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    本名:𝕭𝖗𝖞𝖆𝖓米子。20↑。
    書きかけとか試作とかを投げる予定。反応くれたらうれションして走り回ります。

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    AC6曇らせ②V.Ⅱ

    そして最後に 定時で仕事を終えた部下たちを見送りつつ、彼らの進行度を確認して明日の業務に備え、その後はデスクの上を軽く整えてフロアの電気を消し、施錠をして、定時から一時間以内には退勤し、妻が待つ家に帰る。

     まさか辺境惑星に来て、こんな「当たり前」の夫婦生活を送ることになろうとは。
     車に乗り込んだスネイルは、基地内数分の距離をそこそこのスピードで、かつ安全に飛ばしつつ帰宅。
     玄関を抜け、リビングにつながるドアを開けると、暖かな空気とともに食欲を刺激する良い匂いが彼を出迎えた。

    「おかえりなさい、スネイル」

     対面式のキッチンからこちらを見てわずかにほほ笑んだ妻に「ええ、帰りました」と返事をして、スネイルは脱いだコートをクローゼットにしまう。
     それからネクタイを緩め、洗面所へと足を運んだ。
     手洗いうがいは妻が望んだ習慣だが、スネイル自身も必要なことだと思っているので異論はない。
     きちんと畳んでおかれた清潔なタオルで手を拭き、キッチンへ。

    「何か手伝いますか」
    「飲み物を出してくれる?」

     今日は揚げ物だ。油物が苦手な彼女にしては珍しい。なんて思っていると「あなた、これをよく食べるのだと食堂の方に聞いたのよ」なんて言葉がかかる。
     確かにフライドチキンは、好きな方だ。だがジャンクっぽくていい大人、企業の役職持ちの自分が好むには子供臭いと思い黙っていたのだが、目敏く口の多い食堂のおばちゃん連中にはバレていたらしい。
     だが、妻は――ひいき目に見ても料理がうまい。
     おばちゃんたちのおかげで彼女の手作りのフライドチキンが食べられるなら、まあ、いいでしょう。
     スネイルはメガネのブリッジを押し上げた。

    「あなたは何を?」
    「ボトルに入ったハト麦茶をお願い」
    「私も少し、もらっても構いませんか」
    「いいわよ?」

     最初は聞きなれない名前の茶だと警戒したが、それが彼女がアーキバスの食糧プラントの隅で実験的に栽培している植物から作られているのだと知ってから、妙に興味があった。
     彼女が手ずから世話をし、つい最近お茶にできるほどの量が収穫できたのだと喜んでいたのをスネイルは忘れていない。
     出したグラスに氷を入れ、ハト麦茶を注ぐ。
     香ばしい匂いだ、とスネイルは思った。

    「このパンを焼きましょうか?」
    「ありがとう」
    「バターのほかに、何か必要なものは?」
    「私はいらないわ。あなたが必要なものだけ出して」

     パンをオーブンへ放り込んでつまみを回し、冷蔵庫からバターとマーマレードを取り出す。
     トレイに乗せたグラスたちと一緒に食卓へ。
     新鮮な野菜と小さなリンゴのコンポートが盛り付けられた皿に、揚げたてのフライドチキンが載せられていく。
     ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……。

    「さすがの私でも多いのですが」
    「でもあなた、いっぱい食べるじゃない」
    「……」
    「まあ残ったら、明日の私のお昼ごはんにするわ」
    「残りませんから、あなたは残飯などではなくまともな食事をしてください」

     すでにカトラリーは並べておいた。
     スネイルはメインの皿を二枚、軽々と持ち、食卓へ。
     その間妻はスープを盛り付ける。シンプルなオニオンスープだが、それが味わい深くおいしいことをスネイルは知っている。

    「いただきます」

     食事の前にそう言うのは、彼女の母親から教わったそうだ。
     食材を作ってくれた人、届けてくれた人、料理を作ってくれた人――口に入る形になるまで手掛けてくれたすべての人に感謝をささげる意味があるらしい。
     スネイルは生産者や運送屋には興味がないが、料理をしてくれる妻にはいつも感謝している。口に出したことはないが。

    「今日もおいしい」
    「自画自賛ですか」
    「実際おいしいんだからいいでしょ」
    「まあ、そうですね」
    「あら、もう二枚も食べたの?」
    「ええ、だから言ったでしょう。残りません、と」

     あなたって本当によく食べるわよねえ、と感心したように言う妻の穏やかな表情に、スネイルは今日も暖かく柔らかな気持ちを抱く。
     業務のことも、小賢しい駄犬のことも、この時ばかりはほんの少し、忘れていられた。

    ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇

    「馬鹿なことをしたわね。封鎖機構から奪った兵器に自分で乗り込んだ上にレイヴンに強襲をかけるなんて」

     ピッ、ピッ、と規則的に響く機械音の合間に、妻の声が聞こえる。
     目を開けようとして、しかし、スネイルは自分の体が意思の通りに動かないことを知った。
     意識はあるのに、そのことを伝えられない。
     指先一つさえ動かせず、動かそうと必死になっていると。

