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    ※400年前のフィガロは髪が長かったという前提で、
    ベッドの中でファウストから「いつ髪を切ったのか」と訊ねられる話。
    ※南の国の開拓初期の捏造があります。若干のモブ有り。


    え、ここで終わるの? 濡れ場は? って思う方。
    私もそう思います。
    pixivに上げる時に追記するかもしれないし、しないかもしれない。
    タイトルはその時考えます。
    フィガファウの官能小説大好き。

    #フィガファウ
    Figafau

    セックス後の浅い眠りから覚めたフィガロが、髪にまつわる昔語りをする話。 まどろみが続いていた。
     寄せては返す波のようなそれは、思いのほか心地が良い。悪い夢は見なかった。むしろそれとは逆のずっと見ていたいような幸福な夢を見ていた気がする。だが、それ以上の幸せを知ってしまったから、重たい瞼を持ち上げるのもやぶさかではない。結局現実以上の幸せは夢の中には無いのだと教えてくれた存在が、今も自分に触れてくれているのだ。
     頭皮には触れず、短い髪の表面を撫ぜるような遠慮がちな触り方に思わず口元を笑みの形に変える。すると鼻を摘ままれた。
    「狸寝入りか」
    「違うよ、夢から覚めたばかり。まだ夜明け前でしょう、寝られないの?」
    「うん。眠気が来なくて、終わってすぐに眠ってしまったあなたを見てた」
     責めているようなのに、随分と甘い言葉を返されて言葉に詰まった。指摘された通り、夜の営みを終えてすぐに寝入ってしまったのは確かだ。だが性交自体は決して淡泊なものでは無く、ファウストが嫌だ辞めろもう無理と散々喚き散らすまでねちっこく責め続けた。当然その分フィガロの体力も消耗するし、力を使い果たすまで本気で向き合ったとも言えるだろう。
     だが、あんなにも溶けたアイスクリームみたいにぐずぐずになっていたファウストの方は眠れずにいたというのだから驚きだ。セックスのし過ぎで脳が興奮状態から覚めないのだろうか。そんな事を考えながら片腕で後頭部を引き寄せて、額や頬に軽いキスを送っていく。
    「なぁに、足りなかった?」
    「違う。むしろ許容量を超えて眠れなくなったんだ、責任を取れ」
     即時否定されたけれど、限界だってファウストが勝手に思っているだけの事かもしれないし、本当のところは分からない。けれど責任を取るのはやぶさかではないので優しく「良いよ」と囁いた。
     どう責任とろうかと悩む振りをしながら小ぶりな唇を啄み、ぷっくりと腫れた下唇を食んだ。もう一回くらいなら出来るかなと考えて裸の肩に手を滑らせたのだが、甲を強く抓られてそれ以上先には行けなかった。
    「もうしないって言ってるだろ。……全く、脳みそが下半身なのか。叡智の魔法使いと呼ばれたお前が」
    「知らないよ、勝手に呼んでるんだから」
     でも、なんだか懐かしい呼び名を聞いたから、目を細めてファウストを見やった。あんなにも優しく髪を梳いていたというのに、先程から随分手荒くされている。フィガロが寝ている間、何を思い、何を考えてフィガロの髪に触れていたのか。もしかして手からすり抜けていった過去に思いを馳せてでもいたのかもしれないと思った。四百年経っても同じ夢を見続ける程に彼にとって根深いものだから。
    「寝ている俺を見ていて楽しかった?」
    「別に。普段じっくり見る事が無いから新鮮ではあったな」
    「うそぉ、こんな近くで見つめ合ってるのに?」
     抱きしめたままごろんと仰向けになると、胸の上から抗議の声が聞こえた。レノックスやカインのように鍛えてはいないが、細いファウストの体くらいフィガロでも腕に閉じ込める事は容易に出来る。調子に乗って頭の天辺にキスを落とすと、「ほら、あなたの顔なんて見えないじゃないか!」と更に怒られて笑いがこみ上げてきた。なんて可愛いのだろうと心から思って「ごめんごめん」と謝る。
     ほんの少し緩めた腕の隙間からファウストは顔を出すと、苦しかったのかやや顔を赤らめて訊ねてきた。
    「あなたは髪をもう伸ばさないのか?」
    「えっ、そんな事考えながら触ってくれてたの?」
     質問に質問で返すなと睨まれて、苦笑を返す。癖のようなものなのだが、いつもファウストの顰蹙を買ってしまう。
    「うーん、伸ばす予定は無いけど……長い方が好きなら、伸ばしてあげようか?」
    「気になっただけだ。あなたは長髪だと記憶していたから、魔法舎で再会した時驚いた。纏っている雰囲気も変わっていたが、髪型一つで随分印象が変わるんだな」
     四百年前は片側で編んでいる事が多かったが、腰近くまで伸ばしていただろうか。好んでそうしていたというよりも、その時代の流行であったり、単純に北の寒さ故に項が隠れた方が温かく感じるような気がしたからだったりした。
    「いつ頃切ったんだ?」
    「南の国の開拓を始めてすぐの頃だよ。……北と違って暑かったからね」
     口にした理由の半分は本当だったが、半分は嘘だ。それを口にしながら思い出して、しまったと思った。顔には出さなかったが、少しだけ気まずい思いになる。恐らくその変化をぴったりとくっついたままのファウストは感じ取ってしまったのだろう。じっと見つめられてフィガロは逃げ場を失った。
    「フィガロ」
    「……降参。別に隠す事でも無いしね」
     問い詰められたわけでも無いのに白状するのは、このたった一人の存在にだけは出来るだけ誠実でありたいと考えているからに他ならない。このような大した事無い話、黙っていた方がフィガロにとっての損失だ。相手がどうでもいい相手ならば、話そうが話すまいがどうでも良かったのだけれど。
     開拓を始めた頃なのは本当だし、暑かったのも理由の一つだけれど……切っ掛けはちゃんとあった。
     「少しだけ昔語りになるけど良い?」と前置きをしたら、腕の中の存在はすぐに頷いた。ついでに目をキラキラと光らせて興味津々な様子に苦笑する。
    「どこから手を着けようかって開拓の拠点を決めようと回った時に、転々と先住民族の村に滞在した事があってね。北の魔法使いがいきなり現れたら大騒ぎになっちゃうでしょ。だから初めは人間の学者の振りをしてたんだけど……基本的に閉鎖的な彼らのコミュニティに入るのは結構苦労もあってね。ああ誤解しないで、基本的には話し合いで解決したんだ。ほら、俺って交渉上手だろう?」
     懐かしいな、と独りごちる。最初の頃は石を投げられたり、弓矢を射られたりした事もあったっけ。万が一にも当たる事は無いし、その程度の事に立てる腹も無いから、特段嫌な思い出でも無い。ただ、難航したのは確かだ。
     刃向かう者の脳をいじってしまえば全ては簡単に行える事は分かっていたが、フィガロの目的はその場限りのものではなく恒久的な世界平和の創造だった。南の国を始まりとして、いつかは他の国にも波及するような。そんな大それた希望を指先一つでどうにか出来るなんて思ってもいなかった。それに、そんな手段で得た平和はフィガロの目指す世界の在り方では無い。
     幸いにもフィガロは、甚大な魔力の他にも、叡智と呼ばれる程の知識や支配者足る交渉術を備えており、力の強い魔法使いが出てこようが、外交に優れた国の要人が出てこようが障害にはなり得なかった。目的を達成出来る見込みが無ければ動かない。逆を言えば、出来ると判断したから生まれ故郷の北の国を離れて南の国に来たのだ。
