Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    youtakeA

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 6

    youtakeA

    ☆quiet follow

    【ブラスタ】
    シン/早希/ネコメ/ケイ
    シーズン4第1章頃の時空です

    ##ブラスタ

    愚者のシャンパン 公演の幕が下り、張り詰めていた熱気がやわくほどける。気安い騒めきがそこここで立ち上り、フロアスタッフに当たっていたキャストらもまた、事前に受けていたオーダーに従ってドリンクやデザートを運び、客席はにわかに雑音の紗幕に覆われていった。
     他の客の目につきにくく、しかし舞台を臨むには格好の一席に座する早希の姿を、シンは公演の途中から目を離すことなく観察していた。点灯した天井灯に照らされた彼女の様子を改めて見つめ、確信する。
     他の客の気を引かないよう靴音を選びながら、シンは一度バックステージへ下がった。手早く整えたトレーを片手に、あらためて早希のいるテーブルへ近づいてゆく。
     その気配に気づいた早希が、最早ただの暗がりと化した舞台へと未だ留め続けていた視線をシンへと向ける。平素であれば他者への思慮と博愛で満たされたその瞳が、今はうっとりと潤むように、あるいは何かに魅入られ眩まされたように、卓上のライトを反射して過剰なほどに煌めいていた。
     今日の早希は、公演の途中から珍しく頬杖などついていた。シンの接近に気づきながら、どこか呆けたような表情を取り繕うでもない。その行動のすべてから、常にはないほど多量のアルコールが体内を巡っていることが察せられた。
    「偽りの恵みには、真のまこと 王者の恩寵をもって抗うといい」
     言いながら、シンは彼女の鼻腔に芳しい香気が届くよう、しかし酔いの深い彼女が万一にも指先を引っ掛けて火傷などすることのないよう、慎重に位置を見定めながら季節のダージリンで満たされた白磁のポットをテーブルに配した。
     さらに、充分に温められた空のティーカップとソーサーを彼女の眼前に置く。その手を戻すついでのようにして、茶色い液体がまだ半量近く残るコリンズグラスを自身の手元まで引き寄せた。
     その仕草を見ても、彼女は何の抵抗も見せなかった。
     供されるドリンクに、料理の数々に、早希はキャストたちの真心を透かし見て、そのすべてを慈悲のごとく完璧に味わいつくす。その彼女が、まだ内容物の残るグラスを取り上げられて声ひとつ上げないのは、やはり多少の異常事態と言えた。シンがそのグラスをトレーの上にまで持ち去れば、あるいは抗議のひとつもあったかもしれない。しかしシンは、あくまでも紅茶を供するための場を整えたまでという体裁を崩さずグラスはテーブルの端に寄せるに留めた。彼女がもし指先を伸ばそうとすれば、自身の手でそれを遮ることの可能な位置まで。
     コリンズグラスが作った水溜りの脇に、凝った意匠の施された砂時計を置く。バックステージで既に時を刻み始めていた青灰色の砂は、重力になされるがまま既にその三分の一近くがガラス管の下部へと落ちていた。
    「シンさんのお名前の由来って、なんですか?」
     砂時計の具合から抽出にかかる残り時間を勘案していたシンに、予期していたよりもろれつの回った口調で早希の声がかかる。
     その唐突さに対して驚き、しかしそれが表情には出ないよう慎重に隠しながら、シンはことさらにゆっくりと視線を砂時計から早希へとスライドさせた。
     既に頬杖を解いた早希は、指をゆるく絡ませた両手をテーブルの端に乗せ、じっとシンの瞳を見上げている。その目は酔いのために軸も無く揺れ動きながら、しかこの問いからシンを決して逃すまいという意志にも満たされてもいた。
    《深酔いした客に絡まれている》という客観的事実に、我知らず頬が緩むのを自覚した。他の客ならばいざ知らず、よりにもよって早希が相手とは。
    「自らの手で掴み取らぬ果実に、いずれ価値など生まれまい」
     不服そうな顔を隠そうともしない早希を制するように、彼女と対面する座席の椅子を引き、腰を下ろす。そうしながら、シンは砂時計の上にそっと人差し指を乗せて見せた。
    「砂の落ち切るまで、考えてみるといい。お前が闇を見透かす目を備え、薄明に至る賢明さを持つなら、俺もその光に応えよう」
     正しく意図を伝えるつもりで選んだ言葉は、しかし酩酊した彼女にこちらの仕掛けたゲームのルールを理解させるには不十分だったようだ。
    「お前が当ててみるといい。砂時計が落ち切るまでに当てられれば、その時はお前の問いに答えよう」
     言い直すと、途端に彼女の視線は砂時計に向かった。砂は既に、その半分以上を落とし切っている。
    「植物か鉱物の名前、なんですよね?」
    「それがこの店のルールだ」
     考え込み、俯いた彼女の口の中で「しん、しん……」と、シンの名の音が幾度いくたびとなく転がされる。酔いの回った早希には分の悪い勝負であるはずだが、諦めるという選択肢は彼女のなかにはないようだった。
    辰砂しんしゃっていう石が、ありましたよね?」
    「そうだな。……それが答えか?」
     砂時計は刻々と時を刻み、猶予の少なさを示している。
     さらさらと落ちる砂粒を見つめながら、早希は否とも応とも答えなかった。沈黙が続く。
     目を伏せたまま黙りこくった早希に、まさか眠りに落ちてしまったのではないかと訝った頃、早希はその視線を落としたまま独白めいた声を漏らした。
    「榛の はしばみ 木って、『シン』とも読めますよね」
    「――そうだな」
     落ちる砂はもう幾許も残っていない。
     再度「それが答えか」と問おうとしたとき、早希はふと顔を上げた。ダージリンの放つ香りに覚醒が促されたのか、目元には幾分かの理性が戻ったように見受けられた。
    「いつか、よければ教えてください」
     早希の微笑みと共に、砂時計の最後の一粒が落ちる。
     視界の端でそれを認めながら、しかしシンは、早希の瞳に戻り来た思慮深い慈愛の光から目を逸らすことができなかった。
     気づかれぬよう、小さく息を吐く。
    「……そうしよう」
     答えながら、席を立つ。ゲームの時間は終わりだ。一フロアスタッフとしての仕事を果たすべく、シンは強い熱を保ったままのポットを掲げ、決して彼女に向けて雫の跳ねることのないよう静かに、一定の速度で、ティーカップに紅茶を満たしていった。
     傾けていたポットをシンが戻すと、早希はテーブルの上で組んでいた両の手を解き、そのすべての指を使ってそっとティーカップを包み込んだ。磁器の肌を通して伝わる温もりにようやく人心地がついたというように、ほうと小さく吐息を漏らす。
     立ち上がったまま見守るシンをまっすぐに見上げてから、早希はにっこりと微笑んだ。
    「ありがとうございます」
     そして、片手で持ち上げたティーカップにそっとその唇を寄せる。まだ熱いはずのその紅茶を、しかし早希は一口、二口と飲み下した。
     ふたたび、彼女の口からため息が漏れる。
    「やっぱり、シンさんの淹れる紅茶は特別な味がします」
     女神による言葉は天上からの下賜品に等しい。その恩寵にシンは厳かな礼をもって応えた。
    「足りなければ呼ぶといい」
     そう返してから、さりげない動作でテーブルの端に放棄されていたコリンズグラスを持ち上げる。その動きを早希は見咎めなかった。ただ、申し訳なさそうに少しだけ眉根を寄せている。しかしそのいたいけな罪悪感も、ダージリンの香気と滋味がじきに癒すだろう。

