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    965_jima

    四半世紀腐のオタクやってる。今はサトキョ。
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    965_jima

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    2045。立ち飲み屋さん。

    十分後にはふたりきり抱き合って「――ほんでしゃあないから百均飛び込んで適当なのど飴買うたらアホみたいに辛くてな、こらアカン! て水飲んだら口んなかキンキンになってもうて」
    「はあ」
     おすすめメニューの「鉄板で作るだし巻き卵」とやらにざくりと箸を入れて口に放り込む。アツアツのそれをハフハフと堪能しながら、隣で続けられるどうでもいい話に適当に相槌を打った。
     平日の夕方、まだ混み始める前の立ち飲み屋。学生にはうってつけだけれど、これまでの人生そこそこの生活水準で生きてきたであろう男には馴染まないだろうかと思いながら立ち寄ったものの、意外に気に入ってもらえたらしい。下戸らしく烏龍茶にお通しのナムルからスタートした机には、二杯目の烏龍茶と数本の串モンの名残と食べさしのもつ煮込みが乗っかっている。どうやらもう締める気らしく、数分前に注文していた茶漬けがカウンターの向こうからコトリと置かれた。
    「いやホンマに鼻通るどころやなくてな、びっくりするで絶対。いっこ舐める?」
    「絶対いりません」
     先日無事に二十歳を迎えた僕の手にはハイボール。どうやらそこそこ飲めるようだと気づいてからは、どんなものが好みなのかを探求する方にシフトしている。甘いのよりは甘くないほうがいいらしい、そして炭酸のが飲みやすいらしい。今のところはそんな感じ、と狂児さんに伝えたら、「まあ好みなんて年重ねたらどんどん変わってくモンよ」と下戸のくせに知ったような顔で笑われたのでうっかり「死んでください」を言いかけた。この親子ほど年の離れた男を好きになってしまったと自覚して、さらに紆余曲折の末にどうやら狂児も僕に捕まってくれたらしいと認識してからは封印している、不幸を願うようなことば。
    「え〜嫌や、あれ誰かと共有せな気が済まんで? ええやろ? 毒でもクスリでもないねんから」
    「そういうスレスレのこと言うのやめません?」
     いかにもなブラックスーツとオールバックをやめて、左右に振り分けて下ろした髪とざっくりとしたニットの中に淡い色のシャツを着込んでいる狂児さんは、こんなスレスレのことさえ言わなければまるきりお洒落な服屋の店員さんのようだ。似合うてるか似合うてないかで言うと、嫌味なほどに似合うてる。
     僕は三本目のレバカツにがぶがぶと噛みついて、ポテトフライに手を伸ばす。揚げ物ばっかでよう平気やな、とこぼれた声はからかうというよりも若さを愛しむような響きを持っていて、ああわりとちゃんと愛してもらっている、という実感につながっていく。
     レンゲを手に椀の中身を掬ってふうふうとその中身に息を吹きかけた狂児さんが、はく、と茶漬けを口に運ぶ。すぐに、子供の頃から慣れ親しんだお茶漬けのもとの香りがふわんと漂った。
    「聡実くん、ごはんものはええの? 腹いっぱいならんやろそれやと」
    「ここTKGか茶漬けの二択ですよ。家で食べれます」
    「それを店で言うのはルール違反ヨン」
    「……」
     たしかに。
    「あっまたそういう顔する」
    「そういう顔って」
    「『いっちょ前に説教しくさって、お前仕事考ええ』って顔〜」
     昔と変わらんな、と笑う狂児さんの皿からもつ煮をひったくって口に入れる。
    「あっどろぼうや〜、悪い子やな」
    「悪い大人に言われたないわ。てか別にそんなこと考えてないし、もう子供ちゃうし、昔とも違うし」
     ガメたもつ煮を咀嚼して飲み込み、ついでにハイボールを空にする。
     悪い大人と純真な子供だった時期はとうに過ぎ去って、今はこうして肩を並べて食事をすることを誰も咎めない。まだ問題は山積みだけれど、きっとどうにかなる……と、僕は信じている。そのための道を、今、僕は進んでいるので。
    「狂児さん、今夜帰るん?」
    「明日でええってことにした〜」
    「それ、ほんまは良くないやつやろ……」
     はあ、とため息を付いてちらりと横に視線を配る。はふはふと茶漬けを冷まし続ける横顔の、顎のラインにひとつぶのお米が貼り付いていた。
    (……なんや、思い出してしまうな)
     十八を迎える春の日の空港で僕の口元に手を伸ばして米粒を取ってほいと投げた指先が、今は僕の隣でアツアツの茶漬けの椀をおっかなびっくり支えている。どう考えたって不自然なのに不思議としっくり来る、この関係。
     運命っていうのがもしあるんなら、それは僕にとって成田狂児の姿をしているんだろう。ちょっとだけ回り始めたアルコールのせいか、どうにもセンチなことを考える。
    「狂児さん」
    「……ん? なに? 聡実くん」
     僕の方を向いた狂児の顎にはまだ米粒がついている。
     指を伸ばして、すいとそれを奪い取った。
    「米」
     いつかの仕返しのようにポイ、と投げてやろうかと考えて、やめる。かわりに舌を出して指先を舐るように入れて、ちいさな米粒をこくりと飲み込んだ。
     狂児さんが目を見張り、息を呑む。一滴の酒も飲んでいないというのに、その頬がかすかに赤く染まったように見えた。
    「……は〜……いつの間にそういうことするような子になったん……」
    「多分、狂児さんと居るようになってからですね。他の人にする意味もないんで」
    「…………」
     すっかり無言になって茶漬けを食べる手も進まなくなってしまった狂児さんの横で、レバカツの最後の欠片をかじり取り、咀嚼して飲み込む。この後の予定を考えて、逸る気持ちといっしょに残ったポテトフライをつまむ指がせわしなく動く。狂児さんの茶漬け以外の皿がすっかり空になったところで「お会計を」と声をかければ、待っていたのかすぐに店員さんがやってきた。
     店の時計を見上げる。十八時三十八分。店の外では、数人のグループが席待ちをしている。
    「……狂児さん」
    「なに?」
    「ここ出たら僕の部屋でいいですか」
    「……いけずやなあ、聡実くんは。あの部屋でなんもでけへんやろ」
     違うとこのほうがええわ、とかすかに笑った狂児さんが、僕の手を取った。
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    965_jima

