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    あいぐさ

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    あいぐさ

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    フィガファウ、二人でかき氷を食べる話

    かき氷 中央の国の中でも辺境の場所。そこに暑い時期限定で魔法使いが作るかき氷を食べられる店があるらしい。

    「なんで……僕が……」
    「ははっ、まだ言ってる」
     忌々しげに睨む視線を流しながら、フィガロは柔らかに笑う。そんな手応えのなさに諦めたのだろうか。ファウストはため息を一つ、そして帽子のつばを軽く下ろす。
     話の流れというのは恐ろしい。自分よりも年齢も力も上の魔法使いに囲まれ、あれよあれよと話が進み、そして今。
     今日は一人でゆっくり過ごそうと思っていたのに。うっかり部屋から出てしまった己の運が悪かったとしか言えない。
    「場所は?」
    「もうすぐだと思うけど……」
     スノウとホワイトお手製の魔法の地図を見ながら、フィガロは木々が生い茂る地面を見下ろす。
     ここは人間が暮らしていくには不自由すぎる環境。けれど、魔法使いは別だ。
     0を1にすることは難しいものの、1を100にすることはできる。ファウスト自身がそうだったのだから。
     そんなつまらないことを考えていると、目の前にポツンと青色の屋根が見えてきた。
     双子から渡された地図の光がキラキラと輝いている。どうやらここが目的の場所らしい。
     フィガロが後ろを振り返れば、ファウストは大きな目をスッと細める。わざと目線を逸らした彼は、魔法使いの気配がする家をじっと見つめていた。
     家の近くまで箒を寄せ、二人はゆっくりと扉の前に降り立つ。
     その瞬間にチリンとベルが鳴り、ポンと立て看板が現れた。緑色のボードには、昨日双子や賢者たちが楽しげに話していたかき氷のイラストが描かれている。
    「うん、わかりやすいね」
     フィガロは笑いながらも立て看板をじっと見つめていた。魔法がかかっているのだろう。かき氷の上に描かれた雪の結晶がゆらゆらと動いている。
     二人は顔を見合わせ、ファウストが一歩前に進み出た。つるりと滑る金属の取手を押し込み、温かな木々に囲まれた店内に入っていく。
     店員は姿を表さない。けれど、不思議と歓迎の気持ちが伝わってきた。
    「これは、どうすればいいのかな?」
    「おそらく好きなところに座ればいいはずだ」
     へぇ、と言いながらフィガロはきょろきょろと辺りを見回す。ファウストが一番端の席に座れば、机の中央が小さく開き、水の入ったガラスコップが運ばれてきた。
    「魔法と魔法科学の融合かな」
     興味深げにまじまじと机を見つめながら、フィガロはゆっくりと腰かける。
    「なるべく人と接しなくて済むような工夫だろう。ここまで本格的なものはないが、東の国でも似たような制度を取っている店はある」
    「うちはあんまりないかな。ほら、あんな感じだから」
     フィガロが話す「うち」とは、おそらく南の国のことだろう。
     北で過ごした時間の密度のせいだろうか。どうしても小骨がひっかかったような、どこか違和感を感じてしまう。
     フィガロは立派な南の国の魔法使い、当たり前のこと。頭では分かっているはずなのに、心がまだ理解しきれていないのだろうか。
    「……メニューはこれだ」
    「ありがとう、いろいろあるんだね」
     どこか誤魔化すように厚紙のメニュー表を渡せば、フィガロは素直に受け取りパラパラとめくっていく。かき氷以外にもケーキやドリンクの種類も豊富で、ページをめくるたびに食欲をそそる食べ物のイラストが次々現れる。
     そうして二人がメニューに目を通していると、再び水が運ばれてきた中央部分が開いた。小さなおぼんの上には紙とペンが乗せられており、おそらくこれで注文するのだろう。フィガロは再び興味深げに見つめ、そしてメニュー表に目を落とした。
