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    文食満。
    ワンドロのつもりで書いたけれども、ワンドロの文字数じゃない。
    福富屋の依頼で、怪しい集会に参加する二人のお話。

    文が最初に留の素朴さを鼻で笑ったのに、ラストで異様に優しかったのは、祈祷中の留の表情が、自覚なく強張っていたからと思われます。
    曰く、――「お前はそのままでいい」

    #文食満
    manjoman

     『諸国米塞運送之通路。是所持之米為沽却也。又飢渇祭三ヶ度行云々』
     (洛中辺土飢饉、永享三年)


     ――寒い、な。
     先ほどから、護摩焚きの熱が頬を炙って熱いほどだ。この場は、人々の願いで熱狂すら感じられる。
     寒いのは、留三郎の心の芯だ。
     人が十人も入れば満杯になるお堂の一室。ひしめく人々、その爛々とした目。尻には『天龍』と書かれた紙を引き、頭上には逆さづりにされた孔雀明王。彼らの眼前には物々しい姿の行者が、汗を振りまきながら真言を叫んでいる。

     青い衣をまとい、青い五鈷杵を掲げ、西天に供え物の梨。これまた青く塗られた火舎香炉で焚く薫陸香。一旦五鈷杵を下げ結ぶ印は龍索印――指を内側に、二本だけたてる。
     ――タニタヤ ウダカダイバナ エンケイエンケイ ソワカ!

     次いで前の祈りよりは簡単に、『孔雀経』と書かれた物々しい経典を掲げ、ぱらぱらと読み上げてみせた。
     ――オン マユラキ ランデイソワカ!
     


     『孔雀明王も天龍も、降雨の象徴だ。同時に、止雨の力も持つ』

     この祈りの場が始まる前にそう教えてくれたのは、いま食満留三郎の隣で同じように裕福な商人の成りをしている男だ。潮江文次郎、忍術学園の同期。

     『――飢渇祭だ』

     お堂の中をさらりと見回し、矢羽音で教えてくれたその祭りの名を留三郎は知らなかった。ただ苦み走った彼の顔から、良くないものなのだな…ということだけは理解できた。

     室町幕府の時代は、災害の時代といえよう。とくに百年ほど前には大量の餓死者を出したと聞く。
     少ない食料はすぐにその値を吊り上げて、本来は豊富な物資に支えられている京の町すら餓鬼で満たした。

      ――寒い、寒い。
     留三郎は己の二の腕をさする。
     この場に居る者たちは行者を除けばみな商人だ。文次郎曰く、彼らは旱魃を祈っているのだという。
    飢え、痩せ、乾きの祈りである。
     天よ雨を降らすな。稲よ痩せ細れ。魚は乾き、山の実りは潰えて、人々はひもじくあれ、と。
     これが、飢渇祭。

     『飢餓の時代、商人は儲けた』

     旱魃ともなれば、商人も商品がなくて困るだろうに、という留三郎の素朴な疑問は鼻で笑われた。
     相変わらず、嫌味なヤツである。

     『無論、旱魃の影響もある。だがそこに加え自分たちの蔵に物資を隠し、あるいは道々の流通をあえて止め、意図的に物価価格を跳ね上げた』

     貴重な食料を、さらに貴重なものにして。流通を抑えて。そうして十分に値が跳ね上がった時点で蔵から放出する。
     どんなに値がはろうとも人々は金を出す。出せなければ死ぬだけだ。――死ね、と当時の商人たちはあざ笑った。

     『主たるは米商人。全てではなかっただろうが…』

     祈祷の場が始まる前までは、留三郎もいまいち実感がわいていなかった。降雨は人々の命綱だ。井戸の水すら乾けば商人だって困るだろうに。
     それに餓死者が増えれば“痛ましい”。それを悲しむのが人であろうに。

     そんな呑気な感想は、場が始まってしまえばその熱狂に飲まれて消えた。
     ここに集まった人々は、芯からその“痛ましい”現実を望んでいるのだ。切なる願いが、祈りを組む指先から、その背から、その目から、全身からにじみ出て、部屋の熱気をあげている。

     ――寒い。
     留三郎は息を吐き出した。白く色づいた吐息がこぼれ出るかと思ったが、そんなことはなく。寒々しいのは己だけなのだと実感する。
     
     最近、堺や京、兵庫や寺社町であるはずの石川まで。方々の町で物価が異常に上がっているらしい。盗賊によって流通がままならないという。さらには、どうも堺の町で怪しい集会が行われているようだ。
     調べて欲しい、と忍術学園に依頼を届けたのは福富屋。しんべヱの父君である。父の心痛を思って悲しむ後輩の姿に、留三郎が動かないはずがなかった。
     流通と物価に関しては、会計委員会の潮江文次郎が詳しい。ならばと文次郎と留三郎が福富屋の依頼にある怪しい集会について調べ、潜り込んだのである。
     
