プレゼント 季節は、夏のまっただ中! 毎日が暑くてしょうがない。熱気でむわっとするし、だるくなっちゃう。わたしは、夏は苦手だ。
でもボスは、そうでもないみたい。
「夏も冬も嫌いじゃない。暑い、寒いがはっきりしていて、良いじゃないか。一番苦手なのは、春だな。どうにも頭がぼうっとして、考え事もままならん」
そう言いながら、今日もてきぱきと仕事をこなしてる。新しい企画書や、報告書。研究所の難しそうなレポートもある。それらを全部読み込んで、マイムさんに細かい指示を出したり、直接現地に行って指示を出してるみたい。
今日は、マイムさんが任務で居ない。お茶を淹れたり、言われた書類をコピーしたり、整理をお手伝いしてる。
部屋に二人きりだ。ちょっとだけ、ドキドキする。帰る前に、言いたいことを言わなくちゃ。
「そろそろ、上がっていいぞ。後は俺一人でもなんとかなる」
「はい。あ、あの……」
「何だ」
「来週の月曜日の夜、空いてませんか」
「ふむ。これと言って用事はないが、キミからお誘いとは珍しいな」
やった! 忙しい時もあるから、心配だったんだ。あとはお誘いをするだけ。口の中がカラカラになりながらも、なんとか言葉を続けた。
「良かった……! いつもご馳走して貰ってるので、その日はわたしがご飯を作ります。家に来てもらって、それで」
「ほう。料理は得意なのか?」
「家にいた時はずっと料理当番でした。それなりに、作れると思います」
「そうか。では、キミの訓練が終わったらお邪魔しよう。楽しみだな」
「えへへ、私も楽しみです」
ボスは優しく微笑んでくれた。わたしも、照れながら微笑む。
昨日のうちにメニューを考えて、全部買い出しをした。たった二人前なのに、結構な量になってしまった。今日のお仕事は、夕方から。昼間のうちに、作れるものは作っておく。
「えっと、これをかき混ぜて、大さじ一杯入れて……」
レシピとにらめっこしながら、色々作っていく。自分一人だとどうしても適当なものになっちゃうから、ちゃんと料理したのなんて、久しぶりだな。これをボスに食べてもらうんだと思うと、気合いが入る。
パイ生地を冷蔵庫に入れたところで、タイマーが鳴った。そろそろ、行かなきゃ!
その日の訓練は、いつもより厳しくしてしまったかもしれない。終わった後の事で頭がいっぱいで、早く終わらせようって気持ちが出ちゃった気がする。タムさん達はいつも真面目にやってくれてるのに、反省だな。
奥の部屋の扉を開けた。
「おや教官殿、今日は早いですね。いつもお疲れ様です」
「マイムさん、ボス。お疲れ様です」
「ああ。マイム、今話した内容を頼めるか」
「お安い御用です。お二人は、お出かけなんでしょう?」
「はい!」
「……」
「お二人の愛のお役に立てるなら、多少の残業など安いものです。それで? 本日はどちらにお出かけなんですか?」
マイムさんはニコニコしながら、本当に楽しそうに聞いてくる。
「あ、今日は、わたしの家に……」
「まあまあ! おうちデートですね! ステキな事です! ええ、ええ、分かりますとも。何せ今日は、大事な大事な……」
「わっ、わっ」
「マイム! もっと仕事を増やしてもいいんだな?」
ボスがマイムさんの言葉を遮る。声はイライラした調子だけど、ちょっと照れてるのかな。
「おお……! それは恐ろしい事です。この辺にしておきましょう。ではお二人とも、良い夜をお過ごし下さい」
「……行くぞ」
「は、はい」
変わらずニコニコと手を振るマイムさんに手を振り返して、部屋から出た。
「キミの家に行くのは、初めてだな」
「普通のアパートだよ」
「ああ。外観までは、知っているんだがな。壁の黄色いアパートだろう」
なんで知ってるんだろう。教えてないよ……。こういう人だった。
アパートまでは、アジトのゲームコーナーからすぐ。ロケット団で働くことになってから、近場で適当なところを借りた。
「着いたよ」
「うむ」
鍵を開けて、中に入る。ちゃんと掃除したから、大丈夫なはず。
「あとちょっとだけ、作らないといけないものがあるから。テレビでも見て、待ってて下さい」
