「手塚。触れたいか、俺様に」
深い口付けの余韻の中で、アイスブルーの瞳が手塚を射抜いた。
「……今も触れていただろう」
唐突に惚けていた己を自覚させられて、手塚は思わず自身の唇を拭った。手の甲が湿る感覚に、居た堪れないような恥じらいが彼を襲う。むしろ、どうしてつい先ほどまであんなに無防備でいられたのだろうか。手塚にはとても信じられないことだ。
「バーカ。そういう意味じゃねえよ」
跡部が笑いながら手塚の頬に唇を落とす。
身軽、という表現が正しいのかはわからない。ただ、跡部とふたり恋人としての時間を過ごすようになってから、手塚はよく彼のことをそう思うようになった。不意に髪を撫でられたり、するりと指を絡めたり。キスをするようになってからは予期せぬうちに唇を奪われたことも一度や二度ではない。跡部はとても身軽に、それでいて熱心に、手塚への恋情をその行動で語ってみせていた。
「ならどういう意味だ」
「そういう顔していやがった」
「どういう顔だ」
話しているうちに今度は唇を奪われる。
……長い。漠然とそう思い始めた頃に、ようやく唇が離れた。
「その顔だよ」
勝気な顔をした跡部が己の唇を舌で拭ってみせる。
「足りねえって感じのエロい顔してるぜ」
「っ!」
とても平静など保てたものではない。手塚は思わず顔を背けた。
「……すまない」
謝罪は肯定も同然だった。
跡部の言う通りである。キスだけでは満たされない欲を覚え始めている自分が、確かにいた。だが、それを表に出してしまったのは手塚にとって明らかに失敗なのだ。
「跡部。俺はまだ……」
「ああ、わかってるよ」
ドイツへの留学を控えている手塚は、己の生活を大きく変えてしまうのを避けたがった。だから、まだ一線を越えることはできないと、手塚は既に跡部にそう告げていた。
跡部に比べて愛情表現というものが随分と下手であるという自覚はある。だが、自分で抑えると決めた欲に限って、抑えきれず表に出てしまうなんて。
「だがよ、言葉ぐらい求めたって罰は当たらねえだろ」
己の不甲斐なさを悔やんでいると、不意に跡部がそんなことを言い出した。それから視界が大きく揺れて、こちらを見下ろすようになった跡部の背後に天井が見えた。
「触れたいか、俺様に」
この瞳に見つめられると、手塚はいつも思う。決して逃げたくはないと。例えそれが己の浅はかな欲であっても。
「……そうだな」
左腕を伸ばして、指先で軽く跡部の頬に触れる。金色の長いまつ毛が僅かに震えた。
「出来ることならお前にもっと触れたいと、そう思っている。お前が決して他人には見せないところまで、我が物にしてしまいたいと」
「……そこまで言えとは言ってねえ」
跡部が組み敷いたままの手塚の体を抱きしめる。
「跡部、重い」
元々無理のある体勢だったので、咎めれば跡部は不満げながらもすぐに体を離した。
「ムードのねえ奴」
「それは……あったら困るだろう、お互いに」
体を起こしながらそう言うと、傍に置いていた眼鏡を手に取って掛けた。すると、はっきりとした視界に映った美しい顔。だが随分と焦ったような顔をしていた。
「手塚、その時は覚悟しておけよ……」
独り言とも受け取れるぐらいの声で、跡部が恨めしそうに呟いた。