     ――やれ祈れ。さあ祈れ。
     乾けよ、飢えよ、世に満ちよ。すべからく、富みは我らのものに。
     餓えよ、ひもじよ、世に詠えよ。すべからく、貧は民のもとへ。

     芯から、人々の不幸を祈っている。

     隣の男を見やれば、凪いだ目で行者の背中を見つめていた。留三郎には、なぜそんな落ち着いていられるのかまったくわからない。いや、この場で取り乱す方がいけないのだけれども。それでも、その目にはなにも浮かんでいないように見えた。軽蔑も、怒りも、悲哀も、憐憫も。

     『おかしな行動を取るな』

     矢羽音だ。
     
     『目線がうるせぇ』

     慌てて、前を見る。忍術学園の最高学年にもなって情けないことだ。ただ、袖を払う仕草に紛れて彼の手に己の手を重ねた。見なくとも、眉間に皺を寄せたのがわかる。
     触れた手は暖かかった。この寒々しい空間の中で、唯一の熱源に思えた。

     『おい、留三郎』
     『文次郎』
     『あ?』
     『寒い』

     咎める言葉は、舌打ちに消えた。
     だって、寒い。
     人々が人々の不幸を望んでいる。いま周りにいる人間たちはそのほとんどが自分より年かさで、自分たち以上にかつての飢饉の恐ろしさを耳にしているだろうに。
     彼らは己の富のために、人々に飢え死ねという。否、彼らが望んでいるのは金銭だけだ。
    人の命は二の次、あるいは結果にすぎない。その性根が逆に恐ろしい。どうしてそんな恐ろしいことに、これほどまでに熱狂しているのか。できるのか。

     寒い。
     怖気がする。
     欲の寒さに飲み込まれて、芯から凍えてしまいそうだ。

     もう一度、文次郎が舌を打った。

     「行者殿にお尋ね申すっ!」

     お堂中に通る声が、凛っと響き渡る。文次郎だ。
     何ごとか、と咎める目で商人たちは文次郎を睨みつける。祝詞を中断された行者もだ。

     「私は若輩者ゆえ、理を知らず来てしまった粗忽者。ゆえに行者殿にお尋ねしたい。
     この集まりは、飢渇祭で間違いないか?」

     咎める目が、今度は戸惑いとなってあちらこちらで交わされた。――あれは誰だ? どこのお店(たな)者だ。
     留三郎も、『突然どうした?』と矢羽音を飛ばし文次郎の裾を引く。

     「なるほどなるほど、どこかの大店の若旦那、あるいは若主人とお見受けいたします。いえ、店の名は聞きますまい」

     振り返った行者は、柔和に顔を緩め、まるで聞き分けの悪い生徒を宥めるような口調でそう言った。

     「しかし粗忽者とは、ご自身でもよくぞ言うたもの。この集まりの名を出さぬもまた、礼儀でありましょう」
     「飢渇祭は飢渇祭だろう。今年の旱魃を祈願し、止雨を願い、飢饉を呼び寄せる」
     「……」
     「別に構わん。金の流れを知るは知識、流通をつかさどるは力、経済に介入するは権力。例えばそう、“会合衆”のように」

     ざわざわ。背後で商人たちが騒がしい。目線には、敵意すらこめられている。

     「ほう、貴殿は我らの集まりを否定するわけではない、と? 今更臆病風にふかれたのではなく、あるいは下手な同情心と義侠心に苛まれたわけでもないのですね」
     「私…、俺も商人だ。金はいる。いくらでもな」
     「そうでしょうとも」
     「故にこそ、臆病風にふかれたというのならさもありなん。これより百年以上前、同じ祭りが催され、あげくその首謀者たちが首を跳ねられたことはご存じか?」