    「こんなことになるなら、いっそ死んだ方が良かったのに。そうすればあなたも私も、楽になれたわ」

     どこか冷ややかな妻の声。息を呑むことができたのなら、指先を震わせることができたのなら、眉を跳ね上げることができていたなら、スネイルはそうしていただろう。
     だが今は何もできない。

    「あなた、犯罪者になっちゃったのよ。解放戦線はうまくやったわ。レイヴンを味方につけて勢いに乗じて企業を叩いた上に、封鎖機構と手を組んでアーキバスのしたことを宇宙司法裁判所に訴えたの。こんな辺境惑星の出来事ぐらいで企業の名に傷をつけるわけにもいかないでしょう? 上層部はあなた一人に罪を全部なすりつけた……と言っても、あなただって身に覚えがないというわけではないでしょうし、仕方のないことね」

     舌打ちもできないし、当然悪態をつくこともできない。
     確かにスネイルが改造したバルデウスに乗ってレイヴンを撃破に出たのは衝動的な行動だったが、確保したコーラルと基地の安全を守るためという大義名分があった。
     だがそのあと、不覚にも意識を失い——解放戦線らの動きに対処できなかったのが悪かったのだろう。

     だが、ここにはまだ、妻がいる。

     アーキバス上級役員を祖父に持ち、アーキバスの繁栄と、スネイルの昇進のために結婚した彼女がそばにいるということは、まだ企業は自分を見捨てていないのではないか?
     動かない体に閉じ込められた意識の中で、スネイルは頭を悩ませた。
     とはいえ、体が動かない以上、いくら考えてもどうすることもできない。
     妻がそばにいて、こうして介抱してくれているおかげで、余計な苛立ちや不安は感じずに済んでいるのが幸いか。

    「ねぇ、スネイル」

     呼びかける声が憐憫を帯びる。そんな声で呼ぶなと苛立たしく思うと同時に、これまでそんな声で呼んだこともないくせにと苦々しく思って、同時に自分を哀れむぐらいには情を持っていてくれるのかと期待してしまう。
     だが。

    「お願いだから、目を覚まさないで。このまま静かに死んでちょうだい。お願いよ」

     静かに、しかし明確に、そして切実に妻が言う。スネイルは忌々しく思った。
     ルビコンに来るまでは、お互い嫌いあっていた。契約結婚なのだからそれも仕方ないと思い、むしろ近づかれると不快で突き放してきた。
     だがこの辺境に来て、どういうわけか状況が変わった。
     スネイルは彼女を愛してしまった。
     悔しかったがスネイルが彼女を大切にすると、彼女も同じように自分を大切にしてくれた。それが彼女の心からの気持ちではないとしても——表面よりも少し深いところぐらいまでは、お互い心を許しあっている、とスネイルは思っていた。
     だがそれも、演技だったらしい。

    「スネイル? 今、指が……」

     ようやく動かせるようになってきたか、とスネイルはほくそ笑んだ。
     口が動かせるようになったら、まずなんと言ってやろうか。
     いや、目を覚ましただけで、彼女をがっかりさせられるだろう。なら一刻も早く目を開いてやる。
     スネイルは躍起になった。
     だがそんなスネイルの手を両手で握りしめながら、祈るように、妻は続ける。

    「駄目、お願い。起きないで。起きないで、起きないで、起きないで」

     確かに貴方にとって良い夫ではなかっただろう。いない方がいい事は、理解できる。
     結婚当初、手を伸ばしてきた彼女を振り払い、冷たく乱暴に初夜を迎えさせたのは自分だ。
     彼女がアーキバスを嫌っていることも、薄々わかっていた。
     ああ、ならますます、目を開けなくては、とスネイルは思う。
     一刻も早く目を開け、犯罪者として断罪され、アーキバスを守らなくては。
     彼女が嫌いな私も、企業も、思い通りにさせてなるものか。

    「……」

     しばらくすると人が来て、それに呼ばれて妻は病室を出て行った。
     スネイルはその後数時間をかけてゆっくりと体を動かし、そうして深夜、ようやくナースコールを押した。
     駆け付けた人々の中に、妻の姿はなかった。
     がっかりする姿が見られなくて残念だ、とスネイルは思った。

    ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇

     スネイルに予想に反して、目覚めた後も患者扱いは続いた。
     出入口には物々しい警備員が常駐しており、訪れるのは警察や裁判所関係者ばかり。
     妻はあれ以来、一度も姿を見せていない。
     もしかしたらと思って聞いてみたが、スネイルの現状であっても妻は家族なので申請すれば面会はできるらしかった。
     今のところ、一度も申請はないらしいが。