     昨今新しい王が立ったばかりの中央、そして西と東には既に国家というものが存在する。そして北の国は他国以上に魔法使いと人間の間に深い溝が出来ている。強い力を持つ北の魔法使いを相手に立ち回っては何千年かかっても成すのは難しい。
     選択肢は南しか無かった。南は他国から見たら未開の地だ。フィガロですら未知の箇所が多い、縁もゆかりも無いその土地から始めるしか無かったのだ。
     世界征服の中途で南の国に立ち寄った事はあったけれど、改めて一人で何も無い草原に立つと全く違った感慨を抱いた。今まで自身の館の窓から見ていた一面の雪原、吹雪いている灰色の空とはまるで違う。当然の事に驚いて、そこに命を感じた。青く澄んだ空の中を雲が流れていく。風が吹けば草木がそよぎ、緑色をした香りが鼻をくすぐった。
     ファウストに着いて中央の国に向かった時にも感じたものだが、南の国はそれしか無かったのだ。まるで無縁だった世界に一人で立った時、天地の感覚も狂わせる雪原に立った時のような恐ろしさを思い出した。南の国で開拓を始めた当初、周囲からは期待に胸膨らませていると思われたかもしれないが、まるで逆の心地だった気がする。
     弟子を手放したあの時から気持ちは暗いままだった。鉄球でも巻き付けられたように手足は重く、意識は晴れない。そんな風に思う事自体自業自得な所があるのは確かだが、全くといって良い程に悦びも、愉しさも、気持ちよさも、何もかも感じる事が出来ずにいた。
     まるで呪いを受けたようだとすら思った。もしそうだとしたら、呪いをかけたのはあの子だ。それならば仕方ないと思い至って、ついでにあの子の夢についてを考えたりもした。
     その結果の南の開拓だ。笑ってしまうだろう。そもそもずっと前から生きる意味も目的も無かったから、それをあの子から譲り受けたようなものだ。
     一瞬の間に脳裏を過ったそれらの記憶を、フィガロは口にしなかった。ただ思い出しただけで、記憶の中に留めた。言う必要を見いだせなかったし、何より怒らせるかもしれないと考えたからだ。あの時代は二人にとって禁句に近いもので、一歩間違えると即部屋から出て行ってしまいかねない。
     嫌な気分にさせるつもりは毛頭無いのだと伝えたくて、胸元の柔らかい髪を撫でながら言葉を紡ぐ事にした。
    「でね、その期間に一番長く滞在した村があって……どうしてか忘れたけど村長と気が合ってさ、空き家を貸して貰えてじっくり南の国を観察する事が出来たんだ。半年はいたかな。何者かも分からない俺に、もう仲間なんだと言ってくれる温かい場所だった。多分その時間が俺を南の魔法使いにしてくれた始まりだったのかもしれないね。……それである時に村長の孫娘に森の中に連れて行かれたんだ」
    「……孫娘?」
    「そんな目で見ないでよ。その子は十にも満たない子供なんだから」
     何か訊かれるよりも先に、芽生えさせた疑いは晴らすに限る。この手の話はすぐに疑われるのだ、ファウストは目が据わるからすぐに分かる。
    「目的地は森の中にある湖だったよ。鏡は手の平くらいの大きさのものしか無いから、湖に自分を映すんだ。彼女は俺に見ていて欲しいと言って、突然ナイフを取り出すから驚いたよ。北の国ならともかく南の国で子供がそんな物騒なものを持っているなんて知らなかったから」
     しかし慌てて奪い取ったりはしなかった。その時のフィガロから見て、少女は狂気を孕んでいる様子は無く、自生している植物でも刈り取るのかと思ったからだ。
    「そしたらね、彼女は自分の髪を切り出したんだよ。左右に結ってる髪を結んだ根元から一気に。稲を刈るみたいにね。よく分からなかったけど、女が髪をそんな風に切るのは見た事が無かったから困惑した。魔法使いは君も知っている通り髪の毛一本でも落としてはいけないからね、人前で切ったりは殆どしないし……それで理由を訊いたんだよ」
     肩甲骨くらいまであった髪を失った彼女の目尻には涙が溜まっていて、寂しげに眉尻は下がっていた。それを見て、やっと今まで我慢していた事に気付いたのだ。
    「失恋したら髪を切る風習があるんだって彼女は答えたんだ。前を向くために。凄いよね、まだミチルよりも幼い子供なのに、立派に恋をして、それから失恋した事を受け止めていたんだ。…俺はそんな事情も知らなかったし、そんな意味不明な風習の事も聞き覚えが無かったから呆然としたよ。彼女がひとしきり泣き止むまで俺達はその場で湖を眺めていたんだけど、その時に思い立ってそのナイフを借りて俺も自分の髪を切る事にしたんだ」
     ロープみたいになった長い三つ編みを見た彼女は、ぱちくりと瞬きをして「あなたも失恋したの?」と無邪気に訊いてきた。その時俺は曖昧に微笑んで、答えなかったんだと思う。そうだよと答えるのも、違うよと答えるのも正解じゃなくて、ただこの心の中の喪失感だけは本物だった。
    「それで最終的にお互いの髪を整え合ってから集落に戻ったんだ。それだけの話だよ。要は願掛けだよね、髪を切る事で報われない想いを断ち切るんだっていう。それからずっとこの長さかな」
     撫でられ続けているファウストは今も大人しく胸元にいて、だが表情は少しだけ硬かった。それを見て、やはりベッドの中でする話では無かったかなと反省した。酒を飲み交わしている時や、図書館で課題を作っている時にも向かないだろうし、もしかしたらそもそも話すべきでは無かったのかもしれないとも。
    「……お前は断ち切りたかったのか?」
    「うーん……どうだろう。寧ろ、逆だったかな。未練として遺すために切った気がする。髪を切ったくらいで切り替えられるようなものじゃないしね。でも、前を向くって言葉は気に入った。あの後本格的に開拓を始めたし、後押しされたのかもしれないね」
     それも後付けの話でしかない。だが、数百年経った今でも鮮明に覚えているという事は、少なからず影響を与えた出来事だったのだろう。そう自分を分析して、ファウストの額にキスをした。子供にするみたいに音を立てて。
    「昔の方が良かったって言うなら、今すぐ伸ばそうか?」
    「……別にどっちでも良いよ。暑かったら切れば良いし、気が向いたら伸ばせば良い。あなたの好きにしたら良いと思う。僕は長いあなたの髪に櫛を通すのが好きだったし、短い襟足の下に口付けをするのも好きだから」
    「………」
    「何か言え」
    「……まいったなぁって。君の前では自制心が緩くて申し訳無いけど、抱きたいな。……やっぱり駄目?」
     どうせ眠れないなら良いでしょう? と甘えると、限界を訴えていた筈のファウストは目尻を極限まで下げて困った表情を見せてから視線を揺らした。赤らめた目元を見れば畳み掛ける必要も無い、既に許可が下りたも同然だ。
     そんな可愛い反応を見下ろして、大切にしようと心から思った。もう何度も思っているが、何重にも重ねたいのだ。祝福の魔法を重ねるように。そんな風に思う相手は後にも先にも一人しかいない。もう一度やり直す機会を与えられた事に感謝をしてもしきれなかった。勿論感謝をする相手は神では無くファウストだ。
    「好きだよ。好きだ……ありがとう、ファウスト」
     セックスくらいで大袈裟なと一蹴するファウストに、そうじゃないんだよと言葉を口移しする。
     あの流星雨の夜から、ずっと俺の方角星は君だったんだから。
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    tono_bd

