NINSPEC1■注意
潮江と綾部が仲間と一緒に事件に挑むSPECパロ忍たまだよ。
SPECを見てもらってるほうが分かりやすいけど、設定と雰囲気だけお借りしてる感じだから設定知ってたらなんとか分かるんじゃないかな。
元と同じく死ネタがガンガン入るよ。
上級生をメインにしたらキャラが足りなくなって下級生が敵勢力にいがちだよ。嫌な人は避けてね。
CPや女体化キャラ崩壊があるから何でもいい人向けだよ。
言い回しとかおかしい設定とかはスルーしてくれると助かるよ。
主なCP
仙綾・文三木・こへ滝・留伊・タカくく・尾鉢尾・竹孫…
↓
1話
ボサボサ頭にだらしなく着た濃い紫のコート。
ギョロっと大きな目がこちらを見分するように見つめる。
一通り眺めた後、彼女は男の周りを鬱陶しくグルグルと、回り始めた。
「気に入ったか?」
彼女にそう問いかけるのは、先程からグルグルと小娘に見分され続けている男の幼馴染であり、この警視庁公安部公安5課未詳事件特殊対策室係長、立花仙蔵だ。
涼やかな面に、短く清潔に切り揃えられた絹のような黒髪、街を颯爽と歩けば、それなりに声も掛けられる程、イイ男というやつである。
切れ長の目を更に細くさせ、この男にしては常にない優しい目で彼女を見ている。
そんな様子を気味の悪いものでも見たように、顔を歪ませているのは、見分されている男、潮江文次郎である。
身なりこそキチンと清潔に保たれているが、目元の隈が不摂生を物語っている。顔はそう悪くはないはずなのに、隈と多少ザンバラの黒髪、眼光の鋭さが、彼を近寄りがたい存在にしていた。
同じ時間と場所を過ごしてきたはずなのに、目の前の幼馴染である涼やかな男と対照的に暑苦しい威圧感を放っている。
「いい加減にウロウロ俺の周りを回らせるな。鬱陶しくて敵わん。」
「可愛いだろう?小動物みたいで。」
「…お前がこんなのが好みだとは、初めて知ったよ。」
深いため息をついて目の前の“小動物”を見る。色素の薄いボサボサ髪の間から、ギョロっと色素の薄い瞳がこちらを見ていた。
この動物的な女が、これから自分の相棒となるというのである。
綾部 喜八子。
一部では有名人である。ただし良い噂ではない。
とんでもなくIQが高く、いわゆる天才といわれる類のものだが、惜しくも紙一重、変人である。
人の話は聞かず、命令にも従わず、気分屋でいつの間にか現場から消えているのは当たり前、見つかるのはいつも土の中。穴を掘るのが趣味という変わった女だ。
だが事件のプロファイリング、現場検証能力はぴか一で、何件も事件を解決している天才問題児。
容姿だけは端麗で、立花と並べば、それなりに美男美女である。が、ボサボサ頭と身なりがそれを台無しにしていた。
潮江を見分し終えた彼女は、そのどこを見つめているのか分からない大きな目で、潮江の顔を覗きこんだ。
「立花先輩とは組めないのですか?」
「私はこの対策室の司令という立場だ。指揮官は本陣にいるものだろう?」
「では仕方ないですね。」
ここまでの会話を、彼女は潮江の目を見たまま、瞬きもせずに喋っている。
「潮江先輩、よろしくお願いします。」
「先輩?」
「立花先輩は私の大学時代の先輩なのです。その幼馴染ですから、先輩でしょう。」
確かにその通りなのだが、なんだか潮江は調子を掴めない。
「俺はお前と相棒なんて御免だぞ。」
「おや、じゃあ前みたいに留三郎とがいいのか?目が合う度派手に喧嘩していたから嫌がっているものと思ったが、そうでもなかったのか。」
「そうじゃねぇ留三郎とは二度と御免だ」
「ふ、気は合っていたと思うがな。」
猫のように目を細め、ニヤニヤとこちらをからかう姿を、潮江は内心ほっとしつつ態度は不機嫌なまま見やった。
潮江の知る立花とは、人の揚げ足を取り、からかい、突き落す。そういう男である。
なんだか廊下が騒がしい。
バタバタと派手に歩く音がする。途端、対策室のドアが蹴破られた。
「おっはよーございまーすごめん、寝坊しちった」
「小平太…ドアは手で開けろ」
派手な登場をしてきたのは、薄茶色の柔らかそうなひよこ頭に三白眼気味のどんぐり眼、体格を見ればしっかりと筋肉が付いているであろう胸板が、だらしなく着られたシャツの下から見えている。
袖は腕まくりをしており、ガッシリとした筋肉がついてる腕は、悪びれもなく軽快に笑う頭を掻いていた。
後ろに続く男も、同様にガッシリとした体格である。前にいる男の首根っこのシャツとスーツを掴み、手綱を引いて押さえつけ、こげ茶の髪の間から、同じ色の瞳がこちらを見ていた。
ドアを蹴破った男が開口一番、キラキラとした無邪気な笑顔で遅刻を伝える。
「遅刻だぞ、七松。」
「わりーわりーボス」
反省など微塵もしていない。底抜けに明るい笑顔に、流石の綾部も呆気に取られたらしく、キョロっとした大きな目をパチパチと瞬かせ、七松を見つめていた。
「仙蔵…お前、“暴君”に“沈黙の生き字引”まで連れてきたのか…」
「お前も腕自慢だろうが、一人では心細いと思ってな。」
“暴君”に“沈黙の生き字引”。
警視庁で噂される通り名である。
七松 小平太。通称“暴君”は、異常な身体能力の持ち主である。林檎なんぞはもっての外、コップだろうが握り潰し、バイクで逃げる犯人をその足のみで追いつき、屋根から屋根へ飛び移るほど身軽で、大男を物ともせずぶん投げ、挙句の果てに3階から落ちてもケロリとしていたという恐ろしい男だ。
性格は豪胆で、大雑把、細かいことは気にしない。気に入らないことがあれば、直に不機嫌になってしまい、喧嘩沙汰は当たり前。これも底なしの問題児である。
対して七松の後ろで、首根っこを掴んで止めているのは、“沈黙の生き字引”中在家 長次である。
彼は七松と対照的に黙して語らず、静かな男である。
暴走しがちな七松のストッパーであり、これも異常な記憶能力の持ち主だ。読書が趣味で、読んだ本の内容は忘れず、いつでも情報を引き出すことができる。
それは事件にあっても同じことで、犯人や参考人が放った言葉を忘れない。事件内容の記憶もできるので、大変有利な能力だった。
が、やはり彼にも問題はあり、一度切れてしまうと不気味な笑いと共に、見境なく暴走してしまう。その暴走たるや凄まじく、敵味方の区別がつかないものだから性質が悪い。
七松と中在家は、潮江達と同じく旧友で、高校時代からの親友同士であるという。潮江達の方が、小学生からの付き合いであり長い関係だが、彼らのほうがずっとお互いを理解し合っているように見えた。
そんな二人は、マル暴、つまり組織犯罪対策部の人間だったはずである。
「立花部長に引き抜かれてきた七松だ!宜しくな!」