    「……」

     表向き、妻以外のアーキバス関係者には会ってはいけないことになっている。
     証拠隠滅や口裏合わせを防止するため、当然の策だ。
     だが抜け穴がないわけではない。
     スネイルは何度か企業からの命令を受け取っていて、おおむねそれに従っていた。
     その方が企業のダメージが少なくて済む。
     スネイルの従順さに驚いたのか感心したのか、あるいはまだ使える駒だと思われているのかはわからないが、企業はスネイルをほ褒め、今回の処遇は致し方のないことだと弁明した。
     自分一人が犠牲になれば済む話、仕方のないことだと理解を示し、文字通り企業の犬に成り下がりながら、スネイルはいつも妻のことを思う。
     今頃どんな顔をしているだろうか。悔しがっているか、なんて。
     そんなある日のことだった。

    「やあ」

     と病室に顔を見せた、初めての見舞客は、ホーキンスだった。
     そういえばレイヴンにやられた後脱出に成功して療養をしていたんだったな、と思い出す。
     彼は少し瘦せていた。元から太っていたので、まだもう少し痩せてもいいくらいだとスネイルは思う。

    「相変わらず君は、本当に従順だねえ」
    「……それでもアーキバスは、私を評価していますから」
    「だとしても、もう出世街道からは外れてしまっている。汚れ仕事ばかりやらされるだけだよ」
    「わかっています」
    「できるだけ手は回した。でも限界がある。最後の切札も、もうすぐ使えなくなる」
    「ハッ、私にまだそんなものがあったんですか?」

     アーキバス関係者は、面会を禁じられている。
     ホーキンスがどうやって入り込んだかはわからないが、危険を冒してまで来た以上、何か伝えたいことがあるのだろう。
     なら早く伝えろと言外に匂わせつつ、スネイルは自嘲した。

    「ああ、もしかして、この体のことでしょうか? あらゆる最新技術が詰まった企業努力の結晶ですからね、確かに使い道はありそうだ」
    「スネイル、」
    「逃げ出して、ベイラムあたりにこの体ごと売り込むのも手かもしれませんね」
    「それは彼女の父親がやったんだ。お勧めしない」
    「彼女?」
    「君の奥さんのことだよ。彼女の父親は駆け落ちのためだったけど。でも結果がどうなったかは知ってるだろう? アーキバスは許さなかった。彼女だけ残して、両親は殺された」
    「え、」

     初めて聞く話だ。
     もしかしたら、妻がアーキバスを嫌った原因はこれなのだろうか。
     てっきり自分と政略結婚されられたからだと思っていたが……。

    「その彼女のことだけど、結婚が決まったんだ。君はもうすぐ離縁される。そうなればこの待遇も終わりだ」
    「え……?」
    「この後のことを考えたら——」
    「ふ、」
    「スネイル?」
    「ふふ、ハハハハ!」

     そうか、早々に私を見限って新しい男と結婚したか。
     スネイルは笑った。
     いや、彼女が選んだのではなく、彼女はまた結婚させられたのだ。
     企業よりも、自分よりも、よっぽど憎々しく忌々しく思っているあの祖父に。

    「せめてもう少し眠っていてくれればよかったのに」

     ホーキンスがため息をつく。
     スネイルはくつくつと笑い続けた。
     次はいったいどんな男と結婚したのだろうか。元妻は。
     そこでも自分に見せたように、淡々と穏やかに、しかし冷酷にふるまうのだろう。
     あるいはようやく相思相愛になって、仲睦まじく幸せに暮らすかもしれない。
     自分に目を覚ますな、死んでくれと言った口で、愛を囁くのだろうか。

    「彼女は目覚めないで死んでくれ、と言っていましたが」
    「彼女の当初の目的はそれだったからね。傷心の未亡人、哀れな寡婦ともなれば世間体もあるしあのお爺様だって無理やり結婚はさせないだろう」
    「へぇ、初耳ですね。私は結婚した瞬間から死を望まれていたわけですか」
    「彼女は可哀想な子なんだよ。スネイル。せめて後三日、君が眠っていてくれれば、彼女と一緒に脱出されられたのに」
    「……ホーキンス、それは無駄な画策ですよ。彼女は私と逃げたりなどしません」
    「わからないよ。彼女の一番ののぞみは、自由になることだったからね」

     スネイルの脳裏に、窓辺でどこか遠くを見つめる妻の姿が浮かぶ。
     吹きすさぶルビコンの景色を見ても、面白くなどないだろうに。
     だが彼女は飽きもせず見つめていた。
     思えばそれは、空に焦がれる籠の鳥の姿と似ているような気がした。

    「スネイル、悪いが私はもうどうすることもできない。だから君には、これを渡しに来た。友人として私が君に、最後にしてあげられることだ」

     ホーキンスがポケットから出した小さな包み。
     その中身は、言われずともわかる。小さいが強力な錠剤がひとつ入っているのだ。
     面倒な相手を手っ取り早く処理するために使われたものが、今、自分に使われようとしている。
     スネイルはまた笑った。
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