     永享三年。世にいう洛中辺土飢饉。
     前振りは、応永の大飢饉(応永二十七年)ころから。長雨、旱魃により大凶作。物資は京へと運ばれるものだが、そこへ方々から飢えた人々がなだれこんだ。
     いくら物資があっても、人の方が多ければ物資は足りぬ。物資が足りなければ物価があがる。京の町そこいらに餓死者が溢れ、その死体を踏み抜き歩かねばならぬという有様。
     その十年後の騒動が、洛中辺土飢饉。今度は人災である。
     この年の二、三年前の飢饉。やはり京へなだれ込む人々。そこへきて足りぬ物資をさらに足りなくするため。物価をさらにあげるため。商人たちは結託をし、物資を倉に隠し、あるいは流通をせきとめ。これまた京の町に餓死者が溢れることとなる。
     さらには一部の商人たちは、飢渇祭と呼ばれる旱魃を願う祈りを行った。
     逮捕者は十数人に及び、首謀者六人が、斬首の刑に処されている。

     「俺は商人だ。商人は得を取る。金のためには命もかけよう。が、命を失えば掛け金もなくなる。――すべて、ご破算。
     商人にとって、これがどれほど屈辱なことか」
     「なるほど、なるほど。命は惜しくはないが、命を失うことはできぬ、と。まるで禅問答ですなぁ。
     いや、失礼。貴方の心配はごもっとも。どうやらお隣の若旦那ともご懇意な様子。友人を巻き込んでしまえば、流石の貴方も目覚めが悪いでしょう」

     (――げっ)と留三郎は口を引き結んだ。触れた手はとっくに離れている。背中に目でもついているんじゃなかろうか、この行者。

     「では厄除けの祈祷もつけましょう。いつもなら追加のお布施をいただくところですが、私も己の祈祷で人様にいらぬ火の粉が降りかかるのは不本意。
     今回は、オマケですよ?」
     「ふん」

     ――いや文次郎。お前、祈祷とか祈りとか信じていないだろう。
     無論、そんな突っ込みは口にはできないけれども。留三郎は文次郎に意識をやりつつ、周りも伺う。文次郎と行者の話を聞いて、幾人かは尻が浮いている。
     この祈りを、ただ富を得るだけのものと思ったか。あるいは効能のことは承知でも、斬首のことまでは知り得なかったか。
     人はついつい、都合の良いところばかりを聞いて、悪い部分は視野の外に追いやるものである。

     「続けて聞く、行者殿」
     「やれやれ。あまり祈祷を遮るものではありませんよ? それこそ、厄がふりそそぐやも」
     「ならば問題ない。ふりそそぐのは俺の元だけだろう。ここに集まった同業の方々にはなんら支障なしだ」
     「……」

     まるで示すように、今度は文次郎が留三郎の手に己のそれを重ねた。行者が深々とため息を吐く。つまり、留三郎に厄が降りかからねば問題ない、と文次郎は言ったわけで、行者はそれをそのまま受け取ったのだ。
     重ねて言うが、潮江文次郎という男は加持祈祷には懐疑的な男である。
    文次郎の質問をそのまま突き通すため、祈祷を中断されても周りを納得させる理由付けという様相が強い。
     実際周りからも小声で、「おい、止めなくていいのか?」だの、「いやいや、しかし斬首など」だの、「そもそも私は誘われて来ただけで」だの、「とにかく様子をみようではないか。別に我らには厄はないと言うし」だの。
     すべからく、文次郎の手の内である。

     「逆さづりにされた朱雀明王。我らが尻に敷くは天龍の字。
     天龍を怒らせれば旱魃。朱雀明王は降雨の効能が有名だが、その逆もあるという。この部屋の在り様は、そこに基づくものだと思うが。しかしこれは本当に、百年前に行われた飢渇祭と同じものか?」
     「よくご存じですね。いえ、百年前の飢渇祭の内容は私も存じません。しかしこれもまた私が方々を旅し得た立派な祈りの形にございます」
     「しかし天龍が止雨をつかさどるは長雨が続いた後。また孔雀明王の祈りのやり方が修験者系のそれというのに、天龍が密教系なのはどうなんだ? 普通、信仰は合わせるものだろう」
     
     初めて、行者が口を噤んだ。
     留三郎としては、文次郎の言葉が難しすぎて頭が混乱してくる。
    とはいえ、全然違う宗教の作法を神様に捧げている。それがだいぶん不遜な行為であることぐらいは知っている。
     こういうとこ、い組だよなぁ。と留三郎は思う。長次ならもうちょっと噛み下いて説明してくれる。だが向こうも専門家には違いない。それを追い詰められるだけの弁舌と知識が文次郎にあること。それはちょっと誇らしい。
     ――俺の、男だ。

