていた仙蔵は、エサが罠にかかるのを諦め、一人部屋で焙烙火矢の製造に取り掛かっていた。ターゲットである文次郎は言わずもがな、会計委員会の仕事に追われている真っ只中だ。もしかしなくても今日中に帰って来ないのだ。悟りを開いた仙蔵は、もう一つ焙烙火矢を作ったら就寝しようと決めた。事態が動いたのはその時だ。
スッ……と控えめな音を立てて障子が開いた。開け方からして文次郎ではない。あの傍迷惑な一年生二人でもない。では一体誰なのか。振り向くとそこには、寝間着を着崩した六年は組の保健委員長、善法寺伊作が息を切らして立っていた。そして、開口一番
「頼む仙蔵、匿って!」
と、仙蔵に助けを求めるではないか。仙蔵をよく知らない人が見たらただの自殺行為であるが、実の所仙蔵と伊作は、それなりに共通点も多く、親しい友人関係で結ばれている。
そんな友人である伊作の焦燥具合を見た仙蔵は、これは何か面白いことが起きているに違いないという好奇心──基、友人の危機を憂う心から、伊作に手招きをした。
「任せろ。留三郎から守れば良いのだな?」
「えっなんで留三郎から逃げてるって分かったんだい!?」
「文次郎と長次相手ならこんな事にはならん。小平太相手ならそもそも逃げれん。となると、消去法で留三郎だろう」
「あはは、流石だね」
伊作は障子を閉めると、仙蔵の前に腰を下ろした。そして、懐から一通の文を取り出す。
「……事の発端はコレなんだけど……」
「中を見ても?」
「うっ、うん……」
若干躊躇いの残る返事だが、了承は了承。仙蔵は伊作から文を貰うと、綺麗な所作で手紙を開き一通り目を通す。読み進めていく内に段々と表情が明るくなっていっているように見えるのは、伊作の気のせいではない。
「これは……恋文ではないか! こんな愉快な物を持ってくるなんて予想していなかったぞ! しかもこの筆跡から見るに、書き手は留三郎だろう?」
「そうなんだよ……! しかも気になって部屋の中探してみたら箱を見つけてさ、蓋を開けたらその中にいーっぱい恋文があって……」
「ほう」
後で絶対見てやる。仙蔵は心に誓った。
「それで伊作は気まずくなってここに逃げ込んできたのか?」
「ん、んん……ちょっと違うな。気まずいのはそうなんだけど、僕だって別に、相手が知らない女の子とかだったら純粋に頑張れ! で終わってたよ」
盛大に溜め息をついて肩を落とす伊作。話の内容的に先を読むと、その恋文の相手は知り合いだった、というオチが正しいだろう。仙蔵は思考を巡らす。
まず留三郎にくノ一の知り合いはいなかったはずだ。ならば後輩か。しかし後輩なら後輩で伊作の反応は少し違うものになる気がする。だとすれば仙蔵が思い当たる人物は。
「……なるほどな。恋文の相手がお前だったわけか」
「わーーーーーっっ!!」
「うるさいぞ」
「だだだだって、仙蔵ってばストレートすぎるよ!」
「そういうお前は初心すぎる」
女装の実習に影響を及ぼす初心さだ。色仕掛けをすることもあるだろうに、この程度で赤くなって大丈夫なのだろうかと仙蔵は少し心配になる。目の前であたふたする友人は、恋に不慣れな乙女そのものだった。
「は、話を続けるね……。その、興味本位で箱の中の文を何通か読んでしまって……」
◇
箱を開けるとその中には大量の文が。善法寺伊作という人間は好奇心旺盛で、軽い気持ちで目を通してしまった。きっちりした彼の性格らしく、文は時系列に沿って並んでいたため一番初めの文から読むことができた。
留三郎はきっとまだ帰って来ないから大丈夫、なんて思いながら読み進めていた伊作だが、文の日付が更新されるに連れこの文達が誰に宛てて書かれたものなのかが段々判明してきてしまったのだ。思いっきり自分の名前が綴られていたのだから。気恥しいにも程がある。
伊作は思いの外恋愛事に疎い。というか苦手だ。留三郎の恋を応援しよう! と息巻いていた初めの方とは違い、彼の恋愛対象が自分だと分かった今、文に綴られた言葉を見る度にもう勘弁して欲しいと白旗を上げたい気分でさえあった。どうにもいたたまれない。誤解のないよう付け足しておくが、伊作は決して留三郎を嫌っているわけではない。むしろ好きだ。しかしそれは友達として、である。友達として、そして同室として接してきた彼を今から恋愛感情を通して見れるか分からないだけである。
さて、では全て見なかったことにしよう。そう決めた伊作は、手に持っていた文をそっと箱に戻すと蓋を閉めた。そして元あった場所に返そうとした時、タイミング悪く留三郎が部屋に帰って来た。予想よりも早い帰還だ。動揺した伊作は手から箱を落としてしまい、しまったと思うももう遅い。
