【再掲】翌日が完全なオフの日、決まって水戸は仕事終わりにそのままオレのマンションへ泊り前提で遊びに来る。
例え自分はいつも通り朝から仕事があろうと天気が最悪だろうと繁忙期による過酷な連勤中だろうとオレが明日オフ、とだけ連絡すると必ずOKを返してくれる。
遊びに来ると言っても二十代半ばを過ぎたオレ達が二人揃ったところで水戸が勧める映画を観たり、水戸の手料理をつまみに酒を飲んだり、オレが自宅から配信をしている間に水戸は写り込まないようソファーに寝転がって読書をしたり、水戸が新しく購入した圧力鍋で本格的な豚の角煮にチャレンジしている間にオレは外へ走りに行ったり、海外で活躍する後輩達の試合を配信で見たりと過ごし方はその時々によって違うが、お互いに好きなことをしているのだけは確かだろう。
オレが大学へ入って一人暮らしを始めてからの九年間、翌日に予定の無い夜はそうして水戸と過ごして来た。
出会ってからはおよそ十年。喧嘩は例の一度だけ。
そもそもあの一件はお互いのことを知らなかったから、オレ達二人の喧嘩としてカウントするのは微妙だろう。
そう言えるくらいにオレと水戸はこの十年もの間、何の衝突も無く気の合う友達として楽しく過ごしてきた。
水戸にとってオレの第一印象は最悪だっただろうに、一度親しくなってしまえば何かと小言は多いが、しょうがねえなあと眉を下げて笑いながら積極的にオレの面倒をみてくれるのだからあいつの懐の広さは偉大だ。
今夜も二人でそこそこ酒が回った頃、オレがCMで目にした新作のアイスを買いに行こうと言い出せば深夜二時を過ぎたにも関わらず水戸はしょうがねえなあ、といつものように眉を下げて笑って承諾してくれた。
二人で向かったのは徒歩で五分とかからない距離にあるコンビニで、目当ては新作のアイスと飲み物だけ。
店に入ってすぐにアイスコーナーへ移動し、CMで見て覚えたパッケージに腕を伸ばしたところで一瞬、新作よりも食べ慣れたシンプルなバニラが欲しくなった。
時間的にも濃厚なキャラメルソースがかかったチョコアイスよりあっさりとしたバニラの方が食べやすい。
予定通り新作のアイスを買ったとしても、きっとオレは半分も食べない内に水戸へ押し付けてしまうだろう。
そんな十分後の自分の姿と、しょうがねえなあと笑いながら食いかけのアイスを受け取ってくれる水戸の姿を想像しつつ目的通りのアイスを水戸の持つカゴへ入れると水戸がこれも、とバニラアイスをカゴへ入れて
「半分こしようぜ。あんた味変しないと無理だろうし」
と、オレのことなど全てお見通しだと笑ってみせた。
流石は気配りの鬼。十年もの友情は伊達じゃあない。
なんて感心しながらレジへ向かう途中、水戸は飲料コーナーからオレの愛飲しているミネラルウォーターを三本、自分の珈琲を一本、更にオレの好きなガムを一つ追加すると店員にカゴを渡し、有料のレジ袋を一枚頼んで当然のようにポケットから財布を取り出した。
…この理解力と包容力を友達に向ける原動力は何だ
「え、もしかして水戸ってオレのことが好きなのか」
もしかしても何も、それ以外の答えは無い気がする。
それでもオレは本人の口からはっきりとした返答が欲しくなり、真っすぐに水戸の目を見て聞いてみた。
するとどうしてか、水戸は突然フリーズしてしまった。
驚いたように目を見開いて隣のオレを見上げ、店員からお釣りを受け取ろうと右腕を伸ばした状態で、だ。
何だよ。店員が可哀想だから早くと受け取ってやれよ。
そう思った次の瞬間、水戸は大きく大きく口を開けて
「いま」
と、深夜のコンビニが揺れる勢いで怒号を飛ばし、怒りと羞恥で顔を赤くしながらオレを睨んだので、その反応をオレの質問に対する肯定であると受け取ると同時に、この怒りようから片思い期間は長いと察した。
成程。女っ気が無いのはそういうことだったのか。
などと納得しながら再び動かくなった水戸の代わりにお釣りを受け取り、早く店の外へ連れ出すことにした。
