「ルークの心の光」「ナツ子の心の嵐」「ルークの心の光」
俺は戦うことしか知らなかった。
この世界で剣を握り、ソウルフューチャーを守る。
それが俺の全てだった。
ナツコが現れるまでは。
今日、俺はナツコをデートに誘った。
「息抜きしようぜ」と口では言ったけど、本当はただ、彼女と二人でいたかった。
戦いの音が遠い、こんな穏やかな日々は珍しい。
いつもならヴォイドの気配を警戒してるはずなのに、今は彼女の温もりしか感じられない。
こんな俺、初めてだ。
少し前、俺はナツコに気持ちを伝えた。自分でもびっくりするくらい、まっすぐ言えた。
彼女が俺をどう思うか分からない。
彼女がこの世界の人間じゃないってことも、頭のどこかで引っかかる。
でも、ナツコがそばにいると、俺は勇者じゃなく、ただの男になる。
使命感でガチガチだった俺が、こんな風に誰かを想うなんて、想像もしてなかった。
今、手を繋いで川沿いを歩いているナツコはいつもより静かだ。
長い髪が顔のほとんどを隠して、風が吹くたびに揺れるその隙間から、少しだけ彼女の様子が見える。
目が合うとすぐ髪の奥に隠れるみたいにうつむくから、俺はちょっと笑ってしまう。
そのぎこちなさが、なんだか愛おしい。俺のせいでこうなってるのか?
そう思うと、もっとちゃんと気持ちを伝えなくてはと焦る。
「なあ、ナツコ。真面目な話していいか?」
俺は姿勢を正して、彼女を見た。髪の隙間から覗く目が、ちょっと緊張してるみたいだ。
深呼吸して、胸の奥から言葉を絞り出した。
「俺、お前のことが好きだ。前にも言ったけど、もっとちゃんと伝えたい。ずっとそばにいたいって思うんだ」
ナツコの肩がびくっと揺れた。髪の奥で顔が真っ赤になってるのが、ちらっと見えた。
彼女が何か言おうとして、でも言葉にならずに唇を噛むのが分かる。俺の心がざわついた。
嫌いじゃないって信じたいけど、もし彼女が同じ気持ちじゃなかったら? そんな考えが頭をよぎる。
その時、ナツコの視線が川の対岸に動いた。俺もつられて見ると、木の枝に鳥が止まっていた。
妙に大きな目でこっちを見ていたが、なんか変な鳥だな、くらいにしか思わなかった。
でも、ナツコの手が俺の手をしっかりと握って、微かに震えてる。動揺してるのか?
彼女がすぐに目を逸らしたから、深く考えるのはやめた。
「ナツコ、大丈夫か?」
俺は彼女の手を握り返した。彼女の目が髪の隙間から俺を捉えて、かすかに笑った。
「うん、なんでもない。ただ……びっくりしただけ」
その声が少し弱くて、俺の胸が締め付けられた。
「俺は本気だ。お前の気持ち、ちゃんと聞きたい」
そう言って、俺は手を伸ばし、ナツコの顔にかかった長い髪をゆっくりと分けた。
今日初めて、彼女の顔がちゃんと見えた。
頬は真っ赤で、目は少し潤んでて、伏し目がちに俺を避けるようにしている。
ナツコが何か言おうと唇を震わせるのを見て、待たずにはいられなかった。
彼女が小さく息を吸って、囁くように言った。
「私も……好きだよ、ルーク。やっと分かったの。すごく好き」
ナツコの言葉が俺の胸を突き抜けた。信じられないくらい、嬉しかった。
ナツコが顔を上げて、俺を見る。
その瞳が夕陽を映してキラキラ光って、俺の心を掴んで離さなかった。
なんて綺麗なんだ。吸い寄せられるように俺は彼女に近づいて、そっと口づけをした。
初めての口づけは、柔らかくて、温かくて、ちょっと緊張した。
ナツコの息が俺の唇に触れて、世界が静かになった。彼女だけがそこにいた。
唇が離れて、俺はナツコを強く抱きしめた。華奢な体が俺の腕に収まって、鼓動が重なる。
こんな近くにいるのに、もっと近づきたいと思った。
「お前が好きだ、ナツコ。このまま離したくないんだ」
