訓練 冷たく刺すような氷は、ファウストの覆い隠すような布の上に広がっていく。
「《サティルクナート・ムルクリード》」
バリン、と服の上で砕けた氷は瞬時に礫となり、ファウストに目がけて襲いかかってくる。魔法で防御をするものの、守りきれなかった一つが彼の眼鏡に傷をつけた。
「頭と首はちゃんと守らないと」
オーブを手の上に掲げ、にこやかに微笑むフィガロは汗一つかいた様子はない。温厚な声色をしていながらも、眼光は鋭く、その姿は生まれ故郷である北の面影を強く映し出していた。
「……っ、絶対に一本取ってやる」
「そうそう、その意気だよ」
壊れたメガネを投げ捨て、ファウストは一歩も動かない目の前の彼を見つめる。何事も見通したかのような表情はいまだ崩れる様子がない。
強くなりたい。今度こそ仲間を守りたい。そんなファウストをフィガロは訓練に誘った。
今も、かつての師は高く高くそびえ立つ壁だ。四百年経っても、目の前の人に傷ひとつつけることができない。
手袋やマントは意味を失うほどに攻撃によってボロボロに破れた。メガネは壊され、帽子はとっくに風に飛ばされている。手足は凍らされ、一部感覚が麻痺して動かせない。
その姿は、誰がどう見ても満身創痍であった。
「ねぇ、まだやるの?」
困ったように笑うかつての師は、オーブをくるりと回す。肩の白衣は風に靡くだけで、魔法舎を出てからの姿そのままだった。
勝ち誇ったその態度は、ファウストの闘魂を奮い立たせていく。
「当たり前だろ」
ファウストは立ち上がり、腕をぐいと前に押し出す。ふわりと浮いた鏡と共に、再び目の前の彼に向かっていく。
「まあ、そうだよね」
フィガロは、ゆっくりと口角を上げた。