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    鬼道さんの別荘に遊びに行くことになった鬼円

    #鬼円
    devilsAdvocate

    【鬼円】「え、壁山も来られないのか?」
     円堂は、スマホから聞こえてくる弱弱しい声に困惑した後、肩を落とした。それは、壁山の病欠にがっかりしたからというだけではない。様子を窺っていた鬼道が、『壁山も来られない』というセリフを聞いて、眉を下げたためでもあった。当日待ち合わせ場所に来てみたら、まさかの事態だ。鬼道はさぞかし残念だろうと思って、心が痛む。
     だがドタキャンする壁山だって、同じくらいがっかりしているに違いない。案の定、向こうでぐずぐずと鼻を鳴らして、『ご馳走、食べたかったっす』なんて言っている。だから円堂はキャプテンとして、明るく彼を励ました。
    「しょうがないだろ。今回は諦めて、安静にして早く治せよ。うん。じゃあな、お大事に」
     通話を切って、首を振りながら鬼道を見る。彼は静かに「全滅だな」と呟いた。その言葉の通り、予定していたメンバーのうち、二人以外は全員来られなくなってしまった。
     鬼道家の別荘に招待してくれるという話が出たのは、連休の一週間ほど前のことだった。
     鬼道の養父が、ろくに会う時間も取れない息子を気遣って、「サッカー部の友人でも誘って、遊びに行ったらどうだ」と勧めたらしい。
     帝国時代であれば、キャプテンである自分の言葉はなかば強制のようなもの。チームのメンバーに負担をかけたくないから、声はかけなかったが。雷門中であればその心配もないかもしれないからと、部活のMTGが終わったあとで、みんなに申し出たのだと聞いた。
     円堂からしてみれば、そんなのまったくの杞憂でしかない。実際、雷門イレブンのみんなは別荘という響きに大喜びだった。もともと用事があるメンバー以外は全員参加することになったし、参加できない奴らもすごく残念がっていた。仮に帝国学園で同じ話をしたとしても、みんな喜んで参加しただろう。義務ではなく。
     盛り上がっているメンバーからの質問に、すこしホッとしたような表情で答えている鬼道を、(へんなところ、気ぃ遣いなんだよな)と思って見ていたのに。
    「いや~。俺たちが平気ってことは、やっぱこないだの差し入れかなあ」
    「そうだろうな」
     円堂の言う「こないだ」とは、一昨日の休日、部活でのことだった。円堂、鬼道、豪炎寺の三人が作戦会議のためその場を離れていて、その間、練習をしていた他のメンバーが、父兄からの差し入れを皆で食べたそうなのだが。どうやらそれがあたったらしい。マネージャーが家族旅行などの大型連休に入っていて、食品の管理が疎かになっていたことが原因だろう。
    「暑かったもんな。クーラーボックスには入ってたらしいけど」
    「幸い、それほど重症ではないようで良かったが……」
    「せっかく小合宿できると思ったのになあ」
     円堂は、心の底から残念で溜息を吐いた。二人同様、差し入れを口にしていない豪炎寺は元々、妹の見舞いなど家の事情で来られないことになっていた。二人しかいないのでは、できる練習も限られてしまう。
     しばらく二人でできる練習メニューに思いをはせていると、鬼道が「……円堂、それじゃあ仕方ないから今回は」と切り出した。円堂は顔を上げて、そうだよな、と頷き返す。
    「今回は、二人用のメニューをやるしかないな」
    「は?」
    「あ、でも今考えてる時間ないか。新幹線で相談しようぜ!」
    「…………予定通りで、いいのか?中止しなくて」
    「え!?」
     中止!?と、驚いて鬼道の顔を見ると、彼にしては珍しくポカンとしている。円堂が慌てて、「あ、もしかして俺だけ行くのはダメだったか……!?」と尋ねると、彼はしばらく沈黙したあと、おもむろに小さく吹き出した。なぜ笑われているのかわからず、円堂は情けない声を出す。
    「なんだよ〜、鬼道」
    「はは……すまん、ダメじゃない。お前が言い出しにくいんじゃないかと思って、つい」
    「なんでだよ、すっげー楽しみにしてたんだぞ。鬼道は違うのかよ」
    「いや」
