【再掲】「三井サンと水戸って結局のところどうなんすか」
この最近、宮城は同じ質問をしてばかりだ。
正確な回数なんて一々覚えていないが日に多くて十回、少なくとも五回はされるこの質問もざっと計算すると三桁を迎えているだろう。
そしてこの質問へ俺からの返答も
「どうも何も…水戸とは普通。普通にダチだ」
というお決まりのもので、これも三桁を突破しているはず。
だから何度も繰り返されるやり取りに疲れを覚え、この話題を続けさせないよう食事に集中することにした。
部活終わりの部室にて、毎年この季節にのみ販売されるハンバーガーを食べたいから一緒に行かないか、と誘ってくれたのは宮城の方からだった。
その誘いに乗ってやったのにどうしてか宮城は不機嫌だし、俺の返答が気に入らないとでも言いたげに指先でテーブルを叩いている。
俺とあの水戸がダチ。
これは紛れも無い事実だ。嘘ではない。
宮城を含む大勢の人間の目にも俺達二人が仲良くしているのは明らかだろう。
それなのに何度も何度も同じように水戸との関係を尋ねられ、答える度に露骨な溜息をつかれては俺達二人の仲を否定されているようであまりいい気分ではない。
「ほら三井さん、お芋さんも食べて」
「んはは。お前、お芋さんって…っ」
「俺の爺さんがポテトをお芋さんって呼ぶからうつっちまったんだよ。アンタが笑顔になるなら良いけどさ」
「あー…お前の爺さんなら言いそう。分かる」
いち早く俺の変化を察した水戸がポテトを差し出し、口元まで運んでくれた。
水戸の口からお芋さん、などという可愛らしいとも年寄りくさいとも言える単語が出たことに笑いが零れる。
以前に一度だけ、水戸がここから電車で二時間ほどの距離にある母方の地元で行われる夏祭りに誘ってくれたことがある。
その際に初めて紹介された気の良い祖父母を思い出し、年の割には食や音楽、ファッションなどの好みが若者寄りだったあの爺さんなら有り得そうだと何度も頷いてみせた。
「それそれそれそれ」
「何だよ急に…沖縄の民謡でも披露する気か」
「ちっげえよそれそれのことそれ何」
それそれと合いの手を入れる宮城は摘まんだポテトの先端を水戸に向け、向けられた水戸も隣の俺もわけが分からずにお互いの顔を見合わせたあと、同時に首を傾げた。
それ、とはもしかして水戸のことを指しているのだろうか。
何、と言われも水戸は水戸だし、水戸以下でも、水戸以上でもない。
突然この場に水戸が現れたわけでもなければ、水戸と宮城が初対面というわけでもない。
そもそもつい今しがた自分から水戸を話題に出しておきながら何、とは随分なものの言い方だ。
水戸がこの場に居ることだって校門を出たところで偶然出会い、急遽バイトが休みになったと言う水戸にそれなら飯でも行かないか、と俺が誘ったのだ。あの場に居合わせて、更には三人で店まで来たのに知らなかった、気付かなかった、とでも言うつもりだろうか。
「…宮城、これは水戸洋平くん十五歳だ。仲良くしろ」
「趣味は三井さんです。よろしくね」
「えー…何これえ………俺悪い夢でも見てんの」
念の為に水戸を紹介してやると水戸はお茶目にもVサインを作り、サービス精神旺盛にウィンクまでしてみせた。
これは貴重だ。羨ましい。
それなのに宮城は納得せずにどうしてか頭を抱え、今にもテーブルに突っ伏しそうだ。
水戸は俺が部活に復帰するより前から桜木の冷やかしをしに頻繁に体育館を覗いていたらしいし、宮城とも交流があったと聞いている。
何より県大会どころか全国大会まで応援に駆けつけてくれた相手にそれだの何だの言うのはあまりにも失礼な行いだ。
「はいや、って言うか今、爺サンがって…え三井サン…あんた、水戸の爺サン知ってんのえ何で」
「まっさかあ。爺さんどころか婆さんも知ってるよね」
「なー」
「一々イチャつくの何喧嘩売ってる」
可愛らしく首を傾ける水戸につられて俺も同じようにしながら返事をすると宮城が声を荒げ、乱暴にテーブルを叩いた。
お陰で店中の視線を集めてしまい、まだ何か言いたそうな宮城を宥めるよりも先に俺と水戸の二人で他の客にペコペコと頭を下げた。
赤木と小暮が引退して以来、新キャプテンとなった宮城のメンタルに余裕が無いのは俺もきちんと理解しているつもりだ。
だからこうして飯に付き合い、愚痴でも相談でも何でも聞いてやるつもりでいるのになんなんだコイツは。
ここ最近は目立ったトラブルも無く、全員が赤点を免れて安心していただろうに何を苛立つ理由があるんだ。
