果実 背筋を伸ばし箒に乗り、東の空へ。本を何冊か抱え、自分の部屋へ。猫のエサを持って、中庭へ。
時折見かけるたび、声をかけるか悩む。声をかければ嫌な顔をされ、声をかけなければ後悔する。
あぁ、もうどうしようもない。それなのに、まだ諦めきれない。果実をうまく啜れなかったときの甘い蜜のように、とろとろと頬を垂れていく。
触れば手がベタつくし、拭くものを探すころには手遅れだ。もう、どうしようもない。
「あぁ……」
気まぐれで貰った果物をむくことにした。それも、人力で。
案の定果物が手の中で弾け、果汁が顔にかかる。両手からはポタポタと液が垂れ、木のテーブルに黒いシミを作っていく。拭くものは、近くにない。
「《ポッシデオ》」
呪文を唱えれば、手の周りが光に包まれる。そこには、スパッと切られ、真っ白な皿に並べられた果物があった。
あぁ、やっぱり、最初からこうすればよかった。二度手間にもならないし、見た目もうんと綺麗だ。慣れないことをしてしまった。
魔法はとてもいい。一瞬で終わり、無駄な労力もいらない、考える必要もない。とても気楽だ。
「……」
フィガロは、切り揃えられた果物を一つ、口に運ぶ。プツプツとした小さな実が、ブチブチと潰されていく。
均一に切られた望み通りの姿の果物に、なぜか食欲がそそられない。目の前の綺麗な果実より、自分の手で潰してしまった果実の方が、大層美味しそうに見えたのだ。
同じ果物で、そんなことはあり得ないはずなのに。
自分の思考にうんざりしながら、フィガロはまた一つ、果物を口に運んだ。