「七松、私はもう部長ではない、係長だ。」
「あれ?なんで降格してんの?なんかやったの?」
「…お前と同じことだよ七松。」
潮江は目を丸くした。彼はそんな事をやるようには思えなかったからである。
七松と同じこと。というのは警視庁ではすぐに思い当たるであろう。七松はこの間まで、上司と対立し手を出して半殺しにしてしまい、謹慎処分をくらっていたはずである。
そのおかげで、対策室への引き抜きが容易だったのであろうが、それと同じことというと、立花も上司と対立したようだ。
彼のほうは噂には上がっておらず、謎の降格だけが伝わっていたが、それと同じことだとは。
苦虫を噛み潰したような顔をした立花には、触らないほうがいいと身を持って知っている潮江はそれ以上詮索するのはやめた。流石に命は惜しい。
「さて、人も揃ったところで諸君。この新生、公安部公安5課未詳事件特殊対策室にようこそ。」
皆を座らせ、立花はホワイトボードの前に立った。この対策室は、地下にあり、部屋の空気は冷たく静かで少し薄暗い。明らかな窓際部署である。
潮江はメンバーを見渡した。
変人天才綾部、暴君七松、沈黙の生き字引中在家、冷静沈着の司令官立花。
(そして不祥事で流された元SITの俺か…。)
どれもこれも、問題児ばかりの寄せ集めである。それでなにをしようというのか。
「はーい!未詳事件特殊対策室ってなんですか」
小学生よろしく手を勢いよく上げ、七松が立花に質問した。待ってましたとばかりに、彼の細目が更に細められる。
「いい質問だ。諸君はSPECを知っているだろうか?」
「すぺっく?」
きょとん、と七松が頭をひねる。
その隣、微動だにしなかった大男、中在家が大きな体に似合わぬ小さな声でモソモソとその知識を披露してくれた。
「…特殊能力のことだ。人間は10%の脳しか使わないでいるが、SPECを持つ人間は残りの90%の部分を使えるため、他の人間にはない特殊な能力を使えると言われている。…私も小平太もそうだぞ。」
「え!?私SPECだったの!?」
潮江は椅子から思わずずっこけた。どう考えてもお前の身体能力は普通ではないだろう。
どうも最近の警視庁にてまことしやかに噂となっているSPECという能力の話は、うっすらとは耳にしていた。
潮江自体は、SPECという能力については疑ってかかっている。
昔から自分で見て体験したものしか信じない質である。が、ここでいちいち反論していても仕方ないので、潮江は立花に話を促した。
「で、そのSPECがどうした。」
「分からないか。私達は未詳事件。つまり明らかにされていない事件を扱うことになる。ここでの未詳事件とはそう、SPECを持つ人間たちによる犯行を扱う。」
「待て。そのSPECとやらは、そんなにいるのか?」
「いるわけないだろう。だがな、公安の調べでは100万人に一人の確率で存在するようだ。それが中在家のように自覚しているか七松のように無自覚かというのは定かではないのだが。明かに普通ではない事件。というのがあるだろう?なぁ文次郎?」
「そうなのか文次郎?」
立花の問いかけに、七松がキョロリと三白眼、いや四白眼の大きな目をこちらへ向けた。
顔立ちだけを見るとなかなかに強面の七松ではあるが、仕草や行動が子供っぽく、それが彼の人柄を体現している。
会って数分しか経っていない、潮江に対しても、それはお構いなしに発揮され、彼はいきなりファーストネームで呼びかけてきた。
「慣れ慣れしく呼ぶな…仙蔵、その話は…俺のミスだ。」
「お前いつまでウジウジ腐ってんだ。どう見てもお前のミスではなかったろうが。」
台詞と共に対策室へ入ってきたのは、鋭い眼光の男だ。
白衣を引っかけ、左足を引き摺っている。堅めの黒髪はそれなりに最近の髪型に整えてあり、この男も女性に好かれそうな顔立ちをしていた。
彼は潮江の元相棒で、元SITの食満 留三郎である。
「留三郎…!なんでここに」
「俺はあの現場で、突然文次郎が容疑者に変化したように見えた。だから慌てて引き金を引いちまった。が、あの瞬間撃たれたのは俺だった。
文次郎は引き金を引いていなかったのもかかわらず、“俺に銃弾が当たった”。
可笑しな話だろう?なんとか命を取り留められたのはいいものの、そのまま死んだら文次郎の責任で終わっちまう話だったぜ。」
「まぁ、結局このバカは責任とってしまったからここにいるのだがな。」
にやにやと笑う立花に、嫌な顔をして一瞥すると、食満へ目をむける。
「うーん?何かSPECがらみで文次郎は過去に訳あり?」
「そういうことだ。」
話がつかめず、俺たちのやりとりを見ていた七松、中在家、綾部だったが、七松が問いかけると、立花が苦笑しながらも答える。
この話は長くなる、と話を促すと、三人は心得たようにまた元の姿勢へと戻った。
だがいきなり現れた元相棒に、潮江はイライラと噛みつく。
「無視するな。なんでお前がここにいる。科学捜査研究所に行ったと聞いたぞ。」
「だから科学捜査の部分は俺が担当するんだよ。対策室へ協力することになってんだ頭悪いなバカ。」
「バカはそっちだろうバカ。お前の協力なんぞいるか帰れ」
「SPEC HOLDERの事件の立証は科学捜査の証拠が必要不可欠だバカ!いちいち供述と自白だけで犯人落とせると思ってんじゃねぇぞバカ」
ぎゃあぎゃあと喧嘩をし始めた男たちを冷たい目で一瞥し、大きくこれ見よがしにため息をついた立花は、残りの三人と話し合うことにした。
「と、もう一人のメンバーも紹介できたところで、我々の仕事は分かってもらえただろうか?」
「捜査一課が手におえない、SPEC HOLDERの犯行を未然に防いだり、事件の究明をすることですね」
「その通りだ喜八子。お前は良い子だな、飴食べるか?」
「いただきます」
「私も!私も!なぁ、SPEC HOLDERってなに?」
「公安がつけたSPECを保持する者の総称だ。」
「いつからここは保育園になったんだ。」
ようやく喧嘩を止めた潮江が見たものは、仲良くペロちゃんキャンディを舐めるギョロ目の二人と、甘やかす大人に無視して読書する男の姿だった。
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潮江と綾部、立花は、揃って都内の神楽坂にいた。
古い町並みの面影を残した住宅街の、入り組んだ道を奥へと進んで行けば、そこに件の料亭はあった。
「鴨川」という名の看板をひっそりと目立たぬくらいに掲げ、そこは誰が見ても高級料亭である。
こんなところに縁もゆかりもない潮江は少々座りが悪そうにしていたが、立花は慣れたようにその席に座っていた。それもそのはず、立花は所謂おぼっちゃんである。
