バグ日和万屋へ買い出し帰り、気になってた甘味処に別本丸の俺と大倶利伽羅が隣り合って座ってた。
「なんだアレは」思わず呟く。
アイツ、笑うのか?俺には舌打ちしかしないんだが、苦虫を噛み潰したような顔しか見たことないんだが、
ああ、個体差とかいうやつか。
「大倶利伽羅さん、僕の虎さんなでなでしてくれます。」
「大倶利伽羅ってさー分かりにくいけどさ、優しいよね。」
「大倶利伽羅さん演練で褒めてくれました。」
「僕、転んで擦りむいちゃった時おぶってくれました。」
「あいつの夜食うめーよな」
知ってる
知ってる
褒める?
なんだそれ羨ましい
ズルい俺も食べたい
個体差じゃない?俺にだけ?
なんか心臓がチクチクする
俺の部屋で俺の団子を勝手に摘んで、自室の様に寛ぐ白いやつとこれまた勝手に棚から道具をだして茶を入れる黒いやつに言わせると、「長谷部(くん)だしなあ」
…?チクチクチクチク 痛い。
晴れた日は少し遠回りして本丸内を移動する。運が良ければ向かいの外縁で胡座の中を猫の寝床にされた大倶利伽羅に会える。雨の日は資料を探すフリをして書庫に寄る。運が良ければビーズクッションに埋もれて読書する後姿に会える。
嫌われているのはちゃんと自覚している。チクチクする理由がこれ以上心に染み付いてしまう前に、ちゃんとなかった事にできるから、絶対に言わないから、遠くからだけにするから、少しだけ同じ空間にいさせて欲しい。もうすぐ、きっとすぐにチクチクしなかった俺に戻るはずだから。
少し遅めの昼ごはんを済ませて、すっかり馴染んでしまった遠回りで部屋に戻る。今日も天気を気にするふりして向かいの外縁を眺める。ふふ、一緒に昼寝してるのか、柱に斜めに寄りかかった後ろ姿。柔らかそうな髪が風に揺れてる。
……当然のように一緒に眠る猫が羨ましい。
ああ、チクチクチクチク 痛いな。
遠くに出陣の掛け声。もうそんな時間なのか、弛んでいた。非番だからって寝過ぎだ。慌てて布団から起き出そうとして布団の重さに違和感を感じる。天井が高い。喉があ、え?まさか、恐る恐る鏡をみる。
いや、まてまてまてまて!!羨ましいとは思ったけど本当に猫になってしまうなんてあるか?!
突然小さくなった体を上手く使えずことごとく部屋のものをひっくり返し、八つ当たり先の布団には穴穴穴であなやだ。
落ち着け、考えろ、へし切長谷部。
ふわり舞い上がりった羽が小さな鼻をくすぐり大きなくしゃみを一つ。
はあ、慌ててもしょうがない。
しょーがないから…。ちょっとだけ大倶利伽羅に撫でられてやるか?猫だから、猫は大倶利伽羅に撫でられるものだろ?
ぴん、としっぽを立て軽やかな足取りで大倶利伽羅のいるはずの外縁に向かった。
大倶利伽羅の胡座にすっぽり収まり頭を腹に乗せる。目を細めて顔を上げれば耳裏を撫でる手のひら。やさしい手のひらに顔をすりつけると鼻すじをカリカリとかいてから頭を撫でてくれる。
いつもの昼下がりの光景。
腹に乗ってるのが俺じゃなければな!
いつもの向かい廊下で俺じゃない俺が大倶利伽羅を独り占めしている光景を凝視する。
「こりゃ驚いた」
「国永」
「長谷部?じゃないな」
「…そうだな」
「あっちで尻尾立ててウロウロしている方が中身か、ふむ。」
「何だ」
「いや、これ以上は一期一振にお覚悟されるぜ?」
「は、」
「外で真っ昼間から成人男士がイチャついてるようにしか見えない」
「国永」
「まぁいい機会だ」
意外に触り心地がいいなと煤色の髪をサラサラと撫でる白い手のひら。大人しく撫でられたあとお返しとばかり手のひらをペロリと舐め頬をすり寄せる。
「国永」
「おお、結構かわいいもんだな」
「国永」
「ははっとりあえず手入れ部屋にいたらどうだ。今日は出陣もないし誰も使わないだろう」
ひょいっと長谷部を小脇に抱えて手入れ部屋へとスタスタと歩き出した鶴丸を慌てて立ち上がり追いかける。
「おい、舌をしまえ」「国永、俺が運ぶ」「聞いているのか、国永」
「はは、今日はよく喋るんだな」
羨ましいと思った。
猫になりたいと思った。
猫になった。
だがあいつの側にいるのは猫の俺ではなく俺の姿の猫。
俺だぞ、長谷部だぞ、目が合えば苦虫顔で舌打ちしてた長谷部だぞ。なんなんだ、腹に乗って来たら何でもいいのか。お前、俺を撫でて笑うのか。じゃあ俺が猫になった意味は。
撫でられてやろうと息巻いて向かったものの猫の姿になってもまた舌打ちされたらどうしようなんて躊躇ってしまいいつもの向かい側に来てみれば、既に大倶利伽羅の胡座で寛ぐ「俺」。
当たり前に、当然の、顔して!!
思わず尻尾をタシタシと床に打ち付ける。
結局、大倶利伽羅に撫でて貰えずに手入れ部屋前で障子の隙間から中の様子をこっそり窺っている始末。
中では座布団を枕に仰向けに寝転がり文庫本を読む大倶利伽羅と脇で小さく丸まって寛ぐ「俺」。時折文庫本を持つ腕の間に頭を潜り込ませて読書の邪魔をしたあげく頬をすり寄せたり目の横を舐めたり
グリグリと頭突きしたり。大倶利伽羅は怒るどころか片手で顎下や耳裏を撫でたり頭のてっぺんから髪を梳いてやっている。
仰向けから横向き寝になった大倶利伽羅の胸辺りをふみふみと両手を交互に押し出し体をすり寄せくっつく「俺」。文庫本から目を離して小さく笑いかける大倶利伽羅。
俺は一体何をしているのだろう…。
厨の方からいい匂いがする、そろそろ夕飯か。
俺は未だ手入れ部屋前から動けずにいた。
溜め息を吐き、再び隙間から中を窺うと仲良く寄り添い眠るふたり。
結局俺が嫌われている理由はわからない。猫になったところで俺をみてはもらえない。
諦めよう。
障子の隙間をそろりと通り抜けそっと近づいて龍のいる腕にチョンと鼻をくっつけた。
…これくらいはいいよな。
突然のしかかる重力。
顔を上げると琥珀色の瞳と目が合った。…戻った?
いや、しかし、この状況で?真っ白に混乱しつつもとりあえず誤魔化してみる。
「に、にゃあ~」
「…」
「…」
見つめ合った永遠に感じる一瞬。
ククッと震える喉に耳まで真っ赤になる。
「っすまない」
自慢の機動で逃げようと立ち上がりかけるも褐色の両腕の中のなかにしっかりと縫い止められてしまった。それから信じられない言葉が降ってきたんだ。
「やっぱり中身もあんたがいい」
晴れた日には外縁で休憩をする。運が良ければ移動中の長谷部と目が合う。雨の日には書庫で読書をする。運が良ければ資料を探し立ち寄る長谷部に会える。主の事しか興味がないムカつく長谷部に。