     むくれる円堂に対して、鬼道は首を振った。そして、「俺も楽しみにしてたんだ。お前だけでもきてくれたらうれしい」と、彼にしてははっきりと、自分の気持ちを口にした。
    「よかった〜!最初からそう言ってくれよ」
    「悪かった。……じゃあ、行こうか」
     鬼道は、いつもの口の端をあげる不敵な笑い方ではなく、どこかはにかんだような微笑みを浮かべた。その表情を見て、円堂は自分の心臓のあたりをひそかに押さえた。なんだか、最近鬼道の様子がおかしい、ように感じる。それは別段悪い変化ではない。前よりずっと近しいような、やさしいような。それなのにうまく説明できないけれど、そういう鬼道を前にするたびに、円堂はなにやらくすぐったいような、じっとしていられないような、不思議な感覚に襲われるのだった。

     駅の改札前は混み合っている。あらかじめ行き方は調べて来たが、改めて路線図を見ながら、円堂はナイロン性の財布を取り出した。母親からの出資でいつもより分厚くなっている。
    「東京駅から、新幹線だよな」
    「ああ。本当に良かったのか?」
    「ん?」
     財布から千円札を出しながら横を見ると、鬼道と目が合った。ゴーグル越しだから、多分、だったが。
    「車を出してもらわなくて」
     円堂は、彼が気にしていることが分からなくて首を傾げた。「鬼道、車が良かったか?」悪いことをしただろうか、と思った。そもそも、公共の交通機関で行こうと提案したのは円堂だったのだ。
     鬼道の父親は、養父だ。彼は詳しく話したりしないが、言葉の端々から、普通の親子関係にはないような気遣いが感じられることがある。今回もそうだった。それが悪いというわけではなく、血の繋がりの代わりにある、自然な距離感なのだろう。そんな養父の好意で別荘に招待されて、移動もおんぶに抱っこというのは、なんだか悪いな、と感じたのだ。それにせっかくの機会だ。みんなで相談しながらワイワイ移動するほうが、きっと楽しい!そう思って。
     でも、鬼道には余計なことだったかもしれない。少し不安な気持ちになっていると、彼は首を横に振って、自分も財布を出した。
    「いや。むしろ、いい経験になる」
    「ほんとか?良かった。俺も、新幹線って親としか乗ったことなかったから、楽しみにしてたんだ。あ、チケット!!」
    「忘れたのか?」
     突然の大声に、お釣りを財布にしまっていた鬼道が眉を上げた。円堂は慌ててスポーツバッグを漁ってから、はたと気付いて財布の中を覗き込んだ。
    「あ、あった。そういやこっちに入れてたんだ」
    「……驚かせるな」
    「悪い悪い」
     鬼道が鼻に皺を寄せたのを見て、はははと笑ってしまう。東京駅までの切符を買って改札に向かいながら、思った。
    (やっぱり、こういうほうが良いな)
     横に並んで、ああだこうだと言い合うほうが、円堂は好きだった。
     東京駅に到着すると、乗る予定の新幹線はもうホームに入っていた。ひとまず乗り込んで、指定の席に並んで座る。前後左右は他のメンバーの席だったから、キャンセルをしたとはいえ、ぽつぽつと空席になっていた。
    「みんな来れてたらさ、席回して、修学旅行みたいにトランプとかできたのになあ」
    「そうだな。残念だ」
     荷物を足元に置いて、窓側の席の鬼道が相づちを打つ。みんながいた場合のことを想像して、円堂はふと笑いをもらした。
    「どうした?」
    「や、壁山だったらトランプより、駅弁とか食べてそうだと思ってさ」
    「そうだな、着くまで一時間以上あるから、三つくらいはいくんじゃないか」
     その途端、二人の頭の上に、美味しいっす、と言って駅弁を食べる壁山の姿と、周りで呆れながらも笑っている栗松や少林や、みんなの姿がぽんと浮かんだ。お互いの顔を見れば、同じことを想像したのは明白で、同時に吹き出してしまう。
    「絶対食べるな~。あ、でも俺もちょっと食べたいかも」
    「腹が減ったのか?」
    「腹っていうか、雰囲気が味わいたい」
     ホームの売店でなにか買ってこようと、円堂は財布だけ持って立ち上がった。
    「鬼道は?ついでに買ってくるぜ」
    「俺はいらない、ありがとう」
     ちゃんと時間までに戻れよ、という言葉を背に、円堂はホームに向かった。