    PAST習作、聡実編。
    無題「好き」とは一体なんなのでしょうか。
     自分自身でも分からない感情の答えを求めて手当たり次第に聞きまわっても正確な答えは見つからず、でも「ただ好きで、それを伝えたいという感情の発露」という、最初に辿り着いた回答にはどうしたって首を縦に振ることができずにいます。
     これまで僕の周りでひそやかに飛び交い、または堂々と交わされてきた「好き」はもっと生き物としての本能というか即物的なものがほとんどで、だから僕は僕の中にあるこの気持ちを「好き」としてカテゴライズすることができずにいるのです。高校時代に遡れば修学旅行の夜、恋人に会いに行った同室のクラスメートや、今も講義の最中に手を取り合って抜け出していく同級生。そして夜半にはまだ早い時間、宿泊までの時間つぶしをしているであろうバイト先によく来る、ボックス席でべったりと隣り合って座るカップル客。どの例を取っても「好き」が生むその衝動は、最終的には公共の場で出来ないことをしたい、そんな即物的なものです。もっとはっきり言えば、それはきっと性的行為につながる「好き」です。けれど僕の中にある感情は、きっとそこには繋がっていません。
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    965_jima

    MOURNING1944、互いの気持ちを察しながら未だ付き合えてないふたりの、たぶんそのうち聡狂になる話です。例の泣き顔のモナリザを捏ねたかった話。
    ※聡実くんの友達♀の名前を便宜上「マナ」にしています
    ※非ネイティブ関西弁
    首洗って待っとけ意気地なしダヴィンチ どうしてファミレスの壁に名画のレプリカがあるのか、といういまさらな疑問を、最近になって周囲にいるいろいろな人にぶつけている。流石に偉い人に聞けたことはないけれど、尋ねた何人かのバイト仲間たちは誰一人その明確な理由を知らなかった。曰く、イタリアっぽいから。曰く、高級感を醸し出すため。なるほどどれも有り得そうやなと思いながら、けれど「親に連れてこられる年齢の頃から芸術に触れるため」と言った先輩には「でもこの間ちっちゃい男の子のお母さんがその子の口塞いでましたよ、そんなことお外で大声で言うもんじゃありませんって」ってやんわり教えておいた。体感、一週間にひとりはその手の子供がやってきて、親から怒られたり口ふさがれたり一緒に笑ったりしている。そやねん、子供って芸術とかどうでもいいし見えたもんを見えた通り素直に言うし、しょうもない下ネタで笑うよな、と思ったけれど、自分にはそういったことで笑っていた記憶はない。
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    965_jima

    MOURNING1944、たぶん一番読んでいただいている話だと思います。
    この続きを今回書くつもりでした…(懺悔)(絶対後日形にします)
    かわいくてかわいくていとしくていとしい 十代の恋人、という存在についてだけなら、実はそんなに罪悪感はない。そもそも親父からして――マサノリのおふくろさんはそれなりの年齢やけれど――カツ子姐さんを見初めたのは彼女が十代の頃と聞いているし、周りの同世代の奴らも干支一回り下あたりからそれこそ自分の娘でもおかしくないような年齢の女を、それぞれ妻にするなり、囲うなり、している。特定の相手がいなかったのは組の中でも実は自分くらいのもので、まあ俺はそもそもあらゆる点でどっか普通とズレてるとこあるし、ヒモ時代も別に愛情とか持ってやってたわけと違うし、誰かを恋しいとか触れたいとか思うようなタマちゃうんやろな、なんて思いながらの二十年。
     いやもうそんなんとんでもない大間違い、青天のヘキレキ、ただ生後十日にして狂い始めた歯車と同じように、運命の相手も大きくズレた年齢に設定されてしもてただけなんと違うやろか、ということに気づくには少し時間がかかった。可愛がりたい、側にいたい、きっと会わせてもらえない甥っ子姪っ子の代わりに愛情をかける真似ごとがしてみたいだけやし、とまっとうな理由を捻り出して自分をだまくらかして、声をかけて呼び寄せて口実を作っては何度も何度も顔を合わせた。狭くて冷たくてしょうもない殺風景な部屋で数年を過ごしてもなお、心の一番深い場所に染み込んで消えない最後のソプラノ。あの微かに淡い色をたたえるまっすぐな瞳が俺のために涙をこぼす、その愛しい表情も。
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