By your side 〜つながるふたつのものがたり〜 の続きどすんと腹に響く音が聞こえ、カーテンを開けた。濃紺の空には色とりどりの花が咲いている。
今日は近所で花火大会が行われていた。黒尾の部屋の窓からもそれを見ることが出来る。あんまりよくは見えないけれど、ま、ラッキーってことでと涼しい室内から見物客で混雑する街を見下ろした。
夜空いっぱいに広がる花火を見て思い出したのはつい先日終わったばかりのスポーツの祭典だ。閉会式に上がった無数と言いたくなるほどの花火はそれはそれは見物だった。
こういう時に用意していたプレゼントを渡せたらロマンチックだったことだろう。
そう思ったものの、その時の黒尾は後半の競技の関係者が使うからと選手村から出てあらかじめ予約しておいたホテルにいた。
窓からかろうじて花火が見えるけれど、主に見ているのはテレビ中継の方だ。
天照ジャパンこと、バレーボール男子日本代表チームは準決勝で敗れ、50数年ぶりにと期待されていた金メダルを逃してしまった。だけど、そこで終わりではない。3位決定戦に臨んだ天照ジャパンは3ー1で勝利を収め、銅メダルを獲得した。
目標としていた金メダルではなかったものの、ここ何年かは期待さえされることのなかった男子バレーボールでのメダル獲得だ。選手たちの元々の人気もあり、時差のせいで寝る間もないほどあっちこっちに引っ張りだこになった。選手たちはもちろんのこと、それを管理する立場にあった広報担当の黒尾の忙しさは相当なものだった。パソコンとスマホをフル活用して対応した。煙が出てるのではないかと思うほど熱い額に冷えピタを貼り、健康によくないとわかっていても頼らざるを得なかった栄養ドリンクの小瓶は部屋のあちこちに転がっている。
日本にいる職員とも連携を取りつつ、何とか仕事が一段落ついたのは閉会式の最中のことだ。
ぼんやりと見ていた画面の中、首から鈍く光るメダルを下げた天照ジャパンの選手たちが映し出される。
どんどんと打ち上げられる花火の光に照らされる彼らはよく知っているはずなのに、まったく知らない人たちのように見えた。
画面に映った夜久が手にした小さな四角いものを上に掲げる。
それに気付いた周りの選手が夜久に顔を寄せていった。
普段なら近い近いと文句のひとつも言いそうなもんだけど、それを言うことも烏滸がましい気がしてしまう。
世界一のリベロで、メダリストだ。
「はは、すっげぇな」
こぼれ落ちた声は言った内容に反してひどく寂しげで、はぁ……とため息まで追加される。
本当にこいつにプロポーズする気か? 無謀なのでは? なんて考え始めていた黒尾のスマホが突然震え、ネガティブな思考を停止させた。
今度は何ですぅ? とピカピカ光るスマホを手に取って操作すれば、画面に映し出されたのは鮮やかな花が咲く夜空だ。
仕事用の方だと思っていたけど、どうやらプライベート用のスマホだったらしい。
『おい、すげぇぞ』
短い文章に笑ってしまった。もっとなんかあるでしょ? って。さっき見るとはなしに見ていたテレビ画面に映っていたのはこれを撮った瞬間だったらしい。
夜久があの時手にしていたのは大会スポンサーから選手ひとりひとりに渡された最新機種のスマホだ。それでのみ選手たちは大会中の撮影を許されていた。今大会表彰台での自撮り写真がSNSに上がるのはそのおかげだった。
『どうせ仕事に追われて見れてねぇんだろ?』
図星を突かれ、つい反抗的な言葉を返すのはもはや反射みたいなものだ。
『一応見れてますぅ。ホテルからだけど』
くだらないケンカに発展することもある煽るような言葉は他の人相手ならもう少しマシな対応が出来ているはずの、黒尾なりの夜久とのコミュニケーションの取り方だった。
だけど付き合うようになって、それまではただ突っかかってきてるだけだと受け取られていたそれも、しっかり本来の意味で受け止められるようになった。
