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    manju_maa

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    manju_maa

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    「じゃあ雨宮くん。申し訳ないけど、彼のことよろしくね」
    「はい、冴さんも気をつけて」
    「気にしないでと伝えておいてもらえる?明日またいつもの時間に迎えに行くからって」
    「もちろん」
    「ありがとう。貴方の方こそ気をつけてね」
    こくりと頷きながら笑いかければ、冴は申し訳なさそうに苦笑した。本来なら家に送り届けるのは彼女の役目だったのだが、これから至急依頼人の元に向かわなくてはならなくなった彼女ではそれができない。だから俺がこうして迎えに来たのだ。冴は車にエンジンをかけてそのまま走り去っていく。遠ざかっていく車を彼───もとい明智を背負いながら見送った。
    「……帰ろうか、明智」
    肩に頭を乗せて完全に脱力している明智は声をかけても返事をしない。帰ってくるのは耳のすぐ隣で聞こえる寝息だけだった。

    **

    獅童のパレスで俺達を庇い、幻の三学期では自身の消滅すら厭わず俺の背中を押し出してくれた唯一無二の好敵手──明智は生きていた。
    年末近くに国会議事堂の近くで酷く衰弱しているところを発見され、搬送先の病院でずっと入院していたらしい。
    そして、そのせいなのか、はたまた別の要因なのかは現状では分からないが、明智はそのタイミングでとある病気を発症させていた。

    病名はナルコレプシー。またの名を居眠り病。
    簡単に言えば昼間に場所、時間を問わず眠気に襲われ、そのまま眠ってしまう。そういう病気だ。

    元々明智は冴による監視目的も含めて弁護士である彼女のパラリーガルとして冴の元で働いていたが、病気のこともあり尚更冴は明智を一人放っておくことを許さなくなった。
    出勤日は朝から車を走らせ送り迎え含めて冴が、そしてそれ以外はいつ寝てしまっても対応できるよう病気にも明智自身にも理解がある俺が明智と共に暮らすことで、彼の生活は成り立っている。
    明智はそれに同意こそしたものの、『分かりました』と無感情な返事をしただけで最後まで自分の意見を言わなかった。嫌だとも、良いとも。
    「……お前太ったんじゃないか。まあ俺が飯食わせてるから仕方ないな」
    冴の事務所から自宅は一応歩いて帰れる距離にある。男を一人背負ったまま電車に乗るのは悪目立ちするので歩いて帰れるのはありがたいなと、こういう時は思う。
    しかし、歩いて帰れる距離とは言っても十分十五分の距離ではない。一人で歩く分には早足で行けばその時間で済むかもしれないが完全に脱力した大の男を背負ったまま歩くとなると流石に足は遅くなる。怪盗団の仲間達も明智のことは知っており『大変じゃないのか』といつも気にかけてくれる。

    まあぶっちゃけると、かなり大変だ。そこは否定しない。だっていつ倒れるか、明智自身にも分からないのだから。一緒に出かけてて、急に前触れもなく倒れたことだってある。それこそ起きない明智を背負ったまま電車に乗ったこともある。あの時の周りの人達からの視線は結構疲れた。