     トレーを掲げ持ったまま、シンは早希に背を向けてバックステージに通じるドアを目指した。予想した通り、そこにはこの一件の《戦犯》が待ち構えている。
    「オレがサキちゃんとおしゃべりしたかったのになぁ」
     悪びれる様子もないネコメに、シンはただ一瞥をくれた。客席の彼女の様子をなおも窺うネコメを黙殺して、キッチンへと続く廊下の奥に目を向ける。と、そこにこちらへ向かうひとつの人影を見つけた。その人影の正体を察した途端、悪戯心が頭をもたげる。
     ネコメの横を通り過ぎかけていた足を止め、視線はツカツカとこちらに近づきつつある人物に留めたまま、託宣を告げる。
    「諦めろ。天に至る階は きざはし 既に鎖され、その罪は永劫洗い流されることはない」
     「はぁ?」と間の抜けた声で振り返ったネコメは、一拍をおいて、シンの視線の向く先に気がついたようだった。
     公演衣装を着たままのケイが、明白な怒気を放ちながらその目をネコメに据え、重い靴音を響かせて近づいてくる。
    「あれま、見つかっちゃったか」
    「あの男が気付かぬわけがないだろう」
     小声で交わされたふたりのやりとりがその耳に届いているのかいないのか、ケイはふたりが壁際に退いて開けた道を速度を緩めず通過した。しかしすれ違うその一瞬に、常よりもさらに低く、怒りを込めた声を残していく。
    「ネコメ、事務所で待っていろ」
     ネコメは黙ったまま、両手を挙げるジェスチャーをした。無論その姿は、既にケイの視界には入っていない。
    「シン〜、ちょっと庇ってくれない?」
    「落穂を拾うのは種を育むことを怠らなかった者だけに許される特権だ。その恵みにせいぜい感謝するがいい」
     言い置いて、シンは今度こそキッチンに向けて歩き出した。背後から「薄情者ー!」との叫びがかけられたが、無論意に介す必要のあるわけもない。
     トレーに乗せられたグラスの底からは、アイスティーを模倣するため絶妙なバランスで混ぜ合わされた複数の蒸留酒の芳香が、未だゆるく立ち昇っていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    youtakeA

    DONE【刀剣乱舞】
    ※創作審神者
    顕現順にうちの審神者と刀剣男士の初対面を書くよのシリーズ

    #うちの審神者と初対面 〈小烏丸〉
    「我が名は小烏丸。外敵と戦うことが我が運命。千年たっても、それは変わらぬ」
     たとえば、晩春の山を藪を漕ぎながら登っていると不意に空気の変わることがある。「ここから先は人の踏み入る場所でない」という警告を全身に受ける。たった今自分が進めた一歩で景色のどこが変わったわけではない。足元に降り積む土になりかけの朽葉、腿の半ばまで届く数多の草々、高いところで太陽の日を透かす枝葉の緑。すべて、なにひとつ変わってはいない。
     しかし、そんなとき私は確かに山のなにか侵犯しているのだ。だから即座に、かつ息をひそめて振り返り、来た路を戻る。山で育つ私たちは、その見極めを子供の時分から少しずつ覚えて育つ。
     顕れた男士は、その頭頂が私の目線より低い位置にある。なのに私の心は、見下ろしているはずの男士をはるか仰ぎ見ている。里から山の頂を見上げ、日常であるはずのその風景に突如畏怖をあらたにする、あの心地。あの山路をもし警告に抗ってさらに進んでいたなら、そこで出会うのはあるいはこのような存在だったのかもしれない。
    1379

    recommended works