     触れた手が、熱い。未だその手は離されない。留三郎の心の芯はまだ寒いままけれども、じわりじわりと移ってくる熱が愛おしい。

     「行者殿、貴殿は本当に方々を修行し、止雨の御力を得ておられるか?」

     ざわざわ。背後のざわめきはかしましい。先ほどまでは小声でこそこそとしていた者たちも、疑念を持って隣の商人、その隣の商人たちと言葉を交わしている。
     
     「待たれよ若人。貴公の振る舞い、あまりに不遜ではないか?」
     
     うしろの方から声がかけられる。ぎらり、と文次郎の目が鋭く光ったのが横目に見えた。

     「貴殿は?」
     「私はこの会合を主催させていただいている、升目屋と申す者。その行者を雇ったのも私。ゆえにその御力も私がその名のもとに保証しよう」

     升目屋さん。あの升目屋さんかい。
     また別のざわめきが辺りを包む。この場に集まった者たちは、己の出自を明らかにしていない。誰もが、これが後ろ暗いことを知っている。
     だが、升目屋は名乗った。それだけの力が彼にあるからだ。

     「会合衆、升目屋」

     堺の町、その自治を取り仕切る会合衆十人に数えられる一人。倉持ちの納屋衆でもあるこの男は、その発言力も強い。
     今、この場に集まった者たちも升目屋さんが言うなら、と腰を落ち着ける者が多かった。
     本来なら升目屋も名乗りたくはなかっただろう。だが彼が名乗ることで、場は落ち着いた。

     「なるほど、升目屋さん。あなたが主催を」
     「私も聞きたいのだがね。この会合は私の縁者及びその信頼できる店の者しか呼ばないことになっている。私は君たちの顔を知らない。お堂に入るまでは気づかなかった。
     君たちは誰で――そしていつから紛れ込んだのだね?」

     お、流石。
     でももう、遅い。

     こんどこそ正しく寒気が場を支配したけれども。首謀者は自ら名乗ってしまったのだ。
     外から、お堂の戸が蹴破られる。

     「なんだっ!」「なにごとだ」と人々は慌てふためく。
     実は中で文次郎が行者とやり合っている間に、留三郎が周りの様子を伺いつつ外へ矢羽音を飛ばしていたなどとは気づくまい。

     あとは、大捕物。
     お堂唯一の出入り口から、武装した集団がなだれ込んでくる。集まった商人たちは、抵抗もできずに縛り上げられていった。無論、升目屋も。
     行者だけは、錫杖を握りしめ仕込み刀などひきぬいたので…。

     「文次郎っ!」
     「留三郎!」

     留三郎が錫杖を蹴り飛ばし、文次郎が顎に掌底突き。行者の体はもんどりうって床へと落ちた。
     自分たちを商人の仲間と思い込んだ者たちに捕らえられる前に、あとは颯爽と逃げ去るのみ。
     そうなればもう、事件の概要が残るだけである。





     ところかわって、道中の団子屋。
     懐は報酬で暖かく大量の土産も持たされて、吝嗇家の文次郎もちょっとは甘くなるというもの。いつもより贅沢な団子の量に、留三郎はニコニコ笑顔である。
     お堂の外で待機していた同期たちも、このあと合流する予定だ。みな喜ぶだろう。

     「で、得をしたのはしんべヱのパパさんってことか?」
     「事件と得、どっちが本命だったかはわからんが。商売敵も討てて、発言力も高まって一石二鳥には違いないな。
     ーー升目屋は会合衆だ。会合衆の一人が大それたことをしたなどと、堺を治める役人や町人に知られてみろ。せっかくの自治が揺らぐ。」

     一応、堺の町は三好氏の管轄だが、あのときなだれ込んできた武装集団は、役人でもなんでもない。福富屋含む、会合衆に個人的に雇われた流れの侍たちである。
     上にも周りにも知らせず、内々に処断する。そうすることで、会合衆による自治は保たれる。ことを解決し主導した福富屋の発言力も上がる。
     処断の内容は知らない。知らなくていいことだ。

     「堺は蔵処だ。あそこから地方に物流が流れ込む。堺からの流通を妨げてしまえば、国の物流もまた滞る」
     「へえ」
     「賛同する者はそのままに。賛同しない者の荷は盗賊に襲わせて。百年前の再現をしたかったんだろうな。品薄による物価の異常高騰。
    だが百年前のあれは京の町一つで行われたことだ。内に入る物流を止めるのと、外へ流れる物流を止めるのはまったくわけが違う」
     
     相変わらず、文次郎の言葉は難しい。「授業で習っただろう」と言われてもぜったい習っていない部分も混ざっている。

     「規模がでかくなれば、それだけ敵の数も増える。結果、升目屋はああなった。――全て、ご破算」
     「欲をかくとロクなことにゃならねえなぁ」
     「別に欲をかくこと自体は悪くねぇ。そうやって商人は力をつけた」