室町から続く武家由来の家で、先祖にも警察関係者が多い。
そのお坊ちゃんである仙蔵と一般家庭の文次郎が出会えたのは、仙蔵の父親が、公立の小学校に行かせる教育方針だったからだろう。
一点の曇りもなく完璧な動作で料理を頂く立花の隣で、場所など関係なくそこら辺のラーメン屋にいるような感じで綾部は料理を食っている。
その豪胆な動作に暴君を思い出したが、彼は荒事を呼ぶのでこのような場所は向かないと、対策室に置いてきたのだった。
今この場で何かあれば、動くのは潮江である。
料理を頂きつつ、周りの状況を見分すれば、奥の襖がすっと開いた。
先ほど料理を運んできた女ではない。袴姿の男だった。男は話が通ったので、食事が済み次第ご案内します。と手短に話し去っていく。
「立花の名を使ったのか。」
「言うまでもないな。ここの料亭は立花がよく使っていてな。私が来たのは初めてだが、分家はよく来ると言っていた。それを使ったまでさ。
あぁ喜八子。零れてるじゃないか。なんでお前はスプーンを使えないんだ。」
「お箸がいいです。スプーンは食べにくいのです。」
なんで箸が使えてスプーンが使えないんだ。
そんなツッコミは置いておいて、潮江は茶わん蒸しを撒き散らす綾部を甘やかす立花を見つつ、ため息を吐いた。
なんでこんな動物っぽい女がいいのか知らないが、完全に本気の目をしている。
立花が女に対してこんなに顔を緩ませているのを見たことがない。というか見たくなかった。
何でもいいが、私情を仕事に挟まないでもらいたい。
「なんか言ったか。」
「別に。」
食事を下げられると、奥の間へ連れて行かれた。先ほどの案内役の男が、これから会う者の由来や、いかに素晴らしい人物かを語る。
それによると、平安時代よりの陰陽師の家系の人物で、いまや政界などの重役が彼を頼って~云々。
潮江にとってそれはどうでもいいことなのだ。その素晴らしい人物は、自分たちにとっては容疑者である。
今回、初となる対策室の捜査は、あるタレント弁護士の依頼から始まっている。
彼は自分に死の宣告をされたのだ。
【あなたは18日20時48分にころされるでしょう】
ご丁寧に事務所へ手紙が投函されていたようだ。
死亡宣告されている件の18日には、この弁護士はさる業界の人物のパーティーへ出席する予定だ。
護衛を付けつつ、この手紙を投函した人物を恐喝の疑いで確保しに来たのだ。
このような程度の脅迫、弁護士、ましてやテレビに出るような人物ならば、来てもおかしくはないだろう。世間には様々な人間がいる。
だが脅迫など慣れていそうなこの弁護士、大層怯えながら警察に逃げ込んできた。
潮江にはこの弁護士こそ裏がありそうな気がしている。そちらの背景を調べることもしないとな、と立花を見ると、それはもう用意周到な彼の事、動いているようだった。
初の対策室の捜査、タレント弁護士からの依頼なんて派手でいいじゃないか!と快活に笑った七松には呆れたが、潮江にはそれよりも気になっていることがある。
この手紙を見た綾部が言ったこと。
「これはSPECのにおいがします。」
緋毛氈が敷かれた部屋に、神社の祭壇のようなものが置かれている。
その奥の御簾の奥に、容疑者はいるようだった。男のシルエットが見える。
案内役の男に、見たい未来は?と聞かれた。
こちらの調べでは、容疑者は占い師である。名は不破雷蔵。政界や大企業の重役などがこぞってやってくる売れっ子である。
例の手紙は神楽坂から投函されており、そこから手紙についた指紋をデータベースと照合し、更に…となんだがグダグダと食満が言っていたが、潮江はほぼ覚えていない。
その話を隣にじっと聞いていた綾部が、唐突に中在家のデスクに山となっている、「SPEC能力を持っていると思われる候補者リスト」をべらべらと捲ったと思えば、この子。と不破雷蔵を指したのだった。
シャン!という鈴の音に、はっと現実に戻った。
案内の男は、みたい未来を聞いてきた。
成程、未来を見るSPECというものか。潮江は立花を見やった。
立花は涼しげな顔で「我々の対策室の未来を。」と言った。
まずは能力を見たいようだ。
潮江は、大した事件もないのに立花がどこからか持ってきた捜査令状があるのだからさっさと確保してしまいたいのだが、確かにSPECというものを見てみたい気もする。
潮江自身は普通の人間である。そのような摩訶不思議な能力なんぞ、聞いたことも無かった人間だ。未だに半信半疑である。いや一度だけ見たことがあった。
留三郎との一件である。
彼とはSITの頃コンビを組み、数々の現場に突入した。喧嘩が絶えない仲ではあったが、現場となればベストコンビだった気がする。
その現場は、爆発物テロとの通報で行った。が、爆発物は存在せず、中国人マフィアのチンピラ共が銃を乱射して応戦していた。
潮江は食満ととも突入し、マフィア拘束の任務にあたっていたが、後方よりついて来ていた食満が突然、潮江に銃を向けたのだった。
驚きで目を剥く潮江が更に驚いたのは、食満が撃ったはずの弾が、食満自身に全て返っていたからである。潮江は引き金を引いていない。
瀕死の食満を抱え、なんとか撤退し、彼は警察病院へ送られた。重症であったが奇跡的に回復し、彼は生存を得た。が、左足は動かなくなり、SITを除隊になった。
今はツテを使って科学捜査研究所でやっているが、元来戦い好きの彼がうずうずと動きたそうにしているのを見ると居た堪れない。
潮江は誤射で仲間を撃ったということになり、SITを除隊。今に至るのである。
警察病院で目を覚ました食満は、開口一番に潮江が別人に変わったように見えたといった。そして撃った弾が返ってきたのだ。
「来ましたよ。」
綾部の声で、現実に戻る。占いが終り、御簾の向こうから巫女装束の女が占いを書いた紙を持ってきた。
【1年は混沌となるでしょう。2年目からは良き風が流れるでしょう。】
これには三人とも顔を顰めた。当たり障りのない言葉である。
初めて1年目なんぞ、どこも慌ただしく整理がつかない混沌になるのは当たり前だろう。
占いなんぞこんなものか。そう思って立花を見やると、立花は同じことを思っていたようで、懐の捜査令状に手をかけている。
「本物をください。」
真ん中に座り、じっと御簾を見つめていた綾部が突然話しかけた。
案内役の男は、唖然とした後、失礼だ!と憤慨しているが、綾部はじっと見つめたまま続ける。
「あのシルエットの人物は偽物でしょう。占いをするそぶりがありませんでした。それにこの字、前見たものと違います。」