「わかった。大した事は出来ないが、何か手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。すぐに終わります」
手を洗って、急いで調理の続きをする。オーブンをつけて、スープを温めて、デザートの準備。ボスはニュースを見て、待っててくれてる。
「出来ました!」
料理を机に並べる。今日は洋食。サラダと、ハンバーグと、マッシュポテトと、にんじんの
グラッセと、オニオンスープ、ライス、デザートにアップルパイ。
「どれも、美味そうだな」
「はい! 召し上がれ〜」
「頂こう」
自分が食べるのを忘れて、ボスが食べる姿を見守る。緊張するな。美味しいもの、食べ慣れてるだろうからな。ちゃんと味見したから、まずくはないと思うんだけど、どうだろう。
「うん。美味いな。どれもこれも、良く出来ている」
「良かった!」
ふう。やっと安心して食べられる。少しだけ冷めたスープを口にして、私も食べ始めた。
「デザートが、ずいぶんでかいな」
「今日は、特別な日ですから。上に乗せるバニラアイスもありますよ」
「ほう?」
「誕生日、おめでとうございます!」
「ありがとう。
キミが今日を指定した時から、そんな気はしていたが」
ボスは微笑んだ。この、ボスがたまに見せる、安心してくつろいでる表情が好きだ。
「はい。お祝いしたくて。わたしに出来る事なんてあんまりないけど、料理なら作れるかなって……」
「十分だ。なかなかの腕前じゃないか。毎日作って貰いたいくらいだ」
「毎日……」
「ああ。毎日だ。キミがもし、良ければの話だが」
それは、どういう意味だろう。ボスは優しい目をしてる。本気なのかな。
「えっ……と……」
「大体、こんな安アパートにいつまでも一人で住む事もないだろう。オートロックも付いてない。心配だったんだ」
ボスはふう、と小さなため息をつく。
「……」
「嫌か?」
「いえ! 喜んで!! 急な話だから、びっくりしちゃった」
「決まりだな。次の休みにでも、住処を探しに行こう」
「はい……」
嬉しいな。一緒に住めるのかあ……。幸せだ。料理なんか、毎日喜んで作っちゃうよ。プレゼントをしたのはこっちなのに、とっても大きなお返しを貰ってしまった。
「さあ、パイを食べよう。甘いものは好きだ。アイスを乗せてもいいか?」
「はい、持ってきます!」
大きな皿は、あっという間に空になった。私も嬉しさからか、なんだか食欲が出ちゃって、いっぱいパイを食べちゃった。
「ふー、食べた食べた」
食器を重ねて、シンクに持っていった。
「手伝おう。洗い物くらいは、俺にも出来る」
「ありがとうございます」
ボスが食器を洗ってくれて、わたしが拭いてる。こうやって二人でひとつの作業をするのも初めてじゃないかな。なんだか、夫婦みたい、なんて思っちゃう。ドキドキするなぁ……。
「楽しみだな。何か要望はあるか? 俺はでかいベッドが欲しい」
「なんだろう……。料理をするから、キッチンは広い方が嬉しいです」
「そうだな。その方がいい」
ボスはまた、優しい微笑みを浮かべた。いつものキリッとした顔もカッコよくて好きだけど、わたしはこっちの顔も好き。わたしといる時だけ見せてくれてるような気がする。
「終わったぞ」
「二人でやると早い! ありがとうございました」
ボスは少し、違う顔をした。悪い事を考える時の顔だ! それに気づいた瞬間、正面から抱きしめられた。ぎゅっと、力強く、逃げられないくらい。逃げるつもりなんて、ないけど。
「ありがとう。キミはいつも、諦めていたものを俺にくれる。人並みの幸せを。誰かを愛するという事を」
「幸せ……ですか?」
「もちろん。幸せだとも。キミは?」
「わたしも……幸せです」
「そうか」
少しの沈黙。鼓動が伝わってくる。わたしのドキドキしっぱなしの鼓動も、きっと伝わっちゃってるだろうな。でもいいんだ。もう気にしない。ああ、幸せだって思ってくれてるんだ。嬉しいなあ……。
「さて、寝室はどちらかな。デザートをもう一品頂きたいのだが」
「ええっ……、とぉ……!」
心の準備が出来てないよ! やっぱり悪い事を考えてる時の顔だった!
でも、こうして振り回されるのも嫌いじゃない。わたしは、愛する人に愛されて、とっても幸せだ。