今ではケンカに発展しないどころか、やれやれとでも言うように受け止められ、甘やかされる。
『一緒に見れたらよかったのにな』
画面の向こう側、まるで知らない人みたいに思えていた夜久が自分のことを考えてこの写真を撮ってくれた事実に胸のあたりが暖かくなった。ほんの数分前まで凹んでたっていうのに、現金なものでたったそれだけで気分が浮上してしまう。
『日本戻ったら花火見に行く?』
いつやってるか、見に行ける日程なのかまったく調べもせずに誘ってしまうくらいには。
『おう。仕事でダメになったとか言ったら絶交』
だけど、さらりと重たい言葉を繰り出してきた夜久に、黒尾はゔっ……と呻いて痛む胃のあたりを押さえた。
このお祭りっぷりを考えると花火大会がやっていて、なおかつ夜久が日本にいられる間に自分の仕事が落ち着くとは思えない。
『……ガンバリマス』
軽い誘いを後悔したりもしたけれど、夜久と花火を見たいっていうのは本心だった。
『楽しみにしてる』
絶交も含め受け入れると、そんな言葉が返ってくる。そう言われてしまえば、何とかしてやろうじゃないかと思えるのだから惚れた弱みってやつだなと我ながら笑ってしまった。
ばちんと両手で頬を叩いて気合を入れると、この短い間にまた届いていたいくつかのメールに返信を打ち始める。
……もちろん合間に花火大会の検索も忘れることはなかった。
パリオリンピックは32競技329種目が実施されていた。日々日本のメダル獲得の速報が入り、話題はどんどんと移り変わっていく。男子バレーボールが念願のメダルを取ろうが、それもそのうちのひとつにすぎない。モンジェネのおかげか人気が高いバレーボール日本代表は帰国後の今もたびたびメディアに取り上げてもらうことがあるけれど、獲得が決まった瞬間に比べればだいぶ落ち着いたものだ。
それと日本に戻ってそれなりの人数で対応出来るというのも大きかった。
現地では大変だっただろうと労われ、しっかりと引き継ぎもしておいたから、やっと目の回る忙しさからは解放されつつあった。
でなければ、こんな風に花火を見ることなんて出来なかっただろう。
日々の忙しさのせいで、荷解きもまともに出来ていない。さすがに洗濯が必要なものなどは引っ張り出して洗ってあるが、その他諸々はいまだ部屋の片隅に置かれたスーツケースの中に放置されたままだ。
ガチャリと玄関が開く音がする。
この部屋の合鍵を持っているのは恋人である夜久だけだ。オリンピックが終わって、帰国すればすぐにお盆で、そういう時くらい実家に顔出してくるわと言った夜久と会うのは数日ぶりのことだった。
どすんとまた重たい音が響いて、黒尾の部屋のそう大きくはない窓からも花火が見えた。
「おー、結構見えるのな」
楽しげに言う夜久はまっすぐに窓の方へ向かい、窓の外を見上げる。
今日は約束の花火大会の日だった。
本当なら観覧席だとか、花火が見えるレストランとか、そういうのを予約出来れば良かったのだけど、実際は何の代わり映えもしない黒尾の部屋からになってしまった。
色々調べて予約して……なんて余裕はまったくなくて、なんとか今日という日のこの時間家にいられるだけでも奇跡に近い。
「部屋から、だけどね」
窓の側に立つ夜久の背後に立って、やっぱりあまりよく見えない花火を見上げ、ごめんねと謝れば、首だけ後ろを向けた夜久がきょとんとした顔をした。
「充分だろ」
オリンピック前からずっと激務だったのも、この時間を作るのが大変だったのも、ちゃんと知っているから、何言ってんだよ? とでも言うかのようにそう言ってくれる。
わかってくれていることがうれしくて、すぐそばにある身体を抱きしめた。夜久はくすぐったげに笑って、すこーしだけ無理をして黒尾の腕の中から手を伸ばす。そしてなんとか届いた黒尾のおかしな寝癖頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「ただいま」