立花と潮江は占い結果の紙を見た。確かによく見ると弁護士が持ってきた占いと字の癖が違う。
ここにあるのは、やや角張った文字だが、あの手紙の文字はあまり綺麗とはいえない、丸字に近い文字であった。
「前見たものは、具体的に結果が書いてありました。これは当たり障りない抽象的な答えです。本物の不破雷蔵はどこですか?」
キョロっとした大きな目で綾部が御簾を見つめていると、案内役の男がまた騒ぎ出したが、立花が逆に詰め寄った。
「確かにこの結果では納得できんな。貴様、私達、いや立花を謀ったか?」
お得意である立花の名を使われては強くは出れず、男がおたつくと、御簾の向こうから声がする。
「大体の客は、ここから質問に答えてあげるんだけどさぁ。まさかそこまで言うとはね。」
若い男の声である。のんびりとした口調であった。
御簾を上げて出てくるのは、20歳くらいの青年であった。明るい茶髪に色素の薄い目、平安の狩衣姿もとい陰陽師のような恰好の青年である。
「お前が不破雷蔵か?」
立花が問えば、にやりと口端を吊り上げ、人をくったような笑顔でこちらに笑いかける。
「いかにも。私が本物の不破雷蔵だ。申し訳ないね。依頼が増えてどうでもいい願いが増えてさ。いちいちやるのも疲れるから、適当にこなしてるの。」
まったく悪びれなく笑顔でこちらを騙したと告げる青年は、不破雷蔵であると告げ詫びた。しかし
「嘘ですね。」
青年をじっと見つめていた綾部は、またも突然声を上げた。
大きな目で青年を見つめたまま、彼女は言葉を続ける。
「先輩方、この人は不破雷蔵ではありません。」
「何故そう思う、綾部。」
「この人はあの文章を書きません。」
「どういうことだ?」
「貴方、タレント弁護士一条まさるに脅迫文を書きましたね。」
綾部の言葉に、不破と名乗った青年は、微妙な顔をした後、確かに。と肯定する。
「でも脅迫文じゃないよ。忠告だ。彼は18日に死ぬ。その未来が見えたから、忠告したまでさ。」
「そこです。」
綾部はビシリと青年を指さし、大きな目で青年を覗きこむ。
「依頼が増えたくらいで適当な予言をして仕事をこなそうとする人間が、何故わざわざ忠告してあげたのですか。一条はあなたの知り合いでもないでしょうに。
彼が依頼に来たのなら別ですが、わざわざ彼の事務所に手紙を送った。しかもちゃんと消印が残る方法で。」
「テレビを見ていたら彼が出ていてね。見えたのさ。私にだってそういうのを気にする心くらいあるさ。」
「それにあの手紙は、貴方が書いたものでもありません。」
そういうと綾部は懐から件の手紙を出した。
「この字を見てください。御世辞にもうまいとは言えない。先ほどの予言の紙を見てください。字をこの手紙のほうの字に似せて書いていますが、こちらの偽予言の字の方は崩れ方が不自然です。綺麗な字を崩して書こうとしているのです。それに…」
「それに?」
「この文章を書いたには、貴方は成長し過ぎています。」
「成長しすぎ?」
潮江は思わず口をはさむ。
「はい。この手紙には、漢字が使われていません。わざとかと思っていたのですが、多分“漢字をまだ知らない”のではないでしょうか。」
「ということは…」
「彼は不破雷蔵の替え玉。本物の不破雷蔵は小学生低学年あたりではないでしょうか。」
「小学生!?」
思わず声を上げる潮江だったが、目の前の青年を見ると、まるで面白いものでも見るように笑顔で綾部を見ていた。その顔はまるで狐である。
「驚いたなぁ。確かに私は雷蔵ではないよ。」
「さ、三郎様…!」
「いいよ。この人たちと話をする。席を外せ。」
案内役の男が青年に寄るが、人払いを命じられ、巫女の女と出ていく。
青年は祭壇の前に座り込み、潮江達も座り直した。
「俺は鉢屋三郎。不破雷蔵の腹違いの兄であり、本家不破の分家であり、雷蔵の替え玉だ。」
「この予言の能力はうちのお家芸でね。この能力で千年、家を保ってきた。影で歴史を操る~なんて大それたことはしないが、まぁ時の権力者と共に来たのは間違いない。」
三郎は飄々と片膝をつき、何でもない事のように言った。
その顔ににやりと笑みを称えている。
「この能力を、あんた達はSPECと呼ぶのだろう?うちにもさ、色んな組織が来たよ。仲間に入りませんか~って。SPECばかり集めてる団体とか、SPECの能力使って何かしたい企業とか。」
「だが、どれにも行かず、君たちはここにいる。何故だ?予言など引く手数多だろうに。」
立花がそう問うと、鉢屋と名乗った青年は、ニヤニヤとしていた顔を止め、すっと真顔になる。
「そうさ、誰もが一寸先の暗闇を恐れ、光明たる未来を欲しがる。それを予言できる者は彼らの奪い合いに巻き込まれることになる。」
「成程、貴方は雷蔵をこの安全な場所から出したくないのですね。」
「ご明察。俺は正直家のことはどうでもいい。が、雷蔵にとってはここは安全な籠だ。幼い雷蔵を外に出してしまえば、身の安全の保障はない。」
三郎は綾部の置いた手紙を手に取り、眺める。
その表情は複雑な色をしていた。
「こんなの放っておけって言ったんだ。でもあの子は放っておけないんだよ。まだ無垢な子供だ。見えてしまった悪い未来は、どうにかして変えたいのだろう。
だがね、この予言は当たる。絶対に当たる。雷蔵の見えた未来は、変更が効かない。」
三郎は手紙を置き、小さくため息をついた。そして三人を見据える。
「雷蔵は君らが今日来ることも見えていたよ。だからあの手紙を出した。君らが来ることを願って。」
「私達を待っていたというのか?して、その不破雷蔵はどこに?」
「安全な場所さ。うちの狗をつけてある。まずまぁ部外者は入れないだろう。でも雷蔵に今会わせるわけにはいかないね。
あ、あと予言をしたからって一条を殺すのは俺でも雷蔵でもないからね。」
へらりと笑いながら手紙を返しつつ言い放つ鉢屋に、潮江は考えていた言葉を吐いた。
「何故今、不破雷蔵に会えない?一応身柄を拘束しなければ…。」
「頭が固いねおっさん。雷蔵はね、今あんたらに付き合ってる程暇じゃないんだ。雷蔵にとって“外は敵がいっぱい”なんだよ。特に今はね。」
結局、不破雷蔵の身柄は確保できなかった。
潮江達が手ぶらで帰ると、対策室では暇を持て余して大量の読書をする中在家と、何やら楽しそうにどこかへ電話する七松がいた。
「どこへ電話してたんだ?随分楽しそうだったが。」
「こーんやくしゃ!」
潮江達が帰ってきた事で、電話を切り上げ通話を切った七松が、体育座りで座っていた椅子から勢いよく飛び降りてきた。
その行動に、中在家が眉をひそめつつ、ため息を吐きながら椅子を元のデスクに戻す。
「婚約者!?暴君に付き合える女がいたのか!?」
