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    hota_kashima

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    hota_kashima

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    志津摩は生きているのでは?という幻覚が止まらないので書いた話。

    鹿屋を飛び立ち間も無くすると薩摩富士と呼ばれる開聞岳が月に照らされ黒く浮かび上がる。この開聞岳で日本の本土とはお別れだった。
     人生で最後の本土の景色をじっと見つめてみるがそれ程感慨深いものはない。それよりも八木さんの元に征けることへの胸の高鳴りが上回った。
     今から征きます。心の中で呟き黒い襟巻きを持ち上げ匂いを嗅ぐ。もうこの襟巻きから八木さん匂いがしなくなり久しい。だが時折ふと煙草の匂いが襟巻きから香る気がする。そんな時は八木さんを感じる事が出来て逸る気持ちを抑える事が大変だった。
     だがもう気持ちを抑える必要もない。やっと征けるからだ。
     目一杯襟巻きを吸うと久しぶりに煙草の匂いがした気がする。目頭が熱くなると涙がついと頬を伝う。
     
     そんな最中、後ろ向きに座る偵察員の佐藤が鼻を啜る音がした。前を向く俺にはもう見えない開聞岳を佐藤は見続けながら本土を離れることになる。死にたくないと言っていた彼には、徐々に遠ざかる本土を見ながら死地へと向かう事は酷な事だろう。
     暗闇の中を進み、屋久島を通り過ぎても未だ啜り泣き続ける佐藤に少し苛立ちを感じだした時だった。
    「俺にはあの世で待ってくれている人が居ないんです。両親も元気で兄弟も戦争に出てるのは俺だけ。祖父母も生きてる。誰が俺をあの世で出迎えてくれるんですか…ぅう…」
     佐藤はペアになってから家族の話を沢山してくれた。厳しくも優しい両親、歳の離れた弟と妹達。海軍に入る前は祖父母の畑の手伝いをしていた家族思いの青年。この世との繋がりが強い彼のことを、眩しく感じたものだった。
     
    「おっかぁ…俺死にたくねえよぉ…ぅうう…ふぐぅう…う…う…? ん…? 田中一飛曹、燃料の減りが異様に早いです!」
     グズグズと泣いている中、突然の話題変更で返答をするのが遅れてしまった。
    「…ん? えっ! あ、本当だ。沖縄までまだ半分程なのに…」
     出発時には燃料を満載していた。低空飛行で沖縄まで丁度の片道分の燃料だ。だがこの時既に燃料の計測器はあと僅かを示している。
    「これ燃料漏れてるかも…喜界島なら基地がある。喜界島まで持つかな?」
     後ろで計算尺を慌てて弄る佐藤が声を張り上げる。
    「喜界島までは無理です。四〇度に進度変えてください。どこか近くの小島に不時着するしかない」
     その最中だった。エンジンがブスブスと音を立てプロペラの回転が著しく低下する。
    「わーっ!! 止まった!!」
     プロペラが止まっても滑空の揚力でしばらくは落ちない。だが、それでどこまで進めるか…と逡巡していると操縦桿を握る手が汗で滑り操縦桿を押してしまい、機体は高度をガクリと下げた。
    「田中一飛曹! 下げないでください! もう高度上げられないんですから!」
     焦る佐藤の声に「わかってるよ! 手が滑って…」服で手のひらの汗を落とし操縦桿をしっかり握り直した時だった。
     真っ暗な海の中に月明かりに照らされた小島のような影が見える。
    「佐藤! 島あった! 砂浜に着陸する!」
    「ちょっ、ちょっと待ってください! 爆弾抱えたまま着陸したら爆破するんじゃ?」
     小さな小島の緩やかに曲がった海岸線に高度を下げて近づく。
    「外せないようになってるからこのまま行くしかない!」
     着陸は失敗が多い俺だけど、全神経を使い前輪を同時に着地させる。エンジンが動かないからやり直しは効かない、一度きりの着陸だ。
     祈るような気持ちでブレーキをかけ後輪を着地させた時だった。
     右前輪が岩のようなものにぶつかり大きな音を立てたかと思うと機体が大きく右に回転する。
    (あぁ、こんな時に…またやってしまった。)
     過去の着陸失敗を思い出していると程なくして機体は停止した。
    「爆発しなかった…」
     ホッとため息をつき後ろを振り向くと後ろの座席で気を失った佐藤が伸びていたのだった。
     
     小さな小島は一〇人弱しか人が住んでおらず、連絡船や郵便船は年明けから来ていない孤島だった。
     俺たちの乗ってた白菊には無線は積んでいない。この島にも無線は無く、連絡の手段がないまま初秋に米軍が来て日本の降伏を知ったのだった。
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