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    sinohara0

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    sinohara0

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    この前真昼間に募集していた2000字台くらいのお題で『洛竹の話』を頂いていたので消化していました。小黒とキャッキャウフフしてる自転車練習中の洛竹の話です。

     無限が龍游支部に用事があるとき、小黒は大概風息公園を訪ねるようにしている。若水や鳩老に会いに館に入ることもあるけれど、何だかんだで彼らも忙しく空ぶりになってしまうことも珍しくない。そんな日はどうしても時間が余ってしまうので、日中はずっと公園でぶらつくなんて事もあった。
     秋が深まった公園は落ち葉の甘い匂いがする。風の吹き溜まりなのか鮮やかな色が集まっていた場所で昼寝をしていたものの、日が傾き出したせいかぱちりと目を醒ましてしまった。かつてあの島で感じたような穏やかな気配の中でふわりとあくびをしながら、小黒は黒猫の姿のままとろとろと道に出る。
    「洛竹!」
    「小黒、来てたのか!」
     そのまま洛竹の所にでも顔を出そうかと花屋に向かう途中に、そのひとに出くわして目を丸くする。声をかけると手を伸ばして迎え入れる体勢を取ってくれたので、後ろ足で地面を蹴って小黒は洛竹の腕に飛び込んだ。
    「今日仕事じゃなかった? あれ、でもエプロンがある」
    「うん、仕事の休憩中、かな」
     洛竹の膝の上に座り込みながらベンチを見ると、彼の仕事着が畳まれて背もたれに引っ掻けられていた。尻尾を曲げながら問いかけると、ちょっと洛竹が気まずそうに答えてくれる。小黒から外された洛竹の視線を追いかけると、ぴかぴかの自転車が置いてあった。
    「洛竹って自転車乗るんだ」
    「いや……その、練習中。花の配達をしようとするとバイクに乗らないといけないけど、そもそも自転車に乗れないとこけちゃうって言われて」
    「へえ、そうなんだ。乗るのって難しいの?」
     洛竹の話が正しいのであれば、無限は自転車に乗れるらしい。ううん、と唸った洛竹が慣れれば簡単なんだって。呼吸をするのと同じみたいで説明もしようもないらしくて、と弱り切った声で答えてくる。
    「じゃあ支えてあげる」
    「ちょっと、危ないって! も~……」
     ひょいと洛竹の腕から下りて、立てられている自転車のペダルを踏み台にしてサドルにまで上がり、そのまま前かごに飛び込んだ。ぐらりと自転車がバランスを崩しかかったのを見て、慌てた洛竹が自転車を支えに来てくれる。これくらいの金属であれば十分制御できるようにはなっているのだけれど、洛竹からすれば自分はずっと小さな子猫のままらしい。
    「支えるって言ったって、俺の体重込みになるんだけど」
    「……そこまで支えちゃったら練習の意味ないんじゃない?」
    「それはそうかも」
     早く乗ってと急かせば、気が進まない様子ではあるものの洛竹がサドルにまたがってペダルに足をかける。それから不安げな瞳を隠さずに籠に居座る小黒を見下ろしてきた。
    「こけた時に巻き込みそう……危なそうだったら早く見捨てて逃げてくれよ?」
    「なんか薄情だけど分かった」
     共倒れはさすがに良くないと小黒も分かっていたので渋々頷く。今の小黒は猫の姿をしていて、自転車の運転の練習中に乗せていて横転に巻き込ませたなんてところが誰かに見られては、動物愛護がどうのと洛竹が責められてしまうかもしれない。これは今の姿でも、変化術で子供の姿になっていても変わらないだろう。
    「……まだ?」
    「待って、緊張してきた。年下の前で無様にこけるの大人として問題あるんじゃないか?」
    「そういうのいいから。ほら、頑張って!」
     矜持に関わる部分だと思ったのか、洛竹が持ち手に縋りつきながら小さく呻く。小黒にペダルを無理に動かされてうう、と小さく唸っている時点で威厳も何もないのだけれど、さすがに指摘するのも可哀想に思えてぐっと我慢する。
     最後にええい、と振り切るような一声を上げて、洛竹がペダルを勢いよく踏み込む。バランスが崩れてぐっと傾ぐ自転車を引き上げてやりながら顔を上げると洛竹と視線が合ってしまい、自転車の事が全く分からない自分でも良い姿勢とはいえないのが分かった。
    「前見て前!」
    「えっ、わ、あ……!」
     慌てて顔を上げた洛竹が崩れそうになる車体とは逆方向のペダルを強く踏み込む。小黒と洛竹自身の調整でふらつきながらも、自転車は冷えてきた公園の空気を切って走り出した。速度が出ると安定してきたのか、小黒が使う術の負担も減ってくる。緊張した表情の洛竹に声をかけるのも気が引けて、小黒は身体を反転させて籠から洛竹が見ているのと同じ風景を眺めることにした。
     冷たい風が耳の先を舐めて行くのが少しくすぐったく感じるのは、バイクに乗っていた時とそれほど変わらないように思う。それでも無限と移動する時にはないむず痒いようなそわそわするような楽しさが身の内側を暴れ回るのは、きっと洛竹がそう思っているからだ。
     動力を伝える金属のベルトが音を立てて、前に前に進んで行くだけなのにわくわくする気持ちが抑えられない。背後の洛竹の表情を盗み見ると、緊張を残しながらも、赤みを帯びた茶色の目をきらきらと輝かせていた。
    「止めるからフォロー頼む!」
     洛竹が勤める花屋が見えてきて、洛竹が自転車を止めたくなったらしく小黒に願い出る。どうやら速度が落ちるとまた安定性が落ちると思ったらしい。にゃん、と一声鳴いて請け負うと、洛竹がペダルを漕ぐ足を止めて片方のブレーキだけを握りしめた。
    「そっちであってる⁉」
    「ごめん違う!」
     急に自転車がつんのめるようになったので、小黒は慌てて後輪側を押さえて自転車がひっくり返らないように調整する。どうやら後輪に繋がるブレーキを効かせるつもりが、前輪を止めようとしてしまったらしい。慌てて握るブレーキを反対にすると、穏当な速度の下がり方をし出して二人で安堵の息を吐く。
     それから少しして自転車が止まって、体を支配していた緊張を抜きながら洛竹が自転車にもたれかかる。もしかしたら、走ってくるよりも気疲れしてしまったかもしれない。それでもすぐに洛竹がふふ、と弾んだ声を漏らした。
    「自転車、凄い楽しいかも」 
    「うん、僕も楽しかった」
     なら小黒もどう、なんて言われると育ち始めた欲求が一気に膨らんでしまった。バイクでなくても洛竹と一緒に少し遠くまで出かけて、そこで少し何か食べて。きっと行きも帰りもずっと楽しいだろう。
     ベンチに置いていたエプロンを忘れてきたと気がついたのは、今度買ってあげるから来る前に日程を教えてほしい、なんて誘われながら花屋に入って紫羅蘭が着ている彼とお揃いのエプロンを見た時だった。
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