「……っ」
ただのあいさつのひとつだ。だけどそのひとつがどれだけうれしいか、きっと夜久は知らないだろう。
「おかえり」
不審に思われないよう返した声は自分でもおかしくなるくらい震えていた。
しばらく抱き合ったままでいたら、また花火が上がる音がした。そうだ、花火! と今日の目的を思い出し、飲み物とちょっとつまめるものを用意する。部屋を暗くして、ソファにふたり並んで花火を見上げた。
音の割に部屋の窓からじゃあまり大きく見えない夜空の花。パリの空に舞ったそれとは迫力も打ち上げ数も劣るだろう。だけど、それより今の方が鮮やかに映る。きっと隣にいる誰かさんのせいだ。
打ち上げは大体1時間半くらいで終わった。高層階というわけではない黒尾の部屋に帰宅する人たちのざわめきが聞こえてくる。
今日会った目的は花火だけではもちろんなくて、帰国したらちゃんと話を聞いてほしいと伝えてあった話を今からする予定だった。
ソファと自分の身体の間、夜久に見えないように隠し持ったそれに触れ、緊張感が増していく。
もう残り少ない缶ビールを煽っていたら、勝手知ったる夜久が部屋の照明を明るくしたらしい。暗さに慣れていた目には明るすぎて、ぎゅっと目をしかめるはめになった。
「なぁ、黒尾。ちょっとかがめ」
「何? え?」
目の痛みに苦しんでいる黒尾に下った突然の命令。何事かと戸惑っていると、いいからかがめと低い声で凄まれた。殴られる? え? 何かした? いや、だってさっきまで上機嫌で花火見てたじゃん? 混乱したまま、しぶしぶ頭を下げるとよしと満足気に夜久が呟いた。
ごそごそと何やら動いている音が聞こえてきた直後、首にずしりとした重みがかかる。見下ろした先にはふらふらと揺れる赤銅色。
そんな目の前の景色に、鼻の奥がツンと痛む。ぶわりと目頭が熱くなって、慌てて目元を抑えた。
「待て待て! え? 何これ? 俺の方がもらっちゃってるじゃん」
ぐずりと情けなく鳴った音は誤魔化しようもない。だけど、いつも通りにそう言えば、
「はぁ? メダルはやらねぇけど?」
なんて的外れな答えが返ってくる。それも夜久らしくてちょっと笑ってしまった。ちょっと感動的なシーンだったそれは一瞬で切り替わる。涙が引っ込んでくれたのは黒尾的にありがたかったのだけど。
「そういう話じゃなく、喜ばせてもらってるって話」
「ま、古森のあとだけどな」
「それは……わかってるけど、やっぱりちょっと妬ける」
夜久の誕生日にも言われたことだ。理解はしていてもやっぱり思うのは同じことで。素直に言えば、お前さぁ……と呆れてたようにこぼされた。
「あとで、海にもかけてやるつもりなんだけど、お前それにもやきもちやくのかよ」
「んー、それはないかな」
夜久が純粋な疑問とばかりに首を傾げる。それに黒尾は疑問形ながらも即答した。海と夜久の関係については何も心配なことなどないし、海になら夜久がそうするのも当たり前に思えた。
「あと、音駒の奴らにも」
「それも………」
平気と言いかけて止まる。かわいがっている後輩たちを順に思い浮かべ、とあるひとりで言葉が出なくなったのだ。思い浮かんだのは、背の高い、今はモデルの、特別夜久に懐いている可愛い後輩。それにもからからと誰を思い浮かべたんだよってまるでお見通しかのように笑われた。
首にかかる重さが落ち着かなくて、そおっと首から外して夜久に返す。メダル自体に触れるのは恐れ多くて、首にかけるリボンをつまむように持ち上げた。
「おめでとう。あと、ありがと」
「おー、金でも銀でもねぇけどな」
からりとした発言だけど、夜久の声はどこか悔しさも滲んでいるように聞こえる。
「月並みだけどさ、勝ちで終われるし、いいメダルなんじゃない?」
「ま、たしかに勝ちで終われたのはよかったな」
慰めたわけではなく、本心を伝えれば、夜久も納得したように頷いた。
