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    asarai_touken

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    asarai_touken

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    むつハイジの住むアルムの山にかねクララが遊びに来たよ!

    むつハイジチチチ、とどこからか鳥の声が聞こえて、ゆっくりと目蓋を上げる。手を付いたふかふかのベットから香るのは干し草の匂い。だんだん意識がハッキリしてくると、ば頬を優しく撫でる風や、木々の騒めきを感じた。
    ――ああ、これがそうなのか。
    ずっとアイツが口にするソレが理解できなかった。理解できないことが歯痒かった。だからこうして実感できたことが何より嬉しい。
    「あ!かねクララ!起きたかえ!」
    「むつハイジ」
    赤い服を着たむつハイジが嬉しそうに駆け寄ってくる。同じベットで寝たというのに、むつハイジがすでに起き出していることに今の今まで気付いていなかった。
    「おはよう!かねクララ!」
    「ああ……おはよう」
    むつハイジの浮かべる満面の笑みに胸が温かくなる。むつハイジがフランクフルトのかねクララの屋敷にいた時、次第に霞んでいくむつハイジの笑顔に何度胸を痛めたことか。
    思わずまろい頬に手が伸ばすが、起きたのか?、と階下から聞こえてきた声にハッとして手を引っ込めた。
    「かねクララ?どういた?」
    「……いや、何でもねえ」
    「そうかえ?あ!肥前おんじが朝飯を用意してくれたんじゃ!えい天気やき、外で食べるぜよ!」
    「そりゃあ良いな!」
    己の抱える想いを吐露してむつハイジの笑顔を曇らせるわけにはいかない。こんなにも純真に好いてくれるだけで十分ではないか。そう自分自身に言い聞かせて、かねクララはいつもどおりの笑みをむつハイジに向けた。
    「あ、かねクララ一人じゃ降りれんね。わし、肥前おんじ呼んでくるき!」
    「ああ、それなら大丈夫だ。降りれるぜ」
    「え?でもおんし、足が……」
    「まあ、見てろって」
    かねクララの足は生まれつきほとんど動かない。ただそこにあるだけの木偶の棒だ。それに関してはかねクララも諦めが付いてる。その分、己の上半身を鍛え上げることでマイナスを補うことにしたのだ。
    浅葱色のワンピースに着替えたかねクララは匍匐前進で急な階段の前までやってきた。むつハイジはそんなかねクララの姿を見て、すごいのお!、と大はしゃぎだ。
    さて問題はこの角度のある階段だ。
    昨晩は、ねねペーターというむつハイジの友人で筋骨隆々なヤギ飼いの男がかねクララを危なげなく抱き上げて上まで連れて来てくれた。だがねねペーターはこの家に住んでいるわけではない。
    むつハイジに頼るのは論外として、見た目が細い肥前おんじに頼るのも気が引ける。ならば己の力で階下に下りるしかないだろう。
    かねクララは、ほっ、というかけ声と共に逆立ちになった。背後からおお!とむつハイジが声を上げる。
    「あ!まさかおんし!」
    「はっ、そのまさかだぜ。オレは先に行くぜ、むつハイジ」
    「かねクララ……!気を付けて……!」
    心配を孕むむつハイジの声を背に、かねクララはさかだちのまま階段に手をかけた。揺らぎそうになる身体を自慢の上腕二頭筋と背筋と腹筋で宥め、一歩一歩確実に階段を降りていく。
    「すごいぜよ!かねクララ!ほんまに一人で降りてしもうた!」
    「オレに、かかれば、このくらいっ、朝飯前だぜ!」
    階段を降り切ったかねクララの額に達成感の汗が滲む。肩が激しく上下し、口の中に血の味が滲むほど疲労していたが、むつハイジの賞賛を受けられたのなら些細なことにすぎない。
