メスメルがメリナの代わりに巫女をしてくれる世界線の話 弱者を見捨てぬまったく新しい『律』に、興味がなかったと言えば嘘になる。
むしろそれが実現できればどんなに素晴らしいだろう、と思いはした。これまでのどの世界でも、そんなことは叶わなかったから。
でも結局絵空事だったらしい。
虚しさを抱きながら、褪せ人はこれまでと同じように王を待つ礼拝堂で目覚め、その先に現れた接ぎ木の王子を淡々と処理する。
少なくとも八度目の目覚めだ。或いはもう少しばかり、多いかもしれない。
だがやることはいつも同じ。崖から落ち、漂白墓地を進んでリムグレイブに出たら、ヴァレーに嫌味を言われつつ適当にツリーガードをあしらって、エレの教会でカーレと話す。
何度話しても彼のことは好きだ。数少ない良き人だ。また彼と会えてうれしいなどと思いながら、関門前の廃墟に向かって祝福に触れる。
ふわりと舞う赤い光。
契約を持ちかけるため現れるであろうメリナのこと――彼の兄に、影の地で出会ったと言ったら彼女はなんていうだろうか。
そう考えながら、目を閉じ、その登場を待っていると。
「ここは……? 貴公は、褪せ人か」
「え?」
どこかで聞き覚えのある、男の声。
男?
そう思って褪せ人は目を開けた。
するとそこに立っていたのは、そう遠くない昔に影の城で倒した赤色の――
「メスメル?」
「何故我が名を知っている」
右肩のあたりから顔を覗かせる緋色の蛇が、不機嫌そうにゆらゆら揺れて、舌をちらつかせている。
だが褪せ人は大げさなため息をひとつして、その威圧感を一蹴した。
「少し前、影の城であんたのことを倒したからだよ、串刺し公。それだけじゃない。ラダーンもミケラも、全部私が倒した。ここはその後に始まった八週目の世界で、リムグレイブ、狭間の地だ」
「なに……?」
メスメルは怪訝そうに眉を顰め、蛇が戸惑ったようにその顔を覗き込む。
褪せ人は「聞きたいのはこっちだ」と言いつつも祝福の傍に腰を下ろし、メスメルにもそうするよう勧めた。
彼は立ったまま、槍を握る手も離さなかったが。
「ここには本来、私と契約するはずだったメリナって女が現れる予定だった。でも現れず、代わりにあんたが出てきた」
「……」
「ちょっと待て、メリナが出てこないってことは、私はどうやってレベル上げしたらいいんだ? 円卓へはどうやって?」
まあ正直なところ、何周も世界を繰り返したおかげでこれ以上レベル上げをしたいとも思わないし、ひとつレベルを上げるのにも膨大なルーンが必要になっている。
鍛えたい武器も今のところないし、正直巫女がいなくても、円卓に行かなくても、困らないだろう。
エンヤ婆やローデリカ、ヒューグに会えないのは残念だが、まあ仕方がない。
「……」
メスメルは狭間の地の何が珍しいのか、褪せ人越しにあたりを――世界を眺めているように思えた。
まあ、その生い立ちから考えれば、もしかすると狭間の地を見るのは初めてなのかもしれない。
黄金樹の下、愛し、従い、呪う母が治める土地。その中でもリムグレイブは比較的穏やかで景色もいい方だ。
封印と祝福を同時に与えられた金色の瞳に、この景色はどんなふうに映っているだろうか。
なんて感傷はさておき。
「影の地まで送るって言いたいところなんだけど、ラダーンとモーグ倒さないと行けないんだよね。一人で帰れそう?」
メスメルがこの地に現れたのは何かのバグだろう。
マリカはもう物言えぬ抜け殻に等しいし、指の母は狂っていて、大いなる意志とやらもあてにならない。
周回を繰り返し影の地を巡り、褪せ人が多くのことを知ったせいで新たな綻びが生まれているのかもしれない。
褪せ人はため息をついた。
ミケラに期待したがそれもはずれ、結局この世界を委ねられるのはラニか金仮面卿ぐらいしかいない。
或いは狂い火を受領して焼き尽くしてしまうか。
ラニの律は良いが、彼女がマリカのように狂わない可能性はゼロじゃない。
かといって金仮面卿の律ではあまりにも無機質すぎて、行く先に不安が残る。
「焼くか」
このままメリナが現れないなら、彼女に怒られることもない。
全部焼いてなくなってしまえば、大いなる意志も焦って重い腰を上げるだろう。
方針が決まったなら、行動だ。
褪せ人はボス用にセッティングしていた魔術・奇跡の記憶を、探索用に変更し――
「光なき者」
「その光なき者に世界燃やされそうになってるくせに、偉そうに言うなっつの」
「お前と共に行こう」
「……は?」
メスメルが腰を下ろす。
蛇がしゅるると舌を鳴らした。
「影の地に戻れぬ。ここから離れて動くこともできないらしい。お前と一緒に行くほかあるまい」
「えぇ……。メリナは霊体化っていうの? なんかふわ~っと消えられたけど、あんたは?」
「それぐらいならばできそうだ。それと、」
金色の瞳。マリカの祝福に輝くそれが、悪戯っぽく褪せ人を見る。
お、そんな顔もするんだな、と褪せ人は思った。
「巫女とやらの代わり、務めてやろう。同行する対価としてな」
「ついでに一緒に戦ってくれたら助かるんだけど。早く影の地にも帰れるし」
「……考えておこう」
すう、っと赤い光の筋を残して、メスメルが姿を消す。
ああ、そう言えばメリナが現れる時は金色か、もしくは青色の光を伴っていた気がするが、今回は赤色だった。最初からおかしかったらしい。
でもまあ、メスメルの強さは身に染みてわかっている。
彼が一緒に戦ってくれるなら心強いし、何せ彼と戦うなんて、なんだか胸が躍る。面白そうだ。
「よしじゃあまずはサクッとマルギットさん殴って先に進むか」
”血を分けた者と戦うつもりはない”
なんて理由で戦いに現れず、それどころか巫女の力の使い方もわからずただただ手を握ったり触ったするメスメルに、褪せ人が驚きと呆れと親しみを抱くようになるまで、あと少し。