十分すぎるほどすごいことなのに、それに納得せず上を目指せる。だからこそあんな感動を人に与えられるのだろう。
はじめに黒尾が伝えた感謝の言葉を夜久はきっとメダルをかけてくれたことに対しての言葉だと受け取ったはずだ。
もちろん、それもあるけれど、ネイションズリーグ、パリオリンピックとこれ以上ないほど感動的な試合の数々を見せてくれたことに対する感謝も多分に含まれていた。
「夜久、本当ありがとう」
コート内で日本のピンチを何度も何度も救った日本が誇る守護神へもう一度感謝を伝えれば、今度はちゃんと伝わったらしい。テレたように笑って、おうと短く答えてくれた。
「で? 話ってなんだよ」
まるでスマホでも置くみたいに、ぽんとローテーブルに置かれたメダルにもっとちゃんと扱って! と思っていたら、急に話をぎゅんっと方向転換された。
その一瞬で薄れていた緊張感がまた黒尾のもとに戻ってくる。
「……とりあえず、プレゼント渡していい?」
「そのための今日じゃねぇのかよ?」
悟られないようにひっそりと息を吸い、吐き出してから切り出したっていうのに、夜久はきょとんとした顔で首を傾げた。
「そうなんだけど。えぇーっとね、そのプレゼントなんですが……」
黒尾が言い淀むのに、夜久の短い眉がくいっと上がる。
「いや、変なものではない……というか夜久の予想通りのやつだと思う。欲しいかどうかは別として」
訝しむみたいな表情に、慌てて違う違うと手を振った。
「ほしいかどうかは別としてってなんだよ?」
だけど不審そうな夜久の表情が変わることはない。
それはそうだろう。誕生日のプレゼントだっていうのに、欲しいかどうかわからないなんて、不審がっても仕方がない。黒尾としてはこれしかないと思って用意したプレゼントだ。誕生日当日は大会中という大事な期間で渡すことは出来なかったけれど。
一生物だから、ちゃんといいものを用意した……つもり。あとは、受け取る側次第だ。夜久がそのプレゼントをどう思うかはわからない。受け取ってくれるかもしれないし、いらないと突っ返されるかもしれない。
「わかってるんでしょ?」
準決勝後、日付が変わった瞬間お祝いを伝えたあの時に話した内容で、きっと夜久だって気づいているはず。ひどく鈍感なところはあるけれど、察しが悪いというわけではないのもちゃんと知っている。
「お前、まさかそんな言い方で渡すつもりかよ」
ちらりと伺い見た夜久は、呆れたようにこちらを見つめ返していた。
「まさか! ちゃんと言いますよ」
肩を竦めておちゃらけたように言う。そんな風に誤魔化さないと緊張に飲まれそうだった。
見る限り嫌がってる風には見えない。だけど、それは自分がいいように解釈してるだけの話かもしれない。
ごそりと後ろ手でプレゼントに触れる。指先に感じたのはつるりとした何かの加工をされた上等な紙の感触だ。
「こちらになります」
ふぅ……と長めに息を吐き出し、差し出したのは定番のアクセサリーケース。
ぱくりと開いてみせたそこに鎮座するのは、シンプルなシルバーリングだ。細工は少しだけ入っているけれど、ごてごてした飾りがついているわけでもいかついわけでもない。
それを見て夜久がふぅんと言う顔をした。
「シンプルだしいいんじゃね? プレー中はつけられないけど」
「え? 受け取ってくれるの?」
「なんだよ。俺へのプレゼントなんだろ?」
「そう……デスけど」
「話それだけか? それなら『そういうつもり』で受け取るけど」
じいっと見つめられたあと、差し出したプレゼントに向かって手を伸ばされる。
「ちょっ……と、待って」
慌てて自分の方に引き寄せれば、何なんだよ、お前と呆れられた。
プレゼントだと目の前に出されたのにやっぱり待ってと引き戻されて、何がしたいんだという感じだろう。