    かねクララが階段脇に置かれていた車椅子に乗り込むと、むつハイジが「わしが押す」と言い張った。今は大人しくそれに身を任せた。
    家の外に出ると気持ちの良い朝の空気が全身を包み込む。鼻から吸い込んだ空気が美味い。山の空気がこんなにも都会と違うなんて今まで知らなかった。
    「おはよう、かねクララ。よく眠れたか?」
    「おはよう、肥前おんじ。おかげさまでぐっすり眠れたぜ」
    「そうか」
    むつハイジの養い親である肥前おんじは無愛想でとっつき難いが言葉の端々に不器用な優しさがのぞく、むつハイジから聞いていたとおりの人物だ。むつハイジが懐くのも頷ける。
    家の前に広がる草原に白いクロスのかかったテーブルが用意されていた。テーブルの上には素朴な木の食器が並んでいる。凝った料理ではないが、パンもスープもベーコンもチーズもミルクも、どれもが美味そうだった。
    「おんしのお屋敷の朝食みたいに豪華やないけんど、肥前おんじとわしで用意したがじゃ!どうじゃ?美味そうじゃろ?」
    テーブルまで車椅子を押しながらむつハイジがそう言って胸を張る。二人の気遣いが胸に沁みて、かねクララはこっそり口元を緩ませた。
    昨日アルプスに来たばかりだというのにもう何度、作り笑いではない笑みを浮かべただろう。心が軽い。穏やかに流れる時間が愛おしかった。
    「たしかにめちゃくちゃ美味そうだな」
    「ほにほに!」
    肥前おんじとむつハイジの手を借りて車椅子から木の椅子に移動する。
    ここの家具も食器も、全て肥前おんじの手作りらしい。木製スプーンを手に取るとそれは驚くほどかねクララの手によく馴染む。肥前おんじの腕前は相当なもののようだ。
    「いただきます!」
    「いただきます」
    「……いただきます」
    手を合わせ、三者三様に食事を始める。肥前おんじは静かにけれど素早く、むつハイジは騒がしく豪快に、かねクララは丁寧かつ器用に。
    「むつハイジ、もう少し落ち着いて食べろ。喋りたいことがあるなら食事が終わってからにすれば良いだろ」
    「えー、わしは今!かねクララとお喋りしたいちや!のう?かねクララ!」
    「そうだな、むつハイジ。昨日は着いたら夜だったし、お前と話したいことがいっぱいあるぜ」
    「ほれみぃ、肥前おんじ!」
    「ったく……お前らなあ。あーあー、わかったから。口の周りミルクで汚してんじゃねえよ」
    ミルクで白髭を作ったむつハイジの口元を肥前おんじがハンカチで優しく拭う。そんな二人のやり取りにかねクララはくつくつと声を立てて笑った。
    「あんたらこそ仲良しじゃねえか」
    「ほにほに!わしと肥前おんじはこじゃんと仲良しやき!わしはかねクララとも同じばぁ仲良しやち思うちゅうよ!」
    「むつハイジ、その、オ、オレも……!」
    「おい、そーいうのは後にしろ。さっさと飯を食え」
    「っ〜〜!アンタなあ!」
    せっかく良い雰囲気だったのに。
    面倒そうな表情を浮かべる肥前おんじをキッと睨みつけるが肥前おんじはどこ吹く風だ。豪快に分厚いベーコンに噛みつき腹に収めている。
    はあ、と溜息を吐くかねクララの横顔をむつハイジが不思議そうに見上げた。
    「かねクララ?どういた?」
    「……何でもねえ」
    「そうかえ?あ!そうじゃ!かねクララに紹介した人がおるがじゃ!」
    「昨日のねねペーターって奴じゃなくてか?」
    「ねねペーターは昨日のペーターやき。今日は歌仙ペーターぜよ」
    「は……?」
    むつハイジの発言の意味不明さにパンを落としそうになり慌てて掴み直す。かねクララの鍛え上げられた上半身だからこその反射神経だ。
    「おい、むつハイジ。噂をすれば来たみたいだぞ」
    「お!ほんまじゃ!歌仙ペーター!おはよー!」
