疑惑の情事 ベッドで情事が終わってひと息ついて。
さて、行きずりで何も聞かずにセックスしたんだから、と連絡先を聞くかまたはこちらが名乗るか、て俺が迷っていたら、さっきまで俺の上で腰振ってた金髪の男は、用は済んだとばかりにベッドから出て、脱ぎ捨てたパンツを履き出した。
安いそーゆーホテルの、安っぽいベッドがその勢いで軋んだ音を立てる。まさかもう帰るとか言わないよな。
「なあ、」
「代金は置いておく」
「ちょ、」
金髪の男は、綺麗な顔に見合ったそのゴージャスな体にさっさと衣服を身につけると、ホテル代には少し余るくらいの紙幣をサイドテーブルに置いた。
「楽しかったよ。君、慣れてて上手いんだな」
「もう帰んのかよ!?」
五分前にはその男らしいけど悩ましげな声で、散々気持ち良さげに喘いでたなんて想像もできないくらい、もう身支度がきっちりできてる。手櫛で長い髪を直して腕時計をつけたら、約一時間前にバーで誘った時の様子とあまり変わらない。
「だって用は済んだだろ?」
あんまりにも淡々としててびっくりだ。行きずりの男とは二度は会いません、てか。ヤリ捨てされた気分満載で、俺は素っ裸のまま意外と傷ついた。
「なあ、名前とか連絡先とか」
教える気はないのか、と聞こうとしたら、俺をヤリ捨てようとしてる金髪が、まるで小さな子供に「しー」てするみたいに人差し指で俺の口を塞いだ。
「君はセクシーで口説き文句が上手で、セックスも良かった。けれど俺のタイプじゃない」
意味が分からない。タイプじゃないなら何で俺と寝たんだ?価値観が合わなすぎてびっくりだ。
「じゃあ、どんなヤツがタイプなんだよ?」
「初対面で嘘や疑惑がない人間」
「嘘ってなんだよ、俺は別に何も」
「いや。君は信用できない」
何で、と目で俺が訴えかけると、その大きな目を少し細めてから金髪の男は言った。
「君、さっき俺の名前を呼んだな?杏寿郎、と」
頭を殴られた気分。ヤバい、セックスに夢中で気付かなかった。やってしまった。つい口に出てたんだ。俺は真っ青になって自分のバカなミスを呪った。
「君は初対面なのに、俺の下の名前を知ってる。教えてないし身分証を見られた形跡もない。なら何故か?ストーカーか?」
「ち、違うけど」
その予想は外れてないこともないが、心外だ。百年越しの想いをそんな簡単な言葉で語られても困る。
「そうか。でもどちらにしろ、君はやっぱり信用できない。だからこれで終わりだ。さよなら」
「杏寿郎!」
さっさと部屋から出ようとした金髪の男の名前を、今度はもっとはっきりと呼んだ。振り向いてはくれたけど、その目はかなり冷ややかだった。
「なあ、君。また俺の腹に風穴を空けに来たのか?」
脅すみたいな低い声でそれだけ言うと、杏寿郎は今度こそさっさと安ホテルの部屋から出て行った。
後に残された俺は素っ裸のまま、絶望感なのか失敗した自分への失望感か、よく分からない感情に悩まされた。
嘘つきはいったいどっちだ?両方じゃないか?