別に隠し通すつもりもなかったし、かと言って言う必要も感じてなかった。……というより、言ってしまえば、説教や文句を言われることは明々白々。だから、プライベートの中でも、ぼくによる、ぼくのための、ぼくだけの時間でよかったのだ。それに、依存症ってわけじゃないし、ニオイだって気を付けてる。今のところ声帯にも支障は出ていない。それでも嫌悪されるものだってわかっているよ、わかっているから日陰でコソコソとしているんだよ。
「だからだ」
錆びれた路地裏に立ち、背中に夕陽を受け止めた君は、呆れた顔でぼくのことを見下ろした。細めた目の奥では、透き通った二色の瞳がきらりと光る。
「……え、なに」
ズボンの左右のポケットに両手を入れたまま、君はぼくの前に一歩、二歩と近づく。ぼくの右手の人差し指と中指に挟まった煙草に目を向けるので、ぼくは思わず、彼から遠ざけるように腕を外に伸ばした。
「ニオイ、嫌でしょ」
「ああ」
「じゃあ離れなよ。てか、もうこれ終わりにして戻るからさ」
ぼくは右手の煙草を、スタンド灰皿に入れようとすると、彼はぼくの右腕を掴み上げた。彼の顔の周りを煙草の煙が包み込む。
「これ、なんてやつだ?」
「え?」
「銘柄」
煙草の煙が近く、彼の目蓋は蝶の翅のようにまばたきを増やす。右腕は強く掴まれたままだった。
「……アークロイヤル」
「あんま聞かねえな」
「最近じゃコンビニでは見かけないからね」
彼は右腕を解放したので、ぼくはスタンド灰皿に煙草を押し込め捨てた。彼は何か考え事をしているように目線を逸らしてから口を開いた。
「なんか、若干甘い……ような」
そう言って彼は鼻に手を当てる。ぼくは思わず口元に綻びを覚え、一歩、二歩と近づく。
「ご名答。アークロイヤルはバニラの香りが特徴なの」
ぼくの悪い癖が顔を出してしまう。
「欲しい?」
君はぼくの両肩を小突いて離れた。「調子に乗るな」と苛立ちを露わにする。流石のぼくもそこからまた悪ノリしようという気持ちにはなれず、両手を広げ、左右に振り「めんごめんご」と平謝りをしてみせた。彼の目は、どこか掴みどころない意思を秘めていた。
違和感だ。はじめから何か彼のその態度に違和感を覚える。ぼくの非行を見つけ、怒り、呆れ、説教をする、そのどれもが中途半端なところで止まっている。殴ったり、罵倒したり、そう言った叱咤がない。かと言って、肯定しているようにも、黙認しているようにも見えない。別の感情で何かを抱えているように見えた。ズボンの右ポケットに入れた煙草とライターを、奥へとねじ込むように右手を入れる。彼の視線が、ぼくの右手に揺れ動いた。
「いつからだ」
「んーー……煙草吸える歳になってから、たまーに? 思い出した時に吸うぐらいで、嗜好品の範疇だけど?」
「そうか、それが分かればいい」
彼は何処か「落とし所」をつけたように、ぼくに背を向けた。大きな背中に物悲しさを感じて、ぼくは一つの可能性に気づく。……ああ、そういうことか。
「隠すつもりはなかった」
「だろうよ」
「嫌だった?」
「……」
彼は少し黙ってから振り返って、またその視線をぼくに突き刺した。
「おれは、おまえのことを知らないおれが時々嫌になる」
ぼくは、覚えたての口元の綻びを再び感じた。