「失礼な!あの子は怒ると私より怖いんだぞ!」
暴君より怖い女ってどんな女だ…ゴリラみたいな女か?!と、潮江が目を剥いていると、立花が集まるように呼びかけ、捜査結果を七松たちに説明する。
「不破雷蔵は確保できなかったんだろ?じゃあ居場所を特定して捕まえるのか?」
「いや、あの様子では多分、本当にこの一条の事件とは関わりはないのだろう。身柄確保の変わりにこれを預かった。」
「…予言、か。」
「そうだ。一条が殺害されるという予言のもっと詳しい情報だ。雷蔵本人が予言したものだ。」
【ばらの下 しんぞうが止まって みんなうごけない】
「バラの下?うーん前のやつより具体的ではなくなった気がするぞ。」
謎の予言の内容に、七松は腕を組みながら唸る。
確かに…と潮江も隣に立ち、一緒に考えてみるが、何のことを指しているのかさっぱり分からない。
「それに役に立つかもと、彼らのSPECを教えてくれたよ。」
立花はホワイトボードに簡潔に書き出した。
「彼ら?」
「そうだ。不破雷蔵のSPECは【予言】。実は鉢屋三郎もSPEC HOLDERだ。能力は【過去を読み取る】。が、鉢屋の場合は雷蔵と一緒でないと能力を使えない。」
「どういうことだ?」
机の上に座っていた七松が、中在家に怒られながら綾部の座るソファの隣に座った。
綾部は七松を警戒し、持っていたどでかいクマのぬいぐるみを向けていたが、七松のポケットから出てきたペロちゃんキャンディにすぐつられる。
「SPECというのは、多くの場合、1モーション入ることが条件に発動する場合が多いそうだ。例えば鉢屋の場合、雷蔵と手を合わせなければ見えないらしい。
しかし、あまりに強いSPEC HOLDERは前条件無しで能力を施行できるものもいる。それが雷蔵だ。」
鉢屋三郎によれば、雷蔵はその人物を見るか、名前を見れば能力を使えるらしい。しかしそれはあまり具体的なものではなく、断片的で1シーンのみの場合が多い。
三郎と手を合わせると、更に深く具体的に見ることができる。その際に、三郎はその対象者の過去も見えるようだ。
ただし過去を見ているのは三郎だが、肝心の未来を見ている雷蔵は小学生だ。
見たものをしっかりと他者に伝える能力に欠け、このような曖昧な予言をするしかないらしい。
『この一条まさるって弁護士、結構影でわるいことしてるよ。突けばボロボロ出てきちゃう。なんで命を狙われてるか分からないけど、何かを探偵に依頼してるシーンが見えた。それに暴力団とつるんでる姿も。ここらへんが狙われてる原因じゃないかな。』
三郎は立花達にそう読み取った過去を教えた。そしてこう続けたのである。
『今後、俺達はきっとあんた達と関わる。雷蔵がそう予言してる。俺達は情報をあんた達に提供しよう。そのかわり、あんた達も俺達にしてほしいことがあるんだよね。』
『何が望みだ?』
『あんた達警察でもエリートの公安だろ?それを使ってやって欲しいことがいくつかあるんだ。』
随分甘く見られたものだ。と顔を歪めるが、それならこちらも使わせて貰おう。と、立花は交渉を成立させたのであった。
「暴力団が関わってるなら私達の出番だな!」
元マル暴の七松が、気合いを入れて立ち上がる。
よーしいけいけどんどーん!と飛び出す七松を寸でのところで中在家が捕まえた。
ぐえ、と何かつぶれたような声がしたが、気にせず立花が止める。
「待て七松。その暴力団はこちらで既に検討が付いている。」
「え、そうなの?なんだ私達の出番ないじゃん。」
「そんなことはない。お前達二人には一条の護衛を頼みたい。ところで七松、中在家。お前達のその能力は何か発動条件はあるのか?把握しておきたい。」
うーんと七松は顎に手をやり
「どうかなぁ。私はこれが普通だと思ってたから。動く前に癖とかやってたかなぁ。」
その場の全員が、普通じゃないだろ!と内心ツッコミを入れたかはともかく。隣で見守っていた中在家が口を開いた。
「…小平太は、動く前に関節をよく鳴らしている。その動きをしないときは、普通の人間と同じ動きをしている。私は【保存】は常にしている。が、【引出】は何か甘いものを摂取しなければ引き出せない。」
「そうなのか長次!」
「お前、もうちょっと自分のことを知れよ…。」
呻く潮江に、七松はキラキラとした目をしながら訪ねた。
「文次郎、お前は何を持っているんだ!?」
「だから慣れ慣れしく…あぁもういい好きにしろ!俺は何も持ってない。一般人だ。」
「ふぅん。綾部は?」
話を振られた綾部はソファで丸くなったまま、横になっている。寝たわけではなく、こちらをギョロっとした目をむけて見つめていた。
「…SPEC HOLDERではありますが、お話する必要はありません。」
「えー、なんでだ?」
「……私が能力を使うことは無きに等しいからです。」
それきり、綾部は黙り込んでしまった。
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18日18時。
対策室メンバーは銀座のあるパーティー会場へ来ていた。潜入捜査のため、皆ドレスコードである。
潮江は七松がちゃんと出来るのか少し心配していたが、意外にもきちんとした身なりに作法もこなしている。正直驚いた。
「婚約者が作法に煩くてさ。ちょくちょく仕込まれたの。」
七松は普段、婚約者自慢が酷い。人の書類整理を邪魔してくるので頭にきていたが、少し顔も知らない婚約者に感謝した。
中在家は現場である会場をうろつき、【保存】をしてまわっている。
その間に七松と潮江、綾部は現場の一階ダンスホールから、階段を上がり吹き抜けになっている二階から一階を見下ろしていた。
「予言には心臓が止まるとあった。これはそのまま一条が死ぬことを指しているのだろう。となると狙撃の可能性が高いな。」
「しかしこれだけの人がいます。この人の数で一条だけを狙撃することは可能でしょうか。」
「そこだよな。一条だけの予言をしてもらったけど、犯人はもしかしたらこの場にいる客全員を皆殺しにするつもりかもしれない。」
「その可能性も無きにしもあらずなんだよな…。」
元SITとしては、このくらいの人ごみであれば、一人だけを狙撃することは可能だと、潮江は考えていた。
しかしそれは十分な狙撃場所と器具を用いた場合である。
この会場は一階がダンスホール。天井は吹き抜けの二階があるのみである。二階の窓からは窓の外に足場となるような屋根などの場所がないため、不可能である。
二階部分のこの手摺の場所からは人目が多すぎて無理だろう。やはり七松の言う通り惨殺の舞台となってしまうのだろうか?
