暴力でさっさと解決「っつーか、お客さん闘えるのかい? その見た目で、実は元不良だったりすんの?」
「んなわけ」
そうかい、とムウは煙を吐く。彼は「気付けだ」と言って、とっくに辞めたらしい煙草を久しぶりに吸っていた。
真夜中、カオメーオとムウがいるのは暗い路地裏。ゆらりゆらりと紫煙が上がる向こうには、明らかに不穏な空気を纏う男2人。狼系統と、虎系統の獣人がこちらを見ていた
だが、この緊迫した状況で、カオメーオは一切恐れを抱いていないようだった。抑揚と言葉数をできるだけ削ぎ落したような、冷静な喋り口に変化はない。
ただ、いつもは眠たそうに細めた目が、今ははっきりと開かれている。ムウに淡々と返事をしながら、視線は男らに真っすぐ注がれていた。
素人、ではないだろう。彼を横目で伺いながら、ムウはまたひとつ煙を吐いた。
犬の獣人ムウは、零三層に構えられた店、「串焼き屋」の店主である。そして、カオメーオは二、三度ほど来店してきてくれているお客さん……、ムウの基準だと「常連客」である。
そんな二人が、なぜこのような場所にいるのか。それは、ムウのところに手紙が、いわゆる「決闘状」が届いたからである。何でも、以前にマナーの悪さから追い出した客に、逆恨みされたらしい。
日付は今日の日没後。場所は起行中流地域のとある路地裏。
「そんなん、通報しろ通報!」
「いやぁ……」
客の至極まっとうな助言に、ムウは気まずそうな顔をする。と、また別の客が口を開いた。
「バッカおめぇ、ムウはその客ボコボコに殴ってんだよ!」
「おい、そこまでやってねェ! 話盛るな!」
慌てて訂正するムウだったが、しかし実際に一、二発は手を出していた。それが厄介だった。
「なるほど。通報して事情聞かれたら、大将もお叱り受けると」
「そーなんすよねぇ……」
かといって、無視するわけにもいかない。彼には妻と子どもたちがいるのだ、家族に手を出されることは絶対に避けたい。だから、ぜひとも受けて立ち、もう金輪際関わってこさせないほどにぶっ飛ばす必要があった。
「ワシが一緒に行ってやりてぇんところなんじゃがなぁ……」
「やめとけ爺さん。足引っ張るだけだ」
「んだと若造」
客たちとムウがワイワイ話しているのを、カオメーオは黙って横で聞きながら鳥串を頬張っていた。すると、
「あんたどうだい? 大将手伝ってやらんかい?」
と、酔っ払い客が話しかけてきた。
「おいお前、だる絡みすんなって……」
「別にいいけど」
「……は?」
周囲の客もムウも、ぽかんとカオメーオを見た。カオメーオだけがマイペースに話し続ける。
「話聞こえてた。狼の獣人なんでしょ、その客」
「あ、ああ、うん……。猛獣の種族だ。あと、たぶんウラの人間だ。下っ端の下っ端だろうけどな」
「そ。んで、何時?」
「え?」
完全に喧嘩を手伝う方向で話を進めるカオメーオに、逆にムウや客たちの方が戸惑っていた。
「いや、ほんとにいいのかい?」
「? うん、気が向いた。腹ごなしに丁度いい」
淡々と話すカオメーオに、ムウ含めた客らは半信半疑。まあしかしやるということで、客のおっさん達から熱い激励をもらい、そうしてこの場所にやってきた。
「……」
湿った冷たいコンクリートの匂いが漂う。触れたら切れるような、ピンと張りつめた緊張の糸。
ムウは腹を括っているからいい。ただ、カオメーオがどうなのか、イマイチ腹の底が掴めずにいた。
「できねェのに、この喧嘩に付き合ってくれると」
「いや? 小生、できないことはしない」
別に、カオメーオは戦闘好きではない。生来の本好きである彼は、殴り合いなどからは離れた世界の住人だった。特に鍛えたこともない。
しかし、カオメーオは梟、猛禽類の獣人であった。