「聞いた三井さん、俺達がお似合いだって」
「んなこと言ってねえよ。それより何で水戸の爺サン婆サンを三井サンが知ってんのかって話。同居してるにしても三井サンが水戸の家に行くとかあるわけ」
「俺の家にもお袋の実家にも泊りに来るけど」
「あ、俺水戸の部屋にワックス忘れてねえ」
「うーん…どうだったかな。一緒に探してあげるからこのまま泊りにおいでよ。どうせ今夜は誰も居ないし、着替えもあるんだしさ。そうだ、ゲームの続きする」
「するする。今夜は牧場から攻めていこうぜ」
「ちょっと、ナチュラルに二人の世界に入るのやめて」
「聞いた三井さん、俺達がお似合いだって」
「だからんなこと言って…うぜー」
「宮城。後輩相手に…しかも水戸に何だその態度は」
「二度うぜー」
水戸と二人だけの共通の話題でつい盛り上がってしまった俺も悪いが、宮城の態度は如何なものか。
行儀悪く椅子の背もたれにべったりともたれ掛かり、天井を仰いでこちらを見向きもしなくなった。
うぜーうぜーと言うばかりで、全く会話になりはしない 。
虫の居所が悪いにしても限度ってものがあるだろう。
湘北バスケ部のキャプテンとしての自覚が無いのか。
こんなところを赤木に見られでもしたら大目玉を食らうぞ。
「宮城、駄々をこねるのもいい加減にしろよ」
「え、あんた俺が駄々こねてると思ってんの⁉」
「じゃあ何だよその態度は。何が気に入らねえんだ」
「気に入らないとかじゃなくて…あんたらがさあ…」
部活終わりであろうと、俺は締めるところはきちんと締める男だ。
相手がキャプテンだろうと指導が必要となればこうして上級生として叱りもする。
だから宮城も姿勢を正したものの、再びポテトの先を俺達二人に向けて歯切れの悪い返事を寄越した。
俺達二人が何だと言うんだ。
何度も答えたように水戸とは普通にダチとして仲良く過ごし、今夜もお泊りが確定したばかりだ。
一部始終を正面から目撃しておいてまだ俺達二人が過去の出来事から険悪な仲にあるとでも疑っているのか。
「まあまあ、そう責めないであげなよ。きっとさ、俺達があまりにもお似合いだから羨ましくなったんだよ」
「宮城…そうだったのか…悪かったな」
「ばあ~~~~~~っかじゃねえの」
俺や水戸に比べ、宮城は内向的な性格からバスケ部以外となるとあまりダチが多いとは言えないタイプだ。
そんな宮城の前で水戸と二人で幼い頃からの親友のように振る舞い、共通の話題で盛り上がるのは配慮に欠ける行いだったかも知れない。
こればかりは俺が悪かった。
と、己の非を認めて謝罪をしたのに宮城は天井へ向かって吠え、呆気にとられた俺達を無視して残りの飯を一瞬にして平らげると、乱暴に立ち上がって
「やってらんねえ。心配して損した。何よりうぜえ」
と言い、お先に、とも御馳走様、とも言わずにさっさと一人で先に店を出てしまった。
どういうことなんだ。
「水戸、折角来てくれたのに悪かったな」
「全然気にしてないよ。大丈夫。それよりさ、俺達がお似合いだってこと、今夜はじっくり話し合おうよ」
「うぜええええええええええええ」
こんな時でも場の空気を和ませようとする水戸の微笑みも、外から響く宮城の怒号によって台無しとなった。
「三井サン、昨日はすんません。冷静じゃなかった」
「本当にな。まあ、俺もはしゃいで悪かったわ」
翌朝。
朝練前の部室でお互いに一番乗りとなり、宮城は開口一番に謝罪をした。一晩経って冷静になったのか、謝罪の言葉や表情に嘘は見えない。
反省したのは確かなようだし、長引かせるほどのことではない。
もしもまた同じことが起きた時にこそしっかりと指導し、キャプテンとしての自覚を持たせなくてはならない。
「ところでさ…あんた本当に大丈夫昨日も泊まったようだけど何かされてない水戸はすげえ奴だと思うけど、それと同時にやべえ奴でもあるから少しは警戒したらどうあれから何もされてない無事事後」
「水戸がすげえ喧嘩強くてやべえ十五歳だってことくらい俺が一番知ってらあ。でも今はダチだし、理由も無く人を殴るような奴じゃねえよ。昨日も普通に泊まって…あ、沖縄育ちの迫力に負けたみてえで夜になったらすっかりビビッて寝かしつけるの苦労したわ」
「…ね、寝かしつけるって」
「別に、普通。お前が恐かったって言うから布団の中で安心出来るように背中をぽんぽんと叩いてだな」
「それそれそれそれ」
「だから何の合いの手なんだよ」
「ちげえってのあの水戸が俺にビビると思うあんた水戸から体育館でボコられたのに覚えてねえの」
