怪我 運が悪い、というかなんというか、その日の山鳥毛は厄日だった。一対一、に持ち込めば怪我もなく勝利出来るはずの戦で山鳥毛にだけ狙いが集中した。
結果、右脚は大腿部の中程から、左腕は肩のあたりでばっさり切り落とされてしまった。
それでも敵部隊の半数を仕留めたのだから上出来といえば上出来だが。
以前ほどは痛くないな、と言ってのける余裕もあったが、精神的には。
日光に肩を借り、南泉が腕も足も回収して、本丸に帰還。
手入で治る、はずが治らない。
刀身も人の身もそのまま。
出血も止まっているし、欠片も除いてあるが怪我はそのまま。
遭遇した遡行軍の中に例外があったのか、手入の効果が作用しない、とわかった。
過去の事例からすると半月程度、らしい。
それまでは無理に手足をつけたりしない方がいい、との事で切断面の消毒と手当を済ませてそのままになっている。
手入が効くようになるまで部屋で休め、となったのは仕方のない事だった。
訳ありで初期刀で識にべったりの山鳥毛は、識の命令には忠実だったが我慢の限度があった。
識の近侍として常に控えていたのに、まずそれが出来ない。片腕では書類仕事でも難があるのに、さらに馬以外の獣に乗っての見回りは無理がある。
代理で日光が対応してくれているが、嫉妬してしまう。
恋仲になってからは、しない日でも共寝していたのに傷に触るから、とひとり寝。しかも絶対潜り込んで来るだろうお前、と同室も拒否。恋仲になってからは荷物置き場代わりだった自室に逆戻り。
「小鳥の種をもらった方が治りが早いと思うのだが」
かって四肢と左目を損なった山鳥毛は、手入だけでは欠損を補えず、識に抱かれる事で不足を補って回復した。
性交と手入の繰り返しで欠損を補い、機能を回復させるのにまた、の繰り返し。
「それで効果が無ければ怪我した相手にご無体しいた下衆になるから遠慮したいんだが」
山鳥毛としては識にならいくらでもご無体されたいのだが、さすがに口にしないだけの分別はあった。
識は三度の食事は部屋に来てくれるし、膝枕もしてくれるが山鳥毛には足らなかった。
極端な話、識が厠に行く時以外はほぼ一緒だったので無理もない。
おとなしくしていたのは3日だけだった。
次の日が、識の予定が何もない日。
3日目の夕方、起き上がって片足だけでも動ける事をまず確認。足音は隠せないが、動くことには問題ない。
慎重に片足で跳んで、壁に手をついて階段を降りて、識と日光が詰めている執務室に。
襖に手をかけようとするより先に、襖が開いて抱き寄せられた。
「怪我をしているからおとなしく休め、と言ったはずだが」
足音で来るのがわかっていた識が待ち構えていた。
机に突っ伏した南泉と眉間に皺の日光の姿も。
南泉は予想通り、日光はまさか、というところだろうな、と。
そんなふた振りの目の前で無傷の右腕で識にしがみつく。
「聞き分けのない刀には仕置が必要だろう」
「…………そうきたか」
山鳥毛の目元の刺青が赤くなりかけていた。
仕置、に日光が反応するが南泉が無言で肩を叩いて首を振ると何やら察したらしい。
いいぞ、子猫。
「言葉以外にも色々仕置が必要だな」
識が身を屈めて山鳥毛を抱き上げたときには、首筋の刺青も赤くなっていた。
歩きながら説教されているのが一文字の頭なのに南泉も日光も、溜息しか出ない。
識に横抱きにされて送還中なのに、山鳥毛はうれしそうだった。
自制しているがちらほら桜まで見える。
則宗なら遠慮なく突っ込みを入れてくれそうだが、残念ながらギックリ腰で自室でダウン中。こちらは黒獣が対応している。
行き先が山鳥毛の部屋でないのに気づいた日光が南泉に視線をやったが、無言で首を振られた。
「明日は山鳥毛と過ごすから、日光は休みで好きに過ごすといい」
「ああ、週明けの近侍には私が戻る予定だ」
山鳥毛の言葉に、いやそれは厳しいのでは、と返さなかった日光。
識の腕の中の山鳥毛の目が、本気だった。
結果からいえば、週明けには山鳥毛が近侍に復帰した。
手足も元通りで。
代わりに識が多少やつれていたが。