    DOODLEフィガファウ冥婚企画(https://mhyk.web.fc2.com/meikon.html)で書いたお話です。
    レノックスと任務で東の国に行くファウストの話。
    任務についてがっつり書いて、恋愛要素は潜ませました。
    ああそういう事だったのね、という感想待ってます。
    赤い川を渡って そこに横たわっていたのは血のように赤い色をした川だった。
     流れがひどく緩慢なため、横に伸びた池のような印象がある。大地が傷つき、血を流した結果出来たのがこの川だという言い伝えがあってもおかしくは無いだろう。濁っているわけではなく、浅い川であることも手伝って川底の砂利まで視認出来た。尤も、生きた生物は視認出来なかったが。
     任務でこの地を訪れたファウストは、地獄を流れる川のようだと感想を持った。
    「きみは驚かないんだな」
    「見慣れた風景ですので……懐かしさすら覚えます」
     水質を調べようとファウストは手を翳したが、既に手遅れであることは誰の目にも明らかだ。オズくらいの魔力があれば力業で全ての水を入れ替えてしまえるのかもしれないが、正攻法であれば浄化になる。媒介は何が必要で、どのような術式で、とぶつぶつ呟きながら暫く考えていたが、少なくとも今打てる手はファウストには無い。
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    tono_bd