宮城は反省した。改心した。
そう思って安心したのは間違いで、今日も早くから絶好調だ。
水戸と宮城の交流は殆ど無いのに何故こんなにも水戸を警戒したがるのか俺には全く理解出来ない。
が、よくよく考えると交流が無いからこそ水戸を誤解してしまうのだろう。
「お前は水戸を誤解してるぞ。漫画とかでよくあるだろ。普段は普通なのにいざって時やダチの為なら熱くなるタイプ。水戸はあれと同じだって水戸が言ってた」
「何もかもうぜー」
ろくに話も聞かないまま、宮城は部室を出てしまった。
「なあ水戸、お前って実は俺を信用してなかったり殴ろうとしてたりするか嘘とか無しで、正直に答えろ」
「は俺が三井さんを無い無い無い無いあるわけない。仮にそうだとしてさ、そんな奴が三井さんを自宅に泊めたり背中を流してあげたりすると思うそれに三井さんが寝たあとなんて…ん、ふふ。とにかくさ、そんな馬鹿な考えは捨ててよ。俺は一生三井さんだけと決めてるのに、そんな風に疑われるなんて悲しいよ」
「そ、そうだよな…お前がそこまで俺をダチとして認めてくれたのに…疑うようなことを言って悪かった」
水戸の家に泊めてもらった場合、宿泊代として翌日の昼飯は俺が奢る。
それが俺達二人のルールだ。
水戸は要らないと言うがそれでは俺の気がおさまらない。
だから今日も学食で合流し、ほぼ同時に食事を終えたところでふと思った疑問を口にしてみた。
すると水戸は俺の疑問を全否定したあと、しょんぼりと項垂れてしまい、俺は慌てて水戸の背中を摩りながら謝罪をした。
「いや、いいんだよ。気にしないで。俺達の出会いってちょっと特殊だし、三井さんが不安に思うのも仕方が無いよ。でもだからこそもっと親密な仲になれるよう今夜も泊りに来ないもちろん今夜も誰も居ないよ」
俺の謝罪をすぐに受け入れ、ニコリと笑ってくれる水戸の懐の広さは天下一だ。
しかも俺達二人が更に仲良くなれるようもう一泊しないか、と提案してくれた。
嬉しい誘いに是非ともと乗りたいところだが、二日も泊まるのはどうだろうか。
連泊となると流石にうちの親もまた俺が悪さをしていると疑うかも知れない。
「親御さんのことが気になるなら一度俺が挨拶に行こうか。長い付き合いになるんだし、良い機会じゃん」
「聞いたか宮城。ここまで俺のことを考えてくれる水戸は正真正銘の良い奴だ。なお前も分かっただろ」
「うぜええええええええええええ」
偶然向かい側の席に居た宮城へ水戸の善人ぶりを見せつけたのに、何故か奴は学食中に怒号をまき散らした。
「三井サン、ちょっといいっすか」
「どうせ水戸の話だろ。結局何が引っかかってんだ」
部活中、宮城はずっとチラチラと何か言いたげに俺を見ていた。
それがきっと水戸のことだろうとは予想がついて、部活終わりに部室へ残るよう呼び止められても驚きはしなかった。
けれど昼間の学食で水戸の善人ぶりは証明されたし、そもそも宮城が何故水戸を警戒しろ、と言うのかが不思議だ。
確かに不良で、教師からの評判が良いとは言い難いだろう。
それでも率先して何か悪さをするタイプでもなく、クラスの中でも浮くことなく馴染めているようだ。
自暴自棄となった俺が潰そうとしたこのバスケ部の救世主でもある水戸に対する偏見や誤解など、全てこの俺が払拭してやろう。
「お願いだから俺を巻き込まないでください。初めこそ心配してたけどあそこまでとなると手に負えないし、もう関わりたくない。どうか俺を解放してください」
「な、何だよそれ…どういう意味だよ」
「そのまんまの意味。下手に関わった俺が馬鹿でした」
「…もう水戸のことは悪く言わないってことか」
「そこに関してはもう二度と口出しません」
どういうわけか、宮城は俺の知らぬ内に心を入れ替えていた。
珍しく低姿勢で深々と頭を下げ、水戸への非礼を詫びている。
そうとなれば話は早く、俺としても余計に説教をしないで済むので有難い。
宮城なりに反省したようだから、これ以上は何も言わないでやろう。
正直な話、交友関係に年下のキャプテンから彼是口を挟まれるのは気が重かったので解決したなら何よりだ。
「三井さん大丈夫遅いから心配したよ。誰かに虐められてない俺にして欲しい事があれば何でも言って」
「うぜえええええええええええええええええええ」
待ち合わせの校門前にて。
約束よりも遅くなった俺の姿が見えるなり心配したと駆け寄る健気な水戸の姿よりも、目の前を通り過ぎるパトカーのサイレンさえもかき消す宮城の異常な声量への衝撃が勝ってしまった。