『君との距離』放課後の教室は、夕陽のオレンジ色に染まっていた。窓の外では自転車部の部員たちが片付けをしながら、笑い声が響き合っている。私はカバンを肩にかけグラウンドに出ると、部活終わりの泉田くんの姿を見つけた。
「○○、いつも待たせてごめんね。」
泉田くんが謝りながら笑顔で駆け寄ってくる。その声は低くて、どこか安心させる響きがある。一年生の頃から付き合っている彼は、いつもこうやって部活終わりに待ち合わせをしている。同じクラスメイトで、同じ道を歩いて帰るのが私たちの日常だ。
「大丈夫だよ、行こう」
私は小さく頷いて、彼の隣に並ぶ。泉田くんは背が高い。私の頭ひとつ分以上ある彼の肩は、いつも少し遠く感じるけど、こうやって一緒に歩くときは不思議とその距離が気にならない。
学校の門を出て、いつもの帰り道を並んで歩く。夕暮れの空は茜色に染まり、遠くの山々がシルエットになって浮かんでいる。泉田くんはインターハイに向けて練習を重ねているから、最近は少し疲れた顔を見せることもあるけど、今日の彼はなんだか元気そうだった。
「今日の練習、めっちゃキツかったけどさ、なんかスッキリしたんだよね」
泉田くんが笑いながら話す。鍛え上げられた腕が、制服の袖から覗いている。筋肉のラインがくっきりしていて、思わず目が止まる。彼はそんな私の視線に気づくと、ちょっと得意げな顔をした。
「どうした、○○? 僕の筋肉、気になっちゃったか?」
「ち、ちがうよ! そんなんじゃないよ!」
私は慌てて顔をそらすけど、心臓がドキドキしてる。泉田くんって、ほんとズルい。普段はそんなこと意識しないのに、こうやってからかわれると、急に彼の存在感が大きくなる。
私の家が見えてきた。いつものように、門の前で立ち止まる。ここで私たちは、必ずハグをする。それが私たちの小さな習慣だ。一年生の頃、初めて泉田くんにハグされたときは、恥ずかしくて顔が真っ赤になったけど、今ではこの時間が愛おしくてたまらない。
「じゃあ、○○、また明日」
泉田くんがそう言って、両腕を広げる。私は少し照れながら、彼の胸に飛び込む。次の瞬間、彼の腕が私の背中に回り、ぎゅっと抱きしめられる。
その瞬間、いつもと違う感覚が胸を突いた。
「…ん?」
私は小さく声を漏らす。泉田くんの腕、こんなに力強かったっけ? 彼の胸板は硬くて、まるで壁みたいだ。私の身体は完全に彼の腕の中に収まって、まるで包み込まれるような感覚。頭ではわかっていたよ。泉田くんは私よりずっと背が高いし、インターハイに向けて身体を鍛えていることも知ってる。でも、こうやって抱きしめられると、その「違い」があまりにもはっきり感じられてしまう。
「…全然違うんだなぁ」
心の中でそう呟く。私の華奢な肩と、彼の厚い胸板。私の細い腕と、彼の筋肉が浮き出た腕。こんなにも違うんだ。普段は意識しないのに、この瞬間だけ、彼の存在が圧倒的に大きく感じる。
でも、変な話、その違いが…すごく安心する。泉田くんの温もりと、力強い腕に包まれると、なんだか守られているみたいで、胸の奥がじんわり温かくなる。同時に、ほんの少し、仄暗い喜びみたいなものがこみ上げてくる。彼のこの強さが、私だけのものだって思うと、ちょっとだけ独占欲みたいな気持ちが芽生えるんだ。
「○○、どうした? なんか固まってないか?」
泉田くんの声にハッと我に返る。彼は少し心配そうな顔で私を見下ろしている。私の顔、絶対赤くなってる。やばい、気づかれたかな?
「う、ううん! なんでもないよ!」
私は慌てて首を振って、彼の腕から離れる。でも、離れた瞬間、なんだか少し寂しくなる。泉田くんはそんな私の様子を見て、くすっと笑った。
「ふーん、なんか怪しいな。まぁ、いいか。明日も一緒に帰ろうな、○○」
そう言って、彼は私の頭を軽く撫でる。その手も、大きくて温かい。私の心臓はまたドキドキし始めて、思わず目をそらす。
「う、うん…///また明日ね、泉田くん」
私は小さく呟いて、門の向こうに駆け込む。振り返ると、泉田くんはいつものように手を振って、夕暮れの道を歩き出す。その背中は、なんだかいつもより大きく見えた。