留三郎が障子を開くと同時に一斉に散らばる恋文達。呆然とする二人。そして、重い沈黙。
「「…………」」
先に動いたのは留三郎の方で、「……あー……」と無意味な声を出し数秒後、「……読んだか?」と目を合わせず伊作に問うた。
「……うん、読んじゃいました……。あっでも少し! 少しだけだから!」
「……そう、か……」
留三郎の声から感情を読み取ることができない。顔も直視できず、息がしづらい。喋ろうにも自分から喋るのはお門違いな気がして、伊作は必死に留三郎が話し出すのを待つことしかできなかった。しかし、いつまで経っても彼の声は聞こえてこない。代わりに、いきなり両肩を掴まれたと思うと、そのままグッと後ろに押され背中を床に打ち付けた。
「ぃッ……た!?」
何するのさ、と文句の一つ言いたかった。が、それは声にならずに喉の奥へと消えていった。
見上げた留三郎の表情が、あまりにも熱っぽくて。押し倒す手の震えから緊張が伝わってきて。
「伊作……」
好きなんだ、と、絞り出した声で告げられた。彼らしくない、耳をすまさなければ拾えないほど小さな声だった。
伊作は思いの外恋愛事に弱い。不運のせいで他人に嫌われたり妬まれたりすることは多々あれど、こんなふうにラブの意味で好意を伝えられた経験など一切なかった。そのため、今のような状況でどう対応していいのか皆目見当もつかないのだ。
「……だから、その、伊作が良ければだが、俺と──」
「わあぁぁあぁ!」
「ぐはッ!!」
全て聞き終える前に、伊作は留三郎の鳩尾に綺麗に拳を入れ吹っ飛ばした。まさか拳が来るとは思わなかった留三郎は、予想外の展開に理解が追いつかないまま床に伏せた。
「い……伊作さん……!?」
「あっごごごごめん留三郎! わざとじゃないんだ!」
「お、おう……」
嘘は言っていない。ほんとにわざとではないのだ。防衛本能的な何かが勝手に働いただけで、言わば脊髄反射だ。
行き場のなくなった手を床に起き、伊作は勢いよく起き上がる。そしてそのまま留三郎のことを見向きもせず、部屋を抜け出した。長屋の廊下を走りながら頭の中で必死に行き先を考える。ふと、どこからかギンギンと馴染みのある声が聞こえ、そうだ、仙蔵の部屋に行こう、とそんなに遠くない友人の部屋に駆け込むことに決めた。
◇
「それは……留三郎が大変面白……可哀想なことになっているな」
「うぅ……申し訳ないことをした自覚はあるんだけどね……」
うっかり漏らしかけた仙蔵の本音に、伊作は気づかなかった。自分の行いに対する反省に意識が全集中している。
「しかし留三郎の奴、いきなり押し倒すとはなんて無粋な……」
それほどまでに焦っていたのだろう。ああ見えて紳士な一面もある男だ。特に伊作に対する紳士ぶりには目を見張るものがある。そんな男が、あの伊作相手に、無作法なことをしでかすなんて……! 仙蔵の心が踊らないわけがなかった。
「……とは言え、いつもの伊作なら恋文を読んだだけで鳩尾に一発喰らわすなんて野蛮なことはしない筈だが……?」
「……それは、その……恋文のせいなんだよ……」
温厚な伊作は、手を上げることが滅多にない。どれだけ怪我を背負ってこようが、どれだけ自分が危険に晒されようが、命を奪われる危険性を見出さない限り口での説教で済ませることが殆どだ。そんな伊作の手が出てしまったということは、留三郎の方に原因があるかもしれない。
「ちなみに、恋文の内容はどんなものだったか覚えているか?」
敢えて下手に仙蔵が尋ねると、伊作は両手で顔を覆った。だいぶやばそうだ、と仙蔵は逸る鼓動を務めて抑える。
「……最初は、ほんとに、純愛というか純粋な感じだったんだよ……」
「ほう。最初は、とな」
「途中から、なんか、軟禁したいとか鎖で繋ぎたいとかって、雲行きが怪しくなっていってね……」
「ほうほう」
「あ、あといっそのこと僕の首が欲しいとかも書いてあった!」
「猟奇的だな」
要は、留三郎の性癖が書かれていたのだろう。伊作の表情を見るに、きっと少しばかり危険な方向のものが彼奴は好きなのだと、仙蔵は勝手に推測した。留三郎からしたらいい迷惑である。
「そのせいで押し倒された時に身の危険を感じてね!? 咄嗟に殴っちゃったけど……うぅ、すまない留三郎……」
今の話を聞いている限りでは、伊作の行動は正当防衛と呼べるものだ。自分の肉体が欠損する可能性があるものを前にしたら、仙蔵とて伊作と同じことをするだろう。仙蔵の場合は伊作よりも過剰防衛だと予想されるが。
「……僕だって、留三郎のこと好きなのに……」
嗚咽に紛れた伊作の言葉に、仙蔵は少しばかり目を見開いた。