【再掲】いつでもいっしょつい先週のこと。
俺の恋人、三井さんがチームの皆とバラエティー番組の収録でテレビ局へ呼ばれた。
その際に自身のことからチームのことまで積極的にSNSで情報を発信していくチームメイトが広い楽屋にて各々が自由に過ごしている姿を撮影し、全員リラックスしすぎ笑、といったコメントと共に投稿した。
そういったコート外の新鮮な姿をファンは喜び、あっという間に大量のいいねを稼いだ。
いわゆるバズるってやつだ。
しかしその三十分後、散々バズりにバズった投稿は削除された。
次に投稿された写真は楽屋の真ん中で全員が横一列に並び、不自然な笑顔で収録に向けてのやる気を現してか、拳を前に突き出していた。
ちなみにコメントはこれから収録です、の一言だけで削除された投稿についてはノーコメント。
そうなった原因は二度目の投稿写真にて、一人だけ明らかに青褪めた表情でぎこちなく頬を引き攣らせた笑顔を浮かべた男にある。
その男こそ俺の恋人、三井寿である。
その日、俺は仕事だった。
そして三井さんからロケ弁というメッセージと共に一枚の写真が送られた。写真には広いテーブルの上に置かれた豪華な弁当と、その横に並べられた毎度お馴染み水戸洋平くん十六歳アクスタが写っていた。
ここまで言えば誰もがこの話のゴールが見えるだろう。
そう、チームメイトが削除した投稿には三井さんが一生懸命ロケ弁と俺のアクスタを撮影しようとしている姿が写り込んでいたのだ。
その異様な光景に気付いたファン達は一斉に三井何してんだ、三井が持ってるアクスタは何だ、三井がオタ活してる、三井のアクスタのキャラを特定しろ、と大騒ぎだ。
不幸中の幸いとして俺個人を特定するほど鮮明には写らず、写真を拡大したところで目視できるのは学ランを着たリーゼントの男、というだけ。
けれど削除される前に写真を保存していたファンが多く、騒動から一週間経過した今も解像度の悪い俺のアクスタ写真が何のキャラなのかとネット上に出回っている。
という出来事を俺が知ったのは当日の夕方、三井さんが帰宅するほんの三十分前のこと。
面白珍事件としてファンがショート動画にまとめたものを会社の人間からURLだけ送信された時は社会的な死を覚悟した。
当然俺はキレた。
そしてあの人を玄関で待ち構え、死ぬほど叱ってやった。
すると引くほど泣かれたが、今回ばかりは許せなかった。
本人が故意的に起こしたわけではないとは分かっていてもここで甘やかしてはまた同じことが起きてしまう。
のちに投稿したチームメイトから受けた謝罪の電話によれば三井さんが俺のアクスタを手にしているのが当たり前の光景となっていたので何の違和感も無く投稿してしまった、とのこと。
そもそもそうなるほど日常的に俺のアクスタを持ち歩いていること自体がおかしいだろうと大のお気に入りである水戸洋平くん十六歳アクスタを取り上げ、更には祭壇の鍵を予備の鍵まで全て没収して推し活ならぬ水戸活を禁じた。勿論新たなグッズの制作も禁止だ。
ここまですれば俺の怒りは明白だろうにあの人は
「何の権利があってこんな惨いことをするんだ」
と言って成人男性にあるまじき全力の駄々をこね
「肖像権」
と俺が至極真っ当な返答をしても
「正論は暴力になるからやめろよ」
と無茶苦茶を言って、全く話にならなかった。
挙句の果てには別居だと自室に籠り、遠隔操作で堀田さんにシングル用の寝具を当日の内に代理で買って来てもらっていた。
急な頼まれにも嫌な顔一つ見せずに寝具を運んでくれた堀田さんは初めこそ三っちゃんをいじめるなよ、と言っていたのに、寝具を持ち込む為にあの祭壇のある三井さんの部屋へ入ってからは態度を変え、帰り際に俺の肩をポンと優しく叩いた。
あの堀田さんがだ。つまり俺に非は無く、悪いのは全て三井さんだ。
