今日という日にありがとう帰りにコンビニで買い込んだ缶ビールを2つ取り出して蓋を開けると、1つは机に置いたまま、もう1つを持ち上げて軽くぶつけるとようやく喉を潤す。
「やっとお前に奢れたな」
金を惜しまず、いつも面倒をみてくれた兄弟分を思い出す。
いつも奢ってもらってばかりいたが、いつか俺が奢ると約束をしていた。
本当ならこうやって毎年奢るつもりが……できなかった。
現実を受け入れることが辛く、思い出すと立てなくなるのではないかと不安になったからだ。
しかし、いい加減そんな弱さと別れを告げないと笑われてしまうと、今年は部屋で祝い酒を決めた。
「錦は酒に詳しかったが、今日はビールで我慢しろよ」
誰もいない空間にポツポツと言葉を投げる。
昔を思い出したり、自分の近況を報告した後、あの爆発が起きてからどれくらいの時が経っただろう、とボーッと考えながら酒の量を増やしていくと、いつの間に寝てしまったのか……。
目を覚ますと残っていたビールはぬるくなり、蓋を開けただけのビールは、そこにはなかった。
ガバッと起き上がって直視するも、寝起きの頭は言うことをきかず、何が起きているのか考えることができない。
「おい桐生。蓋開けたまま放置てしたからすっかりアルコールが飛んでんじゃねぇか。こんな不味い酒は初めて飲んだぜ」
奢りだから文句は言わねえけど、と文句を言いながら笑って愚痴る……錦がいた。
「どういう、ことだ」
「は?お前が奢るって言ったんだろ。まさか店じゃなくて缶とは思わなかったけ」
「そうじゃねえ!お前は、あの時……あの爆発で……」
ああ、そうか。これは夢か、俺の作り出した願望か幻か。
錦は、最後に見たままの若さでそこにいた。
まるで、これが現実ではないと念を押されているようだった。
「あんま難しく考えんなよ、桐生。お前の率直な気持ちはどうなんだ」
そんなもの……。
「嬉しいに決まってる……っ」
「そうか。俺も、また桐生に会えて嬉しいぜ」
俺の最後の言葉は嗚咽に消えた。
耐えて我慢していたものが溢れ、俺は声を殺して泣いた。
「錦、すまない」
「ったく、今日は違うだろ、桐生」
「そうだな。誕生日おめでとう、錦。生まれてきて、俺と一緒にいてくれて……錦といた日々は、俺にとって……何にも変えられない、かけがえがないもので……」
ゆっくりと途切れながら話す俺に、錦は相槌を打ちながら聞いている。
俺を抱きしめる腕も、背中を優しく擦る手も、宥めるような声も全部、俺が知っている錦そのもので、都合のいい夢だと分かってはいるが、抗う術のない俺が浸るには十分すぎる時間だった。
「なぁ桐生。俺はずっとお前を見守ってる。これからも……この先も、ずっと。だからってわけじゃねえけど……幸せになれよ。そんで、お前がこっちに来たらまた酒を飲んで騒いで、バカやろうぜ」
思い出に蓋をして忘れていた錦の笑顔が、目の前にある。
俺は錦のこの顔が好きだった。
分かったよ、錦。
次にお前と酒を飲むその日まで、精一杯生きるとお前に誓う。
その時は、また肩を組んで笑ってバカ話をしよう。
覚悟を決めて顔を上げると、濡れた頬はそのままに俺も錦に向かって微笑む。
それを見た錦は親指で涙を拭い、顔を寄せるとそっと触れるだけのキスを落とした……しかし、俺がその温もりを感じる間もなく世界は白に染まった。
「錦!」
同じ感覚にガバッと起き上がって周りを見回すも、錦がいた場所にはもう誰もいなかった。
錦が不味いと言っていたビールは少しも減ることはなく、最初と同じ場所に置いてある。
「そうか……そう、だよな」
全てを理解した俺の目から流れた最後の雫は、静かに床に吸い込まれていった。
拭われた涙の跡に、俺が気づくことはなかった。
END
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おまけの錦山視点。
最後に桐生が目を覚ますシーンからの別エンド分岐。
※転生(錦山記憶有り)注意
「錦!」
同じ感覚にガバッと起き上がって周りを見回すも、錦がいた場所にはもう誰もいなかった。
「にし、き……夢……ん?俺は、何の夢を……」
「何だよ桐生。トイレ借りたくらいで怒んなよ」
「は?……トイ、レ?」
「さっき借りるって言っただろ。つってもお前だいぶ飲んでたからな。さては、寝てて聞いてなかったな」
「あ、ああ……そう、だったな。すまん」
まだ起きたばかりのためか、イマイチ分かっていないような顔をしながらも返事をする桐生。
「よし!起きたんなら飲み直すぞ。たく、主役より飲むやつがあるか?まぁ、お前の金だからいいけどよ」
やれやれとわざとらしく言うと、桐生も段々と思い出してきたのか、納得して頷く。
桐生は寝ながらうなされて、うわ言のように俺の名を呼んでいた。
起こさなければと思いながらも、下手に起こしてそのまま記憶が蘇ってはと思うとできなかった。
俺自身も、衝撃を受ける形で全てを思い出したから。
桐生と過ごした日々も、俺の裏切りも、最後の瞬間のあいつの顔や声も……。
だから、桐生が起きそうになって慌ててトイレから出てくる振りをした。
起きてもどうやら記憶は曖昧で、今はもう夢の内容も思い出せないようで安心した。
まだ、桐生は知らなくていい……できるなら、このままずっと知らずに生きてほしい。
何も知らずにいてほしいなど、ただの俺のエゴでしかないが。
バレたら桐生怒るだろうな。はは、それはまぁ、そん時考えるか。
「どうした?」
「いや、何でも……」
隣に腰掛けて近くで桐生の顔を見て、頬が濡れていることがわかった。
桐生は気づいていないようなので、腕をのばして親指で涙を拭うと、そこでようやく桐生は自分が泣いていた事に気づいたらしい。
慌てて自分で擦ろうとする腕を掴んで顔を寄せると、触れるだけのキス。
「なっ……」
「イヤか?」
「イヤ……じゃ、ねぇ」
耳や首まで赤い。
初めてではないが、いつまでもこのウブな反応の桐生が愛しい。
ついからかいたくもなるが、優しくしたいし、めいいっぱい愛したい。
桐生と結ばれて、愛し合って……あの頃はこんな時がくるとは思いもしなかったが、今度は本当に大事なものを間違えたりしないし、自分の気持ちにも嘘をつかない。
全てを思い出したあの時に、俺は決めた。
桐生を本当の意味で、一番近くで見守ると。
これからも……この先も、ずっと。
一緒に幸せになろうな、桐生。
「改めて、誕生日おめでとう、錦」
「ああ。ありがとな、桐生」
あの日と同じ笑顔。もう涙はいらない。
そして触れた唇は同じように柔らかく、だが、確かな温もりを感じた。
END