あーでもないと潮江と七松が話している間、綾部は手すりに寄り掛かり一階を眺めていた。そこに、予想外の人物を見つけ、彼女は人目を憚らず、大声を上げる。
「たき!!!!!!」
「ば…なんで大声出してんだ!」
そのまま手摺を乗り越えそうになっている綾部を抱きかかえ、潮江は綾部を降ろすと、そのまま一階に下りて行ってしまった。
綾部は目的の人物を見つけると、常にない嬉しそうな顔で飛びつく。
潮江と七松は綾部を追いかけてきて、彼女の予想外の行動に目を丸くしていた。
「喜八子!こういった場所で大声をあげたり走ったりしてはいけないとあれほど!それよりも何故ここに?それに後ろの方々は…あぁ仕事なのだな?」
飛びつかれた人物は、綾部を抱きかかえ下ろすと、母親のように綾部を叱る。
豪華で派手な古典柄の着物を着た女性だ。
「綾部、知り合いか?」
七松が訪ねると、綾部は抱きついたままこちらを振り返り、
「滝は私の大学時代の友人です。」
正直、潮江は綾部がこんなに懐く友人がいたのかと驚いたが、その友人を見て更に驚いた。
「平 滝子…!あの華道家の?」
「えぇいかにも私が新生気鋭の美人華道家 平 滝子です。喜八子がお世話になっております。」
少々自慢が鼻につくが、きちんと挨拶をするなど、どうやら綾部とは反対に礼儀正しい人物らしい。それもそのはず、彼女はその筋では高名な華道の家元である平家の当主である。
彼女は人気華道家であり、最近ではその美貌も相まって、雑誌にもよく見かける。
「潮江先輩が滝を知ってるとは思いませんでした。」
「仙蔵の持ってた雑誌に載ってたんだ。」
雑誌の写真では、もう少し大人しい印象を受けていたが、実際対面すると、彼女は生気あふれる迫力美人である。
目鼻立ちがくっきりとし、特徴的な麻呂眉気味の眉毛とカールの掛かった前髪、仙蔵に負けず劣らずの艶やかな黒髪をアップにしている。
身に着けたきっと高いのだろう古典柄の椿柄の着物を着こなし、着物の上からでもそのスタイルがいいのがわかる。
その証拠に隣で目を輝かす七松の首根っこを掴む。どうやら彼のどストライクだったようだ。
「お前は婚約者がいるだろう。」
「綾部、紹介しろよ!」
聞いてない。綾部には、相手がいる人に紹介なんてできませーんとあしらわれている。平は美人と褒められることに忙しい。
と、耳に装着しているインカムから、仙蔵の声が聞こえた。仙蔵は監視カメラの制御室より、指示を飛ばしている。中在家は既に一条と合流し、護衛にあたっているらしい。
「なにをしている。そろそろ時間だ。早く位置につけ。」
「了解。」
「綾部、時間だ。」
ぶーっと頬を膨らます綾部は中々平から離れない。
「喜八子、仕事なのだろう。ちゃんとこなしなさい。」
「滝はなんでこんな所にいるの?」
「私も仕事だ。ほらあのシャンデリアの真下に。」
成程豪奢なシャンデリアの真下に、これまた豪華な生け花が活けられている。彼女の作品はいつも豪華で派手だ。
ふと潮江は思い出したように、平に問うた。
「あの生け花に、バラは使っているか?」
「いえ、今日はバラは使っておりません。あれだけ豪華なバラがあるのです。流石にくどくなってしまうので…」
「バラがあるのか!?」
驚く三人に、更に驚く平。
「はい。あの、皆様ご存じなかったのですか?このホールの目玉は…」
平がそのバラについて言いかけた時、突然、会場が停電した。
突然広がる闇に、明るい場所に慣れていた目が追いついていかない。潮江は慌てて近くにいるだろう綾部を掴んだ。
「これは綾部か!?」
「はい。私は滝と七松先輩を掴んでいます。」
「ううむ。私の目でもまだ暗闇には慣れないな。が、まだ時間ではないぞ。」
七松の照明付の腕時計を見ると、時刻は20時45分。まだ3分ある。鉢屋の言葉を信じるならば、雷蔵の予言は絶対だ。48分まで何事もないはずである。
と、インカムから仙蔵の無線が入る。
「お前たち、そちらはどうだ。こちらは監視カメラの電源を全て落とされている。」
「…一条まさるは私が掴んでいる。まだ無事だ。」
中在家の連絡が入った途端、会場の電源が復旧した。が、仙蔵のほうは監視カメラのシステム回復に時間がかかり、まだ会場を確認できないようだ。
明るい会場になったことで、七松は唇を舐めつつ会場をぐるりと見回して中在家と一条を探す。
丁度シャンデリアの真下、平の作品である生け花の隣に二人の姿を見つけた。
七松が二人の下へ歩き出した途端、一条はこちらを見て、何かを見つけたように、酷く動揺し怯えた。三人は何かあるのかと辺りを見回したが、対して変わりはない。怪しい人物もいない。
中在家が一条に問いかけようとした途端、一条の身体に衝撃が走り、一条は激しく痙攣し、その場に倒れた。
20時48分。
一条まさるは死亡した。
その場は悲鳴があがり混乱が起こりかけたが、会場に響き渡った発砲音により、誰もが固まる。
厳しい顔をした立花だった。天井に向かって拳銃で空砲を撃ったのだ。
「静粛に。この場は警視庁が預かります。」
立花と中在家が客を誘導しつつ、客の顔を【保存】をする。
潮江と七松、綾部は一条の遺体を確認しつつ、実況検分する。
綾部は天井のシャンデリアを見上げ、睨み付けていた。
「潮江先輩、バラです。」
綾部に促されるまま、天井のシャンデリアを見ると、それは大きなバラを模した、シャンデリアだった。
【ばらの下 しんぞうが止まって みんなうごけない】
予言は施行されたのだ。
ふと綾部は周りを見渡した。
平滝子はいつの間にか、避難したようだ。
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食満が持ってきた科捜研の資料によれば、一条まさるの死因は胸部に強い圧迫を受けたことによる心臓震盪のちの心停止であった。
「心臓震盪?」
「胸部にあるタイミングで衝撃を与えられると、比較的弱い衝撃であっても致死的不整脈を起こし機能障害を起こす。
これは子供の方が発症する場合が多いんだが、今回の場合、非貫通性の衝撃をかなりの力で打ち込まれている。胸部の心臓あたりの筋組織も破壊されているし、胸骨も骨折させられているんだが、これは直接の死因ではないな。強烈な衝撃による心停止だろう。
