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    YNKgame

    本名:𝕭𝖗𝖞𝖆𝖓米子。20↑。
    書きかけとか試作とかを投げる予定。反応くれたらうれションして走り回ります。

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    AC6曇らせ④V.Ⅳ

    Fault 彼を思い出すとき、ラスティの脳裏に浮かぶのはルビコンの陽光を受けて空を行く、一機のACだった。
     そこから降り、ヘルメットを脱いで汗とともに髪をかき上げる。
     きりりとしたまなざしが自分をとらえ「ラスティ」と名を呼んでくれるのと同時に、戦士めいた彼の表情が柔らかくなる。
     彼は五つほど年上の、ラスティの先輩で、兄貴分で、憧れだった。
     同年代の誰よりも早くACに乗り始め、様々な訓練を行い、やがては解放戦線を――いや、そんな枠では収まらず、ルビコン全体を引っ張っていくであろう秀才、あるいは天才。
     厳しい訓練を行い、周囲からの期待に重圧、星の未来まで背負わされながらも、彼はいつだって穏やかに笑い、誰に対しても物腰柔らかに接していた。
     ラスティはそんな彼が大好きだった。

    ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇

     封鎖機構は先住民であるルビコニアンを積極的に排除こそしないが、存在を認めているわけではない。
     コーラルの再出現がリークされ、企業に重要な資源であるそれを搾取される現状を覆すためには、戦うしかない。
     ACでの物理戦だけがその方法ではないと幼いラスティが知ったのは、フラットウェルに連れられて訪れた解放戦線の特別室で、彼に出会った時だった。
     幼いラスティも、自身の見目の良さには多少の自覚があった。だが彼を見たとき、ラスティは一目で、心を奪われそうになった。
     初めまして、小さな同志。そう自分を呼ぶ穏やかな声。それに似合いの、涼し気な顔。
     窓から差し込む陽光のキラキラしたのを背負って輝いて見える彼に抱いた感情は、今思えば初恋かもしれない。
     ルビコンのために戦うことを志願する幼いラスティと彼が引き合わされたのは、二人が同じ目的を果たすために共に訓練を行うパートナーだからだとフラットウェルは告げた。
     ACの腕はもちろんのこと、それだけではない活動――時にはルビコンを離れ、同志を手にかける事態になったとしても、心乱さずルビコンにために冷徹に活動する真なる同志--口当たりのいい言葉だが、二人に与えられた役割を的確に示している。
     時には己の顔や体を使い、あらゆる状況に対応し、ルビコンのために必要な成果をつかむ。彼とラスティは、そのための諜報員候補生だった。

    「大変な役割だが、お前ならきっとできる。頑張ろうな」

     彼が差し出してきた手をしっかりと握り「もちろんだ」と幼いラスティは力強く答える。
     ただ指示されて戦うだけでは、ルビコンの未来は掴めない。幼いながらに漠然とそう考えていたラスティは、この役割は自分にこそふさわしいと自負していた。
     そうして、彼と自分ならば立派にやり遂げ、ルビコンの明るい未来をつかめるだろう、とそう思ったのだ。

     とはいえ、ラスティは幼く、彼もまた若く未熟だった。
     ラスティは心身の成長に支障ない程度の訓練を、すでに体が出来上がりつつある彼は大人とほとんど変わらぬ訓練を毎日こなさなければならない。
     肉体を鍛える合間に、諜報のための様々な勉強。
     きついが、ついていけないことはなかった。毎日歯を食いしばって耐え、この先に良い未来があるのだと思えば食らいついていけた。
     だが何もかもが最初からうまくいくわけではなく、失敗もしたし、わからないことも山ほどあった。そんな時は、どうしても気持ちが沈む。

    「……」

     ある日の真夜中。ラスティはふと目を覚ました。 
     真っ暗な部屋の中、音は何もない。
     少しすると目が慣れて、簡素な室内が目に入った。
     ここは彼の部屋だ。
     ラスティは顔をしかめた。いまさらになって、恥ずかしさがこみあげてくる。
     今日、ラスティはフラットウェルと大喧嘩をした。
     早くACに乗って訓練をさせてくれというラスティと、まだ早いと言うフラットウェル。
     ラスティは彼はもう自分の年齢にはACの訓練をしていたと主張し、フラットウェルはラスティの肉体は当時の彼ほど成長しておらず、まだその時ではないと諭す。
     だがラスティはずいぶん前からもどかしく歯がゆい気持ちを抱いていた。
     彼はもうすぐ、訓練でなく実戦に出るらしい。
     ここのところ企業の進駐は勢いを増していて、解放戦線との衝突も増えていた。
     戦線は戦力を求めている。自分なら、すぐそこに加われるのに、と。

