嫉妬心「ほんとに助かったよ!ありがとう!」
冴えない顔のサラリーマンを助けると軽やかな笑顔で礼を言われた。
桐生がいつもの如く神室町を歩いていると、男が絡まれていた。道行く人々はいつもの光景だとばかりに目を配るも自分も巻き込まれたくないが為に素通りしていた。桐生も素通りしようとしていたが、男があろうことか桐生に助けを求めた。
後に男は「強そうだったから…つい」と言葉をこぼしていた。
「しかし、見るからに僕より若そうだね。それなのに腕っ節強いなんて凄いじゃないか」
「…………」
助けたは良いものの、この男は距離感というものが無いのかとため息を付きたくなる。桐生が男より年下だと分かると、グイグイ距離を詰めてくる。
礼と称して肉を所望した桐生は、男と韓来へ向かっていた。途中ポケットに入れていたポケベルが鳴ったが、まぁいいかと放置していた。それよりも肉が食いたい。
***
「ったく、アイツどこほっつき歩いてるんだ…」
桐生とラーメンを食べる予定を立てていた錦山だったが、親友の姿が見えない事に焦っていた。いつもは反応するはずのポケベルも返してくれない。もう一度送ってみるか、と『724106』と送信する。
アイツのことたがら神室町から出ていないはず、と目星をつけてキョロキョロと辺りを探しながら彼の姿を探す。
「腹は減るわ、桐生は見つかんねぇわ散々だ…。クソッ、今度ぜってぇラーメン奢らせてやる!」
ブツブツと文句を言いながらズカズカと歩いていると桐生が見知らぬ男と韓来から出てくるのが見えた。男は桐生にぴったりと密着しており、その光景を見た瞬間錦山の中で何かが切れた。
「こ、この後……その…」
「……?」
「桐生!!」
背後から聞き覚えのある声がして振り向く。後ろには眉間にシワを寄せた錦山が居て、どうやら不機嫌らしいが桐生は首を傾げていた。
「行くぞ!」
「っ、痛ェよ」
「えっ、ちょっと……!」
男を置いていく形で、桐生の腕をぎりぎりと握りしめて歩き出した。
家に着くなり桐生をベッドに投げ飛ばし、衝撃で閉じていた目を開き、抗議しようとすれば至近距離に錦山の顔があった。鋭く射抜く目はどこか嫉妬しているようだった。
「急にどうしたんだ錦」
「…あの男。お前ェとどういった関係なんだ」
「どうって…助けたら礼に焼肉奢って貰っただけだ」
「それだけじゃねぇだろ…!」
桐生の腕をベッドに縫い付け、手首を跡がつくほどキツく掴む。
痛みで顔をしかめた桐生だったが、頭に血が上っている錦山には構う余裕が無かった。
「奢って貰っただ?…腰に手ぇやってただろうが…」
「あれは……スキンシップの類じゃねぇのか」
心外な、と言った顔をする。ぎり、と奥歯を噛み締めた。あの男は桐生を『そういった』目で見ていた。自分が来るのが遅ければ…そう考えただけで身の毛がよだつ。
だが、今は目の前の男を反省させるのが先だ。取り敢えず仕置は必要なようだ。
「おい、錦…取り敢えず手離してくれ。跡付くだろ」
「嫌だ、と言ったら?」
更に顔を近付けると桐生は狼狽えた。今日の錦山は様子がおかしいと感じているようで「悪かった」「怒らせたのなら謝る」と言っている。
が、いつもなら笑って許すが今回はそうもいかない。噛み付くように口付けた後、無防備な首元に噛みつき歯型を残す。
「っ、い……」
舌先で愛でるように歯型を撫でると、ゾワゾワと得体の知れない感覚に蝕まれる。
長い髪先が、耳や顔、首を撫で擽ったさに思わず身を捩る。
「夜は長ぇんだ。付き合ってもらうぜ」
桐生の着ているシャツに手を伸ばし、ボタンを引きちぎらんばかりに引っ張り流石に慌てた。
「錦…!待⸺⸺!!!!!」
桐生の制止も虚しくボタンが弾け、シャツが紙のように破ける音が部屋に響く。もはやただの布切れと化したシャツを呆然と眺めるしか出来なかった。
「待たねぇよ。お前ェが誰のモンかってのを嫌ってほど思い知らせてやる」
髪の隙間から見えた目は捕食者⸺獣のようにギラリと光っていた。
***
「………ん、っ」
カーテンの隙間から漏れる光に目を覚ます。いつの間に寝たのか記憶が曖昧だったが、腰の痛みや身体にいくつも散りばめられた跡や歯型に抑えられていた記憶が蘇る。
「……ッ、!」
ぶわりと顔に熱が集まり、二度寝でもしようかと布団を被ると錦山が入ってきた。
「お、起きてたか。もう昼だぞ」
昨日の雰囲気とは打って変わり、いつもの様子の錦山に少し安堵する。
持ってきた水を受け取り、一気に流し込む。
「それに、しても…やりすぎ、だ…」
「うっわ、ひっでぇ声」
「誰のせい…ゲホッ、だと…」
ひどくしゃがれた声で錦山に抗議するも、布団から覗く跡や涙や涎の跡、赤く染まった目元も誘ってるようにしか見えない…、と内心思ったが心の中で留めておいた。
「どうせ動けないんだろ?今日はずっとここにいろよ」
「…ま、さかお前…その…つもり、で」
「さぁて、何頼むか!牛丼でも買ってきてやるか」
桐生の言葉を誤魔化すかのように錦山はさっさと出ていってしまった。
布団に潜り込むと、錦山の匂いがする。目を閉じると昨日の鋭い目つきをした錦山を思い浮かべ、少し良かったかも…と思い始め慌てて首を振った。
どうせまた彼が起こしてくれるだろうと企み、家主の匂いに包まれながら二度寝をするのだった。