「サクラガイ」 (桐生side)
俺はあれから、沖縄に行くなり孤児院を開いて、子供たちとのんびり暮らしていた。 でも、孤児院―子供たちを見る度、自分がヒマワリにいた頃のことを思い出す。
「おい、桐生、あっちでイイもん見つけたんだ!ついてこいよ!」
「待てよ錦!」
錦はあの日、海で、桜貝というものを見つけて来た。
その貝というのは、綺麗な淡いピンク色で、少し強く握っただけでも「パキッ」とわれてしまいそうな、そんな儚いものだった。
「これはなぁ、桜貝って言うんだぜ!風間のおやっさんがこの前教えてくれたんだ。」
「…キレイだなぁ。この貝は珍しいものなのか?」
「いやぁ、残念だがそう珍しくはないらしい。でもよ、『幸せを呼ぶ貝』なんだって!お前に見してやりたくてさ。」
「そうなのか…。じゃあ、俺と錦、2人で持っておくっていうのはどうだ?」
「2人で…?貝殻は1枚しかねぇのに、どーやって2人で分けんだ?」
俺は桜貝の貝殻を錦から受け取り、なるべく綺麗に、半分にパキッと割ると、
「これで半分、2人で持てるだろ?」
そう言って、もう片方を錦へ渡した。 錦はなぜか少し悲しそうに笑い、
「ああ、2人で幸せになろう、桐生。」
錦は自分の貝殻を持っている手と、俺の貝殻を持っている手を引くと、貝殻の繋ぎ目を合わせるようにして月に照らした。
海も、月も、貝も。全てが美しい夜だった。
錦が死んだ今でも、俺はその事を思い出しては夜に海へ行く。
ある日のことだった。またあの事を思い出し、海を見つめていた。急に、強い潮風がふいた。 俺は驚き、目を瞑った。
瞬き、目を開けるとそこには。 かつての姿をした錦。
「よぉ、桐生。」
「に、錦…?お前、なんで、」
「おいおい、会いに来ただけだぜ、お前ェがいねぇから寂しくなってよぉ。」
「お前、死んでるのか…?本当に錦か…?」
あまりの衝撃的すぎる出来事に、思わず涙が溢れ出てしまう。
「っ!オイ泣くなよ桐生!はぁ…ったく、おめぇはほんとに、俺がいねぇとダメだよなー!」
からかうように空へ言葉をなげる。 なんで、死んでんのに笑ってられんだよ。そんな気持ちは直ぐに心の内に引っ込み、かわりに可愛げのない悪態として現れた。
「誰がだよ。俺は別に…。」
「拗ねんなって。」
「…拗ねてねぇ」
「昔、ヒマワリにいた頃、桜貝を俺がここで見つけて、お前が半分こにしたの覚えてるか?」
「…ああ。俺はその事を思い出して、こうやって海に来てるんだ。」
「ははっ。なんだお前、覚えてたのか。」
錦はポケットに手を突っ込むと、桜貝の片割れを取り出し、俺にさしだす。
「これ、お前にやるよ。俺が持ってても、なんの意味もねぇ。」
「ダメだ!それはお前に…お前に持ってて欲しいんだ…!」
引っ込んでいたはずの涙が、また、溢れてくる。 錦は、あの時のように、悲しそうに笑った。
「桐生、」
ゆっくりと歩み寄ってきた錦は、俺の涙を拭い、手をとり、唇にキスを落とした。
とても軽い、触れるだけの。でも俺は、とても深く感じたんだ。
海のように深くて、青くて。悲しそうな、愛を。
「好きだ、桐生。」
また、俺は瞬いた。 錦は居なくなっていた。俺は泣いた。 なんでだよ、と。俺だって。
お前と、幸せを分かち合いたかったんだよ。
Fin.2025/06/22