耳元で囁くと、ナツコが俺を抱きしめ返してきた。
その力に、彼女の気持ちが伝わって、胸が熱くなった。
ふと、対岸を見た。あの変な鳥はもういなかった。木の枝が風に揺れてるだけだ。
ナツコの体が一瞬だけ強張った気がしたけど、すぐに緩んだ。
彼女が何を思ってるのか、全部は分からない。
でも、今は彼女が俺の腕の中にいる。それだけで十分だ。
夕陽が川を染める中、俺たちは抱き合ったままだった。
彼女を守りたい…この世界がどうなろうとナツコを離さない。
それが新しい使命だと、俺は心に刻んだ。
「ナツ子の心の嵐」
朝、勇者の館の食堂にそっと足を踏み入れた瞬間、心臓がドキンとした。
ルークがそこにいた。いつものエプロン姿で、テーブルにパンや果物を並べて準備をしている。
「あ、ナツコ、おはよう。よく寝られたか?」
朝日が金髪に当たってキラキラ光って、まるでアニメのワンシーンみたいにまぶしい。
その笑顔が、昨日の川辺でのことを思い出させて、頭がカーッと熱くなった。
昨日、ルークと川辺を歩いて、告白を聞いて、私も「好きだよ」って言って……そして、キスした。
彼が私の髪を分けて見つめてくれた瞳、柔らかい唇の感触、ぎゅっと抱きしめてくれた腕、離したくないという言葉。全てが頭の中でエンドレスで再生されて、胸がドキドキする。
子供の頃、映画で見たルークに憧れてた私は、彼がこんな風に私の心を掴むなんて想像もしてなかった。
恋愛なんて私には縁遠い世界だと思ってたのに、ルークの笑顔一つで頭がパニックになる。
「う、お、おはよう! うん、寝れた、寝れたよ!」
目が合わせられない。ルークの声が耳に響くたびキスの記憶がよみがえって、心臓がバクバクする。いつもなら軽口だってたたけたのに、今はそんな余裕ゼロ。顔が熱くて、絶対真っ赤だ。
「ほ、ほら、朝ごはん! 食べなきゃ!」
気まずさをごまかすように、テーブルに突進して、パンと果物をササッと皿に盛った。ルークが「ん? そんな急いでどうした?」って不思議そうに言うけど、聞こえないふりをする。
「う、うん、ちょっと部屋で食べたい気分なの! じゃ、またね!」と叫んで、食堂を飛び出した。
ルークの「おい、ナツコ?」って声が背中に聞こえたけど、振り返ったらこのぐちゃぐちゃな心を見透かされそうで、怖かった。
この世界——滅びゆく物語は、鶴山監督のシナリオ通りなら必ず終わる。
昨日、川の対岸で見た鶴山監督の化身の鳥。
この世界の滅びを決めた創造者の目が、私たちを見つめていた。
ルークとの時間も長くは続かない。私はそれを知っている。知っているのに、言えない。
好きと伝えたのは抑えきれなかった本心だけど、この気持ちを押し進めていいのか、怖くてたまらない。
自室に戻って、ドアをバタンと閉めた。机に皿を置いて、どっと力が抜けた。
「何やってんだろ、私……」
一人でパンをかじりながら、昨日のことをまた思い出す。想いが通じ合って幸せなはずなのに、すぐに不穏な影が追いかけてくる。 彼の前でドキドキしすぎて、普通に話せなくなってる自分にも苛立つ。
もっとカッコよく、スマートに振る舞えたらいいのに。
自分の恋愛スキルの無さを思い知らされ、ただ悩むことしかできなかった。
昼の中庭。
私はユニオの像の前に座って、ぼーっと空を見上げていた。
朝の食堂でのヘタレっぷりを思い出すと、恥ずかしさで身悶えする。
ルークの笑顔がまぶしすぎて逃げちゃった、なんて情けないったらありゃしない。
でも、それ以上に頭の中は滅びの恐怖でいっぱいだ。
こんな大事な時に恋愛にうつつを抜かしている自分を、どこか許せなくもある。
だけど、気持ちを伝えずにはいられなかった。
あんな大事なこと言っちゃって、これからどうしよう……。
