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    なんなの

    @honmani_nannano

    日本語 トテモ むずかしネ

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    なんなの

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    お出かけ前のおまじないの話

    【再掲】 「ただいま」を待ってるオレが十六歳の誕生日を迎えるおよそ一ヶ月ほど前、必死に貯めたバイト代がようやく目標金額に到達した。
    その金で教習所に通って免許を取得し、かねてより喉から手が出るほど欲しがっていたバイク…と言っても中古だが、念願の愛車をお迎えするぞと意気込むオレに、三井さんは暫く言葉に悩んだ末にたった一言だけ

    「気を付けろよ」

    そう言って、口論を避けるために本音を隠してくれた。
    逆の立場になって考えてみれば分かり易い話、恋人がバイクの免許を取ります、移動手段がバイクになります、と聞いて真っ先に思い浮かぶのは事故のリスクだ。
    元々当時のオレは原付でさえ無免許だったし、ノーヘルだし、そもそもその原付も今となっては顔も思い出せないほど昔の喧嘩相手から奪い取った戦利品だった。
    といった事情も全て知った上で三井さんは「気を付けろよ」としか言わず、十八歳を目前としたオレがいよいよ大型二輪の免許を取ると伝えた時も同じ反応だった。
    そのお陰で揉めることなくオレは最後まで楽しく教習所に通えたし、あれから十年も経過した今も「趣味は」と聞かれたら「バイク」と即答するほどになったわけだ。
    この十年間、オレが想像している以上に三井さんはオレがバイクで事故を起こす、もしくは巻き込まれるなどのリスクについて考えては不安に思ったに違いない。
    なのに毎回お決まりの「気を付けろよ」で済ませるのは三井さんなりにオレを信じてくれているからだと思う。
    同棲するようになってからはほぼほぼ毎日おまじないのように「気を付けろよ」と言われるようになり、喧嘩したままの状態で出かけなきゃならない時には「気を付けろよ」のあとに「事故ったら殺す」というおまけが付く。
    しかも外出中はいつもより連絡が増え、無事か怪我してないかとオレの安全を気にかけるものばかりだ。
    絶対に事故らないと約束出来ない以上もっと口煩く言われる覚悟はあったのに、否定的な発言も過剰な口出しもせず送り出してくれるのは非常に有難いことだ。





    「八時二分。悪質なライダーを現行犯で逮捕しました」
    「ええ…何で、まだバイクに跨ってすらねえじゃん」

    土曜日の朝八時に鳴り響くアラーム音で目覚め、止めようと目覚まし時計に腕を伸ばせば寝起きとは思えないほどはっきりした声と共に力強く手首を掴まれた。
    続けて両腕の中にオレを閉じ込めた三井さんは相変わらず寝起きが良く、昨晩あれほど無茶をしたのにたった一晩ですっかり元気になっているのだから羨ましい。
    オレはと言えば昨晩突然思い付いたように三井さんから「今夜は好きにして良いぞ」というお許しを得て年甲斐もなく浮かれてしまって体は重く、更に睡眠不足だ。
    少し息苦しいくらいだが、恋人の胸に顔を埋めたまま二度寝で休日を潰すのも悪くはないかも知れない…と、普段のオレならそう考え、このまま瞼を閉じただろう。
    しかし今日は前々から計画していた日帰りのツーリングに行く日で、先週から愛車のメンテナンスは完璧だ。
    予報通り天気は快晴。これぞ絶好のツーリング日和だ。
    本来ならばすぐにでも布団から飛び出て出発の支度を始めたいところだが昨晩の無茶による眠気と、全くオレを解放しそうにない恋人の温もりが決断を鈍らせる。

    「ねえお巡りさん、オレの逮捕って完全に誤認じゃん」
    「馬鹿言うな。散々人に無茶させて誤認なわけあるか」
    「好きにして良いって言ったのに…ちなみに刑期は」
    「んー…あと五分くらいだな。九時には出るんだろ」
    「そのつもりだけど…帰宅は予定よりも早くなるかも」

    予定では約半日かけてのツーリングで、長距離なだけに初めて予定を伝えた時の三井さんは明らかに渋りはしたものの、それでもお決まりの台詞を言ってくれた。
    いっそ今日はやめるべきかと考えていると三井さんが「そうだ」と何か思い出したように上半身を起こした。
    追いかけるようにオレも上半身を起こしてベッドの上で向かい合うと、どうしてか三井さんは得意気に顎を上げ、更には胸の前で自信満々のように腕を組み、それはそれは王様よろしく偉そうな態度でこう仰られた。

    「水戸、お前はもっとオレに感謝するべきだぜ。知ってるか出かける前に気を付けてって言われると事故に遭う確率が減るんだと。つまりお前が無事に帰宅出来るのはオレの功績だな。よし、存分にオレを褒めろ」
    「へえ…またネットで何か見たんだちなみにオレも三井さんが出かける前には必ず言ってると思うけど」
    「…だからまあ、今日もお互い気を付けようって話だ」

    「そんな話じゃなかっただろ」とは言わずに「そうだね」と笑顔で返すオレは我ながらよく出来た彼氏だと思う。
    言われてみればそうだった、と今更気付いたように目を泳がせるのは可愛いし、オレの無事は自分の手柄だと誇らしげに語った姿も可愛いので大目にみてやろう。

    「あまり言うと嫌味っぽくなるから言わねえけど…オレなりにお前がバイクに乗るのは心配してんだからな」
    「知ってる。なのにいつも送り出してくれてありがと」

    「感謝してるよ」とまで言うと照れ臭そうに他所を向いて「うん」と小さく頷くこの可愛い生き物をどうしようか。
    昨晩の余韻のせいか、今日はまた格別に可愛く見える。
    二十六歳にもなって恋人と離れたくないから今日は何処にも出かけない、なんて言ったら笑われるだろうか。

    「…あのさ、三井さんの今日の予定って何かある」
    「オレは完全にオフ。昨日は流石にはしゃぎ過ぎたわ。お前はそろそろ支度するだろ引き留めて悪かったな」
    「大丈夫。急いでねえし…まあ、ゆっくり過ごしなよ」

    確かに昨晩ははしゃぎ過ぎた。これは完全に同意する。
    だから一人で二度寝しようと再び布団に潜った三井さんを少々憎らしく思いながら、楽しみなはずのツーリングに向けて支度をしようとベッドから降りた途端に

    「水戸、帰ったらまたオレとイチャイチャするんだから絶対に事故るなよ。安全運転だぞ。気を付けろよ」

    という熱烈なお誘いがかかったものだからオレは床を蹴って降りたばかりのベッドへダイブで戻ってみせた。
    そんなオレを三井さんは最短記録の帰宅だと言い、笑顔で「おかえり」を言われてようやく罠だったと気付かされた。
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