     留三郎は団子にかじりつく。あんこの甘さがたまらない。小豆、砂糖、穀物粉。これら一つ一つにも、値がかかっている。

     「勝負所を間違えただけだ」
     「飢渇祭のことか?」
     「流通を操作しようとした、そこからだな。俺は加持祈祷の効果なんぞ信じちゃいねぇから、飢渇祭云々はさほど興味がない」
     
     あれを、興味がないで切り捨てるか。
     異様な熱狂。人々の爛々とした目。他人の不幸を心から望み、その代わりに己の富だけを望む。内に入り、直に触れればわかる。あのうすら寒さ。

     「お前は苦手だったみたいだがな」
     「苦手だな。というか、ああいう発想自体が、なんというかこう…。感覚が違う。
     受け入れがたい、信じがたい。…それだけじゃなくてな。その前段階からっていうか。世界そのものが違う。ずれている」

     一応、言葉は尽くしたつもりだ。通じるか? と首を傾げれば応えの代わりに頭を撫でられた。

     「だが世の中の連中は加持祈祷の方に重きを置く。あんな胡散臭い祈りの場でも、それを主催し、祈った。それを名乗ったことが決定打で捕り物になっただろうが」

     流通の件より、祈祷の件。見える恐怖より、見えない恐怖。

     「ちゃんと知っとけってことだな。そういう世界も」

     忍びとして、これから巣立つ者として。知らないでは済まされないことは多い。今回は、いい勉強にもなった。文次郎がいなければ、わからないままに流されて、捕り物ももっと時間がかかったかもしれない。
     文次郎の顔をみれば―――すごく変な顔をされた。

     「んだ、その顔」
     「阿呆」
     「いや理由言えよ!」
     「バカタレ」
     「重ねて罵倒」

     はぁ~~~~~。と、文次郎のこれ聞こえよがしなため息は長かった。片手で顔を覆って首をふる。

     「お前はそのままでいい」
     
     珍しい。
     生半可なことを許すような男ではない。いつだって、己から藪に飛び込むような男である。そして、他者のために他者に厳しく在れる男である。
     
     「文次郎?」
     「ほれ」

     差し出されたのは、彼の分の湯のみだ。
     
     「寒かったんだろう?」
     「え、あ、おう」

     寒かった。未だ余韻の残る寒気さだ。差し出された湯飲みを受け取って、口に含む。ほっとするような温かさが、胸の内に広がった。

     「暖かい、な? 留三郎」
     「…ああ」

     茶を飲んだ留三郎より、文次郎の方がよほど暖かそうな顔をしている。ふにゃ、と緩んだ顔は珍しい。
     ふにゃ、となっているのは多分己もだと留三郎は思う。暖かい。 
     茶が、太陽が、空気が、――文次郎が。

     「そのままでいろ」

     顎を取られた。
     眼前にせまる貌。
     唇に触れるそれ。

     ―――ああ、熱が。
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    🙏🙏🍆🙏💘🙏🙏🙏🙏🙏👏👏💘😭👍👍🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏💞💞😭😭😭😭😭😭😭😭
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    koto

    DOODLEモブ視点の語りによる文食満、卒業後、女装ケマ 全3話
    怪我、欠損(左腕)描写ありのため、ご注意ください。

    あと傷口焼くのは不正解らしいですね。感染リスク高まる。
    戦国時代は灰なり止血剤塗って布で傷口縛るとか、縫ったとか。
    海外だと卵の黄身だか白身だかと油。16世紀までは焼灼止血法使われてたとか。
    知識が足りていない。

    追記:びっくりして本当に人間が飛ぶの? →飛びます。ソースは自分(ガチ)
    死者の妄言、生者の真言(前) おや、旅の方。あそこの屋敷を気になさる。
     屋敷、というのもおかしいですな。あれはただの焼け跡。長く風雨にさらされて、崩れた塀の向こうでは黒々とした柱が数本立つばかり。昔は立派な竹林に囲まれてもいたのですがね、須らく燃え失せましたさ。
     さて、最後の住民はいつだったか。もう何十年も前の話ですよ。

     村の人間でも、あの家の主が何者であったかわからず仕舞い。いつだって気が付いたら使用人含めて出入りの人間が変わっている。なんなら誰も住んでいないときの方が多かった。 
     私のばば様、かか様、みな屋敷の詳しいところは知らぬと言う。また村では、屋敷には触れるなという不文律のようなものがありましたからナァ。

     ――ほ、ほ、ほ。
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