新月の夜。あかりの消えた煉瓦造りの街。袋小路に高貴な獲物が追い詰められていた。身の毛もよだつ唸り声をあげて、四つ足の黒い獣がしきりに飛びかかろうとしている。奇妙な獣だった。シルエットは猫に似ているが遥かに大きく筋肉質の体躯。威嚇する背中が大きく盛り上がり鋭く長い牙が一対生えていた。瞳は怒りと狂気に染まって理性の欠片も感じられず、太い銀の首輪、銀の口輪、四肢にはめられた銀の鉄球で動きを制限されてもなお暴れ狂う。首輪から伸びる鎖を手にした人物は、おもむろに獣の横顔を蹴り飛ばした。ギャイン、という悲鳴とともに地面に倒れる。
「うっせえな、今いいとこだから黙れって」
よだれを流しながらも、獣がわずかに大人しくなった。グリーンの長いコートを身にまとった男だ。腿のホルスターから抜いた銀の銃を手にしている。清い輝きを放つその銃はハンターの証だ。ハンターといえば聖協会に連なる尊い職業のひとつであるはずだったが、モヒカンという髪型のせいか、ニヤニヤと口端をつりあげた表情のせいか、とても聖職者に準ずる立場の人間には見えなかった。
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