     フラットウェルは折れず、ラスティのAC訓練はいつになるかいまだわからないままだ。
     憤りと悔しさと、どうしようもない気持ちで泣きたいのをこらえていたラスティを、彼は自室に誘った。
     ラスティが与えられているものと同じ部屋で、物のなさもそう変わらない。でも自分一人でない、他人の生活の痕跡が、ラスティを少しだけ落ち着かせた。
     彼は先日闇市でこっそり入手したというお菓子を出し、甘いココアを入れる。
     それから大したことのない話を、いろいろした。
     フラットウェルは心配性だとか、同年代の他の訓練生がどんなことをしているかとか、ACの乗り心地だとか、そんなことを。
     そうしているうちに、二人はそのまま、ひとつのベッドで眠りに落ちた。
     兄がいたらきっとこんな感じなのだろうな、と目を覚ましたままラスティは思う。
     彼に申し訳なく、感情に振り回される幼い自分が恥ずかしくて、背を向けたまま、でももうどうしようもないからと再び眠るために目をつぶり――

    「ラスティ、寝ているか?」

     ラスティは答えなかった。今はまだ合わせる顔がないと思ったからだ。それ以上の意味はなかった。

    「心配しなくても、お前は俺よりもすごいヤツになれるよ。お前がACに乗り始めたら、きっと俺なんてすぐ追い越すだろうな」

     自分たちは目的のため、相手が求める心地の良い言葉を意識的に発する訓練を受けている。
     だが彼の言葉は、そういう類のものではなく、本心なように思えた。
     でもラスティには、自分よりずっと優れた彼を自分が追い越せるなんて思えない。

    ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇

    「ラスティ、起きろ」

     体を揺すられて、目が覚める。
     部屋はまだ薄暗い。今日は早朝訓練はないはずだが、何かあったのだろうか。
     もしや、緊急出撃で、彼が呼び出されたのだろうか。
     ラスティは緊張しながら身を起こし、彼を見た。ラスティと同じ、起きてすぐの彼は寝ぐせで跳ねた髪もそのままに、にやりと笑う。
     穏やかで涼やかで真面目で——そんな彼の、悪い顔をみたのは初めてだ。
     ラスティはなんだかぞくっとした。

    「顔を洗って着替えよう。行くぞ」
    「い、行くって、どこに」
    「口で言ってわからないなら、行動で示すしかない」
    「どういうこと?」
    「ACに乗りたいんだろう? ラスティ。乗せてやるよ」
    「!」

     彼はそれ以上言うことはないとでも言いたげに、立ち上がって着替えを始める。
     脱いだシャツの下、彼の体は思いのほか細くて、そんな体でもACを扱えるのかとラスティは感心した。
     だが、感心している場合ではない。

    「俺、部屋で着替えてくる!」
    「静かに、素早く、誰にもバレないようにな」
    「ああ!」

     大急ぎで着替えをして顔を洗い、歯を磨いて、大急ぎで彼の部屋に戻る。
     もちろん誰にも会わなかった。
     そのまま二人は、まだ整備士もいない格納庫へ向かい、彼の機体に乗り込む。
     誰もいない格納庫は、当然だが電気もついておらず、暗い。
     そんな中、息をひそめながら機体を立ち上げ、コアに乗り込むと、ラスティの心臓は喜びと期待と不安で飛び跳ねそうだった。
     だが自分たちは諜報員候補生だ。赤らむ顔に、できるだけポーカーフェイスを装って、彼が示すまま、その膝の上に座る。

    「さすがに狭いな」
    「悪い」
    「お前は発育がいいからな」
    「君は少しやせ気味だ」
    「そうだ。よく怒られる。もっと食べろってな」

     いくつかのボタンやスイッチを操作し、接続ジャックをオフ。
     機体の係留が外れて油圧系から白い煙が上がる。

    「行くぞ、ラスティ」

     ラスティは衝撃に備え、言われるがまま彼の腕をぎゅっとつかんだ。
     機体がゆっくりと歩きだす。やがてブースト。そのままカタパルトへ。
     ルビコンの薄暗い空。夜明けが見えていた。
     カタパルトから射出された機体が、砂と土と岩に覆われた大地の上を、飛んでいく。

    「いい景色だろ」
    「ああ」
    「ルビコンが必要としているのは、きっとお前みたいなヤツだと思う。俺は少し、お前がうらやましいよ」
    「え?」

     アサルトブーストで宙を進む。基地からしばらく離れた空き地に、着地。
     すると彼は、それまでその腕を握っていたラスティの手をつかみ、コンソールへと誘導しした。