SPEC HOLDERによる心臓麻痺の可能性も考えたが、この状況では胸部に衝撃を受けた。で間違いないだろう。」
食満は資料を眺めつつ、ホワイトボードに書き出して説明する。
「強烈な衝撃って?撃たれたとかじゃあないのか?」
「非貫通性って言ったろう。そうだな、この遺体を見る場合では、とてつもなく強い力で胸を殴る。とかだな。まず女子供は無理だ。非力な男にも無理だ。というか普通の人間ではなにか道具を使わない限り無理だ。」
「普通の人間では無理で、とてつもなく強い力で胸を殴る……。」
自然、対策室の人間の目は、七松に集まっていた。
「私!?ちょっと!確かに私は普通より力強いし…多分、私ならこの犯行は可能だ。でも犯人から私は100m以上離れていた。それを一瞬で、歩み寄って長次にも気づかれず一条を殴って元の場所に戻ってって…なんてのは流石に無理だよ。」
確かに、七松は発動条件である1モーションもかけていないし、あの瞬間動いたようにも見えなかった。
「心臓震盪…か。これは我々の失態だな。」
立花は苦い顔で、呟いた。先ほどから彼は酷く不機嫌である。何しろ対策室最初の事件から、犯人が分からないうえ、被害者を出してしまった。
問題児ばかりの庁内の閑職と言われる5課である。立花は上から、説教に加え盛大に嫌味も言われたに違いなかった。
「心臓震盪であれば、あの場で救命処置をすぐに施せば助けられたのかもしれなかった。なのに我々は予言の言葉に踊らされ、一条が倒れた時に既に彼は死亡したと結論づけてしまった。」
「でもそこで救命処置をした所で、予言は変わらず一条は死んだよ。」
突然の声は対策室のドアからしていた。そこから顔をのぞかせているのは、先日神楽坂の料亭で出会った、鉢屋三郎だ。
あの時とは違って、今日は普通の青年の装束である。ラフなTシャツとGパン姿で対策室まで足を運んできたのであった。
「むしろ救命処置をしなくて良かったかもしれない。予言を無理に変えようとすると、また違った形で予言が施行されようとする。もしかしたら、救命処置をしているあんた達の上にシャンデリアが落ちてきたかもしれないね。…ってあんた…」
鉢屋三郎はそこまで説明すると、食満の顔を見て、動きを止めた。
「なんだ。俺に何か?」
「あんたを誰かの記憶の中で見たよ。」
「俺を?ていうか、お前誰だ。」
食満には簡単な不破雷蔵と鉢屋三郎の説明をし、三郎は食満の顔をマジマジと見つめた。
「誰の記憶で見たんだろう。あんた、その記憶の中で銃を突き付けてた。」
「銃を?俺は元SITだし刑事でもあったから…それだけじゃわからんな。」
「印象的だったんだ。あんた号泣してたから。」
「へ!?号泣!?」
少なくとも彼は十数年号泣した覚えなどない。割と涙腺は強い。
「食満のことはともかく、お前何しに来たんだ。」
「そうそう、雷蔵に頼まれてここまで来たんだ。雷蔵の頼みじゃなかったら、俺こんな所まで来ないよ。」
三郎は肩にかけていたショルダーバッグから何やら写真を数枚出した。
「これからSPECによる被害で殺害されると予言されたやつらだ。」
「!?」
テーブルの上にばら撒かれた4枚の写真。それはどれも共通点はないように見える。
「SPECによる殺害…?何故そう断定できるのだ?」
「雷蔵はこの4人がミイラ化して発見されることを予言している。」
「ミイラ化?じゃあ数年前に死んでいるんじゃあないのか?」
七松の疑問通り、ミイラ化した遺体ならば、死後数年たったものが発見されると考えるのが普通だろう。
「この4人の共通点はね。今はまだ生きているということだ。
雷蔵がたまたま見たTVの生中継で、タレントの後ろを歩いていた人たちなのさ。」
「そうか、だからSPEC HOLDERによる事件なのか…。」
潮江は、段々と己がとても深い闇に足を突っ込んでいることに気付いていた。しかし、もうあと戻りはできない。
相棒にされてしまった、不器用な小動物である彼女を見やると、写真をマジマジと眺め、回転椅子の上で両足を乗せてクルクルと回転しつつ、ペロちゃんキャンディを食べていた。
目は虚空を見つめている。
何やらブツブツ独り言も聞こえる。潮江は声をかけようとかと思ったが、これはどうやら彼女の考察中のスタイルらしいと気付いて、手を出すはやめた。
「つまり一瞬でミイラにするSPEC HOLDERがいるってことか。」
綾部に声をかけるのをやめた潮江は、顎に手を当て納得いかなそうに呟いた。未だにSPECとやらに慣れない。
「いや、ミイラにする能力、というより能力を応用した結果、ミイラにすることができるのだろう。」
立花が書類の山から何枚かの資料を取り出す。同時にポケットに入っていた、綾部用のペロちゃんキャンディを中在家に差し出した。
【引出】を使えと、暗に指示している。
中在家は飴を受け取り、口に含んだ。無口のいかつい男が、ぺろちゃんキャンディを舐めるのは、中々シュールな映像である。
「5年前、「遺体無き資産家殺人事件」だ。」
「…2007/12/3、南青山高級住宅街にて資産家、榎田辰夫(没58)が殺害される。死因は右側頭部に銃弾を受けての即死。
犯行手口は奥の間の榎田本人の作業部屋にて、趣味の生け花を制作中何者かに銃殺される。奥の間は窓は一切無く、換気口が一つ。入口が一つになっており、何者かが侵入した形跡はない。
第一発見者は榎田の妻、桜子。仲の良い夫婦で、休日にはよく二人で出かける姿も確認されている。」
「…?それのどこが遺体無きなんだ?」
「当初、警察が入った時、主人の遺体は生け花の作品の脇に倒れていた。が、その後刑事事件に発展ということで警視庁預かりとなり、警視庁刑事部が入った時、遺体が忽然と消えていた。
そして暖炉が燃えており、その中で遺体は焼失していた。遺体の損傷が激しく、死因と見られる右側頭部の銃弾の痕しか確認できず、他の証拠が燃えてしまったため、この件は未詳事件のまま解決されていない。」
「つまり、誰か犯人かが遺体を運んで暖炉で燃やしたってことか?」
「その時点だと怪しいのは妻である桜子だな。」
