ポッキーゲーム「ねえダイくん、ポッキーゲームしない?」
赤い箱を携えながら、レオナはとてもにこやかにそう言った。
いきなり何を言い出すのやらと思ったが、ちらりと横目に見えたデジタル時計に記された今日の日付を見て、ああなるほどそういう事かと納得をしてしまう。
今日は11月11日。俗にポッキー&プリッツの日と呼ばれる日だ。祝日という訳ではなく、カレンダーにも特にそうだと明記される日でもない。ただの一お菓子メーカーが言い出した日ではあるが、多くの人がそういう日だと認識をしていて、コンビニなんかでもちょっとした販促コーナーが作られるほどだ。
普段は特に意識をしている訳では無いけれど、目や耳にする機会が多くなると何だか無性に気になってしまうもの。実の所、あたしも今日は久しぶりにこの時期限定の物を一つ買ってしまっている。
「……別に構わないけど」
「そう?じゃあ、さっそく!」
レオナと付き合い始めたのは、昨日今日のことでは無い。もうキスだって何度もしているのだ。今さらポッキーゲームをしたからと言って動じるはずもない。
そんな風に思いながら小さく頷いて見せれば、しかしレオナはぱあっと顔を輝かせながらいそいそと箱を開け、袋を開ける。……その背後にぶんぶんと大きく揺れるシッポが見えるのは、気のせいなのだろうか。
「ね、あーんして」
袋から取り出したポッキーを一本、チョコの方をあたしに向けてレオナが言う。あたしは大人しく言われた通りに口を開け、そしてそれを咥える。
瞬間、口内の熱でじんわりと溶けていくチョコが溶け、そしてその甘さが口の中へと広がっていく。なんと言うのか、この瞬間こそがチョコ系のお菓子を食べる時の醍醐味というか……幸せを感じる瞬間だと、あたしはそう思う。
「ふふ、そんなに美味しい?」
チョコの甘さに思わず頬を緩めるあたしに、レオナは軽く笑って。そして、あたしが咥えているのとは逆の、チョコのかかっていない方からそれを咥える。
そう、これはポッキーゲーム。ただ美味しくポッキーを食べるのではなく、一応勝ち負けのあるゲームなのだ。
ルールは至って単純。二方向から二人同時にポッキーを食べて、それを先に折った方が負け。たったのそれだけだ。
「じゃあ、はじめようか」
咥えたままでレオナが器用にそう言った。それがゲームの開始の合図となった。
かり、かりっと。ポッキーを齧る音が部屋の中に響く。ポッキーはまだ折れる様子は無く、ただそれを齧る彼とあたしとの距離が段々と縮まっていく。
齧り進んでいるのは、主にレオナの方だ。彼は順調にさくさくとポッキーを食べるのに対し、しかしあたしの方は全く進めずにいた。チョコはもうすっかり溶けきって、その下の、もうすっかりふやけてしまったプレッツェルの味だけが口内には残っている。
……レオナと彼氏彼女の関係になって、もう短くはない時が過ぎている。キスをするのだって日常の挨拶くらいのモノになっているのだ。だから、今さらポッキーゲームだなんて特別恥ずかしがるようなものでは無いと、そう思っていた。
だけどそれはとんだ思い違いだったらしい。段々と近づいてくる彼の顔に、あたしは平静でいられない。
先ず、ポッキーを咥える時の仕草。顔にかかる髪の毛を、耳にかけたそれが、何だかとても色っぽかった。
その髪もさらさらの金色で、彼は肌もとても白いものだからそれが余計に映えているように思う。
伏し目がちにした瞳にかかるまつ毛も長くて、唇なんてあたしよりも艶っと柔らかそうで……。
ああ、そういえば「今朝から唇がひりひりして痛い」なんて言っていたから、あたしのリップクリームを貸してあげたのだっけ。だからか、唇はほんのりとピンク色だ。
ポッキーはもう、残り半分もない。彼の唇はチョコの部分にたどり着いていて、このままポッキーが折れることがなければ、あと数秒で二人の唇が重なることになる。
キスなんて、もう何回もしてきた。今さら特に恥ずかしがるものでは無いと、そう思っていた。つい、さっきまでは。
ドキドキと、胸の音がうるさいくらいに響く。このまま張り裂けてしまうのではと思うほどに、痛く早く響く。彼の顔が近づいてくる度に、それは高く大きくなっていく。
もう、彼の吐息を感じられるほどに距離が近い。唇が重なるまで、あと……あと。
「だ、だめ!」
思わず飛び出してしまった声と共に、顔を背ける。と、ポキっと勢いよく音を立ててポッキーは折れてしまった。あたしの負け、ポッキーゲームは終了である。
「えー、何がダメだって言うのさ」
熱くなった頬を冷ますようにぱたぱたと手で扇ぐあたし。それを少々不満げに見つめながら、彼はそう言う。ちらりと横目に見たその表情はさっきまでの色っぽさからはほど遠い、その年齢と違わない子どもっぽさがあって、何だかそれにほっとしてしまう。
「ダイくん、ぜんぜん食べてなかったじゃないか。……何で?」
「な、何でって……」
そんな風に聞かれたって、言えない。言えるわけが無い。彼の顔の良さを、こんなふうに再認識してしまっただなんて、言えるわけが無い。
「べ、別に……」
ぷいっと再び顔を背けるあたし。しかし彼は、その態度で理由を何となく察してしまったようだ。
「ふーん……。ねえ、ダイくん。これからも時々、ポッキーゲームしようか」
そう言った彼の顔は、何だか随分と嬉しそうに見えたのだった。