よく見える目も、丈夫な足も、その足についた鋭い爪も、本来は獲物を狩るためのものだ。狙いを定めるための「ホバリング」も、無音で飛行する技術も、不必要だが成長段階で自然に身に着けた。
森に住み、捕食して生きる鳥。彼にはその獣の血が流れている。それで十分だ。
「強くなろうとしたことはない。単に強く生まれたのサ」
「はーん」
「アンタも犬獣人。わかるでしょ? 喧嘩してなくたって喧嘩強い」
「わかっけど、おれは治安悪りィとこの生まれなんだわ。んで、昔はヤンチャしてたからよ」
「初耳」
馬鹿野郎だった、とムウは笑った。
「だから、わかんだよ。馬鹿にゃ、言葉じゃ通じねぇ。殴ってわからすしかねぇんだ」
「なるほどネ」
ずいぶん面倒なことをしてるなとカオメーオは思ったが、適当に相槌を打った。
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「土下座して、地面舐めたら許してやってもいいぜ?」
虎の獣人は、ニタニタと笑った。
「こっちは虎と狼。猛獣だ。んで、そっちは犬っころと、鳥の女男。痛い目見たくねぇだろ?」
「だってよ。どうする?」
「どうするもこうするも」
森の賢者は、一切ひるんでいなかった。静かな目で、屈強な男らを見据える。
「猛獣っていったって、飛ばないもの。小生にとっては犬猫と変わらない」
言い終わらないうちに、虎はカオメーオに跳びかかった。が、その手は空を切る。パッと頭上を見ると、二つの黄色い目がこちらを見ていた。カオメーオは、虎よりも素早く反応し、音なく飛び上がったのだ。先ほどまで無表情だった顔に、馬鹿にするようなせせら笑いが浮かぶ。
「てめぇ……っ」
牙を剝きだした虎は、飛んでいく彼を追いかけ始めた。
「ちょ、おいっ、待て!」
「よそ見している余裕あんのかい?」
虎を止めようとした狼の腹を、ムウは思い切り殴った。
……まあ、とカオメーオは振り返る。
「……さっき、馬鹿には言葉が通じないって言ってたでしょ?」
「ああ」
「そういうのに絡まれたことは、小生にもある。ヤツらは、小生みたいな者を嫌うからサ。で、話して分からすのが面倒だから、実力行使」
子どものときの話、と彼はさらりと話す。
「んだよ、やっぱ素人ねェじゃんよ」
ケラケラと愉快そうにムウは笑った。彼の幼少期がどんなだったかは知らないが、輪に混ざらず一人で本を読んでいる子ども、みたいなんだったら、たしかに変なのに突っかかれるかもしれない。女の子っぽい雰囲気だったら、舐めてかかられるだろうし。
悪ガキ共を打ち負かしていく、幼少期の彼の様子をムウは思い浮かべた。何とも爽快で、自然に口の端が上がる。
「上機嫌だネ」
「いい味方をつけたなと思ってな。これで、この先どんな奴に恨まれても安心だ。心置きなく気に入らない客を殴れる」
「別に、いつでも付き合うわけじゃない。気が向いたときだけ。あとは勝てるとき。飛べる獣人相手ならやらない」
「へぇ、飛べねェ敵になら絶対勝てるってか?」
ムウの問いに、カオメーオは至極真面目な顔でこくりと頷いた。サイコーだな、とムウは声を上げて笑う。
「傷口開くよ」
「ああ。さっきから血がどくどく出てる。どうしような。このまま帰ったらカミさんに殺される」
全く笑いごとじゃないと思うが。かなり怪我を負っているのに反して、さっきから彼のテンションは変に高い。真偽はわからないが、怪我人を殺そうとするらしい奥さんも恐ろしいし、にも関わらず今回みたいな無茶をするムウもおかしい。
なるほど、彼はバカなのだろう、とカオメーオは冷静に判断した。
「お客さん、名前なんだっけ」
「カオメーオ」
「カオメーオ。じゃあカオな。覚えた。まあ、これから仲良くしてくれや」