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    あいぐさ

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    あいぐさ

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    20章の衝撃、ゆるいフィガファウ

    生きている 何度目かのパタンと閉じる扉を見送り、静かに息を吐く。
     目が覚めて、レノックスと話した。すぐにシノやヒースクリフもやってきて、彼らの無事に胸を撫で下ろす。他の魔法使いたちもちらほらとやってきてはファウストに労りと優しい言葉をかけていった。
     身体が重くて動けず、唯一動く口や表情はもともと雄弁な方ではない。ある程度安全が確保された場所で人々と話すのはどこか久しぶりで、時折悪態をつきながらも平和で穏やかな時間が流れていく。
     人が去って、また人がやってきて。その合間の時間。一人動かない身体でファウストはぼんやりと上を見上げていた。天井ですら白を基調とした豪華絢爛さはさすが西の国といったところだろうか。
     普段の己の部屋とここは何もかもがあまりにも違う。瞳に映る調度品一つ一つに細やかな装飾が施されており、高貴な人の家にいるようでどこか落ち着かない。寝かされたシーツですら艶やかな白の輝きを放っており、はらはらと枕元に散る己の髪を優しく包み込んでいる。
     今生きているのはきっとフィガロのおかげだ。けれど、彼とはまだちゃんと話せていない。シノやヒースクリフと共に一度ここに訪れたものの、ファウストの容体を軽く確認して去ってしまったのだ。それからは彼の姿を見ていない。
     レノックスとあんな話をしたあとだ。正直どこか緊張して身体に妙な力が入っていたと思う。表情も固かったのか、ヒースクリフに余計な心配かけてしまい、シノの顔を暗くさせてしまった。
     そんなファウストの姿を見て、フィガロは少しだけ眉を下げ、困ったように笑っていた。
     時はゆっくりと流れ、日は徐々に沈んでいく。夜になるころには傷が痛むものの少しだけ体を動かせるようになっていた。
     寝続けていたためか腰が痛く、ベッドフレームに身体をゆっくりと起こす。けれど、それ以上は身体を動かすことはできなかった。
     何もできない。だからこそ、ただ緩く頭を動かし、答えのない問いを永遠と考え続けてしまう。
     昼間、レノックスのフィガロのへの砕けた物言いにどこか驚く自分がいた。
     北と中央の魔法使いは、今は南の土地の精霊に愛されている。知らない二人を見るたびにそっと帽子のつばを下ろす自分がいた。
     マイナスな感情ばかりを抱いたわけではない。けれど、どうしたらいいのか分からなかった。知っていたはずなのに知らない二人が互いに心を許し、どこか軽口を飛ばしている。そんな光景を見るたびに忘れられなかった昔を思い出し、少しだけ心に風が通る。
     昔に戻ることはできない。けれど、昔の面影を強く感じてしまう。彼らの自分への対応があまりにも変わらないからだ。
     四百年、静かに森の中で過ごした。
     人と関わらずにいたからか、それとも引きこもっていたからか、いいや魔法使いだからか。時折、時の流れにうまく乗れていないと感じることはある。
     けれど、あの時間は確かに必要だった。東の魔法使いになったことが何よりの証明だろう。
     答えのない問題と変えられない過去は厄介だ。いくら考えてもどうすることもできないのだから。ああ、息を吐くだけで傷がじんと痛む。
     そのとき、控えめに扉が叩かれた。
     ファウストの返事を待たず、向こう側の男は一声かけて入ってくる。
    「ファウスト、体調はどう? ああ、無理して話さなくていいからね、うん、今ところ顔色は良さそうだ」
     矢継ぎ早に話す男はまず話す隙すら与えてくれない。うろうろと視線を動かせば、聡い彼は静かになり、そして小さく笑った。
    「あぁ、ごめんね、びっくりするよね」
    「いや、別にそうではないが……」
    「そっか」
     フィガロは笑いながら持ってきた道具を寝台のサイドテーブルに置いていく。彼は時折魔法を使いながらせっせと治療の何かを準備していた。
     道具を見て、フィガロの横顔を見て。視線に気付いたのか、彼ににこやかに微笑まれ、そっと目線を外す。どこか気恥ずかしい。
     ふわふわと薬液を浮かばせながら、フィガロはファウストへにこりと笑う。
    「失礼するよ、身体は楽にしていてね」
     どうせ身体は動かない。ああ、と静かに返事をして、そこからはフィガロの思うがままだ。
     肌に当たった指先が冷たいな、とか、真剣な顔だ、とか。ぼんやりと感じていれば、染みるような痛みで現実に引き戻される。
     フィガロが独り言めいたことを時折口に出すことはあったが、二人の間に会話はない。ただ、身体中に何かを施していくその指先を、痛みと共にぼんやりと眺めていた。
     手際の良い処置はすぐに終わり、ファウストの身体は再びベッドに寝かされる。ご丁寧に布団までかけられてしまった。今日はもう起き上がるのは億劫だ。
    「うん、これでしばらく様子見かな。大丈夫、明日になったらもう少し動けるようになっているからね」
     魔力も、体力も尽きている。無事を確認したことで心をすり減らすことはないけれど、それでも慣れない環境であることは違いない。自分が繊細であると気付いたのは、きっと東の魔法使いになってからだった。
    「お大事に。また様子を見に来るよ」
    「……フィガロ」
     様、とつけようとして、つけられなかった。少しずつ覚醒し始めた頭ではどこか恥ずかしい。
     けれど、言えば良かったとすぐに思った。それなら、彼にちゃんと敬意を持って礼を言えると思ったから。
     昔に戻らないと彼と向き合えない臆病な自分に、少しだけ嫌気が差す。
    「うん? どうかした?」
     手に持った器具たちを扉の横の棚の上に置き、そっとファウストの元へ歩いてくる。
     フィガロは指先を伸ばしてもその意味に気付かない。今もファウストの顔を見つめ、彼が話し出すのをじっと待っている。
     ファウストは小さくみじろぎ、小さく飛び出ていた指先を再び白い布団の下へ入れた。
    「……ありがとう、っ」
     続けるはずの感謝の意は乾いた咳によって強制的に止められてしまう。ケホケホと喉を痛める咳をするファウストに駆け寄ったフィガロは、そっと上体を起こし背中をゆっくりとさすった。
    「ああ、大丈夫? ほら、今はゆっくり休んで。何か食べれるなら持ってくるけど……」
     いつもよりもうんと優しい声。ゆるく首を振れば、再びゆっくりと背中を撫でられる。荒い息が徐々に落ち着いてくるころに、ようやくフィガロは手を離した。
    「じゃあ、また。何かあったらすぐに駆けつけるからさ」
     フィガロは笑顔で笑いながら部屋を後にする。今のファウストには彼を引き止める体力も、心の余裕もない。
     伸ばそうとした手はあまりにも重すぎてベッドに張り付いたまま。声は喉の奥で音が消え、フィガロはファウストの視線に気付かない。

     閉まる扉を見ながら、一人ため息吐く。
     助けてくれた礼を、必ず、必ず伝えなければならない。焦りにも似た気持ちがファウストの心をゆっくりと動かず。
     フィガロ様、助けていただいてありがとうございました。
     声には出さずに、心の中で。次に会ったときには、声に出して、言葉にして、ちゃんと彼へ届ければいい。

     暗くなった部屋、緩やかに眠気が襲ってくる。柔らかなベッドに身体を預ければ、意識が徐々に曖昧になっていく。
     
     ああ、生きている。
     ファウストは、ゆっくりと目を閉じた。

     
     
     
     
     
     
     
     
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