あれこれ考えすぎて、ため息しか出ない。
「ナツコ、何だ? そんなため息ついて」
突然の声に、ビクッと飛び上がった。振り返ると、ルークがそこに立っていた。
剣を腰に下げた姿がいつもよりかっこよく見えて…心拍数が急上昇する。
「ル、ルーク!? いいいつからそこに!?」
慌てて髪をいじって誤魔化すけど、ルークは私の隣にどっかり座った。
「今来たばかりだ。お前、朝から変だぞ。食堂でサッと消えたし」
「べ、別に変じゃないよ! ただ、ちょっと……考え事してただけ!」
顔が熱い。絶対真っ赤だ。ルークの視線が気になって、目を逸らしてしまう。
心の中では、朝の逃亡劇を後悔している。ルークと普通に話したいのに、昨日のことと滅びの恐怖がごちゃまぜになって混乱してしまう。
ルークが私の顔をのぞき込んできた。
「考え事? 何だ、俺に言ってみろ」
近い、近すぎる!昨日のキスがフラッシュバックして頭がクラクラする。
「い、いや、何でもないって! ほんと、なんでもないから!」
手をブンブン振って否定するけど、ルークは全然引かない。
「なら、なんでそんな顔赤いんだ? 朝もそうだったろ」
「うっ、そ、それは……日差し! そう、昼の日差しが強いんだよ!」
苦しすぎる言い訳。内心、穴があったら入りたい。
でも、ルークはクスクス笑って、急に私の髪に手を伸ばしてきた。
「ひゃっ、な、なに!?」
びっくりして固まる私をよそに、ルークは私の髪をそっと撫でてからかきあげる。昨日、川辺でしてくれたみたいに、優しくて、ちょっとぎこちない手つきで。
「お前、いつも顔が髪で隠れるな。ちゃんと見たいんだよ、俺は」
その言葉に、ドキン! 心臓が跳ねて、顔がもう爆発寸前。なんでそんなストレートに言うの!?
でも、その優しさが、滅びの恐怖を一瞬だけ遠ざけてくれる。
「ルークって、ほんとズルいよね! 急にそんなこと言うなんて!」
恥ずかしさをごまかすために思わず反撃した。
「ズルいのはお前だろ。昨日、好きだって言ったのに、今日は逃げ回ってる」
「うぐっ、それは……だって、恥ずかしいんだもん…」
反撃に反撃されて正直に言ってしまった…カッコ悪いにも程がある。
ルークがの温かい手が、私の手をそっと握ってきた。
「恥ずかしいのは……俺もだ」
ルークの顔が、ほんのり赤い。え、ルークも!? その言葉に、心の重さが少しだけ溶けた。
「ルークも、なの?」
「当たり前だろ。こんな気持ち、初めてなんだから…」
だんだん彼の声が小さくなって、その不器用さ、めっちゃ可愛い! と、ときめいてしまった。
でも、すぐに心の奥が疼く。昨日見たあの鳥の目が、頭から離れない。
この世界が滅びる運命を知ってる私が、ルークとこんな幸せを味わっていいのか。
好きだから、失うのが怖い。ルークに言えない秘密が、私の心を締め付ける。
ルークを守りたい。運命を変えたい。でも、私なんかにそんな力、あるんだろうか。
葛藤が胸を刺すけど、今はルークの手の温もりが、ほんの少し勇気をくれる。
「ルーク、私、ほんとバカみたいに緊張するけど……一緒にいるの、好きだよ」
恐怖も、弱さも、全部ひっくるめての本心。
ルークが目を丸くして、ふっと笑った。
「そっか。じゃあ、これからも一緒にいような。逃げるなよ、ナツコ」
「う、逃げないよ! たぶん!」
「たぶん、じゃねえ!」
ルークが笑いながら私の頭をくしゃっと撫でてきて、私はヒェャッみたいな形容できない声を出して笑った。
中庭の花が風に揺れる中、ルークの手が私の手を握っている。
心が滅びの予感でざわめくけど、ルークの笑顔を見たら、希望が小さく灯った。
この物語、変えられるかもしれない。
ルークと一緒なら、きっと。