     ファウストも同じように軽くメニューをめくるものの、すぐに一番最初のページに戻る。最初から食べるのはかき氷だと決まっているからだ。
     紫、黄、緑、青、そして赤。トッピングされた果物はシロップの色に合わせかき氷に彩りを加えている。
     ファウストが自分の注文を紙に書き込めば、フィガロは笑いながら緑色のかき氷を指差してくる。素直に書き込んでやれば、彼は楽しげに礼を言った。中央のおぼんに注文票を置けば、かこんと音が鳴り、紙とペンが机の中に吸い込まれていく。
    「どうしてここでやろうと思ったんだろうね」
     雑談にしては唐突な話題。ファウストは眉を寄せるものの、フィガロは笑いながら窓の外に目線を向けた。
    「ほら、緑ばっかり」
     フィガロの謎も少しは理解できる。理知的で計算高い男だ。飲食をやるなら人が多い方が理に適うことへの純粋な疑問だろう。
     けれど、ファウストはここに店を構える人の気持ちが少しだけ分かる気がするのだ。そして、時折どこか人を求める気持ちも、ほんの少しだけ。
    「僕は、分かる気がするけど」
    「そう?」
     フィガロはそれ以上聞かない。ただ、どこか困ったようにファウストを見つめ、のんびりと窓の外の緑に目を向けた。
    「ここ、南の国とは少し違うけどさ、どこか懐かしい気がするんだ」
    「……そうか」
     ファウストが静かに返事をすれば、彼は緩く笑いゆっくりと窓の外を眺める。
     フィガロは一人でいることも、人といることも、きっと両方好んでいるのだろう。けれど、人といながらもどこか静かに黄昏る彼は珍しい。
     いつもなら何も面白くない話を永遠としてくるのに、一体どうしたのだろうか。少しだけ不安で、けれどどこか面白くもある。
    「えっと、俺、何か変なことを言った?」
     視線に気付いたのだろう。どこか不安げに微笑まれ、ファウストはゆるゆると首を振る。
    「いや、別に……」
     黙って見ていただけ。けれど、それを言うのはどうにもはばかられる。曖昧な返事をすることしかできず、ファウストはふぅと息を吐いた。
     そのとき、ピーと笛に似た音が室内に響き渡る。
    「うん?」
    「なに?」
     二人が顔を上げれば、部屋の隅から魔法で作られた鳥たちがふわふわと現れた。くちばしに大きなカゴの取手をかけながら、二匹は二人の机に近づいていく。鳥たちはカゴを二人の目の前に器用に置くと、ひらりと部屋の奥に飛び立っていった。
    「……これ、俺たちよりミチルとかが来た方がよかったんたんじゃない?」
    「……同感だ」
     愉快な仕掛けに呆気に取られながらも、二人は取手がついたカゴの蓋をゆっくりと開く。その瞬間冷たい冷気が顔を包み込み、ファウストのメガネがぼんやりと曇った。
    「……おい、笑うな」
    「いや、ふふっ、笑ってないよ、うん」
     明らかに笑っているフィガロを睨みつけ、ファウストは籠の中に入っている黄色のシロップを手に取る。
     青色の氷に回すようにかけていけば、シロップ部分だけゆっくりと紫色に変わっていった。
    「すごいね、やっぱりミチルたちを連れてこればよかったよ」
    「なんだ、僕じゃ不満だったのか」
     ファウストの言葉にフィガロは小さく笑う。
    「まさか。俺はきみと来たかったよ」
     サクサクとかき氷を掘り、細いスプーンにシロップでひたひたになった氷を盛る。
    「ほら、食べる?」
     ファウストに微笑み、フィガロはゆっくりとスプーンを伸ばす。
     かぶりついてやろうかと思った。けれど、フィガロに優しげな眼差しに見つめられ、自然と身体が止まる。
     面影を感じてしまうのだ。窓の外が真っ白だったあのころをどうしても思い出してしまう。
     彼の手から食べ物を渡されるなんて、そんなこと、できるわけがない。
    「……断る」
     行き所を失った冷たい氷を口に運びながら、フィガロはどこか情けなく笑う。

     ずっと、過去に囚われたままなのだろうか
     目の前の氷の青と黄色が再び混ざり合い、そして紫に変わっていく。

     サク、と紫の氷にスプーンを突き刺した音が、やけに耳に残った。
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