     『駅弁』と書かれたシンプルこの上ない看板を付けた売店の前で、ディスプレイされた弁当を品定めする。ガッツリ系から、おにぎりみたいな軽いものまで色々あって、悩んでしまう。
     結局円堂は、分けられそうな、時雨煮牛肉寿司、という、漢字だらけの名前の弁当を買うことにした。
    (そんなに腹減ってるわけじゃないし。鬼道も、一個くらい食うだろ)
     金を払って、お釣りをもらう。札と小銭、弁当の入った袋を同時に渡されて、円堂はそれらを具合よくあるべき場所に収めようと、とりあえず弁当の袋を手首まで滑らせた。
     そうしていると、横から手が伸びてきた。他に弁当を買おうとしている客がいることに気付いて、慌てて横に避ける。ちらりと見ると、70、80歳くらいのおばあさんだった。購入したい商品を示す手がぷるぷると震えている。受け取った途端に弁当を落としてしまうんじゃないだろうかとハラハラしながら、自分の小銭を財布にしまい終えた。
     すると、チャリンチャリンという音がした。え、と地面を見渡すと、1円10円100円と、あちこちに小銭が落ちている。一瞬自分のものかと思ったが、それは横にいるおばあさんの財布、開いた小銭入れからこぼれていた。
    「あら、あら」
    「あ、俺拾います」
     困った顔で屈もうとする老女を制して、円堂はすぐに小銭を拾い始めた。落ちていたのは、500円玉を含む全部で8枚の硬貨。手のひらの上で金額を数えてから、彼女に差し出した。
    「723円。足りなかったりしませんか」
    「まあまあ、すみませんねえ。大丈夫だと思うわ、どうもありがとう」
    「いえ、それじゃあ」
     ホームの時計を見ると、あと5分ほどで出発だった。戻ろうとした円堂を、老女の声が引き留めた。
    「ちょっと待って、いまお礼を」
    「えっ、お礼なんて」
     いいです、という円堂の言葉を聞かずに、老女は弁当屋から何かを買い求めている。やっぱりぷるぷるしているから、心配で立ち去ることもできず、仕方なく待つことにした。
    「待たせてごめんなさいねえ。はい、これ」
    「あ」
     渡されたのは、網に入ったみかんだった。悩んだが、せっかく好意で買ってくれたものを返すのも悪いと思い、頭を下げて受け取った。
    「ありがとうございます。友達と食べます」
    「あらあら、ご家族で旅行かと思ったら、お友達となの?小さいのに偉いわねえ。どの電車に乗るの?」
    「あれです」
     円堂は、右に停車している新幹線を指差した。小さいという言葉が引っ掛からなくもなかったが、四の五の言っている場合でもない。もう一度時計を見ると、いつの間にか発車三分前に差し掛かっている。
    (やば、い)
     血の気の引いた円堂の顔色には気付かず、老女はにこにこと嬉しそうに喋り続けようとする。
    「まあ、そう。わたしはこっちなの。残念ね」
    「え、ええと、おばあさん。俺」
    「息子のところに行くんだけどねえ。おじいさんが亡くなって、わたしも寂しくて。でも邪魔じゃないかしらね、こんなおばあさんが」
    「そ」
     円堂は思わず、そんなことないです!と大きな声を出していた。老女が皺の間に埋もれがちな瞳をぱちぱちと瞬かせる。それから、紙屑のようにくしゃくしゃと笑った。
    「まあまあ、ありがとう。優しいのねえ」
    「いえ。……行く途中、気をつけてください」
    「ええ、ええ。ねえ、あなたお名前は、なんていうの?」
    「あ、俺は」
    「円堂。円堂守です」
    「へっ?」
     質問に答えたのは、自分の声ではなかった。驚いて振り返る。鬼道が円堂の肩に手を置いていた。
    「まああ、お友達?」
    「はい。すみません、もう電車が出てしまうので、これで失礼します」
     鬼道が頭を下げる。それを不思議な気持ちで見ていたら、ジリリリリというけたたましい発車のベルが鳴って、円堂は飛び上がった。肩を引かれながら、老女に頭を下げる。
    「それじゃあ。みかん、ありがとうございました!」
    「引き留めてごめんなさいね。良い旅を」
     それを背中で聞いて、新幹線の入り口を求めてホームを走る。ベルは今にも終わってしまいそうだ。
