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    965_jima

    四半世紀腐のオタクやってる。今はサトキョ。
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    965_jima

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    聡実誕。17→20くらい?

    人魚姫は死んだ 人魚姫はその声を封印して人間の脚を手に入れ、恋をした相手である王子様に会いに行きました。しかし恋はかなわず、自分を見てもらえなくても、違う世界を生きても、相手の幸せを願うことにしました。

    ――なんでやねん、もっと貪欲になれや。
     
    「おすすめのステーション」とやらから適当な歌が次々と選ばれ、耳の中に流し込まれる。心を揺らす雑音をカットしたくて耳に突っ込んでいるイヤホンはいつもその役目を完全に全うしてはくれず、もう何年も前に聴いただけの合唱曲を突然流してきたりする。あの夏に歌えなかった曲。ピアノのイントロが、心を締め付ける。
     あの選択を後悔しているわけでは決してないけれど、やはりどことなく居心地の悪さを感じてしまうのも確かだった。予備校に向かう電車の中、スマートフォンをポケットから出して早送りの操作をする。自分の十数年の人生とは関係のない曲が再生されたのを確認し、また、ポケットにしまう。
     春休みの今、通学する学生もまばらな朝の電車。新入社員さんと思われるひとたちはピカピカのスーツに身を包みピカピカのカバンを携えて、緊張感を漂わせながらふつうの人生を生きている。新入社員さんじゃない人だって、いい意味でこなれたスーツを着込んで年季の入ったカバンを手に車窓から外を見ている。
     傍から見れば僕もそのふつうの人生を生きている人間のひとりで、座席で歴史用語集をめくりながらリュックを膝に抱えたその姿を見ればきっと十人が十人、ああまた新しい受験生がこうして頑張る日々に突入したのか、なんて思うことだろう。それはある意味で正しい。正しいのだけれど。
     ヤクザの男と過ごしたひと夏の鮮烈な思い出がずっとずっと消えないまま、いい加減忘れてしまいたいのに忘れられないでいる――なんてのは、僕しか知らないことだ。
     高校に入り、歌うことはやめてしまった。両親をはじめ中学時代のことを知る人たちは残念そうにしていたけれど、そのうちだれもそのことには触れなくなった。
     だって、もうあれ以上の歌は歌えないだろう、という強い確信があった。歌は心がこもってこそ人の心を打つのだ。今僕がなにかを歌ったとしても、あの日以上に強い感情を乗せることなど出来やしないだろう。過去の自分に勝てないとわかっていて、それでも頑張ろうだなんて思えるほど僕は強くはない。
     なあ狂児さん。
     心の中で呼びかける。あの夏から何百何千と繰り返したそのよびかけに、僕の記憶通りの声が頭の中で返事をする。なにい? 聡実くん。
     今から僕予備校行くねん。エッうせやんもうそないな歳!? え~あんなちっちゃかった聡実くんが大学受験か~、頑張りや。
     きっと僕にだけ向けていた賑やかで穏やかな声が、頭の中だけで響く。

     ひとが最初に忘れるのは声、次に姿、そして触れた温度、最後に味と匂い、やったっけ。
     それなら僕はまだ、なにも忘れてなんていない。気持ち悪い裏声も変にデカい喋り声も強すぎる顔面も威圧感すら抱く立ち姿も肩を抱く腕の温かさも贈られた苺の味も車に充満する香水みたいな芳香剤とタバコが混じったような匂いも、全部全部覚えている。

     なあ狂児さん。今日、僕誕生日や。
     十七歳やで。あと一年で高校卒業して、たぶん、大学生になってる。そんでたぶん、もうこの街にはおらんと思う。
     あれから二年、あのカラオケ屋のこともずっと避けて生きてるような僕が、あちこちに狂児さんとの思い出が散らばった街でこれ以上生きていくのは結構しんどいねんで。

     歌うことを封印したって、狂児さんのいる世界に僕は行けない。
     幸せなんて願ったかて、もうそれが届くこともない。
     そんなことは十分わかっているのに、忘れることさえできないままでいる。

     声も姿も温度も味も匂いも全部全部忘れたくて、用語集を繰る。
     イヤホンからは相変わらず、ヒットチューンが適当に耳に流し込まれていた。
     滲む視界とすすった鼻は、花粉症にでもなったかなあと自分をごまかすことにして。

    *

    「――……とか思ってた時代もありましたよ」
    「え、俺聡実くんのなかで王子様やったん? なんや照れるな~」
    「都合いいとこだけ拾うのやめてください」
     もし狂児さんが王子様だとしたら、僕のこの狭い部屋に足しげく通っては料理したりすべてを許して触れさせてくれたりはしないだろう。かといって、お姫様だなんて柄でもない。こんなでかくてうるさくて顔の圧が強いお姫様がいてたまるか。
     そんなら僕が王子かっていうと、それもきっと違う。僕は自分の運命を変えた人間を別人と誤認したまま愛したりするような、不義理な男ではないので。
    「まあいいです。もう過ぎた話なので」
     洗濯機の音が鳴って、布団から立ち上がる。くしゃくしゃに放り出されていたTシャツとスウェットを身につけて、振り返る。
    「終わったんでちょっと干してきます。狂児さんはまだ全然寝てていいんで……店の予約までまだ時間あるんですよね?」
    「ありがとぉね、俺が汚したようなもんやのに。しかもお誕生日様に働かせて」
    「いえ。汚させたの僕なんで」
    「……おん」
     返答に詰まったらしい狂児さんに背を向けて、洗濯機に向かう。中から引っ張り出した布団カバーをかごに詰め、窓を開ける。昨日までの真夏さながらの陽気が嘘のように、穏やかで過ごしやすい風が頬を撫でた。