    だけど、それを苦と感じたことは一度も無い。
    明智の身体の重みと共に、密着した背中越しから体温と心臓の動きを感じながら、耳元でささやかな呼吸の音を聞く──それが明智が生きているという現実を一番実感できるから。
    だから、俺はこうして明智を運ぶ時間が結構好きだったりしている。なので全然苦ではない。
    苦ではないが疲れないわけではない。何度も言うが完全に脱力した大の男というのはかなり重いのだ。おかげで春だというのに真夏並みの汗が噴き出している。あともう少し歩けば自宅だが、体力の限界を迎えて明智を落としてしまっても嫌なので少しだけ休憩しよう。
    通りがかりの公園に足を踏み入れて、桜の花が咲く木の下に置かれた木製のベンチに先に明智を下ろした。すぐにその隣に座り自分の肩に明智の頭を乗せて寄りかからせて、ようやく一息。
    「ふぅ……」
    一度眠りについた明智が起きる時間は日によって違う。しかし三時間以上寝ていたことは今のところ確認していない。薬も飲んでいて夜もしっかり眠れているから、症状としては軽い方……だと思う。他に同じ病気の人を知らないから分からないけど。
    ヒラヒラと舞い散る桜の花びらをボーッと見上げていると、落ちてきた花びらの一枚が傾いて横になった明智の頭の上に乗った。それを取ってやろうと手を伸ばしたところで、
    「…………ん……」
    小さな声が漏れた。
    ゆっくりと傾いた身体が起きて、明智は眠そうな顔のままこちらを見る。
    「おはよ、明智」
    笑いかけながら挨拶してやると、返事をしないままゆっくりと辺りを見渡して、ポケットからスマートフォンを出して画面を点灯させる。表示された時刻を見て色々と状況を理解したらしく、額に手を当てながら『はぁ……』と疲れたように深く溜息をついた。
    「……冴さん、もう依頼人のところ行ってるよね」
    「ああ。気にするなって言ってたぞ」
    「……ごめん。迷惑かけた。君にも」
    「謝るなって。俺も気にしてない。何度も言ってるだろ」
    「…………。はぁ」
    明智は勢いよく倒れて再び寄りかかって来ては、もう一度大きな溜息をついた。
    元々プライドが高い奴だし、意識の外で自分が担がれて運ばれたという事実は何度こちらが気にしないと言ったところで割り切れないのだろう。
    「今日はどれくらい寝てたんだ」
    「……一時間と少し」
    「そっか。ちょっとずつでも改善するといいんだけどな」
    返事はなく、束の間の静寂。それはいつもの事なので気にはしない。
    「…………寝てる間、夢は見ないんだ」
    「え?」
    「だけど……代わりにいつも、誰かの気配と温かさを感じる」
    「………………」
    俺は明智が目の前で寝ている時、明智のそばから離れたことはない。身に覚えのない場所で目覚めて感じるであろう不安を少しでも和らげるために。今日のように冴が車を出せない日に事務所に迎えに行く時も寝ている明智の身体にブランケットが掛けられていることがある。そういうところを無意識下で感じているのかもしれない。
    「起きたら起きたで、冴さんも君も、いつも安心したように笑って、『おはよう』って言ってくる」
    「うん」
    「そんなことしてくれる人、今まで一人も居なかった。周りが優しくて、笑って受け入れてくれる。その生ぬるさが、本当に気持ち悪い。どいつもこいつも人殺しの裏切り者のことなんか見捨ててくれれば良かったのに。誰もそれをしてくれない。お人好しのバカばっかりだ」
    冴は廃人化事件の実行犯だった明智も、いつ倒れるか分からない病気を抱えた明智も、その全てを承知の上で明智を相棒として受け入れている。俺だってそう。許す許さないはともかくとして、明智の全てを受け入れた。
    口調こそ機関室や三学期を思い出すぶっきらぼうなそれ。しかし声は静かだった。
    「今までずっと一人だったのに、僕はもう常に誰かが隣に居ないとまともに生活できない身体になった。いつも誰かがそこに居る。これから先、きっと死ぬまで、僕はもう一人になれない」
    「ああ」
    「この生き地獄こそ法で罰せられなかった僕が受ける罰なんだろうなって、君と一緒に暮らすことが決まった時に思ったよ。……ハッ、とんだ天罰だな」
    鼻で笑う声。それは諦めにも似ている。
    あの時の明智は全てを諦めていたのだ。諦めていたからこそ、何も言わなかった。これが自分への罰なのだと決めつけていたから。
    寄りかかる明智の身体を押し返し、起き上がった顔を両手で挟みながら、そのまま唇を重ねた。
    すぐに離して再び向かい合う。いつもキス要らずで目覚めてしまう眠り姫は、驚いた素振りもなく赤茶色の双眸でジッとこちらを見つめている。
    「……罰かどうかはともかく、一人になれないって話に関しては、ご明察だ」
    先ほど取り損ねた髪の毛についた桜の花びらを今度こそ取って、無表情の顔に見せつける。それを息を吹いて飛ばしてやれば、ヒラヒラと揺れながら花びらは地面に落ちていった。
    「俺はもう一生、お前を離さないよ。明智」

    あの花びらのように、いつかは俺も明智も死という地面に落ちていく。
    それまではコイツを一人になんかしてやるものか。明智が諦めているのなら俺は諦めない。三度目なんかもう絶対に許さないと、心に決めたのだから。

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    manju_maa

    PROGRESShttps://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24435026の続き。

    明智先生過去編まとめ。
    『そうはならんやろ』がいっぱいあるけど勢いで読んでください。
    新任教師明智先生と前歴持ちの雨宮君の話⑧────『獅童正義』
    その名前と姿を初めて見たのは、中学生の時だった。
    社会科見学として国会議事堂に行った時に、あろうことか案内役の大人が当時はまだ知る人ぞ知る程度の認知度だったその男を連れて来たのだ。教育側の人間からしたら実際に現場で働いてる人間に説明させる方が子供の学習になるはずだ、という方針だったのだろうし、担任だった女も満足気にその話を聞いていた。周りのクラスメイト達も『へー』だの『すげー』だのと中身のない返事をしながら聞いていた。
    ……僕だけが、その男の顔を焼き付けるように見ていた。話は自分の心臓の音で何も聞こえなかった。
    母は生前に『まさよしさん』と知らない男の名前を呟きながら泣いていることがあった。それが父の名前であるのはなんとなく察していて、母の死後は何処にいるかも分からない『まさよし』をいつか見つけたいと思っていた。見つけて、どうして母を捨てたのか聞きたくて、ずっと迎えに来てくれなかったことを謝ってほしくて。ずっと。ずっと、いつか会いたいと。
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