    「飛び込むぞ、円堂」
     耳元の呟きを受けて、円堂は思い切りホームを蹴った。固い新幹線の床を踏むと、後ろから押しかかる形で鬼道が乗り込んできた。背後で、空気の抜けるような音と共にドアがしまる。短い距離だが、焦っていたせいで、血液がバクバクと身体中を巡っていた。
    「は~!あっぶねー!」
    「……まったく、肝が冷えた。席に戻るぞ」
    「あ、うん」
     早くも呼吸を整えた鬼道が、先に立って指定席に戻る。後について歩きながら、鬼道に悪いことしたな、と円堂は思った。
    (あのまま乗れなかったら……まあ財布とチケットは持ってるから、この後のでは自由席に乗れたけどなあ)
     それでもかなりやきもきさせたに違いない。反省して彼の後ろ姿に目を止めると、鬼道は手ぶらだった。席に座り、横目で様子を窺う。
    「……なんだ?」
    「いや、さっきありがとな。あのばあちゃんがさ、一人で、その」
    「大体見てた。この窓から」
    「ああ」
     そっぽを向いている鬼道が、自分の真横にある分厚いガラスを軽く叩いた。それで迎えに来てくれたのかと合点する。
    「ごめんな。でも鬼道、手ぶらで降りてきてた?」
    「まあな」
    「それ、乗れなかったら俺より困らないか」
    「焦って考えていなかった」
     らしくないだろう、と言われて、円堂は頬を緩めた。
    「そんなことねーよ。ありがとな」
     円堂はとりあえず、お詫びの印として老女からもらったみかんを一つ手渡した。
     寿司を食べ終わってから、円堂は、みかんの皮を無造作に剥いていた。口で房を割いてむしゃむしゃと食べる。一方鬼道は、みかんを4つに剥いて、白い筋をとっていた。
    「鬼道、面白い食べ方するなあ」
    「そうか?癖でな。お前は筋を取らないんだな」
    「うん。味あんま変わんないぜ。食ってみるか」
     円堂は、食べていたみかんを二房くらい千切って、鬼道の口元に持っていった。
    「ほい」
     彼がためらいがちに口を開けたところに、ぽこんと押し込む。咀嚼して飲み込んだのを確認してから、にかっと笑った。
    「な、別に平気だろ」
    「……まあな」
     しかし、何故か鬼道はまたもや窓の外のほうを向いてしまった。やっぱり白いのが口に合わなかったのかもしれない。円堂はそう思いながら、二つ目のみかんを剥いた。おばあさんにもらったみかんは三個入りだったから、これでおしまいだ。
    「半分いるか?」
    「いい」
    「じゃあ食っちゃうぜ」
     調子よくみかんを胃袋に放り込みつつ、背もたれに体重をかける。新幹線は、早い。あと1時間もすれば、目的地に着いてしまう。
    (腹いっぱいになったら、なんか眠くなってきたな)
     朝起きられるか緊張していて、あまり寝付けがよくなかったせいだろう。でもせっかくなのだから、二人でトランプは無理でも、話くらいはしたい。また鬼道に起こしてもらう羽目になりそうだし、と思った円堂は、首を振って我慢しようとした。
     しかし振り終わって数分もしないうちに、円堂の頭は通路側にはみ出すようにして揺れていた。がく、がくんと、数回通路にはみ出したところで、逆側に頭が引っ張られる。
    「……そっちは危ないから。寝るなら、こっちにしろ」
    「寝、ない寝ない。おきる」
    「良いから」
     頬の右側に、枕の感触が食い込んだ。人の体温が通っている枕は、少し固いけれど、しっかりと頭の重みを受け止めてくれている。「おやすみ」と言われて円堂は、なんとかひとつ頷きを返すと、あとは一呼吸もせずに眠りに落ちていった。

     ふっと、水の中から泡が上るように目が覚めた。眠りの奥に沈んでいた人のざわめきや、新幹線がレールを走る音などが現実味を伴って戻ってくる。随分寝心地がよかったなあ、まだ着かないようだったらもう少し寝ようかなあ、などとぼんやり考えながら、円堂は頬に食い込んでいる枕に再度体重をかけた。そしてふと疑問に思った。確か自分は通路側に座っていたはずだ。じゃあ何に寄りかかって寝ているのだろう。うっすら瞼を開ける。斜めになった視界に前の座席の背もたれがうつる。視線をずらすと自分の身体が中央の肘掛けをはみ出して、隣のスペースに侵入していることがわかった。そこでようやく枕の正体に気づいて、慌てて身体を起こす。口元のよだれを拭いていると、窓枠に肘をついていた鬼道が円堂のほうを向いた。