とは思うものの、ようやく迎えた折角のオフシーズンに一週間も家庭内別居は寂しいじゃないか。
三井さんだって十分反省しただろうし、意地っ張りなあの人のことだから引くに引けなくなってしまって後悔しているに違いない。俺としても喧嘩がしたかったわけではないのだから今回だけは俺の方から歩み寄って仲直りをしよう。
そう決意したのが昨晩のこと。
「三井さん起きてる入るよ」
翌朝。
いつもは苦手な早起きを頑張り、まだ寝ぼけている頭であの人好みの朝食を用意した。
一人の朝では絶対に有り得ない豪華な食事をテーブルに並べた。
次に三井さんの部屋へ向かい、ノックをしながら声をかけるが反応は無し。
ドアノブに手をかけると内側から鍵はかかっておらず、部屋の真ん中に敷かれた布団が人一人分に膨らんでいた。
その真っすぐ先には問題の祭壇があり、こんなおぞましい部屋で一週間も過ごせるメンタルの強さだけは感心させられた。
仮に俺がこの部屋で過ごせと命じられたら泣きながら勘弁してくれと懇願するだろう。
「…起きてんじゃん」
「おっせえよ」
「えー…あ、もしかして初めから鍵してなかった」
「鍵は初日だけ。まさかこんなに放置されるとはな」
頭まで深く被った布団を捲るとしっかり覚醒した三井さんが下から俺を睨み、理不尽なクレームを続けた。
そもそもの発端は自分にあるというのに何故こうも偉そうなんだという疑問はさておいて、これにて家庭内別居も終了だ。
上半身を起こし、布団の上で放置されたとふんぞり返ってはいるが朝食を見せれば機嫌も治るだろう。
自分から部屋に籠ったくせに、と正論を言えば家庭内別居を再開するに違いない。
それよりもはいはいと聞き流しつつ機嫌を取り、この一週間の埋め合わせをしてもらうチャンスを探した方が利口だ。
などと余裕に考えていたのに、久しぶりに至近距離で目にする恋人の顔ばかりに意識を向けていたからか、その下にある強烈な光景に気付くのが遅れてしまった。
「…一応聞くんだけど、そのTシャツは何」
「ああ、おやすみとようへいくん十五歳Tシャツだ」
珍しく大きなプリントの入ったTシャツを着ていると気付き、しっかりと視線を向けるとそこにはデカデカと俺の寝顔があった。
しかも今の俺よりもうんと若く、幼い寝顔だ。
昨日まで家の中を移動する際には俺に捕まらないように走っていたから気付くのが遅れてしまったのだろう。
プリントの全体が見えやすいよう両手でTシャツの裾を伸ばし、笑顔で答える三井さんに悪気は無し。
悪気が無ければ反省の色も無しときたものだから恐れ入る。
ここで叱っては家庭内別居の延長戦となるだけで、双方にメリットが無い。
新たなグッズの制作を禁じたところでこのようにいつ制作されたかも分からないものがこの部屋に隠されているとも今知った。
プリントしてしまうほど俺の寝顔が好きなら別居などせずに同じ寝室で眠れば良いじゃないか、なんて言えばまた話がややこしくなるのは間違いない。
「これまで没収するって言うなら今夜は無しな」
どう対処しようかと悩み、ジッとTシャツを睨んでいると先手を打たれてしまった。
一週間我慢させられた上に更に我慢を強いられるなんて酷い話だ。
本人もそう言われると俺が何も出来なくなると分かった上での言葉だろう。
だから余裕の笑みを見せ、絶対に没収されないと高を括っている。
その女王様ぶった表情の下には相変わらず間抜けな俺の寝顔があり、恐らく提供者である大楠だけは絶対に埋めなくてはならない。
「…じゃあ逆にさ、見逃したらどうなるわけ」
「んー…そうだな、一週間分好きにしていいぞ」
「腹減ったでしょ。朝食準備してあるよ」
交渉成立だと笑う三井さんを抱き上げ、今夜は絶対に泣かせようと決意した。
Tシャツも今この場で没収するよりは洗濯ものの中から抜き取ってしまえば良いだけのことだ。
