無題 人生もさすがにそろそろ折り返しを過ぎたと自認してはいるものの、まだまだだと思いたい年頃なわけで。
それは狂い続けた歯車をどうにかこうにか御していったらいつのまにかついていた肩書に見合う動きができるようにだとか。まだ慣れない新しい法律のせいで成人扱いされるようになっただけの、肌感覚的には未成年の、自分にとって唯一無二のこどもの前に立つ瞬間、生業のことと歌声以外で幻滅されたくはないなあとか。
なあ手のひらこうして広げて立てたら親指が十代、薬指が四十代て知ってる? まだなんとか三十代レベルの角度保っておきたいねんけどって言ったら真っ赤な顔で「死んでください」って言われたけど。えっなにおぼこい事なってんのこの子は、十八なったらまずレンタル屋ののれんの向こう行くもんやろって言ったらまだ赤い顔で「レンタル屋ののれんって何?」って言われてまたジェネレーションギャップ。そうか今みんな動画やもんな。聡実くん何見るん? Pornhub? FANZA? て聞いたら無言でグーパン入ったけど。あのな俺にそれやって許されるの君くらいやでホンマ。
ジェネレーションギャップといえば。いつか君が俺に歌たら、って勧めてくれた曲。あんなかの一つ、あれピエールとランランとアムロちゃんがな、って言ったらアムロちゃんってひとしか知りませんて言われたしそれも君あれやろ、引退のニュースとかバラエティでやろ。俺は全盛期知ってるでアムロちゃん。厚底にミニスカートに茶髪ロングヘアの女が、今で言う量産型みたいに蔓延ってたこととか。
あれだけ大勢いたアムラーがごっそりとあゆリスペクトの白ギャルに変わった頃には俺の狂った歯車は行きつくところに行きついて、その頃君はまだ生まれてもおらんっていうのがなんていうか、まあ、なあ。あの時君が産まれてたら今の道には入ってなかったかも、って言ったら君どんな顔するんやろな。でも実際君に会うたのは俺の狂った歯車が行きつくところに行きついた後なわけで、そして君は今、きっと俺の狂ったなりにそこそこうまいこと回っている歯車をどうにかして狂う前の状態に引っ張り上げようとしている、ことを、俺は察している。もしかしたら、君自身そんな目的を明確に自覚してはないのかもしれんけど。あんな顔してプレゼントって言われたら、それはもう、そういうことでしかない。多分。
でもなあ聡実くん、それはどだい無理な話や。二十年近くこの道を歩いて、もう戻れない忠義のあかしを背負って、今更どの面下げて歯車カチャカチャ直しておてんとさんの下歩く? 人生の半分近くを過ごした時間をまるごとなしにしようってのは、さすがに虫が良すぎるんよ。それが許されるような世界やない。そら「努力する」て言うしかない、俺も。行けたら行くって言いながらよう行かんのと一緒。
でもそれを言ってしまえば俺が君の人生に、それこそ大人になる前の多感な時期に深く深く食い込んで刺さったまま抜けないなにかになってしまったことは明白で、だってそやなかったら上京前の晴れやかな気持ちに満たされてるはずの空港の待合で、クッシャクシャの俺の名刺なんて見てるわけもない。矢も盾もたまらず話しかけて、いったい俺はその刺さった何かをゆっくりゆっくり抜いてあげようとしたのか、それとももっともっとどうにもならないくらい深く刺さりに行ったのか。実は自分でも分かってなかったりする。情けないことに。
自然消滅の極意、気紛れに連絡を取りながらしょうもないとこチラ見せさせて、連絡の間隔をひろくひろくしていきながら、そっと電話帳消して機種変して終わり。ゆっくりゆっくり俺という棘を抜いてあげるなら、きっとそれが一番自然だ。
そやけど聡実くん、君が俺の人生に食い込んでいこうって気持ちがあるなら話は別でな。
君は今、俺に対して、あの十四の夏に俺があの時間を君と共に過ごしたせいで、君の人生のなかで抜けないなにかになってしまったのと同じことしようとしてる、ってわかってるかな。
もしほんまにそうやとしたら。
俺はゆっくり棘を抜いていこうなんて考えをくしゃくしゃ丸めてポイっと捨てて、今まで以上に、もっともっとどうにもならないくらい君の人生に深く刺さってしまうしかないやんか。お互い様にお互いの人生傷つけて、深く刺さって、離れられなくなってしまうしかない。
人生も折り返しを過ぎて、でも、まだまだな自分でいられるうちに。
君の隣を歩ける日が少しでも長く続くように。そんな青い妄想が、今も、襲い掛かってくる。