【吹染】染岡くんのスケベサポーターの話 怪我の療養中だった。染岡が吹雪の家を訪れたのは。チャージ中、もつれ合って相手もろとも倒れ込み、相手選手の肘が胸部にめり込んで肋骨にヒビが入ったのだ。3週間療養して、その後リハビリに移行する予定で。療養期間の3週目、北海道のパートナー宅で過ごすことになった。諸手を挙げて喜ぶわけにはいかないものの、吹雪は内心、楽しみにしていたのだ。しかし。
「染岡くん、着替え……え!? そ、それ……」
「おお、サンキュ……? なんだ?」
ノックをしてから脱衣所の扉を開けると、染岡は上半身のシャツを脱いだところだった。それはいい。問題はバストの部分だ。あばらを負傷しているから、おそらくサポーターに間違いはないのだが。肋骨部分にきつく巻かれた黒いバンドは乳首がギリギリ見える位置で、筋肉質の胸部を下からぐっと押し上げている。さらに肩から伸びるベルトが胸の両脇をおしつけて、より胸部が強調される結果に陥っていた。
吹雪は思わず眉間を指で強く抑えた。何これ?
「ああ、これか? サポーターだよ。見たことねえのか」
「……………うん…………」
正確には、見たことはある。吹雪とて、日本のプロリーグでプレイしていた身だ。自分やチームメイトの怪我もそれなりに経験している。しかしこんなことになっているのは初めてだった。こんな。こんなドスケベなことに。
吹雪は数秒、ロード状態になったものの、どうにか意識を取り戻して染岡に着替えを渡した。脱衣所の扉を後ろ手に閉め、ひっそりとため息を吐く。いつもなら、そりゃあ嬉しいだけだっただろう。しかし何しろ染岡は療養に来ているのだ。セックスは無理でも、軽いスキンシップくらいならいいかな? などと思っていたところだった。それなのに。
「拷問すぎる……」
肋骨の怪我は基本、痛み止めを併用しながら患部を抑えて安静にしておくしかない。つまり風呂以外は、ずっとサポーターを装着しているということだ。見なきゃよかった、と思いながら、吹雪はとぼとぼとリビングに戻った。
***
1日目、2日目は、何事もなく過ごすことができた。吹雪はコーチの仕事があったし、おはようとおやすみのキス、くらいでなんとか。しかし3日目は終日オフで、外で食事や軽いドライブを楽しんだ後、家で映画を見ながら過ごすことになった。部屋の照明を落として、毛足の長いラグの上、リビングテーブルに飲み物を置いて。契約しているサブスクの再生ボタンを押し、ソファに背中をもたせかけている染岡の足の間にすっぽりとおさまってから、吹雪はハッとした。しまった。つい、いつものポジションに収まったが、この体制はよくない、と思う。いろいろな意味で。
「あ、ごめんね。怪我してるのに」
さりげなくどこうとするが、「別に、これぐらい平気だって」と言って、吹雪の腹の前で手を組むので動けなくなる。仕方なく、なるべく体重をかけないようにしながらテレビ画面に視線を向けるが、触れ合っている背中側が気になって内容に集中できない。いつもよりふかふかしている気がする。あのどエッチサポーターをつけた胸元を思い出してしまい、吹雪が(トイレとか言って一回席を外そうかな……)ともぞもぞしていたときだった。おもむろに、後ろから抱きしめられてこめかみにキスをされ、吹雪はぎくりとして固まった。
「そ……」
「……怪我に気ぃ遣うななんて言えねえけどよ、そこまで」
避けなくてもいいだろうが。ぼそぼそと耳元で囁かれる。そりゃ僕だってキスしたい。でもそれで止まれるだろうか。吹雪が逡巡していると、「いや、そういう気になれないってならしょうがねえけど……」と、染岡が身体を引きそうになる。
「ち……違うよ! あの……久しぶりだから、途中でやめられるかわからなくて」
さすがにサポーターがどエッチすぎるとは言えなかった。しかし染岡はそれで安堵したようで、なんだ、そんなことかよ。と照れくさそうに言うので胸のあたりがぎゅうっとなる。やっぱりちょっとエッチなキスくらいはしたい。余計なところを触らないようにすればいける! はず! 己の自制心を信じた吹雪が身体をよじって染岡の顔を見上げると、彼は映画のぼんやりとした明かりでも分かるくらい照れながら、
「俺はこんなだしよ、あんま動けねえのは確かなんだが……サポーターしたまんまでよけりゃ、少しぐらい」
と言うので、吹雪は驚愕のあまり叫んでしまった。
「逆に!?」
「は?」
逆? という、染岡の疑問はもっともだったが、吹雪には回答している余裕がなかった。なんてことだ。あのどスケベサポーターをつけたまま、少しぐらいはセックスしてもいいってこと? 遠慮していて2日も無駄にしてしまった。大変だ! こうしちゃいられない。
「ちょ……ちょっと待って。じゃあ今から検証していい? じっとしててよくて肋骨に響かない体位とか……」
「たい……いや、あのな、別に即セックスまでしろとは……って、脱がすな脱がすな」
「座位だとおなかに力入っちゃいそうだし、やっぱり仰向けが楽だよね。初めてのときみたいにお尻の下に高めのクッション入れて、ゆ……っくり出し入れするのはどうかな? ていうかこのセックス用みたいなサポーター、エッチすぎるよ……絶対他の誰にも見せないで」
「セックス用のサポーターってなんだよ!?」
まともな突っ込みは虚しく空を切った。まったく話を聞いていない吹雪は、自分が上半身を露出させた染岡をうっとりと眺めながら、いそいそとクッションやコンドームなどを準備して横に並べ始めている。染岡は最後の抵抗として、自分のあばらを支えている医療用補助具を見下ろしながら「お前にはこれがどう見えてんだ?」などと言ったが、そのうち諦めて、手首のところに溜まっている邪魔なシャツをソファの上に放り投げた。
そのあと吹雪の熱心な「検証」は、流し始めた映画が終わってもしばらくの間続いたのだった。
おわり