    「起きたのか?」
    「お、おう。悪い、寄りかかってたみたいで」
    「……別に、構わないが」
     眉を寄せた鬼道は言葉を切って、手を伸ばしてくる。頬に軽く触れられて、円堂はぎくりと固まった。
    「少し跡がついたな」
     すぐに手が離れる。前に向き直って、「ちょうど、もうすぐ着きそうだ」と言う彼に、なかなか返事をすることができなかった。



     新幹線を降りてさらに30分バスに揺られ、歩くこと5分ほどの場所に、その別荘は建っていた。きっちりと整えられた広大な庭に囲まれたその建物は、鬼道家の本邸に比べればこぢんまりとしていたが、それでも円堂の家よりはずっと大きい。
    「すっげえ〜!俺、別荘なんてはじめてだ」
    「辺鄙な場所にあって、驚いただろう。ひと気のないところが気に入ったらしいから」
    「いや、ここ良いって!鬼道の父ちゃんやるなあ」
    「……何でだ。と、訊くまでもないか」
     円堂が、レトロな趣あるレンガ仕様の邸宅より、周囲の敷地の広さに目を輝かせているのは明らかだった。鬼道がバッグから鍵を出して、玄関ドアに刺し込む。ダークブラウンの重厚な扉が開くと、まず天井の高さに圧倒された。古びた木の香りが漂うアンティーク調の室内は、よく磨き上げられていて、床も壁すらも鈍く輝いている。
    「わあ〜、中も広いな」
    「色々と見てみるか?俺も何回かしか来たことがないから、案内には自信がないが」
    「見たい!けど、その前に」
     ごそごそと自分のスポーツバッグを漁って、円堂はサッカーボールを取り出した。パンパンだったバッグははやくもぺちゃんこになっている。
    「先にサッカーやらないか?」
    「着くなりか。しょうがない奴だな」
    「いや、ほら、外が暗くなったらサッカーできないだろ?部屋ん中は電気つくから、後でゆっくり見られるし」
     鬼道は苦笑いをしてから「せめて部屋に荷物を置いてからにするぞ。着替えも必要だろう」と言って、円堂をゲストルームに案内してくれたのだった。

     サッカーコート、まではさすがにないが、別荘の裏手にテニスコートが備え付けられていた。鬼道の養父の趣味なのだという。ネットは片付けられていて広さとしては十分だ。スパイクはNGだと事前に聞いていたから、ユニフォームに着替えた2人はスニーカーのままコートに入った。
    「でもサッカーやっても大丈夫か?蹴ったりすると傷んだりとか…」
    「趣味用のだから構わないと言ってた。どうせしばらく放置してるから、今度手入れするつもりだと」
     気遣わしげな表情を浮かべていた円堂だったが、それを聞いてパッと表情を明るくした。早速ボールを置いてひとけりしてみて、「わ、やっぱ河川敷とかグラウンドとは感じが違うな〜!」と言いながらドリブルして感触を確かめている。端のほうまで行ったと思ったらくるりと振り向いて思い切り鬼道にパスをする。あらかじめわかっていたかのようにトラップし、今度は鬼道がドリブルで向かっていく。円堂が瞳を輝かせてディフェンスの姿勢をとった。それから、日が暮れるまではあっという間だった。
     テニスコートにも照明はついていたが、さすがにプレイするには薄暗い。第一、2人とも空腹でくたくただった。そろそろ切り上げようという鬼道の言葉に頷いて、ふたりは別荘のなかに戻って行った。
     夕飯はカレーを作る予定で、材料は鬼道の養父が手配してくれていた。業務用冷蔵庫の中が食材でいっぱいになっていることを確認した円堂は眉を下げた。
    「鬼道の父ちゃんに悪いことしたなあ」
    「日持ちする食材ばかりだし、肉も冷凍しておけばいい。後日引き取りに来てもらうから心配するな」
     さらに下ごしらえを進めておくから先に風呂に入ってこい、と言う。円堂が驚いて「いや、一緒にやるよ。どうせ風呂もでっかいんだろ?一緒にパッと入ってパッと出てくれば……」と言いかけると、鬼道が手にしていたじゃがいもを床に落とした。
    「おっと」