    DOODLE同級生の中で一番初体験が早かったのが生徒会長だったら良いな……って思いながら書きました。
    スペースに集まった人全員「夏の現代学パロ」というお題で一週間で作り上げるという鬼畜企画でした。
    私が考える「現代学パロ」はこれだ!!って言い切るつもりで出します。
    どう見ても社会人パロとかは言わない約束。
    ノスタルジーが見せる 夏休みを失って二年が経った。
     手元で弾けている生ビールの泡のように、パチパチと僅かな音を立てて消えていく。気付いたら無くなっているような二年だった。社会に出れば時の流れは変わるのだという言葉の信憑性を疑った時期もあったが、自分がその立場に立ってはじめて理解出来るものだ。
     ノスタルジーが生み出す感傷だろう、自分らしくないなと思いながらジョッキを傾ける。
     同窓会なんて自分には縁の無いものだとファウストは思っていた。誘う友人もいないし、誘われるような人柄では無いと自覚している。それなのに今この場にいるということは、認識が間違っていたという事だろうか。今日の事を報せてくれた淡い空色の髪をした友人は目立つ事も面倒事も厭うきらいがある。そんな彼が声をかけてくれたのは、単に僕がのけ者にされないよう気を遣ったのか、巻き添えを探していたのだろう。
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    DONEほしきてにて展示していた小説です。

    「一緒に生きていこう」から、フィガロがファウストのもとを去ったあとまでの話。
    ※フィガロがモブの魔女と関係を結ぶ描写があります
    ※ハッピーな終わり方ではありません

    以前、短期間だけpixivに上げていた殴り書きみたいな小説に加筆・修正を行ったものです。
    指先からこぼれる その場所に膝を突いて、何度何度、繰り返したか。白くきらめく雪の粒は、まるで細かく砕いた水晶のようにも見えた。果てなくひろがるきらめきを、手のひらで何度何度かき分けても、その先へは辿り着けない。指の隙間からこぼれゆく雪、容赦なくすべてを呑みつくした白。悴むくちびるで呪文を唱えて、白へと放つけれどもやはり。ふわっ、と自らの周囲にゆるくきらめきが舞い上がるのみ。荘厳に輝く細氷のように舞い散った雪の粒、それが音もなく頬に落ちる。つめたい、と思う感覚はとうになくなっているのに、吐く息はわずかな熱を帯びてくちびるからこぼれる。どうして、自分だけがまだあたたかいのか。人も、建物も、動物も、わずかに実った作物も、暖を取るために起こした頼りなげな炎も。幸福そうな笑い声も、ささやかな諍いの喧噪も、無垢な泣き声も、恋人たちの睦言も。すべてすべて、このきらめきの下でつめたく凍えているのに。
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