七松と潮江が、妻が怪しいと言いだした時、食満が疑問をいれる。
「だがそれは無理な話だな。遺体ってのはかなり重い。女が警察が目を話した隙に持ち運ぶってのも無理な話だ。
それに遺体をなんとか引き摺って暖炉を投げ込み、燃やすとする。
が、遺体は水分を多量に含んでいる。暖炉で燃やしたくらいで死体検証ができないくらい焼失するなんて…あぁなるほど。」
「分かったか留三郎。」
にやりと、立花が猫のように笑った。
「ここで元の話に戻ってきたわけだな。その遺体は、ミイラ化されてから暖炉に投げ込まれたんだ。」
ミイラというのはとても燃えやすい。人体組織の50%以下の水分量の乾燥化した死体である。なら、女でも持ち上がるし、暖炉へ投げ込めば焼失してしまうだろう。
「これを見てくれ。これは公安の独自捜査によるものでSPEC HOLDERの疑いかけられている人物のリストだ。」
「あ!私もいる!!」
「お前は明らかに誰でも分かるだろう…。」
しかしこの資料、思いっきり持ち出し厳禁と判が押されているのだが…と潮江が立花を見やると、中在家に保存を命じていた。
こっそり持ってきたこの資料を、中在家に保存させ、そっと戻すつもりなのだろう。
「このリストの中に、榎田桜子が入っている。榎田桜子は元々キャビンアテンダントで、榎田と結婚を機に退職したわけだが、公安からはその職業を利用した闇組織との関わりを疑われていた。そして榎田桜子の周りでは、国内海外合わせて行方不明事件が5件起きている。」
「…もうコイツで決まりだろ…。」
「が、当時はこれだけの資料があるにも関わらず、手口が一切掴めないということで泳がされていた。だが今はSPECの存在が明らかにされている。
さて諸君、名誉挽回と行こうか。」
「待て、まだどんなSPECかも、犯行動機も分かってないぞ。」
「水分を操作できるのでしょう。」
今まで黙っていた綾部が突如回転椅子の回転を止め、こちらを向いていた。
「この資料によると榎田桜子は7年前にこの榎田辰夫と結婚してから、周りの行方不明事件や、不審行動をぱったりと辞めています。つまり、組織との関わりに疲れていた桜子は、結婚を機に一般人になろうと思ったのでしょう。」
「なら何故、夫を殺害したんだ?」
キイ、と静かな部屋に椅子の音が響く。ペロちゃんキャンディの棒を齧りながら、綾部は続けた。
「多分、これは自殺なのです。」
「自殺!?」
「中在家先輩、この事件で桜子には生命保険が降りているのではありませんか?」
「…確かに、1億五千万の生命保険がおりている。」
「たいていの生命保険で自殺となると、加入後2,3年たっていれば問題なく病死扱いとして下りるはずです。ですが榎田の場合、その約款に反するものがあったのでしょう。
このままでは保険金を受け取れない。警察を呼んだあとに気付いた桜子は、目が離れているうちに慌てて己のSPECで夫をミイラ化し、暖炉へ投げ込んだ。」
「なるほど、右側頭部といったな。そこに銃口を突きつけたのだろう。それなら皮膚に銃口を押し付けた火傷の痕が残るはずだ。それを恐れたのか。」
「だが何故、自殺だと思う?」
潮江は疑問を綾部にぶつけた。綾部は口端を上げてにやりと笑った。猫のようである。見たことがある笑い方だ。
「私の友人の、平 滝子を覚えていますか?」
「あぁ!あの美人の華道家!!綾部紹介しろよ」
「七松先輩うるさい。滝から聞いたことがあるのです。自分のファンである資産家が、自分の作品を見てくれと何枚も写真を持ってきたことがあると。
その作品は生け花を活けたあと、血飛沫を吹きかけたりしたものだったそうです。」
「血飛沫!?」
綾部の言葉に、対策室のメンバーは顔を歪めた。
「滝は言ってました。彼は作品を作る際、自傷行為をしながら作る独創的なスタイルだと。いつか己の命をかけて作品を作るのだと言っていたと。それが確か榎田と言ったはずです。」
「話は終わったかな?これで4人はミイラ化しないですむようだね。」
椅子に座って話を聞いていた鉢屋三郎は、来た時と同じく悠々と立ち去ろうとする。
「待て。…雷蔵の予言は変更は効かないといったな?」
潮江はそのまま出て行ってしまいそうな三郎を呼び止めた。
彼がここに来た理由は、雷蔵にこの事件のことを頼まれたからだ。だが納得できない。彼の予言は変更できないのに。
「…。雷蔵は優しい子だよ。そして賢い子だ。己のSPECの事も理解している。」
薄茶色の瞳を半目にし、こちらをゆっくりと振り返る。
「その4人はミイラ化を免れるだろう。でも命の期限は変わらない。でもさ、ミイラ化なんて凄惨な死に方しなくてすむ。それが雷蔵の、精一杯の優しささ。」
その後、都内に潜伏していた桜子を洗い出し、確保した。
桜子は何故か酷く動揺しており、警察だと知れると、逆に彼女のほうから保護を求めてきた。
彼女はこれまで犯行を自供した。バックに付いていた、SPEC HOLDERが集まる団体が最近になって接触を再び図ってきており、もう関わりたくないため逃げ回っていたという。
ここで確保しなくては彼女は、件の写真の4人を殺害することになったのだろう。
彼女はとりあえず、留置所に入れられることとなった。
この逮捕で、5課はなんとか首の皮を繋げられることになり、存続を許された。
が、数日後、桜子は留置所の中で胸をナイフで一突き、刺されて殺されていた。警備は万全。どこからも侵入の形跡はなく、監視カメラに怪しい侵入者の映像もない。
ただ一つ、桜子の隣に紫色の小さな花が沢山ついた花が一房、置かれていた。
留置所の桜子の入れられていた牢の前、七松と綾部と潮江が立っていた。
「なんだろう、この花。」
「滝に写メって教えて貰いましょう。」
平 滝子から返ってきた返事は「エリカ」であった。
「エリカ?人の名前?」
「この花の名前です。エリカ。花言葉は、裏切り。」
「裏切り者を処分したってことか…。」
潮江は留置所の壁に手をあてた。
厚みは重厚で壊れた様子も細工された様子もない。またSPECとやらか。
「とんでもないところへ来ましたね。」
綾部が潮江の顔を覗き込んでいた。その後ろには七松がニヤニヤとした笑い顔のまま、同じく覗き込んでいた。
「…まったくだ。」