     円堂はしゃがんでそれを拾い、顔をあげたとき、違和感に気がついた。鬼道が手の甲で顔を隠すようにして、じゃがいもを受け取る。そしてすぐに背を向けてしまった。
    「そんなに広い風呂じゃない。交代で作業したほうが効率がいいから、早く行け。風呂は出て左奥だ」
    「う……ん、わかった」
     今度は大人しく頷いた。どこかぎくしゃくとした動きで広いアイランドキッチンを出て、自分の下着を取りに向かう。その道中も、風呂に入っている間も、赤くなっていた鬼道の顔を思い出してしまい、落ち着かない気分だった。




     翌日。目が覚めた瞬間に、円堂は嫌な予感に青ざめた。大きなふかふかすぎるベッドから飛び起きて、一目散に窓にはりつく。案の定、窓には水の筋がいくつも流れていて、外の景色をぼやかしていた。
    「嘘だろ……」
     雨だ。今日は午後までしっかり練習してから駅に向かい、土産を買って夕方の新幹線に乗る予定だった。天気予報がいまいちなことは気になっていたが、小雨くらいなら余裕だろう、とタカをくくっていた。外の雨音はザアザアと大きく、とてもじゃないがボールを蹴り合える状況ではなさそうだ。
    「はあ〜〜」
     まだ少し早い時間だったが、寝直す気にもなれず、ため息をつきながら身支度を整えて一階に降りる。夕食をとったダイニングに向かうと、広いテーブルにはもう鬼道の姿があった。
    「……おはよう」
     予想していたのだろう、彼は円堂の様子を見てふっと笑い、「ひどい顔だな」と続けた。
    「だってさあ!よりによってさあ……」
    「こればかりは仕方ない。どうする?新幹線を早めてもいいが」
    「ああ、そういうこともできるのか……」
     円堂は自分の要望を伝えようとして、ふと思いとどまった。ずっと引っかかっていたことがある。鬼道は存外気を遣うタイプで、自分のことより人のこと。一緒にいると自然と合わせてくれるからこちらがずっと楽しいばかりで、ついついその状況に甘えてしまいがちだが。それだけだと鬼道が疲れてしまうだろう。
    「鬼道はどうしたい?」
    「俺か?」
     少しの間のあと、「シアタールームがある」と、ぽつりとつぶやいた。
    「え?」
    「ジム用のマシンを置いているトレーニングルームも」
    「えええ!」
     そういえば、結局昨日は夕食を摂ったら眠くて眠くて、ろくに他の部屋を案内してもらう暇がなかったのだった。室内で良ければ遊んで行くか?と言われて、円堂は思い切りよく頷いてからハッとした。鬼道の希望に合わせようと思ったのに、結局こちらに合わせてもらう形になってしまった。でも彼は気にしていなさそう、どころか、まるで幼い子にするような仕草でやさしく微笑んだ。
    「じゃあ朝食を食べたらトレーニングルームに案内しよう」
    「あっ、おう……」
     どうして俺にそんな顔をするんだろう?円堂はふわふわと浮き足だつような、息苦しいような気持ちを抱えながらも、朝食の準備のため、先に立つ彼の後について行った。

    「うわ、すっげえ〜!」
     トレーニングルームのマシンを一通り試してから、2人はシアタールームに移動していた。がらんとした空間にいろいろな形のソファが設置されているような不思議な部屋だったが、鬼道がスイッチを押すとスクリーンと投影機が天井からあらわれた。
    「プラネタリウムの真似事もできる」
    「え?わ、わ〜〜!」
     部屋の照明がふっと落ちて、天井や壁に見渡す限りの星空が映される。落ち着いたクラシックの音楽に続いてアロマのような香りが漂ってきて、円堂はキャパオーバーで目を白黒とさせた。
    「ほ、ほんとすげえな、おまえんち……の別荘……」
    「養父の趣味でな。サッカー中継でも見るか?」
    「いいな!あ、でも、これもキャラバン思い出してなんか懐かしいなぁ」
    「……少し座ろうか。リクライニングソファがある」
     人工的な星の光でうっすらと明るい室内を、鬼道の案内で移動する。座ったのは半分寝そべる形になる2人がけのソファだった。並ぶと隣の体温をうっすら感じられるほど近い。円堂は内心の動揺を押し隠して言った。
    「こ……んなだったかな。キャラバンのときも」
    「簡易的な映像だからな。季節や場所もあるし、まったく同じ空の再現とはいかない」