相手は今やメダリストで、世界一のリベロだ。そして、自分の高校の同級生で元チームメイトで、恋人でもある。それこそが黒尾がこれから先もずっとそばにいたいと思う人だ。
バカみたいに手汗をかいている。心臓だってばっくばくとうるさいほどだ。嫌われてはいないはず。きっとちゃんと受け止めてくれるはず。そう思うのに、怖くて顔を上げられない。
だけど、言わないという選択肢はなかった。『そういうつもり』で終わらせるつもりは毛頭ない。
顔を上げて、夜久をまっすぐに見つめると、こちらを見ていた夜久と目があった。そらすことを許さない強い眼差し。黒尾は夜久のその目が好きだった。
「これから先もそばにいさせてほしい。夜久の邪魔になることはしないから。一番近くで見守る権利を俺にください」
一息に想いを伝え、一度引き寄せたプレゼントをまた夜久に向けて差し出す。
指輪と黒尾の顔に交互に視線をやった夜久は、しばらく考えた後、
「なら、これはただのアクセサリーってことで」
と黒尾の掌の上の指輪をさっと手に取った。
「へ?」
夜久へのプレゼントなのだからそれに文句はないのだけど、一世一代のプロポーズをなかったことにされるとは思っていなくてマヌケな声が漏れる。
「どうせお前のことだから肌身はなさずつけてほしいとかってチェーンも買ってんだろ? ほら、やっぱりな」
黒尾の背後に手を回し、隠していたショップバッグを見つけ出す。おっしゃる通り黒尾が用意しておいたチェーンを見つけ、あははと笑うとそれに指輪を通し始めた。
「ちょっ……え、夜久サン?」
「何だよ?」
「いや、さっき言ったこと……」
ちゃんとわかってる? と聞こうとして口を噤む。視線の先の夜久が、じとっとこちらを睨みつけていたから。
「わかりやすく言えって言ったよな?」
「わかり、やすく……?」
難しい言葉は使っていない。回りくどい言い方だってしたつもりはない。
「お前が言ったことってさ、今と何が違うんだよ?」
言われて、やっと考える。確かに夜久の言う通り、今の関係のままでも邪魔にならないように、そばにいて、一番近くで見守ることが出来ていた。
「変わんねぇだろ? だから、これはただのアクセサリーって話」
思考が読まれているかのようなタイミングで、ぷらりとチェーンに通された指輪を目の前に掲げられる。もっともな主張に黒尾は何も言えなかった。
「主観が抜けてんだよ。夜久は、夜久のってさ」
ぼそりとこぼされた言葉。夜久と一緒にいるために……と考えるのに必死すぎて、そればかりを考えていたことに気づかされた。
慣れないチェーンの留め金具と格闘中の夜久の手を掴むと、その手から指輪を奪い去る。
「あ、何……」
「今日まで待たせたのに申し訳ないんだけど、もう一回ちゃんと考えて伝えるから、仕切り直させて?」
ムッとしてこちらに手を伸ばす夜久の手を避けるように取り返した指輪をぎゅっと握りしめ、お願いしますと頭を下げた。
「気は長い方じゃないからな?」
夜久は少し考えた後わかってんだろ? とでもいうように黒尾を見る。
「すぐ言えってこと?」
「そこまでせっかちじゃねぇわ! んー、そうだな。黒尾の誕生日にもう一回聞く」
待つ気はないといったくせにずいぶんと猶予がある。しかも自分の誕生日を指定するなんて。
「それ、最悪の誕生日になる可能性ない?」
大げさに肩を竦ませれば、じとっとした目を向けられた。
「人の誕生日にそれ渡そうとしたのは誰なんだよ」
「そー、なんですけど」
「お前次第だろ?」
にやりと笑われ、まったく敵わないなと苦笑する。
「11月16日、期待してる」
さらに追い討ちをかけるように夜久に言われ、黒尾はたはは……と笑いをこぼす。
とは言え、人生を賭けた勝負なので、負けるわけにはいかない。
「ま、期待しててちょうだいよ」
自分にも気合を入れるようにそう言えば、一瞬きょとんとした夜久だったけれど、次の瞬間には夜に咲く花よりも鮮やかに笑ってくれたのだった。