ベル旬習作 架南島での戦いが終わった。本土に侵入した蟻たちも、多くのハンターによって大半が駆除されたそうだ。しばらくは死体の後片付けに追われ、ハンター協会周辺も慌ただしい日々が続くだろう。黙って出て行き、中継で居場所がバレた葵にそれはもう怒られた。取っ組み合う――正確には一方的に俺がシバかれただけだが――兄妹をおっとりと引き剥がし、夕飯にしましょうと提案をしてくれた母の助け船に感謝した。
家族におやすみの挨拶をすませ、自室のベッドで一息つく。月明かりに照らされ、伸びる影を見下ろすと幾つかの影と目が合った。その中で一際するどい形と目を合わせ、なるたけ静かに声を落とす。
「ベル、出てこい」
母たちと夕食を囲んだ時から、ざわざわと揺らめく影が気になっていた。初めての、言葉で意思疎通ができる影だ。影の領域には慣れたか、他の影たちとはうまくやれているかと尋ねてみたいこともあった。
滑るように現れた影は、淡く透ける四枚羽根を震わせた。ベッドに腰かける俺を認め、こうべを垂れる。指先を振って「楽にしろ」と無言の指示を出すと、跪いたままモノ珍しそうに部屋全体を見回し、ペタペタと床に触れている。
「ああ……土の洞窟じゃないし、慣れないか?」
「は、い。ココが、あなたの巣、なのですか?」
巣……まあ、蟻の言葉にするとそうなるのか。適当に頷けば、ゆらりと立ち上がったベルが俺を捕まえるように両手を伸ばしてきた。影になったとはいえ、まだ日が浅いせいか警戒が先立つ。す、と脇の下を抜けて床を踏むと、向かい合った俺たちの間に微妙な沈黙が落ちる。まだ発声が難しいのか、自分からは流暢に話さない影へ問いかける。
「ベル、何の真似だ」
「私、たちは……、王となるべき強い、アリは、巣を出てすぐに交尾……をしマス」
交尾って……。影に子孫を残す能力があるのか?影になってもそういった虫の本能は残るのか。疑問符を大量に浮かべ、なら他の蟻たちと影の中で好きにすればいいんじゃないかと言葉に出す。影にした蟻たちが雄なのか雌なのか、俺にはどうもよくわからないが。
そうではないと首を振ったベルは「強くなけれ、ば意味がナイ、のです……」と返した。殊更ゆっくりと伸びた異形の手が、今度こそ俺の両腕を簡単に一周した。爛々と光る目に、ギチギチと噛み鳴らされる牙に冷や汗が流れる。強さ。幾度も人の王かと問いかけられた記憶が蘇る。完膚なきまでに蟻の王を叩きのめした戦いも。お前が強いと認める相手って、まさか――。
「王、よ……」
「……ッ」
「我が王、私の、王よ……」
かぱ、と横に割れた口から粘ついた唾液が糸を引き、思いのほか甘い芳香にぎょっとする。それがぼやけるほど至近距離に差し出され、ようやく我に返る。
「いや、いやいやちょっと待て!俺を相手に選ぶな……よっ!」
「ギィッ!」
至近距離から首めがけて額を打ち付け、ひるんだ隙に拘束から逃れる。途端に紅いプルームが影から舞いあがり、抜き身の剣がベルへ向けられた。
「……」
「ギギ……」
羽根を震わせ、臨戦態勢をとったベルとの睨み合いが続く。
「あー、待て。喧嘩するな」
二体の間に割って入り、剣と伸びた爪を収めさせる。ここで暴れられたら、俺の部屋と上下階全てが巻きこまれるだろう。無言ながら冷たい空気をまとった騎士の胸を叩き、安心させるように微笑んだ。呼び出しがなくても、俺のためにと顕現した騎士に礼を述べる。
「ありがとう。俺は大丈夫だから、戻っていい」
じっと見下ろされ、こくりと兜が頷いた。納得していない気配を感じるが、影に沈む騎士を見送ってベルに視線を投げた。
分岐ルート
①交尾はしない。ただし今後旬との絆が深まったら満を持して……のパターンがあるかもしれない。
②解毒に3秒程度はかかるとして、ベルちゃんの体液が尽きるまで延々と毒を送り続けて無理やりセッ。持って数分のスピードセッになる予感。