    「そうだよな……」
     ふっつりと、会話が途切れる。いつもなら、沈黙なんか気にならない。むしろ心地よく感じられるはずなのに。もぞもぞと身じろぎをした円堂を見咎めたのか、「落ち着かないか?」と鬼道が尋ねた。
    「へ!?いや、全然、そんなこと……」
     ない、と言い切ることができなかった。ずっと感じていた違和感が、いまや見過ごせないほど大きくなっている。最近なんだか、鬼道の雰囲気が違う、と思っていた。でも、もしかしたら変わったのは自分のほうなのかもしれない。だって、キャラバンの屋根の上で一緒に星を見上げたときは、こんな気持ちにはならなかった。誰と2人でいるときも。こんなふうには。
    「……円堂」
     そっと、口に含むように鬼道がささやいた。少し緊張したようなトーンだった。でも円堂はその何倍も緊張してしまって、うまく返事ができないでいるうちに、彼は言葉を続けた。
    「お前は勘がいいから、もしかしたら気づいているのかもしれないな」
    「な。なに、を?」
    「………………」
     鬼道が、この違和感の核心に触れようとしている。円堂が息を殺して待つと、「俺は、お前が……」と、掠れた声が響いた。
     そしてその瞬間。人工的な星の灯りがふっと消えた。音楽も途切れて、室内は暗闇と静寂に包まれた。
    「あ、あれ?」
    「…………?」
     おそらく手元のリモコンを操作しているらしい鬼道が、「明かりがつかないな」と冷静につぶやく。
    「停電かもしれない。雨が激しくなっている可能性があるな。見てくるから円堂はここに……」
    「俺も行くよ!」
     停電!?大変だ、と勢いよく立ち上がったものの、暗闇でソファに引っかった。バランスを崩して、上体が傾く。
    「わわわ!」
    「おい、危な……」
     倒れかけたところを、鬼道が支えようとしてくれたのがわかった。しかし勢いが止まらず、一緒にソファの上にもつれこむ。そのとき、ぱっと室内が明るくなった。
    「あ、でん……き……わあっ!」
     ほっとする間も無く、円堂はその場から飛び退いた。こうこうとしたあかりのもとで、鬼道を押し倒してしまっていることに気づいたからだ。鼻先が触れてしまいそうなほど近く、ゴーグルごしに透けた赤い瞳と目が合った、ところまでわかった。
    「ご、ごめん!」
    「………問題ない」
     どこか緩慢な動作で鬼道が起き上がる。円堂は激しく高鳴る心臓を抑えながら、
    「電気ついてよかったな!あ、ていうか、さっきなんか言いかけたよな?なんだった?」
    と、早口で喋りかけた。すると鬼道がふっと吹き出したので、目を瞬かせる。
    「ん?なんだよ、変なこと言ったか?俺」
    「いや?」
     鬼道が手を伸ばしてくる。思わず目をつぶると、ずれたバンダナにそっと触れて、位置を直してくれたようだった。
    「……思っていたより、脈がありそうだ、と思っただけだ」
    「みゃく?」
    「今度、またな。……状況を調べてくる」
     手が離れる。携帯を片手に部屋を出て行った鬼道は、それ以上何も語ってはくれず。その場では、言葉の意味はわからなかった。

     鬼道が、停電が天候の悪化のせいであること、新幹線の運行にも影響が出ていることを調べてくれて、結局帰りは彼の養父が車を手配してくれることになって。
     家に無事に帰り着いて、夕飯を食べているときだ。どうしても気になって、母親が席を外したタイミングで、父親に尋ねた。
    「あのさあ、『脈がある』って、生きてるっていうか、心臓とか血管がどくどくしてるってことだよね?」
    「ん?ああ、そうだね」
     そうだよなあ、とハンバーグをぱくりと口に入れる。咀嚼して飲み込もうとしたとき、あ、と思い出したように。
    「それから、好きな人が、同じように自分のことを好きかもしれない、っていうときにも使うかな」
    「んぐ……」
    「わわ。お水、お水」
     顔を真っ赤にしながら、円堂は渡されたコップの中身を飲み干した。


     
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