祭壇の鍵は俺が持っているのだから捨てられるより保管されるだけ有難いと思って頂きたい。
「なあ水戸、赤ちゃんできた」
「立ってないでほら、隣においで」
問題のおやすみとようへいくん十五歳Tシャツが祭壇の中に封印されて一週間が経過した今日。
久しぶりに堀田さんと会って来た三井さんはご機嫌な様子で帰宅し、開口一番に懐妊報告をしてくれた。
咄嗟にスマホから姓名判断の電子書籍を購入しそうになったが、冷静に考えると堀田さんの方でそういうおめでたいことがあった、という意味だろう。
この僅か一週間の俺達の盛り上がりを思い返せば身に覚えしかないものの、流石にそこまで都合の良い奇跡は起きないはずだ。
………いや、三井さんなら有り得るのか
「じゃーん。どうだ、みとようへいくん十五歳ぬいだ」
俺に突き付けられたのは奇跡でもおめでたい報告でもなく、新たな地獄の始まりだ。
バッグからいそいそと取り出されたそれはやけにファンシーな仕上がりで、掌にすっぽりと収まるサイズのぬいぐるみだ。
俺の要素があるとしたら学ラン、リーゼント、この二つだけ。
「ついにぬいまで…」
「これなら水戸を特定出来ないし、アニメキャラだって言いやすいだろだからこれは持ち歩きOKだって認めてくれるよななそれにこれは徳男からのプレゼントなんだから活用しなきゃ徳男に失礼だろな」
いつも以上に密着するよう隣に腰かけ、なと首を傾げながら俺の顔色を窺うこの健気な表情は全て計算し尽くされているに違いない。
そう分かっているのに一々可愛いと思い、最近は勝手なグッズの制作もしていないから反省はしているのだろう、と甘く考えてしまう。
本人が言うようにこれを見て俺個人を特定するのは不可能で、何かのアニメキャラだという嘘も容易に頷けるだろう。
それに最近は全てのグッズを祭壇に封印し、鍵を没収したままなので外出先からの連絡が目に見えて減ってきた。
理由を聞けば一緒に撮れる俺のグッズが無いと一人でいることが余計に寂しくて何も撮る気になれないらしい。
…畜生。理由まで可愛いな。
「なあ水戸、出先から俺の写真欲しくねえの」
「それは卑怯じゃん」
「一方的に俺の楽しみを奪うお前の方が卑怯じゃねえこのままだと次のシーズンじゃ調子崩して解雇かもな。良いのかお前、俺からバスケを奪う気か」
「奪いたいのはグッズだけだって」
「そのグッズが俺の選手生命に関わるんだぞ」
なあなあなあ、水戸水戸水戸、と甘えながら俺を脅せるのはこの人くらいだ。
正直なところ、いつかはこのぬいぐるみ、略してぬいがグッズの一つに加えられるだろうという覚悟はあった。
俺なりに先回りして最近のオタクがどのように推し活をしているのかは学んでいたし、ぬいのことは三井さんよりも先に知っていた。
このぬいのモデルがアニメキャラならはいどうぞ、で済んだことなのに俺がモデルとされているのが問題だ。
どれだけ愛されている証拠だとしても、自分をグッズ化されて喜べる人間なんて存在するのだろうか。
「それ以上渋るなら約束のアレは無しな」
「俺の寛大さに感謝することだね」
「お前のその制服好きにもな」
今回も俺が目の前に提げられた餌に釣られ、不本意にも白旗をあげることとなった。
勝者となるなり今日一番の笑顔を見せ、俺のことなど無視して早速テーブルに立たせたぬいの撮影に取り掛かるこの切り替えの早さは見事なものだ。
最近になってやたらとリクエストを尋ねてくるのは恋人としてのサービスだと思っていたが、この日に備えてのことだったのだろう。策士め。
「最終的にそのぬいで落ち着くならまあ良いか」
「馬鹿言うな。おやすみとようへいくん十五歳Tシャツまで奪った罪がぬい一つで許されると思うなよ」
「………は」
ここへきてまさかの反撃開始と言わんばかりに三井さんが不敵な笑みを見せ、狙ったかのようなタイミングで鳴るインターホンに嫌な予感しかしなかった。