春の訪れ.
ホテルを出てコンビニへと向かう、夜明けと早朝の狭間で日が昇りきる前のこの時間がたまらなく好きだ。日本は予想してたより寒かったけど、街が目覚める前の気怠げな空気を感じれて気持ちがいい。
数メートル先に見知った後ろ姿を見つけて駆け寄った。ステージから降りると少し背中が丸まってとぼとぼ歩く姿が分かりやすい。
「オンニおはようございます」
「おはよう、早いね」
声を掛けると少し身構えられた。裁判で明暗が別れた私たちは最近思うように話せない。弁護士の指示とはいえ海外で、しかもこんな早朝で誰が私たちを咎めるというのだろう。
「ジンソルオンニはまだ寝てたので置いてきました」
同い年のジンソルオンニの話をすると、ふと表情が和らいだ。オンニの目元に昨日のコンサートの涙の跡がまだあるような気がして胸が締め付けられる。私が抱きしめて涙を拭ってあげたかった。
「オンニもコンビニですか?」
「ハスルが喉の調子悪くて」
昨日頑張りすぎたのかもねと同室のハスルオンニを気にかけた返事が返ってくる。オンニは大丈夫ですか?オンニに降り注ぐ雨を防ぐ傘に私がなれたらいいのに、頬を濡らす回数を減らせたらと願う。
コンビニまでの距離がもうちょっとあればなと歩くペースが遅くなっていく。隣で同じ方向を向いてずっと歩いて行きたい、スヨンオンニが笑ってるのを近くで見ていたい。
コンビニの前に着くとオンニの携帯から着信音、画面を見て慌てた様子で先に入っててと促された。自動ドアが閉まる間際にオンニの弾むような声が聞こえてくる。
「ウンジオンニ」
商品を選ぶフリをしてガラス越しに電話をしてるオンニを眺める。嬉しそうに笑って前髪を撫でて、また蕩けるような笑顔になっていく。電話の相手はウンジ先輩、スヨンオンニの好きなひとで多分恋人。
オンニが泣いて帰ってきた日は許せなかったし、首に薄い痕が残ってた日は嫉妬で焼け焦げそうだった。そんなことを思い出してたら買い物カゴが随分重くなっていて、レジへと向かう。
会計を済ませて外に出るときに電話を終えたオンニとすれ違う。
「ジョンウナ待ってて一緒に帰ろう」
さっきまでと打って変わって明るい声と表情、久しぶりに名前を呼ばれた気がしてこっちまで嬉しくなる。ウンジ先輩に感謝しておこう、少しだけ。
外に出ると風が強くて肌寒い、見上げた街路樹にひとつだけ咲きそうな蕾があった。オンニが来たら教えてあげよう、春が来ていることを。