「マジで意味わかんねえあんた本当に何考えてるわけいや考えてねえよな絶対そうだ考えてたらあそこであんな聞き方しねえだろ普通普通はなあんた普通じゃねえよ馬鹿野郎がそんなあんたに十年も惚れてる自分が自分で情けねえよどうせあんたもオレのこと馬鹿だと思ってんだろふざけんなよああもうマジで最悪あの店二度と行けねえじゃん行く度にあ、急に片思いがバレた人だ…ってあの店員に思われるなんて死んでも嫌だいっそ死にてえ~それもこれも全部あんたのせいだからなって言うか何であのタイミングで気付くんだよもっと他にも沢山あっただろおかしくねいやオレはちゃんと隠してきたけどけどさほらあんたが急に膝の調子が悪いかもって病院に行くって連絡してきた時オレ仕事抜け出して泣きながら病院へ駆けつけただろ覚えてるよな友達にそこまでするわけねえだろ気付くとしたらあそこじゃねえの逆に気付けよ馬鹿野郎」
「まあ…オレの膝にはそれだけの価値があるからな」
「否定出来ねえのが二重でムカつくブッ殺すぞ」
コンビニを出るなり水戸は逃げるように近くの公園まで駆け出し、ジャングルジムの天辺まで一気に登ると仁王立ちしてオレを見下ろし、散々な罵声を浴びせた。
降りるように説得しても無駄、これ以上騒げば通報されるぞと忠告しても無駄で、取り付く島もない状態だ。
水戸の言う通り、オレの聞き方も悪かったとしよう。
しかし、だからと言って十年も片思いをした相手に罵声を浴びせて良い理由になるかいや、ならないだろ。
オレは決して水戸を馬鹿になど思いはしないし、十年も隠していた根性と、誠実さを素直に凄いとも思った。
手を出そうと思えばいくらでもチャンスはあっただろうに、水戸はそんな卑怯なことは一度もしなかった。
これだけ頻繁にオレの家に泊まっていながら同じ布団で眠ったことは一度も無く、水戸自ら睡眠は貴重なものだから邪魔したくない、と言って譲らなかったのだ。
そんな誠実さの塊とも言える男に片思いされて…と言うよりは既に存分に愛されていたのだと知れば気分は良く、オレも同じように水戸を愛したい、とも思った。
「いい加減に帰ろうぜ。アイス半分こにするんだろ」
「はああんたマジで底無しの馬鹿だなてめえに劣情向ける野郎を無防備に自宅へ招いてんじゃねーよ抱き殺されなきゃわかんねーのか自分を大切にしろ」
「はいはい十分お前に大切にされてるから問題ねえよ」
「一番オレを警戒すべきだろうが馬鹿野郎好き」
馬鹿だの好きだの散々喚いて、水戸はついにジャングルジムの天辺に座り、顔を両手で覆って泣き始めた。
下から見上げたその姿はなんとも間抜けで、十年前に体育館でオレを容赦なく殴り、同時に助けてくれた十五歳のガキからはとても想像が出来ないものだった。
十年も共に過ごしたのだからオレのこの反応的に水戸に対する嫌悪感は無い、と本人も分かっているはず。
それでも罪悪感を持つのが水戸の誠実さに違いない。
「泣いて終わりにするのか男なら口説いてみろよな」
「…あんた自分で何言ってるか分かってる十年も友達面して傍に居た野郎に惚れられてるって自覚ある」
「だからぁ、さっさとオレを口説けって言ってんだよ」
誠実さがかえって邪魔となる難儀な性格をした水戸を愛おしく思いながらも、友達という枠を超えたこの男がどのようにしてオレを口説くのか知りたくなった。
水戸はそういうオレの挑発に幻滅しないだろうし、差し出されたチャンスをみすみす逃すような男でもない。
きっと上手にオレの挑発に乗ってくれる、そう信じて両手を大きく左右に広げ、早く口説きに降りて来い、とまで言えば水戸は観念したように眉を下げて笑って
「あんたのそういうところに惚れた自分が嫌になるよ」
なんて性懲りも無くまだ悪態をつきながらジャングルジムを降り始めたので、その姿を見守りつつも実は水戸を外へ連れ出すのに必死なあまり、買い物袋をレジに忘れてきたことをどう説明しようかと頭を悩ませた。