    立ち上がったむつハイジが大きく手を振りながら駆けていく。斜面の向こうから多くのヤギたちが現れ、その中に菫色の髪色の男がいた。服装は昨晩かねクララを抱き上げたねねクララと全く同じだ。けれど似ても似つかぬ容姿に、背格好。
    「ど、どうなってやがる……?」
    「あいつは日替わりなんだ」
    「日替わり!?日替わりってどういうことだよ!?」
    「良いか、かねクララ。深く考えたら負けだぞ」
    「え?……あ、お、おう」
    妙に実感のこもった肥前おんじの言葉に、かねクララはそれ以上何も言えなくなった。むつハイジの害になるわけではないのなら、今は深く考えずにいようと思う。
    そうこうしているうちに歌仙ペーターと呼ばれた男がすぐ近くまで来ていた。むつハイジはその男の隣で満面の笑みを浮かべている。
    「きみが、かねクララかい?」
    「あ、ああ、初めまして、かねクララだ。アンタは、えっと、歌仙ペーター?」
    「ああ、そうだとも。よろしくね」
    「かねクララも歌仙ペーターもわしの大事な友達じゃ!みんなで仲良くするぜよ!」
    なんというか、歌仙クララはこの山に似つかわしくない上品さを持った男だ。ヤギ飼いというより家庭教師だと紹介された方が納得できるような気がする。
    「まだ朝食中だったのか、邪魔をしてしまったね」
    「もうすぐ食べ終わるき、気にせんでえいちや!あ!そうじゃそうじゃ!歌仙ペーターこれを見とおせ!」
    「なっ!こ、これは!白パンじゃないか!」
    「かねクララがお土産に持ってきてくれたがよ!」
    「何ということだ……かねクララ!!!」
    「え!?な、何だよ!?」
    むつハイジが食卓に残っていた白パンを歌仙ペーターに渡した途端、歌仙ペーターがぶるぶると震えだした。それだけでも驚きだと言うのに、いきなりガシィっと両手を握られてかねクララの肩が大袈裟なまでに跳ねる。
    上品な静かそうな男だという第一印象があっという間に覆される。間近で見た歌仙ペーターの瞳には情熱の炎が宿っていた。歌仙ペーターは熱い男のようだ。むつハイジが友人と呼ぶのも頷ける。
    「この白パンを僕のお婆さまに分けてもらえないだろうか!?」
    「お、お婆さま?」
    「かねクララ、歌仙ペーターのお婆さまは歯が悪くてのう。いつもの黒パンが硬くて食えんようになってしもうたがじゃ」
    「そうなんだ……僕は、いつかお婆さまにやわらかなパンを食べさせてあげたいと夢に見て……っ」
    歌仙ペーターの美しい瞳に涙が溢れる。慌てたのはかねクララだ。正直、かねクララにとってパンといえばこの白パンだ。むつハイジが屋敷でえらく感動していたから、白パンが実は貴重なものだと認識はしていたが、こんな切羽詰まったような願いを聞かされることになろうとは。
    白パンはむつハイジと肥前おんじへの土産だったが、むつハイジもきっと歌仙ペーターのお婆さまにこそ食べてもらいたいと望んでいるのだろう。
    「か、歌仙ペーター!いくらでも持っていっていいから!」
    「本当かい!?」
    「良かったのう!歌仙ペーター!」
    「ありがとう!かねクララ!このご恩は忘れないよ!」
    歌仙ペーターとむつハイジの輝くような笑顔にかねクララは目を細める。白パンひとつでこんなにも感動してもらえるなんてやはりここはとても良い場所だ。
    「それなら早速届けてやったらどうだ。今ならまだ十分に柔らかいぞ」
    「肥前おんじ……だけど僕には仕事が……」
    「一日くらいおれが変わってやる」
    「肥前おんじ……!」
    「肥前おんじ、しょうまっこと格好えいちや!」
    二人から尊敬の眼差しを向けられた肥前おんじが勢いよく顔を逸らす。その耳が真っ赤に染まっていることに気付いて、かねクララは腹を抱えて笑った。
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