執着 識が本陣にいると、その日は連隊戦で山鳥毛がドロップする。
気付いたのは偶然だった。
ドロップ率が低い、のは嘘じゃないのかと首を傾げ、調べてみた。
審神者の集う掲示板群を見てみると、5振ドロップしている段階でおかしいらしいので書き込みはしなかった。
この時には山鳥毛は打算契約を終えていたが、識はドロップした山鳥毛を顕現も連結もせずに保管していた。
当時の基準の限界まであと一振り、まで集めたがそれでもそのままだった。
入手が厳しい刀であり、本契約したとはいえ不安定な訳あり山鳥毛に連結して無駄になるのを警戒したともいえる。
そんな識だが日光の鍛刀は失敗した。
黒獣もダメだった。
恥を偲んでバニーで鍛刀しても失敗した。
おまえの左腕と組ませてやれなくてすまない。
識は詫びたが、山鳥毛は言えなかった。
日光が来たら、その分識との時間が減るのは嫌だ、と思ったなどと。
識がいると一文字則宗がドロップする。
出ないので有名なのに、来る。
長期滞在になるので6回しか試さなかったのに4振。
じゃあ識がいなければ?と次の時に試してみた。
笑うほど来ない。
9回後に、鍵はポケットマネーで出すから一度試してみてくれないかと多忙で本丸を留守にしていた識に連絡した則宗。
結果は、きた。
忙しくてその1度しか織は立ち会わなかったが。
識不在で鍵、も試してみたが失敗だった。
かなりの高確率、としか言いようがない。
契約した則宗が言うには、
「僕と山鳥毛と相性が良いんだよ、識は」
体格こそ違えど則宗と識はよく似ている
だが山鳥毛は?
「そこはまぁ、わかるだろう」
わかっているが山鳥毛は口にしたくない。
識の霊力は、一文字の頭と相性がいい。
現役であっても、隠居であっても。
打算契約を終えても、識の元に居たいと望みその後紆余曲折あって恋仲となった。
霊力に惹かれた他所の同位体が識に目を留める度に狂いそうになる。
未顕現の刀の状態でも、何か嫉妬してしまう。
そんな山鳥毛に識が爆弾を落とした。
「ああ、だから他所の山鳥毛が口説きにくるわけか」
卓を叩いて身を乗り出した山鳥毛の顎を掴んで、抑止しながら識が言う。
「たいていはお前が同伴する前の話だ。
まぁお前がいても口説きに来る個体もいたが」
刺青が赤くなり瞳孔が開ききった山鳥毛の喉をくすぐり宥める。
「お前は嫌々同伴していたし、距離を置いていたからな。
そちらの私とは折り合いが悪いようだが、代わりに私は如何かな、ときた。
他本丸と揉める気はない、と返すと政府所属だから問題ないと。
遭遇した政府所属の山鳥毛の8割がこんなのだったな」
嫌々、の言葉に則宗が片眉をあげて山鳥毛を見る。
打算で契約していた時は嫌々同伴していたし、護衛で初期刀にも関わらず目も合わさず口もきかず距離を置いてついていたのは事実だったので目を伏せるしかない山鳥毛。
思い返してみれば、政府所属と思しき同位体に話しかけられている事が多かった。
「初対面のフリをして何度も口説いてくる山鳥毛は討伐部隊の隊長だったかな。
同位体でも別個体だからな、一度会った個体は忘れないし間違えない」
「そう、だな」
事故で過去に遡行した山鳥毛を、子供の織は忘れなかった。
僕の騎士になってくれないか、との誘いに小鳥がいる、と断った。
黒獣と契約する前だったので霊力が異なっていて、あれが子供の頃の主だと気付いたのは戻ってから。
識のことを小鳥と呼んだ事はなかった。
打算契約中は審神者、本契約してからも主。
小鳥、といまさら気恥ずかしくて呼べなかった。
識は、あの時言われた事を忘れなかった。
成長した識が山鳥毛に再会した時。
四肢と左目を奪われ、呪符で封じてなお呪詛を撒き散らす肉塊のような山鳥毛を買い取り、救った。
頭が冷えて落ち着いて、実装前のテスト個体で顕現してから1年も経ってない、と言った時の識の表情の意味を知った。
識は「小鳥」に出会う迄の代理で中継で仮初の存在、と自己認識したのだ。
気に入った相手が居れば、いつでも出ていくといい、と本契約してからも言われていた理由を理解した。
主以外は考えられない、と何度伝えてもその時が来たら気にするな、と。
あの時言った「小鳥」が識の事だと話して、そこから進んで恋仲となった。
「後にも先にも、僕の山鳥毛はお前だけだ」
顎からを移動した指が、目元の刺青をなぞるのに目を細めもっとと擦り寄る。
「おうい、僕もいるんだぞ」
「………………」
「じじいは気がきくからなぁ、退散するとしよう」
萬屋や演練会場で問題は起こすな、は理解している。
理解はしているが、他の同位体が主に惹かれるのは我慢ならない。
だから、わかりやすく主張することにした。
この男は私のだ、と。
手を繋いだり、腕を組んだり、コアラのようにしがみついたり。
効果はばつぐんだった。
みっともないと文句を言う同位体はいるが、山鳥毛の露骨な執着に政府の山鳥毛は接触を諦めた。
識は識で、好きにさせている。
神隠しされてもおかしくないですよ、と言われても気にしない。
黒獣と契約があるので、山鳥毛に神隠しされたとしても出入り自由の別荘のようなもの。
甘やかしすぎ、と言われてもしがみつける腕があるからするだろう、と。
どっちも結局、独占欲が強い。