    「え?!」
    「訓練したいんだろう?」
    「いいのか?」
    「すればわかる」
    「?」
    「昨日言っただろ? 俺なんかすぐ追い越すって。言ってわからないなら、やってみればいい。きっとすぐわかる」
    「えっ――」
    「フラットウェルたちが気づいて追いかけてくるまで、そう時間はない。ほら、教えてやるから早く。それともこのまま、観光で終わるつもりか?」
    「……やる」

     コンソールの操作方法を教わり、操縦桿のテストをして感覚を掴む。
     ラスティは、自身が思うよりもずっと早くACの操縦法を掴んだ。
     だがそこまでだった。ツバサに乗って最速で駆け付けたフラットウェルに捕まり、彼ともどもラスティはきついお叱りを受ける。
     だが目の前で見たラスティの操縦にフラットウェルも考えを改めたらしく、その後まもなくラスティもAC訓練を許可された。
     そうして彼が言った通り、ラスティはぐんぐんと腕を上げ、シミュレーションでは彼と常に一勝一敗の攻防を繰り広げるようになる。
     だがそれでも、ラスティは彼のことを尊敬し、あこがれ続けた。

    ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇

     やがて彼は先に正式な諜報員となり、ルビコンを旅立った。
     ラスティは彼がいなくなると一層訓練に打ち込み――やがてシュナイダーのエース、半年にしてヴェスパーの特殊部隊入りという成果を出す。
     お互い諜報員として潜入任務を行う身だから、彼がどこで何をしているのかラスティは知らない。
     でもお互い共に学んだ日々と、胸に抱くルビコンへの気持ちがあれば、繋がっているような気がして、何より心強かった。

     ある雨の日。
     街中で、偶然彼を見つけ、その夜フラットウェルから彼が失踪していることを聞かされるまでは。

    「何故だ」

     ごく普通の都市惑星で、なんと彼はごく普通の市民として生活していた。
     与えられた任務を放棄し、自分で新たな身分を得て、なんと結婚し、子供までいる。
     強化人間特有の剛腕で以て無理やり引き留めなければ、彼はあっという間に姿を消していただろう。
     ラスティは彼の腕を、折れんばかりに強く強く握ったまま、問いかけた。

    「何故ルビコンを捨てた」

     そう、彼は捨てたのだ。その背にかかっていた期待ごと、故郷を、彼という天才を求める星を、そこに住まう同胞らを。
     家族を得て、何か考えが変わったのかもしれない。或いは彼の妻に、唆されているのかも。
     だが彼の口から出た答えは。

    「ずっと嫌だったんだよ。ちょっと顔と愛想が良くて才能があるからって、星の未来が全部俺にかかってるみたいな言い方して……。俺はそれが、ずっと負担だった。俺は別に、ルビコンの未来なんてどうでもよくて、ただ苦しくて貧しくない生活ができれば、それでよかったんだ」

     あのキラキラ輝く姿を、ラスティは忘れたことがない。
     でもここにいるのはくたびれて小さくなった、どこにでもいる男だ。
     あの日あこがれた天才も、ルビコンへの思いを秘めて戦う同志も、もういない。

    「悪いな、ラスティ。お前が俺に過分な期待を抱いてるのはわかってたよ。俺はそんなやつじゃないって言ったけど、わかってくれなかったよな。でももう、わかっただろう」
    「……」

     悲しみ、失望、怒り、やるせなさ。
     一言では表しきれない様々な感情がラスティの体中を駆け巡って、握る彼の腕の骨がミシリと悲鳴を上げる。
     それでも彼は抵抗せず、ただ黙ってそこにいた。

    「フラットウェルに何か命じられたか? 殺すなら、今だぞ。せめて一思いにやってくれ」

     彼が半笑いを浮かべながら話す。
     ラスティはギリギリと歯を食いしばった。

    「家族のために、逃げて生き延びようとは思わないのか」
    「お前から逃げられるとは思えない。それに、そこまでの気力もない。私が死ねば保険金が下りるし、彼女はそれでうまくやるだろう。彼女の家はちょっとした資産家だしな」

     自分があこがれた男は、こんなヤツだったのか。
     いや、彼がさっき言ったように、自分が過分な期待を抱いていただけか。
     ばかばかしい。
     ラスティは彼の腕を離した。
     それから、腐った生ゴミでも見るような目で一瞥する。

    「消えろ。二度と私たちの前に姿を現すな」
    「辺境惑星のために戦う戦士と、しがない一般人のどこにでもいるサラリーマンに接点があるとは思えないが、そのつもりだよ。フラットウェルにも、すまないと伝えてくれ。もうずっと俺の気持ちは死んでいたんだ」
    「失せろ!」

     払った手をよけるのに、彼はたたらを踏んだ。
     それがまたみじめで、ラスティをいっそう苛立たせる。
     夕暮れに紛れるように消えた彼の姿に、ラスティは深く深くため息をつき、その日は初めて、二日酔いになるほど深酒をした。
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