『絆から生まれる愛』薄暗い路地裏、湿ったコンクリートの匂いとタバコの煙が漂う。黒田雪成、17歳、震える手で父親の借金の督促状を握りつぶしていた。目の前には、鋭い目つきの男、荒北靖友、21歳。マフィアの若手幹部で、冷酷な笑みを浮かべる。
「俺は知らない!! なんで俺が返さなきゃなんないんだよ!」
黒田の叫びが路地に響く。次の瞬間、荒北の拳が黒田の頬を捉えた。
「返せない、じゃねぇんだヨ。他に親戚もいねェし、コイツ――」荒北は地面に転がる黒田の父親の写真を踏みつけ、「――くたばっちまってンだから、オメェが返すんだヨ。」
黒田は唇を噛み、涙をこらえた。殺される。そう思った瞬間、荒北の目が一瞬揺れた。黒田の涙ぐんだ顔、その怯えと反抗が混じる表情に、荒北の胸がざわついた。――ンだ、このガキ。
「ボスに止められてんだヨ。殺すのはナシ。」荒北はそう吐き捨てたが、本心では違った。
嫌いでもいい。くたばってほしくねェ。オレのそばに置いておきてェ。
その夜、黒田は荒北に連れられ、マフィアの事務所に放り込まれた。
「オメェ、今日からここで働け。借金返すまでナ。」荒北の声は冷たく、黒田はただ頷くしかなかった。
マフィアの世界は黒田にとって地獄だった。荒北の高圧的な態度、雑な扱い。だが、黒田が体を売って借金を返そうとしたとき、荒北の怒りが爆発した。
「オメェ、何考えてンだ!? ンなことして返そうってカァ!?」
荒北の拳が机を叩き、黒田は怯えた。だが、荒北の目には怒りだけでなく、どこか痛みが宿っていた。
好きだから。オメェがそんな目に遭うの、許せねェんだヨ。
黒田は内心で思った。マフィアにしては甘くね? でも、殺されたくない一心で口を閉ざした。
月日が流れ、黒田は荒北の側近として働くようになった。荒北は黒田を「ユキ」と呼び、黒田は荒北を「荒北さん」と呼ぶ。最初はただの借金取りだった男への嫌悪感しかなかったが、ある日、黒田が変わるきっかけが訪れた。
裏取引の場で、敵対組織の男が黒田を「お荷物」と嘲笑った瞬間、荒北がキレた。
「ユキをバカにすンジャねェ!」
荒北の拳が男の顔を潰し、血が飛び散る。黒田は呆然とその背中を見つめた。こいつ、俺のこと…守ってんのか?
嫌悪だった感情が、尊敬へ、そして親愛へと変わっていく。荒北の不器用な優しさ、冷たい言葉の裏に隠れた熱い想い。黒田は気づき始めていた。
ある夜、敵の襲撃で黒田が命の危機に瀕した。銃声が響き、黒田が倒れる。荒北は血相を変え、敵を叩きのめし、黒田を抱き上げた。
「ユキ! くそッ、死ぬナァ! オレ…オメェを…愛してんだヨ!」
勢いで飛び出した言葉に、荒北自身が動揺した。黒田は目を丸くし、血まみれの顔で笑った。
「あんた…そんなこと言えるんすね。明日は…槍でも降るんすかね?」
その軽口に、荒北は苦笑いしながら涙をこぼした。
「バカヤロゥ…死ぬんじゃネーヨ。」
黒田は思う。ただそばにいればいい。いつか、荒北さんの役に立てるように。
倒れる黒田を、荒北が抱きしめる。
「ユキ、死ぬナァヨ…意識保てヨ。」
涙を浮かべる荒北に、黒田はかすかに笑った。
「荒北さん…俺も、そばにいさせてください。」
黒田の言葉に、荒北は一瞬目を丸くしたが、すぐに顔をそむけて舌打ちした。
「そんなこと言ってる暇ねェんだヨ、バァカチャンが。」
荒北はそう吐き捨てると、血まみれの黒田を抱え上げ、急いで闇医者のアジトへと走った。
闇医者の診察室の前で、荒北は落ち着かずウロウロと歩き回る。額には汗が滲み、時折ドアを睨みつけては苛立ったように髪をかきむしった。
「ッたく、アイツ…死にでもしたら許さねェからナァ…」
そんな荒北の様子を見かねた同じマフィア仲間の東堂が、呆れたように声を掛ける。
「荒北、うるさいぞ! ウロチョロするな、鬱陶しい!」
荒北は東堂を一瞥して「ウるせェ」と返すが、足を止める気配はない。
やがて闇医者が診察室から出てくると、「命に別状はない」と告げた。
その言葉を聞いた瞬間、荒北の肩から力が抜け、いつもの冷めた態度に戻る。
「…ッたく、面倒くせェガキだぜ。」
診察室に入ると、黒田はベッドの上で目を覚ましていた。
黒田はぼんやりと荒北を見上げ、かすれた声で呟いた。
「荒北さん…さっきの本当ですか? 愛してるって。」
荒北は一瞬固まり、顔を真っ赤にして目をそらした。
「…ハァ? 何寝ぼけてんだ、バカか。さっさと起きろ。」
そう言いながらも、荒北の耳は真っ赤で、黒田は小さく笑った。
「…はい、荒北さん。」
二人の間に流れる空気は、硝煙の匂いと共に、どこか温かみを帯びていた。
黒田が退院した数日後、荒北はビルの屋上で煙草を吸いながら呟く。
「…俺が本気で好きだなんて、ユキにはバレちまってるのかもな。」
「バレてますよ。」
後ろを振り返ると黒田がそこに立っていた。
「オメェ…なんでここに…」荒北は驚きと苦笑いを浮かべていた。黒田はそんな荒北を見つめながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
「荒北さん…俺、もっと強くなりたいっす。いつか、あんたの隣に並べるくらいに。」
黒田の言葉に、荒北は一瞬驚いた顔をして、それから目を細めた。
「…バァカチャンが。オメェはもう十分だヨ。」
そう言って、荒北は黒田の頭を軽く叩いた。
その日から、黒田はさらに荒北のそばで自分を磨き続けた。
いつか、本当に荒北の力になれる日が来ることを信じて。