     声を封印してまで恋を叶えようとした人魚姫はもう死んだ。
     あの夏に歌えなかった、そしてあの春には聴けもしなかった合唱曲を僕は、狭いベランダで布団カバーを叩きながら軽く口ずさむ。
     背中越しに、ンフ、と柔らかく笑んだような吐息が聞こえる。

     人魚姫は死んだ。
    ――というか、そもそも僕もあなたも人魚姫なんかになぞらえられるほど美しい生き様なんか選びたくないのだ。

     美しくもないしあきらめも悪い、離れた方がいいことをわかっててもそれでも互いの手を取った、貪欲で愚かなふたりだけれど。
     人魚姫なんかではないから、僕は歌える。
     好いた相手に、自分を見てもらえる。同じ世界を生きて、お互いの幸せを祈り合うことができる。
     もうそれでええわ。それがええわ。それ以外のなんもいらん。
     普通の人生からはどんどんかけ離れていくけれど、どうしようもないけれど、ほんとうに心から、そう思ってしまう。

     今日になってから何度となく贈られた祝いの歌がまた背後から聞こえて、何度目やねんと苦笑しながら振り返った。
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    965_jima

    PAST習作、聡実編。
    無題「好き」とは一体なんなのでしょうか。
     自分自身でも分からない感情の答えを求めて手当たり次第に聞きまわっても正確な答えは見つからず、でも「ただ好きで、それを伝えたいという感情の発露」という、最初に辿り着いた回答にはどうしたって首を縦に振ることができずにいます。
     これまで僕の周りでひそやかに飛び交い、または堂々と交わされてきた「好き」はもっと生き物としての本能というか即物的なものがほとんどで、だから僕は僕の中にあるこの気持ちを「好き」としてカテゴライズすることができずにいるのです。高校時代に遡れば修学旅行の夜、恋人に会いに行った同室のクラスメートや、今も講義の最中に手を取り合って抜け出していく同級生。そして夜半にはまだ早い時間、宿泊までの時間つぶしをしているであろうバイト先によく来る、ボックス席でべったりと隣り合って座るカップル客。どの例を取っても「好き」が生むその衝動は、最終的には公共の場で出来ないことをしたい、そんな即物的なものです。もっとはっきり言えば、それはきっと性的行為につながる「好き」です。けれど僕の中にある感情は、きっとそこには繋がっていません。
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    965_jima

    MOURNING1944、互いの気持ちを察しながら未だ付き合えてないふたりの、たぶんそのうち聡狂になる話です。例の泣き顔のモナリザを捏ねたかった話。
    ※聡実くんの友達♀の名前を便宜上「マナ」にしています
    ※非ネイティブ関西弁
    首洗って待っとけ意気地なしダヴィンチ どうしてファミレスの壁に名画のレプリカがあるのか、といういまさらな疑問を、最近になって周囲にいるいろいろな人にぶつけている。流石に偉い人に聞けたことはないけれど、尋ねた何人かのバイト仲間たちは誰一人その明確な理由を知らなかった。曰く、イタリアっぽいから。曰く、高級感を醸し出すため。なるほどどれも有り得そうやなと思いながら、けれど「親に連れてこられる年齢の頃から芸術に触れるため」と言った先輩には「でもこの間ちっちゃい男の子のお母さんがその子の口塞いでましたよ、そんなことお外で大声で言うもんじゃありませんって」ってやんわり教えておいた。体感、一週間にひとりはその手の子供がやってきて、親から怒られたり口ふさがれたり一緒に笑ったりしている。そやねん、子供って芸術とかどうでもいいし見えたもんを見えた通り素直に言うし、しょうもない下ネタで笑うよな、と思ったけれど、自分にはそういったことで笑っていた記憶はない。
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    965_jima

    MOURNING1944、たぶん一番読んでいただいている話だと思います。
    この続きを今回書くつもりでした…(懺悔)(絶対後日形にします)
    かわいくてかわいくていとしくていとしい 十代の恋人、という存在についてだけなら、実はそんなに罪悪感はない。そもそも親父からして――マサノリのおふくろさんはそれなりの年齢やけれど――カツ子姐さんを見初めたのは彼女が十代の頃と聞いているし、周りの同世代の奴らも干支一回り下あたりからそれこそ自分の娘でもおかしくないような年齢の女を、それぞれ妻にするなり、囲うなり、している。特定の相手がいなかったのは組の中でも実は自分くらいのもので、まあ俺はそもそもあらゆる点でどっか普通とズレてるとこあるし、ヒモ時代も別に愛情とか持ってやってたわけと違うし、誰かを恋しいとか触れたいとか思うようなタマちゃうんやろな、なんて思いながらの二十年。
     いやもうそんなんとんでもない大間違い、青天のヘキレキ、ただ生後十日にして狂い始めた歯車と同じように、運命の相手も大きくズレた年齢に設定されてしもてただけなんと違うやろか、ということに気づくには少し時間がかかった。可愛がりたい、側にいたい、きっと会わせてもらえない甥っ子姪っ子の代わりに愛情をかける真似ごとがしてみたいだけやし、とまっとうな理由を捻り出して自分をだまくらかして、声をかけて呼び寄せて口実を作っては何度も何度も顔を合わせた。狭くて冷たくてしょうもない殺風景な部屋で数年を過ごしてもなお、心の一番深い場所に染み込んで消えない最後のソプラノ。あの微かに淡い色をたたえるまっすぐな瞳が俺のために涙をこぼす、その愛しい表情も。
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